第百九十五話 唐紅もみじ
曜日外ですがGWということでご容赦を。アハハ
○武蔵初陣 その2○
その後艦橋に移動した大黒は部下に早速指示を出す。
「これより武蔵は潜航し第二エントランスよりダンジョン外部へ出撃、そのまま海中を移動しつつ相模トラフへ向かう」
「はっ、システムオールグリーン、潜航モードに移行します」
「武蔵、発進っ!」
全長262mの巨大戦艦が海中にその姿を消してゆく。
ちなみにこれだけの大型艦ともなれば乗組員も数千人は当たり前だがそこはダンジョン産の乗り物系アイテム。
基本艦内設備はメンテナンスフリーで航行、搭載兵器の運用についてもこの司令室内でほぼ全てが操作可能、艦載機の無人操縦などまでできてしまうカプセル型のシンクロシートまで並んでいたりする。
『ツーツー、エキサイトダックから大黒隊長へ定時連絡』
「おう、夕子か」
『はい、対象は現在も尚北上中。
このまま行けば約1時間後には本土へ到達するものと思われます。
もしお許しいただけるのであればソフトなタッチで昇天必至の・・・もとい多少なりともこちらで時間稼ぎを』
「その必要は無い、報告ご苦労だったな。ガチャリ」
いやん。
ったく、海中移動でこの速さは恐れ入るぜ。
「で、そんなすばしっこい怪物とどう戦うつもりだ、鉄也。
こいつのダンジョン外燃費が目も当てられねぇのはお前も知っているはず。
無駄玉なんか撃ってる余裕はねぇぞ」
乗り物系アイテムの動力源が魔素変換エネルギーであるのは言わずもがな。
ペダルを回す愉快なタイプも存在するが外部の魔素を取り入れる自動供給タイプは濃度が下がるダンジョン外ではその機能が著しく低下。
大型の乗り物系アイテムになるほどこの影響は深刻化し長時間運用は困難を極めてゆく。
「ああ、こんなところで五輪砲なんかぶっ放せば沿岸一帯に津波の被害も考えられる。
そこでだおやっさん、今回はプランBでいこうと思うがやれるかい?」
まっ、海上からも目が光ってるしな。
「ああ、そうこなくては。
この老いぼれの集大成って奴をオメェに見せてやるよ」
大黒の前任を務めていた内海仁八はかつて名の知れた遠隔剣の使い手。
年齢的な衰えは否めないがその極めた感覚は武蔵が搭載するブレードユニットの力を引き出すには最適の人物であった。
『ツーツー、こちらクレイジーバット』
「おう、そっちはどうだ今泉」
『はい、先程中山氏の大爆破攻撃により残っていた超進化個体全ての殲滅に成功しました。
ですがまたかの御仁が消息不明となっておりまして・・・』
昔もう1回使えっつったらすげぇ顔して怒ってやがったが・・・
「フッ、よくやった、まああの馬鹿については放置でかまわん。
それよりお前等はこれからゲコドンの上陸予想ポイントへ向かい万一の場合に備えておいてくれ。
この状況でこれ以上孤島のダンジョン処理を優先する理由はないからな」
『はっ、了解しました。ガチャリ』
ぶっちゃけ上陸してくれた方がやり易いんだがそうも言ってられんわな。
一方静けさを取り戻した孤島では・・・
キョロキョロ、あれ?クレイジーバットの姿が・・・
う~む、2回目用の着替え、どうすっかな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○鵺、狂乱 その1○
ヒョウ~ヒョウ~
準決勝第2試合では北村組の鵺が状態異常の鱗粉をモロに浴びもがき苦しむ姿を晒していた。
そんな目で見るんじゃねぇよ。
これもぜぇ~んぶあのとち狂った研究者のせいなんだからよ。
『あれはアブノーマルバタフライが耐性無効超音波を発動するまでの時間を利用し複合状態異常の耐性だけでも獲得してしまうつもりじゃないでしょうか。
リスキーな気もしますが北村サイドは耐性の獲得にかなり積極的でしたから』
『確かに赤羽さんは先程耐性無効超音波の発動可能時間は意外と短いと仰っていました。
この推測に基づくなら市村サイドも鵺が耐性を獲得するギリギリまで耐性無効超音波の発動は遅らせたいと考えているかもしれません』
ちっ、そんな建設的な話なら俺だって文句はねぇんだが。
「空中戦に持ち込めば勝つこと自体は容易です。
ですがそんな勝ち方をすればあの耐性無効化が鵺の弱点だと言っているようなものだとは思いませんか?
大事な商品の価値をそう簡単に下げられては困るのですよ、北村君」
耐性無効化に対する耐性を獲得してみせろだぁ?
商品価値云々以前に今勝つことの方が重要だろぉが。
ククッ、不満タラタラといった表情ですが一応私の指示には従ってくれてるようですね。
そう、私は耐性無効化すら物ともしない完全無欠の魔物兵器を欲しているのですよ。
ですが気をつけてください、貴方の握るその鎖はもう随分錆びてきていますから。
「さあパピヨン、そろそろ頃合いよ」
アブノーマルバタフライの両前翅に目のような紋様が浮かび上がる。
だがそれは一瞬の出来事・・・
ギラン
さあ鵺よ、お前の恐怖を世に知らしめるのです。
眼が怪しく光ったかと思えば次の瞬間にはもうその姿は遥か上空を舞うアブノーマルバタフライの後方に。
問答無用で片羽を食いちぎると前肢で思い切り地上へ叩きつける。
ドカッ!ピクピクピク・・・
おい鵺、俺はまだそんな指示を・・・
『ああっ堪らず市村組の降参フラッグが上がったぁ!』
しかし鵺の猛攻は止まらない。
地上に落下した瀕死の魔物へと迫ってゆく。
「鵺、それ以上はやめるんだっ!」
ギロリ、振り向いたその眼はまるで仇敵を見るかのような憎悪に満ちていた。
なっ、なんだその目は・・・
一転北村の居る司令塔席へと接近していく鵺。
テイムの呪縛から解き放たれた魔物はかつての主人にその前肢を振り下ろすのだった。
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○鵺、狂乱 その2○
そしてこちらは多田賢斗さんの控室。
「どぉ~ですかマスタぁ♪」
テレビの試合中継では驚愕のハプニングを伝えているのだが今は興味が他に移っているようで・・・
テーブルの上で愛らしいポーズを取る相棒に目を奪われていた。
おおっ、まるで超ハイグレードなフィギュアでも見ているようだ。
「素晴らしいぞスラ太郎君。
足の生えた普通の妖精ちゃんにもなれるとは。パチパチパチ」
「はい♪でもこれは形態変化で見た目を変えただけですよ、エヘヘ」
「いやいや質感だってほれほれ、プ二プ二ですぞぉ♪」
にしてもこんなことができるのも全てはこの賢斗さんの育成の賜物、実に誇らしい。
ってことで・・・そぉ~
「ササッ、ちょっとマスター。
何スカートの中を覗こうとしてるんですか!」
「いやそんなに恥ずかしがることないだろぉ?
その服だって体の一部、スラ坊は普段から裸みたいなもんだし」
「いえいえ、それとこれとは話が別です。
特にマスターには見られちゃイケないと僕の心が警鐘を鳴らしています」
う~む、この期に及んで乙女心に目覚めるとは小癪なマネを。
「そっか、そいつは悪かっ、ソソッ」
「ササッ、流石マスター、油断も隙もありませんね」
「そう褒めるなって。ソソソソソッ」
「なんのなんの、この程度でマスターの素晴らしさは伝えきれませんよぉ。サササササッ」
ガキィン、ガキィン
えっ、何の音?
『これはとんでもない事態となってしまったぁ!』
けたたましい音と共に狂乱した魔物が結界内の元主人を殴り続ける。
その隙を伺い瀕死のアブノーマルバタフライは救護班により無事運び出され、またその一方で審判員達が撤収していく。
そしてこんな非常時のため駐在していたDDSF部隊がこの惨事の収拾に乗り出してきていた。
ガキィン、ガキィン
ガクガク・・・鵺よ、そんなに俺が憎かったのか。
『ああっとぉ、ここで結界にヒビが・・・
これはもう長くは持たないぞぉ!』
ドンドドン、ドンッ!
初手は麻酔弾による砲撃。
勿論こんな攻撃が鵺に通用するはずもないのだが注意を逸らす役割は十分に果たしていた。
「大丈夫ですか?北村さん」
「あっ、ああ・・・」
腰が抜け震える彼に救助隊員が肩を貸しバトルフィールドの外へ去ってゆく。
『いや~北村選手も無事救出され何よりです。
あとはあの鵺をどうするかですが・・・』
『テイムが解かれた魔物は只の脅威でしかありません。
残念ですが殺処分も止む無しでしょうね』
私の可愛い化け物を殺処分とは穏やかじゃないですね。
ですがそんなマネ本当にできるのでしょうか。クックック
実弾による本格攻撃が始まると鵺は飛翔して上空退避、眼下の敵へと黒霧を放つ。
それに対しDDSF部隊はマジックシールドを展開、だが黒霧の複合状態異常を完全には防ぎきれずこの時点で半壊状態。
負傷者を庇いつつの一時撤退を始めるが、そこに向かって鵺が再び黒霧を放つモーションに入った。
『これはマズいぞぉ!』
ったく鉄さん、俺をここに呼んだのはこのためだったんですか?
「フレイムウォールッ!」
間一髪、巨大な炎壁が黒霧を遮断する。
気付けば解説席に居た男が右手を前に掲げながらフィールド内を歩き出していた。
『おおっ、これは・・・』
そして彼の隣に一人また一人とその歩みをともにする者が現れる。
『青谷流に御茶目田満も・・・
こっ、この窮地にレッドライオン揃い踏みだぁ!』
ウォォォォォォ―――――ッ!
ふむ、このタイミングでお出ましとは高ポイント。
会場内に木霊するレッドライオンコール。
(賢斗ぉ、何あのかっちょこ左衛門っ!)
いやかっちょこ左衛門っておま・・・
ウゥゥゥゥ~~~~~~~ン
『只今政府より緊急事態宣言が発令されました。
沿岸付近一帯の住民は速やかに海岸から離れ避難をお願いします。
繰り返します・・・』
あらあら、レッドライオンさんの折角の見せ場が・・・
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○武蔵初陣 その3○
ホログラムラッピングで岩山を展開し相模トラフの海中でその時を待つ武蔵。
「そろそろ圏内に入ります・・・モニター出ました」
水泡を撒き散らし暴れる様に泳ぐ怪物の姿がメインモニターに映った。
「準備はいいか。
まずは奴の足を止める、雷海月を全機展開しておけ」
「はっ、雷海月全機出します」
煙突部から垂直に射出された50機のクラゲ型浮遊機雷はゲコドンの通過ポイントへ移動すると漂うように展開する。
「そろそろスタンバってくれ、おやっさん」
「ああわかった」
内海がバケットシートに座るとカプセルの上蓋が閉じてゆく。
「金重を出せ」
「はっ、金重出ます」
船体中央側底部から射出される六本の長刀ユニット。
その内一際長い刃渡り10mの長刀には『兼重』の銘が打たれている。
『ピッ、ピッ、ピッ、ピィ――――、シンクロナイズOK。
ブレインソードシステム金重、起動完了』
まるで意思を持ったかの様に動き出す七本の大刀は雷海月が展開する後方で刃先を前方に向けた。
「8、7、6・・・・・来ます」
標的が視認可能な距離に。
「総員作戦開始っ!」
大黒の号令が飛ぶと雷海月は放電を開始、徐々に小さく強度が増す5層の雷網が展開された。
一方そんなものはお構いなしとばかりにゲコドンはトップスピードのまま突っ込んでくる。
フッ、甘く見てると痛い目をみるぞ、怪物。
バリバリバリバリィィィィ!
その雷網は鯨だろうと何だろうと完全に動きを・・・なっ!
広域展開の1、2層は簡単に破られ3層目、4層目でその勢いに陰りが見え始める。
最後の5層目も強引に突破されたがゲコドンの足を止めるという点では・・・
いよぉ~しよしよし、なんとか及第点。
「出番だおやっさん」
「おうよ、この瞬間を待ちわびたぞ」
その場から再び移動を開始しようとするゲコドン。
ボワッ、ヒュンッ!
だが白いオーラを立ち昇らせた刀剣は一気にフル加速。
キィン、キキィン、キィン
尽くその怪物の初動を封殺し・・・
「くるくると踊る刃が奏でるは・・・」
キィン、キキィン、キィン
「諸行無常の哀しき音色」
キィン、キキィン、キィン
「時が満ち色鮮やかに咲き誇る鮮血の太刀」
無防備な一瞬を造り出す。
とくと味わえ、この老いぼれの集大成。
果たしてあのご立派な鱗におやっさんの技が通用するか。
グサグサグサッ!
七本の刃が下から見事貫通しまるでもみじ葉のように突き刺さった。
「唐紅もみじっ!」
やったかっ!
まっ、紅葉の見頃にはまだちと早かったが・・・ぐはっ!
「なっ、どうしたおやっさん!」
「そっ、そんな・・・ソードユニットが浸食されています」
「シンクロナイズ強制切断、ユニットを今すぐ爆破しろっ!」
「はっ、いえダメです。
既にこちらの制御を離れています」
ちぃぃぃぃ・・・
そして怪物は再び移動を開始、その姿を消してゆく。
「おやっさんを早く医務室へ」
こいつぁマズい状況になっちまったな。
次回、第百九十六話 Sランクとしての存在感を示す時。




