第百九十六話 Sランクとしての存在感を示す時
○Sランクとしての存在感を示す時 その1○
しばし海上で翼を休めていた白いアヒルが再び空へ飛び立ってゆく。
「ミッシェルさん、我々も行きますよ」
もしかしてここの海中でゲコドンとの戦闘が?
真面な指揮官であれば大地震にも繋がりかねない相模トラフで高火力兵器は使わない。
まあ何にせよ、こちらとしてはもう少し様子を見守る他ありませんが。
その動きに遅れて海中でも初戦闘を終えた武蔵が動き出す。
とはいえ動力消費と怪物との再戦を考慮すれば微速航行による追跡を選択せざるを得ない。
最早ゲコドンの本土到達が確実視される中、メインモニターには上陸ポイントとして有力視されるギガントドーナツの様子が映し出されていた。
この海上施設なら陸から少し距離もある。
本来であれば不幸中の幸いでまだ済んでいたはずだったんだがな。
『パラパラパラパラ・・・
結界で鵺がバトルフィールド外に出ることはありませんがゲコドン接近による避難勧告も出ています。
まだ客席に居られる皆様は速やかに避難されるようご協力お願いします』
もう事態は一刻を争う、早いとこそいつを仕留めてくれ、浩二。
そしてコロシアムの選手控室でもこの中継を眺める少年が一人。
『そしていよいよレッドライオンが本格的な攻撃に移るようです』
さぁ~て耐性てんこ盛りの鵺をあのレッドライオンさん達がどう料理するのか。
これは探索者なら必見ですぞ。
「ドンドンドンドンッ、多田選手は居ますか?」
ん、今忙しいのにぃ。
ハンカチで額を拭きつつ職員は少年に告げる。
「ああよかった、まだこちらにおられましたか。
連絡が遅れて申し訳ありませんでしたが一連の騒動を鑑み今回のテイマーズバトル大会は現時点を以て終了。
つきましては先の準決勝第2試合で市村組は降参していましたし、勝った北村組は選手資格喪失により決勝戦は棄権扱い。
今大会の優勝者は多田選手とその相棒のブリリアントアクアマリンスライムということになりましたので後日表彰式の日程が決まり次第ギルドの方へご連絡を差し上げます」
(やりましたね、マスタぁ♪)
(うん)
どうも、控室でテレビ見とるだけで優勝してしまう天才です。
「では多田選手も災害活動への協力でこの後大変かと存じますがどうかお気をつけて。バタン」
えっ?
「うぉぉぉ、急にお腹がぁ!お腹の調子がぁぁぁぁバタバタ・・・チラッ」
シーン・・・
くそっ、折角の演技も無駄になったか、う~む。
・・・そりゃこの賢斗さんだって薄々気づいてましたよ?
Sランクともなればこの大惨事を前にしてそれなりの活躍を期待されちゃうことくらい。
でもほら、鵺と戦ってるのはあのレッドライオンさん達ですし・・・
ランクこそレッドライオンを上回るナイスキャッチだが両者のパーティーレベルを比較するとレッドライオンの圧勝、満月期間でもなければ魔物との戦闘能力はこれに比例するものと思われる。
またそんな実力云々を抜きにしてもマジコンでの富士ダンジョン制覇はその大会で優勝を果たしたレッドライオンにケチをつけた格好。
その後自分達を差し置いてSランクにまで昇り詰めたぽっと出の新人パーティーに共闘を持ち掛けられたところで果たして応じてくれるだろうか。
まっ、実際のとこわからんが探索者モラル的にも基本他人の獲物に手出しは無用だからな。
避難誘導にしたって人手は足りてるみたいだし今更俺が行ったところでお役に立てそうもない。
となるとだ、やっぱ下手に動いて役立たず振りを露呈するより何もしない方がまだマシ。
と俺だけの問題だったら簡単に片付けるところだが・・・
「というわけでこれより緊急ナイスキャッチミーティングを行います」
フェリーの一室に転移した少年はポカンと呆気に取られている三人の少女達に言い放つ。
「何がというわけでよ。
いったい何を話し合うっていうの」
「それは勿論この大災害を前にして俺達に今何ができるか。
災害活動への協力は努力義務だがSランクたるもの努力はしっかり形にしないと世間が納得しないでしょ」
うむ、我ながら歯の浮くような台詞だな。
「ちょっと待って賢斗君、今私の心に悲しみの雨が降り出したから」
OK、その雨は集中豪雨になるから気をつけろ。
「あっ、じゃあ私円ちゃん呼んで来るぅ~」
いやお嬢様はこの会場に来てないことになってるし別に呼ばんでも、って行っちゃったか。
であればここはちと場繫ぎに・・・
「・・・ってなわけでテイマーズバトルは俺とスラ坊の優勝ってことになったらしい。
まあもう一回やったら絶対同じ結果にはならないと思うけどな」
「私は勇者さまなら優勝できると信じてましたよぉ。
あっ、閃いた、この際この緑山茜が大会の副賞だったことにしちゃいましょう。きゃっ」
しちゃえないだろ。
「プッ、ククッ・・・クククッ・・・」
絵に描いた様な棚ボタ優勝・・・
予想以上の大満足よテイム大臣。プッ、ププッ
目尻に涙を浮かべ笑いを押し殺す彼女はその俯いた顔を決して上げようとはしなかった。
おい、悲しみの雨はどうした?
言いたい事があるならハッキリ言ってみろ。
「ガチャリ、円ちゃん連れて来たよぉ~」
「あっ、なんか久しぶ・・・」
へっ、消えた?
「スリスリ・・・やっぱりここが一番落ち着きますにゃん♪」
猫まっしぐらか。
「兄貴も大変だにゃ」
「おう、小太郎も元気そうだな」
ともあれ今はのんびり雑談しとる場合ではない。
「では皆も揃ったところで早速本題に入らせてもらおう。
今現在このギガントドーナツは鵺の暴走に加え謎の大怪物接近という不測の事態に見舞われている。
一方我々ナイスキャッチのメンバーがこの会場に来ていることは周知の事実。
そんな状況で何も協力しないのはSランクとして非常にマズいとまずはご理解願いたい」
ヒソヒソ・・・
「えっ、賢斗が優勝だったのぉ~!?」
「そうそう、この大惨事のどさくさに紛れて人知れず優勝をかすめ取ったらしいわよ」
そこっ、私語は慎めっ!
「さっすがぁ~♪」
どこがだよっ!
「ボソリ・・・他力本願丸出しですにゃん。スリスリ」
ぐはっ!お嬢様、耳元で核心を突くのはおやめください。
「コホン・・・コホンコホンコホンっ!」
「賢斗ぉ、だいじょぶぅ~?」
五月蠅い、これは黙れという意味だ。
「それで具体的に何をするかだが・・・
一応鵺討伐と避難誘導への協力は無しの方向で考えてみてくれ。
レッドライオンさん達との共闘は俺達的に何かとハードル高いし、避難誘導への協力は今更行っても他の探索者さん達の活躍の場を奪うようなもんだからな」
「わかったぁ♪」
うむ、期待しているぞ。
と出だしこそ元気があったものの肝心の意見はまるで出ず沈黙の睨み合いが続く。
ついに先生がお絵書きを始めてしまったか。
そして桜画伯の『みんなで海水浴INギガントドーナツ』が完成に近づいた頃、背後の女性が呆れたように口を開く。
「だったらもういっそ何もしなくていいと思いますよ。
皆さんはSランクパーティー、これといってすべきことがないのであれば目立つところでその存在をアピールするだけで十分。
近くで待機しているだけでもそれを見た人々は勇気づけられますしもっと自信を持っていいと思います」
なるほど、Sランクだから何かしなければというのがそもそもの間違い。
「ホントに何にもしなくていいのぉ~?」
「結果的に丸く収まればそこまで非難も集まらないと思いますよぉ。
こういう時は役割分担、Sランクは他の方々ではどうにもならなくなった時だけ働けばいいんです」
にしても聞けば聞くほどキレッキレの妙案だな。
「そっかぁ~、見てるだけなら楽ちんだねぇ~」
何もしない方がマシという基本スタンスを崩さずに只の見学希望がまるで立派なお仕事に。
「私もそのご提案に大賛成ですぅ」
何より最低限の面子まで保ててしまうオマケ付きだぞ。
「そうね、私も他の探索者さん達にいっぱい活躍してもらうのはいいと思う、さすが光さん」
本来こんな発想の持ち主こそ稀代の天才策士と呼ばれるべきだろう。
「っていうかこれさっき先生に確認した時の指示なんであんまり褒めないでください」
うん、なんとなくそんな気がしてた。
「どうやら俺達の進むべき道が見えたようだな」
コクリ、コクリ、コクリ
「よし行こう、今こそ我々ナイスキャッチがSランクとしての存在感を示す時だ」
「「「お~っ!」」」
・・・急に立ち上がらないでくださいにゃん。ムニュムニュ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○Sランクとしての存在感を示す時 その2○
レッドライオンの三人はそれぞれ火、水、土の三属性を得意とし中でも御茶目田満の土属性はまだ鵺が耐性を獲得していなかったことで大きなダメージソースとなった。
他の二人も弓にブーメラン、吹き矢に手裏剣など手を替え品を替えまだ有効な手札を模索、僅かながらも鵺へのダメージを積み上げていく。
しかし優勢を保ったその時間も遂に終わりの時を迎えた。
『まるでさっきまでの猛攻が嘘のよう。
もう殆どダメージが入らなくなってしまいましたぁ』
まさかそのままゴリ押せるとでも考えたわけじゃあるめぇな。
だったらお前は永遠にAランク止まりだぞ。
残りは6割弱・・・
何気に敵のHPゲージが丸わかりってのは結構なアドバンテージだな。
「こっからどうするつもりだ、赤羽。
まだ奴はピンピンしてるぞ」
「もうおいらのロックンロールフェスティボーも通用しないでやんす、赤ポン」
「そう心配するな、ようやくお待ちかねのスペシャルゲストが来てくれたみたいだぜ」
『とぉ、あの姿はっ!
ここで強力な助っ人の登場かぁ!』
フッ、今頃お出ましとはあの坊主も・・・
『現れたのは鵺の天敵アブノーマルバタフライと市村紫苑だぁ!』
と思ったら蝶々の姉ちゃんの方か。
「悪いな、市村。
まだお前の相棒も完全じゃないってのに」
「ウフッ、水臭いですわよ、赤羽君。
貴方の頼みなら私は幾らでも馳せ参じますわ。
でも気をつけて、今使えるアブノーマルタイムは3分も持たないから」
「ああ、それだけあれば上等だ」
上空で紋様を浮かび上がらせるアブノーマルバタフライ。
「そうは問屋が卸さないっとぉ。
ロックンろぉ~~~るフェスティボぉ~!」
グォングォングルグルグルゥ~、ドカドカドカァ~っ!
舞い上がった岩石が上空を睨む鵺の行く手を阻む。
「よしっ、一気に畳み掛けるぞ、バーニングブーメランっ!」
「わかってるっつぅの、水月輪っ!」
再び息を吹き返したレッドライオンの猛攻が鵺を追い詰めその討伐は目前にまで迫っているかに見えた。
またあの目障りな蝶ですか。
ポタッ、ポタッ・・・
「ねぇ赤ポン、ちょっと様子がおかしいでやんす」
液体に墨液を垂らしたように黒霧がその黒さを増してゆく。
「ああわかってる、だが奴はもう虫の息だ」
ですがこれだけ好き放題攻撃したのです。
「このまま押し切・・・なにっ!」
そのツケはしっかり払ってもらいますよ。クックック
黒霧が雪崩のように押し寄せる。
そこに逃げ場などなくレッドライオンメンバーに市村紫苑、上空に居たアブノーマルバタフライさえも呑み込んでいった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○Sランクとしての存在感を示す時 その3○
次第に黒霧が晴れてくるとそこには完全に石化した青谷流と御茶目田満の姿。
アブノーマルバタフライは落下した衝撃で砕け散り、市村紫苑を咄嗟に庇った赤羽浩二もマントから出た左半身が石化し胸に手を当て血反吐を吐くその姿は最早戦える状態には見えなかった。
「ぐはっ!すまない市村、お前の大事な相棒を・・・」
「そんなこと今はいいから、しっかりして赤羽君っ!」
ピコンッ・・・
まるでその光景をあざ笑うかのようにメインスクリーンのHPゲージが僅かに上昇する。
マズい、奴はまだ生きているぞ。
ぎこちなくも再び動き出した怪物は身動きの取れないレッドライオンに迫る。
『ああ、これは最早絶体絶命っ!
誰かこの窮地を救ってくれぇぇぇぇ!』
そして前肢が大きく振り上げられ、悲鳴にも似た実況の声がコロシアムに響き渡ったその時・・・
とりま注目を集めんことには話にならん。
突如怪物の目前にお面を被った海パン少年が出現。
徐にその青い塊を持った両手を突き出すと・・・
ピカァァァ~~~ン、ビィィィィィーーーっ!
眩い光が怪物の身体を霧散させてゆく。
『これはいったい何が起きているぅぅぅ!』
キョロ、キョロ、ペコリ、トットットット・・・
ひと仕事終えた少年は一礼をしてそそくさと小走りに去ってゆく。
『あの少年はまさか・・・』
その行く先をカメラも追えば彼は選手待機席で待つサンバ衣装に身を包んだ四人の少女達と合流。
『いや、これはもう間違いないっ!』
「Sランクとしてのぉ~~~~~」
世界が注視する中、振り向き様に声を張り上げたかと思えば・・・
『ナイスキャッチの多田賢斗だぁ!』
「「「「「あっ、存在感っ!」」」」」
ビシッと身体をS字にくねった決めポーズを披露するのだった。
次回、第百九十七話 世界をペテンにかけてくれ。




