第三話 ダッシュ事件
○レッツゴー清川ダンジョン その1○
3月24日日曜日午後8時。
賢斗が現在住むアパートハイツ令和は築十年目の二階建て。
お家賃月3万円でオンボロとまではいかないが結構くたびれた感じの佇まいである。
そしてその二階の201室では今現在風呂上りの頭をバスタオルで拭きつつコーヒー牛乳を一気飲みする彼の姿。
ゴクゴク
ぷはぁ~、それにしてもどうすっかなぁ。
コンビニバイトっつってもバイト代を全部武器購入に回せるわけでもなし、学校だってある。
鬼のように切りつめたって2、3カ月じゃ・・・う~ん。
やはり正攻法なんかじゃダメだ。
着替えが終わると机に座り、ノートパソコンを開く。
カチカチカチ・・・
なるほどぉ、あのパンフには最短で3日とか書いてあったが、最初のスキルを習熟取得するまでにかかる平均期間は1週間くらいなのか。
その程度であれば誕生日からって考えても春休みはまだ六日残る計算。
ここはやはり潜伏スキルを習熟取得する方針で行くか。
カチカチ
いや待てよ。
安易に潜伏スキルがあれば宝箱のあるポイントまで辿り着けるとか考えていたけど、魔物に先に見つかったら潜伏するどころの話じゃないよなぁ。
あれは見つかり難くするスキルであって、見つかっている状態で発動しても意味ない気がするし。
となるとそれ以前にこちらが先に敵を発見するための・・・あっ、そうそう索敵スキルが必要ってことだな。
んっ、そういや大事なことを忘れてた。
次はスキル取得講座と違って誰も安全確保をしてくれるわけじゃない。
そもそもスキルを取得する際にも魔物と遭遇するリスクが当然あるだろう。
となると、う~む、そうかぁ、俺が最初に取得しなければならないスキルは俊足スキルになっちまうみたいだなぁ。
魔物と戦えない以上、逃げ切れるという保険は先ず最初に手に入れておくべきだし。
カチカチカチ・・・
とはいえそういうことなら今後の方針は見えてきた。
先ず最初は俊足スキルを取得し、それを足掛かりに索敵そして潜伏とスキルを順次取得する。
それが終わればいよいよ宝箱アタックの準備が完了というわけだ。
しかし問題はその最初の俊足スキルをどうやって取得するかということだな。
俊足スキルを取得する前に魔物と遭遇したんじゃアウトだし。
となると今俺が調べなくちゃいけないのは俊足スキルが無くても逃げ切れる魔物しか出現しないダンジョン。
しかも俺が自転車で行ける距離範囲に。
う~ん、そんな都合の良いとこあるか?
カチカチカチ・・・
えっ、嘘っ、あった、ここベストじゃん。
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『清川ダンジョン』
説明 内部は単調な一本道で、通路奥の大部屋のみ低レベルのスライムが出現。全ての階層に於いてトラップ等は確認されていない・・・
ダンジョン形式 洞窟型
ランク E
危険度 ★
資源 ★
人気 ★
最深層 3階層
出現後経過期間 52年
所属 国有(管轄外)
所在地 ○×▽□・・・
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資源調達も経験値稼ぎもできない普通の探索者からしたらデメリットだらけの不人気ダンジョン。
しかしこと俊足スキルの習熟取得のみを目的とした俺にとってはこのデメリットがメリットに変わる。
人気が無いのは色んな意味で大歓迎だし、低レベルのスライムしか出現しないなんて正に理想的。
ここから片道50Kmと自転車移動にしてもかなり遠いのが難点ではあるが、まあそこまで贅沢言ったら罰が当たってしまうだろう。
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○レッツゴー清川ダンジョン その2○
4月2日火曜日午前5時。
あれから既に9日ほど経過しようやく多田賢斗16歳の誕生日を迎えている。
この日を境に彼には単独でダンジョンに入ることが法的に許され、予てから計画中だった清川ダンジョン俊足スキル習熟取得計画がいよいよ始動する。
探索者資格試験後の賢斗は今日まで探索者に関する様々な情報収集に勤しみ清川ダンジョン出発に向けた準備を着々と進めるといった日々だった。
そして迎えた本日、ハイツ令和の前には日の出前だというのに意気揚々と自転車に乗って出発する彼の姿があった。
チリンチリン
いやぁ、楽しみですなぁ、初ダンジョン。
にしても初めてのダンジョンが管轄外って・・・
誕生日前に入っても大丈夫だったかなぁ、まっ、万が一見つかったら洒落にならんけど。
ここで少し管轄外ダンジョンについてのご説明。
今現在この日本における国有ダンジョンの管理は管轄ダンジョンと管轄外ダンジョンに分かれる。
管轄ダンジョンとは資格試験が行われた白山ダンジョンのように探索者協会支部が置かれたダンジョンで、進入希望者には協会窓口で進入申請が義務付けられ資格や帰還予定時間等がチェックされる。
一方管轄外ダンジョンの場合は入り口前に注意書きがされた立て看板があったり、子供でも容易に入れるような所であれば柵が設けられていたりといった程度。
協会支部も無く進入申請自体ができなかったりするのだが、法律上こちらの管轄外ダンジョンでも探索者資格の無い人間が資格者の引率無しに入ることは許されていない。
仮に資格者以外が故意にそこに立ち入れば10万~50万円の罰金まで取られるといった具合で、今しがたの賢斗のぼやきはこうした事情から出たものである。
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○レッツゴー清川ダンジョン その3○
午前7時頃、出発後2時間ほど経過し辺りはすっかり山景色。
自転車を漕ぐ賢斗の息は荒く額には玉のような汗、山道に入り勾配も徐々にきつくなってきていた。
そしてそれから30分ほど経つと疲れのピークはとうに過ぎ去り、気力だけで進んでいたところでようやく大きな立て看板が目に入った。
『清川ダム この先200m、清川キャンプ場 この先400m、清川ダンジョン この先500m』
はぁはぁ・・・あと500m。
「うぉりゃぁぁ―――」
キィィィー、ガシャン
清川ダンジョンの入り口に辿り着いた途端自転車に乗ったまま倒れ込む賢斗。
ぜぇはぁぜぇはぁ・・・・これ自転車で来ちゃダメなやつだ。
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○スキル取得の準備○
いやぁ~風が冷たくて気持ち良い~。
でも通うんだったら原チャリくらい欲しいとこだよなぁ。
あ~足痛ぇ。モグモグ
ダンジョン外の草むらに腰を下ろし朝食を取りつつしばし休憩。
30分ほど経つと疲労していた彼の身体も少しは持ち直した。
さて、始める前からもう結構疲れちゃってるけど、折角来たんだしそろそろ始めるとしますか。
ムクリと立ち上がるとリュックを背負ってダンジョンの中へ。
ランタンを手にダンジョン内の通路を歩きながら先ずは事前情報が間違ってないか確認していく。
すると中の通路はほぼ直線で長さ的には150m程。
情報通り突き当りには大部屋がありその手前で賢斗は立ち止まった。
ふむ、罠も無かったし凹凸がある区画を除けばまあ走ったりしても大丈夫そう。
次に賢斗は大部屋内を覗く。
へぇ、あれがスライムか。
にしてもあいつ等大部屋から出てこないって話だけど本当だろうな。
まっ、不安だろうが何だろうがこれに関しちゃ現状戦闘力皆無な俺としては事前情報を信じるしかないけど。
活動範囲となる1階層の確認作業を終えた賢斗は来た道を折り返しつつ、今度は所々に安物の電池式ランタンを設置していく。
これには明り取りとしての役割だけでなく走っても大丈夫な区間と危険な区間の目印になるようその設置場所にも気を使っていた。
そしてダンジョン入口まで戻り軽装に身支度を整えるともう準備は万端といったところ。
さて、まずは一回試してみますか。
タッタッタッタッタ・・・テクテクテク・・・タッタッタッタッタ・・・
50mのダッシュ、20mの徒歩区間、50mダッシュ区間。
まっ、この往復200mがワンセットって感じだな。
感触を確かめるといよいよ本格的な走り込みを始めた。
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○回復ドキドキ○
開始から1時間ほど経過するとダッシュ&ウォークは15セット目を数えていた。
ぜぇはぁぜぇはぁ・・・あ~ダメだぁ。
やっぱもうこれギブだわ。
ダンジョンに来るまでに大方の体力を削られていた賢斗はもうこの時点で疲労困憊。
今のギブアップ宣言も決して大袈裟なものではなかった。
いい加減足が上がらんしつかスキル取得する前に体壊すわ。
ゴロン、バタン
入口近くの通路上で崩れるように倒れ込むと天井を見上げて荒れた呼吸を整える。
はぁはぁはぁ・・・
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル2になりました。特技『回復ドキドキ』を獲得しました。』
えっ、なんだ? 今想定外のことが起こったんだが。
あっ、そっか。
そういやドキドキ星人スキルはパッシブスキル。
常時発動型のスキルはダンジョン内に居ると勝手に習熟していくって話だったな。
それにこんな心拍数の上がった状態を維持し続けたらドキドキ星人スキルをフル稼働してる様なもんだろうし。
にしても肝心の俊足スキルが取得できないってのにドキドキ星人の方がレベルアップしちまうとか。
いったい何処まで人の神経を逆なですりゃ気が済むんだ?
ったく、このお笑いスキルは。
って、あれ? ちょっと待て。
何か少しずつ足が楽になっていくような・・・
・・・うんうん、間違いない。
そういやさっき取得した特技の名前、回復ドキドキとか言ったな。
ふむ、このお笑いスキル意外と役に立つかも。
しばらく休むと身体はまた動けるレベルにまで回復、同時にやる気の方も回復し賢斗は再びダッシュ&ウォークを再開した。
しかしその再開した1本目を消化したところで彼はまた立ち止まった。
はぁはぁ、何この怪現象。
おかしいだろ、ダッシュするほどに疲労が回復するとか・・・
不思議に思いつつも賢斗はもう一度ダッシュ&ウォークをワンセット消化してみた。
はぁはぁ、なるほど。
ドキドキ星人スキルの特技だけあってこいつは心拍数が一定以上に上昇すると疲れが回復する仕掛けなのか。
そしてその効果は心拍数が上昇すればするほど大きくなる。
にしてもこれ冗談抜きで凄くないか?
まるで疲れ知らずなスーパーマンみたいなもんだしもうさっきまでの疲れが嘘の様に無くなっちまった。
まっ、何にせよ、これなら幾らでもダッシュ&ウォークを続けられそうだし、今の俺には持ってこいの特技だな。
あっ、そういや最初に取得してた特技って心拍数が上昇する効果内容だったよな。
あれってひょっとすると・・・
賢斗はここで初めてドキドキエンジンなる特技を使ってみる気になった。
ドキドキエンジン、発動っ!
ドクンッ
鼓動が高鳴りようやく落ち着いていた心拍数が再び上昇を始めた。
ドクン、ドクン、ドクドクドクドク・・・・
なるほど、激しい運動をすることなく任意で自分の心拍数を上昇させることができる。
これがドキドキエンジンの正体でありメリットか。
最初は何の役にも立たない特技かと思っていたが、こうして回復ドキドキを取得した今、特に運動をしなくてもその効果を自由に引き出せるというのはかなり役立つ。
ひょっとしてこれ当たりスキルだったのか?
って、ちょっと待て。
ドクドッドッドッドッーーーー・・・・・
彼の心拍数はまだ上昇を続けていた。
おいおい、何処まで上昇していくんだ?
ちょっ、怖い怖い怖い怖い・・・
ちょっと待ったーっ!
ドッドッドッドッーーーー・・・・・
彼の願いが通じた・・・かは定かではないが、心拍数の上昇は止まった。
そしてそれは毎分220程の高いレベルを維持し続けている。
ふぅ~、にしてもこれ人間が長時間耐えられるレベルじゃない気がするなぁ。
こんな状態が続いたら俺の身体がぶっ壊れるんじゃ・・・
って、あれ?
負担をまるで感じないんだが。
あっ、もしかしてこれがドキドキ星人体質って奴なのか?
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○視覚ドキドキ○
先程までの疲労は何処へやら。
疲れ知らずとなった賢斗は昼を過ぎても食事を取らずにダッシュ&ウォークを続けていた。
そして迎えた60セット目。
彼の頭に再びアナウンスが響いた。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル3になりました。特技『視覚ドキドキ』を獲得しました。』
賢斗の視界は一気に広がる。
うぉ~、こりゃ良い。
急に視界が明るくなったぞ。
遠くまで見えるし、まるで蛍光灯でも点いたみたいだなぁ。
ぐぅ~
あっ、そういや飯まだ食ってなかったな。
一旦休憩にするか。
昼食休憩を取った賢斗は午後に入ってもひたすらダッシュ&ウォークを続けた。
結果この日消化したセット数は120にも及び全力疾走距離は24kmにもなっていた。
しかしこの午後の活動での収穫は特に無し。
お目当ての俊足スキルはおろか、ドキドキ星人スキルのレベルアップも無いまま帰宅予定時間にしていた午後5時を迎えた。
一方帰り道では自転車を漕ぎつつドキドキエンジンを発動。
身体の疲れを癒すと共にその効果時間は30分、クールタイムが1時間という情報も得た。
そして帰りしなにアウトドアショップに寄り安いシュラフを購入した賢斗が帰宅したのは午後9時過ぎのこと。
よし、明日からは清川に泊まり込みだな、うん。
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○ダッシュ事件 その1○
4月3日水曜日午前8時。
うぉ~、良い景色ですなぁ、清川最高っ♪
今日はまるで別人のように元気一杯の賢斗は清川ダンジョンの入り口前で眼下に広がる景色を一望していた。
そしてこの人が居ないところが実に良い、モグモグ
朝食の焼きたらこおにぎりを食べ終えると賢斗は2日目の活動をスタートさせた。
ドキドキエンジン、発動っ。
おっ、よし、こうして最初に心拍数を上げときゃランタンなんか設置しなくても済むしな。
と今日はダンジョンに入るとそのままダッシュ&ウォークを始める。
タッタッタッタッタ・・・・
開始後1時間経過。
昨日から数えて135セット目、久しぶりのアナウンスが頭に響いた。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル4になりました。特技『聴覚ドキドキ』を獲得しました。』
ふ~ん、これはまあ耳を澄ませば遠くの物音まで聞き取れるって感じか。
視覚ドキドキほどの劇的なものは特に感じなかった賢斗は、またダッシュ&ウォークを再開する。
そして昼食を挟んだ午後2時、その事件は起きた。
タッタッタッタッタ・・・・
『ピロリン。スキル『ダッシュ』を獲得しました。』
ダッシュ&ウォークの200セット目を迎えていた彼の頭にアナウンスが響く。
「おっ、やったっ!
ついに念願の、ってあれ、ダッシュ?」
おかしいな、俺が調べた情報ではこの方法で俊足スキルが取得できるはずだったんだが。
う~ん、ちょっと走る距離が短過ぎたか?
とはいえこれでも結果オーライか。
このダッシュにしたってスキル名からして恐らく足が速くなる効果があるだろうし、魔物から逃げ切る保険という点では特に問題無いはずだ、うんうん。
いや~思いの外早く目標達成しちゃったなぁ♪
気を良くした賢斗はもう既に撤収モード。
最後にその効果の程を試そうと走り出したのだが・・・
タッタッタッタッタ・・・・
えっ、あれっ、どういうこと?
次の瞬間その表情は苦虫を噛み潰したものに変わっていた。
全然足が速くなってないじゃんっ!
さっきちゃんとスキルを取得したよね?
まさかダッシュスキルって走る速度を上げてくれるスキルじゃないのか?
どうしよう・・・これでは魔物から逃げ切れるという保険にならない。
振り出しに戻された現実に頭がついていかない。
より長いトラックを持つダンジョンを探そうにもこの清川ダンジョン以外で今の彼がダンジョン活動できる所など無い。
となるともう長期に亘るコンビニバイトコースしか残されていないのだが、それこそここまで努力を重ねた彼のメンタルが最早受け付けないのであった。
くっそぉ、なんでこうなっちまったんだ?
・・・あっ、そういえば。
中川が言っていた言葉を思い出す。
スキルってのはレベルアップして効果が上昇したり特技が増えていく。
それはこのダッシュスキルにしたって同じこと、うんうん。
賢斗はダッシュスキルがレベルアップで足が速くなる特技を獲得する可能性に賭け、ダッシュ&ウォークを再開することにした。
午後3時、ダッシュ&ウォークが215セット目を迎えるとダッシュスキルはレベル2になった。
しかし足が速くなる特技の獲得は無かった。
それでも諦めるには早過ぎる。
その後も走り込みを続けていく。
午後4時30分、ダッシュ&ウォーク235セット目。
今度はドキドキ星人がレベル5になり臭覚ドキドキを獲得。
なぁ~んだ、こっちか。
嗅覚の感度を上げることができる特技なのだが、その検証も程々に直ぐダッシュ&ウォークを再開。
夕食後の午後6時30分。
ダッシュ&ウォーク245セット目、ダッシュスキルが待ちに待った一つ目の特技を獲得した。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル3になりました。特技『壁面ダッシュ』を獲得しました。』
なっ、こんなの最初に獲得してどうすんだよっ!
基本はスピードアップの特技だろぉ? ったく。
腹を立てつつも彼はダッシュ&ウォークを再開。
その後は午後10時30分、ダッシュ&ウォーク305セット目、ダッシュスキルがレベル4に。特技の取得は無し。
日付が変わった午前2時、ダッシュ&ウォーク360セット目、ドキドキ星人スキルがレベル6に。特技味覚ドキドキを獲得。
と時間は流れ午前2時30分、眠気には勝てずこの日の活動を終了、明日に望みを託した。
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○ダッシュ事件 その2○
翌朝、4月4日木曜日午前9時、賢斗はダッシュ&ウォークを再開した。
とはいえ一般的にスキルはレベルが上がるにつれそのレベルアップペースはダウンするもの。
ここから先のダッシュスキルのレべリングはいつ終わるかも分からないモノになっていく。
そしてこの日最初のレベルアップは正午頃、ダッシュ&ウォーク405セット目のことだった。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル5になりました。特技『水面ダッシュ』を獲得しました。』
壁の次は水面? おいおい、ふざけてんのかっつの。
なんでそんな変な方向にばっか行っちゃうかなぁ。
もっと普通のがあるだろぉ?
とその次のレベルアップはもう夜の午後10時。
ダッシュ&ウォーク525セット目でダッシュスキルがレベル6になった。
しかしここでは特技は獲得されなかった。
ぐぬぬ・・・っとにいい加減にしろよぉ、ったく。
その1時間後の午後11時、ダッシュ&ウォーク540セット目でドキドキ星人スキルがレベル7に。
ここでは触覚ドキドキなる特技を獲得したのだが、もうこの時の賢斗の興味はダッシュスキルの獲得する特技にしかなかった。
そして次にそのダッシュスキルがレベルアップしたのは翌日の午後4時、ダッシュ&ウォーク675セット目のことである。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル7になりました。特技『稲妻ダッシュ』を獲得しました。』
だからスピードアップだっつってんだろぉ?
もうレベル7だってのに、ホントに大丈夫なんだろうなっ!
スキルのレベル上限は10と言われている。
その現実が賢斗に焦りを生み始めていた。
そしてそんなこととは無関係にドキドキ星人スキルもまたレベルアップする。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル8になりました。特技『超感覚ドキドキ』を獲得しました。』
日付の変わった午前1時、賢斗は獲得した特技の検証もせずに寝てしまった。
4月6日土曜日、もう賢斗の春休みは残すところ今日明日の2日間とこの清川で活動できる時間も少なくなってきた。
しかしレベルアップのペースは目に見えて落ち、この日レベルアップしたのは午後3時にダッシュスキルがレベル8になっただけ。
しかも特技の獲得は無しという結果で状況は悪化の一途を辿りつつあった。
このまま足の速くなる特技を覚えなかったらどうすっかな。
いやいや、縁起でもない、そんなこと考えるのは止そう。
そして迎えた4月7日日曜日。
結果がどうあれ今日で彼は引き上げなくてはいけない。
午前5時に起床した賢斗は鬼気迫る表情で黙々とダッシュ&ウォークを続けていった。
すると午前6時。
ダッシュ&ウォークのセット数にして1090セット目。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル9になりました。特技『習熟ドキドキ』を獲得しました。』
・・・知らん。
賢斗はすっかりドキドキ星人スキルの取得特技には興味を示さなくなってしまっている。
しかしこの時を境に窮地に陥っていた彼に幸運の女神が微笑み始める。
午前7時、ダッシュ&ウォーク1107セット目。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル9になりました。』
なっ、くっそぉ、いい加減にしろっ!
確かにお目当ての特技は取得できていない。
しかし前回23時間掛かったダッシュスキルのレベルアップが22時間に短縮されていた。
午後1時、ダッシュ&ウォーク1190セット目。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』がレベル10になりました。特技『ドキドキジェット』を獲得しました。』
お前じゃないんだよっ!
昨日は一つもレベルアップしなかったドキドキ星人が7時間でレベルアップした。
そしてついに午後2時、ダッシュ&ウォーク1207セット目。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル10になりました。特技『音速ダッシュ』を獲得しました。』
なっ!音速? やっ、やった・・・
「うぅぅぅおっしゃぁぁぁ~っ! きたぁぁぁぁ~っ!」
午後2時30分、賢斗は歓喜の声を上げた。
しかしこのダッシュ事件の裏にある本当の大事件に彼が気付くのはもう少し後のことである。
次回、第四話 ハイテンションタイム。