第二十二話 本能が警鐘を鳴らしている
○忍び寄る影 その1○
4月29日月曜日午前8時30分。
開店前のダンジョンショップクローバーのスタッフルームでは、この店の責任者である中川が紅茶を片手に探索者新聞を読み耽る中、店員の水島がパソコンデスクでキーボードをカチカチ。
「あっ、先生、昨日のモンチャレ第1予選の結果にこの間の子達が載ってますよぉ。」
「えっ、それホント?光。」
中川は少し驚いた様子で立ち上がると水島の方へと歩み寄る。
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予選通過第24位 ナイスキャッチ 討伐タイム28秒
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えっ・・・24位って何?
こんな討伐タイムと通過順位はとても探索者資格を取って1月に満たない新人の成績とは思えないんだけど。
あの二人の所持スキルを考えてみてもモンチャレに出場して活躍出来る様なモノでは無かったし。
となるとその要因は・・・って、あ~、もう可能性の話だけなら幾らだって考えられるわよ。
何にせよこれは私にとって一大事。
とても嫌な予感がしてならないわね。
カチカチカチ、カチカチ
ちっ、あっちゃ~、ビンゴ。
『モンチャレ高校生大会第1予選、各地の有望選手をピックアップ』
こんな魔法放ってる写真なんて載ってたら私の計画が台無しじゃない。
「あっ、日刊探索者ニュースwebですかぁ。
私もさっき見てましたけど、結構良く撮れてますよね~。
あの子達の写真。」
あ~頭が痛くなって来た。
そう言えば光にはまだ新人枠の事を話してなかったかしら。
っとにもう・・・
「貴方は何のんきなこと言ってるのっ!」
このままじゃ手遅れになってしまうじゃないっ!
「光、スクランブルよっ!」
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○オフのダンジョン活動 その1○
4月29日月曜日、第1予選の翌日であり祝日でもある本日、ナイスキャッチのパーティー活動は全会一致でオフとなっていた。
ふんふふんふふぅ~ん♫
バタン、ガチャリ
ほい、戸締り完了。
手早く貯まっていた家事仕事を片付けた賢斗は鼻歌混じりにアパートを出る。
チャリンチャリン
昨日の予選は上手く行ったし、月末を迎えた今月の収支は生活費を差っ引いても15万円程の余裕。
いや~、心に余裕を感じますなぁ♪
とご機嫌な彼が向かうのは何時もと同じ白山ダンジョン。
オフといえどもハイテンションタイムの消化くらいはしておくと言ったところである。
午前9時、協会支部に入ると早速受付へと向かう。
「あっ、多田さんお早うございますぅ。」
あれ、こんな受付嬢いたかな?
初見なら俺の名前なんてわかる訳ないし・・・まっ、いっか。
「あ、ども。」
と賢斗が受付で申請用紙に記入をしていると受付嬢は積極的に話し掛けてくる。
「いや~昨日は凄かったですねぇ~。
三人揃って魔法でバババァーっと。
私一遍でファンになっちゃいましたよぉ~。」
・・・グイグイ来るな、この受付嬢。
「えっ、あっ、そっすか、えっと受付嬢さんも会場に居たんですか?」
「はい、お手伝いで行ってたんですよぉ。
あ~それと蛯名遥ですぅ~。
趣味は追っかけの24歳。
蛯名っちって、呼んでくださいね♪」
蛯名っちは目の横でピースサインを決めながら自己紹介。
何だろう、本能が警鐘を鳴らしている。
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○クラスメイトと鉢合わせ その1○
本日のハイテンションタイムで賢斗が消化したメニューは空間魔法のレべリング。
攻撃魔法の習熟活動に於いてここ白山ダンジョンでは手狭な状況となりつつある昨今。
彼としては恐らくレベルアップした先に覚えるであろう遠距離転移魔法をいち早く取得しホームダンジョンを清川ダンジョン辺りに移す構想を秘かに巡らせている次第である。
とはいえ今回レベル2で覚えたのは空間把握魔法。
この魔法の効果は以前行った事がある場所の状況を知る事が出来るといった効果内容だった。
その後協会の受付まで戻って来ると・・・
あっ、何時もの受付嬢さんだ。
今の内に、帰還申請しちまおう。
「帰還申請お願いしま~す。」
「はい、多田さん、お帰りなさい。
探索お疲れ様でしたぁ。」
「ども。」
やっぱ受付嬢ってのはこうでなくっちゃなぁ。
よし、後はあのグイグイ女が居ない内に素早く帰ろう。
と協会から出てみると・・・
おっ、あれは。
モリショー、白川、西田の三人が協会前の自販機でジュースをご購入中。
ふっ、モリショーの奴、どうやら無事パーティーを組めた様だな。
とはいえこれから友好を深め合おうとするあいつ等を俺は遠くからそっと見守りたい派。
敢えて声を掛ける必要もあるまい。
クルッ、賢斗は瞬時に方向転換、気付かなかった風に駐輪場へと歩き出した。
「お~い、賢斗っち~。」
ピタッ、チラッ
あらま・・・見つかってしまったか。
軽く手を上げまた歩き出す賢斗にバタバタと駆け寄る三人衆。
「おっ、おう、モリショー。
どうやらパーティー組めたみたいで良かったな。
これから3人でダンジョンか?」
「そういう事っ、今日が俺達ラブリィエンジェルの探索初日っしょー。」
ブフォッ!ぷぷぷっ・・・ラブリィ。
良くそんなメルヘンな代物をOKしたな、こいつ。
つかこのパーティー名一つでパーティー内の勢力図が見て取れる様だ。
「そっ、そっか、まあ頑張れよ。」
軽い挨拶を済ませ、再び賢斗が立ち去ろうとすると・・・
ガシッ
白川が賢斗の左手首をしっかり掴む。
「多田君、ちょっとお願いがあるんだけど。」
う~ん、何だろう、またもや本能が警鐘を。
「何でしょうか?委員長。」
「今日の初探索に多田君も一緒に来て欲しいなって。
やっぱりほら、最初って怖いじゃない?知らないことも多いし。」
「あっ、そうそう、そうして、多田君。
経験者が一緒だと安心出来るし。」
あ~、やっぱりこういう流れになったか。
まあ気持ちは分からんでもない・・・が、これは誰もが通る道。
ここで甘やかす必要は特に感じられない、うん。
「いや~賢斗っち~。
忙しいとこ悪いけど、俺からもお願いするっしょー。」
いや、今日はもう結構暇だけど・・・
でもだからと言って、そこまで面倒見てやる義理もないし。
「悪いなぁ、今日はちょっとこれから・・・」
「来々軒のチャーシューメン大盛りで、どう?」
ん、何?その魅力的な響き。
「チャーハンも・・・付けるよ。ニヤリ」
えっ、ホント?西田さん。
「餃子も行っとくっしょー。」
マジかぁ、バンザ~イ。
「よかろうっ!」
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○クラスメイトと鉢合わせ その2○
午前10時、モリショー達の付添として再びダンジョンに入ると賢斗が先導する形で入口からの通路を四人で歩いて行く。
「そのお前等の武器ってレンタルなのか?」
「俺の片手剣は兄貴のお下がりっしょー。」
ふ~ん、御下がりでも最初から武器があるだけマシだよなぁ。
「私も大学生の従姉から譲って貰ったのよぉ。
もう使わないからってっ。」
西田さんの弓もお下がりか。
まっ、進学を機に探索者の道を諦める人も多いらしいからな。
「私の槍は昔お父さんが使ってたモノよ。
物置から引っ張り出して来たの。」
確かに親父さんが使っていただけあって、委員長の槍はかなりの高級品に見える。
にしても初探索で全員が自前武器を持ってるとか、羨ましい限りですなぁ。
と、程無く第1ポイントまで辿り着く。
「一応この白山ダンジョン1階層はこの三叉路から先が要注意な。」
「何で要注意なの?多田君。」
「あ~、それはまあゴブリンとの遭遇率が跳ね上がるし、真ん中のルートを進むと罠もあるからな。」
「へぇ~、やっぱり知ってるんだぁ。
流石は多田君、高橋君とは大違いね。
あいつなんてその穴に一人で落っこちて大怪我しちゃったんだから。」
「あれっ、高橋って特異個体にやられたんじゃなかったのか?
校長だって臨時集会でそう言ってた筈だけど。」
「あ~アレねぇ。
あれは高橋君が見栄を張って嘘をついただけの話よ。
本当は落とし穴に落ちて骨折しちゃっただけなんだからぁ。」
・・・そっすか。
まっ、落とし穴に落ちて怪我なんつー間抜けな話よりは、特異個体と闘って怪我したって方がちっとはマシに聞こえるかもな。
この後、三人にゴブリンとの戦闘を経験させつつ中央ルートを進み2階層の階段ポイントに到達。
そこで折り返すとそのまま帰還する運びとなった。
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○クラスメイトと鉢合わせ その3○
ラブリィエンジェルの初探索を終えた一行は白山ダンジョン協会支部近くにある来々軒にレッツゴー。
あ~、食った食った、ゲプッ
「まあゴブリンとの戦闘はそれなりに何とか倒せてたみたいだから良いとして、あそこの罠の場所だけはちゃんと覚えとけよ。」
「うん、ちゃんと覚えたから大丈夫。」
「それとお前等パーティー組んだんなら、今後は武器に合わせた隊列を決めておいた方が良いと思うぞ。
例えばモリショー、委員長、西田さんって感じにすれば、武器の射程的にも一番しっくりくるし。」
「お~、さっすが経験者は言う事が違うっしょー。」
まっ、飯代くらいはレクチャーしてやらんとな。
「って事でそろそろ・・・」
「多田君もうちのパーティーに入ってよぉ、すっごい頼れるし。
あっ、中華ちまきも付けちゃおっか?」
「そうね、そうしなさい、多田君。
ミルク杏仁も付けるから。」
「桃饅頭もいっとくっしょー。」
「それは御免こうむる。」
もう食えねぇっつの。
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○オフのダンジョン活動 その2○
来々軒で三人と別れると時刻は午後2時45分。
丁度ドキドキジェットのクールタイムが終わる頃合いなので、賢斗は再び白山ダンジョンへと向かった。
ちっ、結構混んでるな。
2つある窓口にはどちら側にも列が出来ている。
まっ、どっちに並ぶかと言われれば、当然こっちだよなぁ。
賢斗は蛯名っちの姿を確認すると当たり前の様に反対の窓口へ。
「侵入申請お願いしま~す。」
「はい、蛯名っちですぅ。
もしかしてさっき私の窓口避けちゃいましたぁ?」
あれっ、可笑しい・・・あんたさっきあっちの窓口だったでしょ?
「えっ、何の話ですか?」
「あ~良かったぁ。
嫌われたかと思ったじゃないですかぁ。」
・・・相変わらずグイグイ来るな。
「アハハ、そんな事ないですって。」
う~ん、にしても何時の間に・・・
「じゃあ帰還報告も待ってますよぉ~。」
「あっ、はい。」
なぁ~んか、変なのに目を付けられた気がする。
今度から良く確認せねば、うんうん。
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○忍び寄る影 その2○
あ~、レベル3は、帰還魔法かぁ。
一体遠距離転移は何時になったら覚えるんだろ?
ちなみに帰還魔法とはダンジョンの何処からでも出口手前に戻れる優れもの。
これとて本来喜んで然るべき魔法だったりする。
受付に変な奴も増えたし、早めに取得したいところなんだが。
と、ハイテンションタイムを終え、帰還申請に再び受付を訪れてみれば・・・
ほっ、ラッキ~、グイグイ女居ないじゃん。
「帰還申請お願いしま~す。」
「はい、多田さん、お帰りなさい。
探索お疲れ様でした~。」
「ども。」
さぁ~て、帰るか。
とその時協会入口の自動ドアが開いた。
ウィーン
「あっ、多田さ~ん。
やっと見つけましたよ~。」
えっと、この人確か、クローバーの店員さんだったよな?
つか俺に何の用?
「もう~ダンジョン出たり入ったり出たり入ったり、一体1日何回ダンジョンに入る気ですかっ!」
えっ、何か知らんが結構な剣幕だな、おい。
「って、そうじゃなかった。
これからお時間貰えませんか?
うちの先生が大事な話があるそうなので、できれば他のメンバーの方も御一緒で。」
いや今俺一人なんですけど・・・
「ってあれっ、何で他のメンバーの方が一緒じゃないんですかっ!」
「いやまあ、今日はパーティー活動オフなんで。」
「もぉ、いい加減にして下さいっ!」
それはこっちの台詞である。
彼の頭には本日三度目の警鐘が鳴り響いていた。
次回、第二十三話 探プロ契約。




