第百九十一話 決勝トーナメント開幕
○アメダス その3○
盛大なスターマインが夜空を彩り、船着場では人々の大きな歓声が聞こえて来ていた。
イッケね、もう最後の花火が上がっとる。
「じゃあ俺はここで、海上さんの宿泊先もこの船だよね」
「待ちなさい、多田賢斗」
まだなにか?
「貴方の雷鳴剣には確かに剣と技その両方が備わっています。
ですが悪いことは言いません、これ以上その剣を振うのは止めておきなさい。
貴方だって50そこそこの若さで死にたくはないでしょう」
また急にわけのわからんことを言い出したな・・・いや待てよ。
「えっとぉ一つ聞いていいかな。
ひょっとして君のお爺さんが使っていた雷鳴剣って今も君ん家に?」
「当たり前です、あれは我が家の家宝ですから」
あらあら、どっかの博物館にでも寄贈しけばこんなことには。
まっ、実際はこの娘だけがその真実を聞かされずってな可能性も・・・
だがそんなことはどうだっていい。
「だったら俺からも助言を一つ」
なんせ既に実害を受けた俺には後の拡大を未然に防ぐ義務が生じているからな。
「その雷鳴剣、一回解析スキルを持った鑑定士にちゃんと見てもらったほうがいい」
しかしこの件に関し深入りは禁物である。
「まっ、部外者の俺が言えるのはここまでかな」
今現在この上なく破綻しているかに思える我々の関係だが、物事には更にその上というものが存在する。
「ここまでって解析持ちの鑑定料はとても高くて有名じゃないですかっ!
知っているなら教えなさい!多田賢斗ぉ」
この様なデリケート案件を敵対者たる私が軽々に扱かおうものなら間違いなく彼女の中の殺意がお目覚めになるだろう。
「断るっ!」
だがいつか雷鳴剣を振う美少女探索者アイドルの噂を耳にしたその時には・・・
「ではさらばだ、ジュテ~ムっ!」
この私だけが彼女の苦悩のよき理解者になれるのかもしれない。ニヒッ♪
「あっ、コラ、まだ話は・・・」
空を切ったその手を胸元に当てると少女は花火の終わった夜空を見上げしばし星の瞬きに目を輝かせていた。
お爺様・・・彼がそうなのですか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○遥かなるアルプスへの旅○
いや~酷い目に遭っちった。ニヤニヤ
まさか元祖雷鳴剣が処女限定のカースソードだったとは、アハハ、笑えねぇ~。ガチャリ
「おっそぉ~い賢斗ぉ、ガサゴソ、あれ~リンゴ飴はぁ?」
あっ、しまった、たこ焼きしか買っとらん。
ゴメンよ、先生。
「まあ察してあげなさい、桜。
きっと厳しい現実を目の当たりにして・・・あれ、おかしいわね。
あんまり落ち込んで、というか上機嫌?」
うん、まあ色々あり過ぎて当初の目的はもうどうでも、って待て待て。
ここで分岐ルートを誤っては何時もと何も変わらない。
そう、今こそこの何気ない日常に眠るビッグチャンスを掴む時だ。ニヤリ
「先輩ともあろう御人がわからないんですかぁ?
笑顔の下に忍ばせたこの男の悲哀が。
これでもさっきまで人生に絶望し今にも涙がちょちょ切れジャパンだったんですからぁ。シクシク」
「はいはい、とっても可哀想ね」
よし、一応形は整った.。
「うわぁ~ん、せんぱぁ~い♪」
いざ行かん、遥かなるアルプスへの旅っ!
「ガシッ、ちょっと待った賢斗君、なぜかしら、身の危険しか感じないわ」
「身の危険・・・とは?
あんな優しい言葉を投げ掛けられたら感激のあまりその胸に飛び込んでゆくのは至極当然の流れ。
さあ早くこの邪魔な手を退けてください。
大丈夫、こう見えて私結構癒され上手でございます」
「少しは欲望隠しなさいよっ!バチンッ
っとに馬鹿ね、物事にはムードってモノがあるでしょ」
ブヘッ!なるほど、つまり突破力が足りなかったと・・・
「でもそうなるとこんな時間までいったい何をしていたのやら」
そんなのどうだっていいだろぉ、プライベートなお時間なんだし。ツーン
「あっ、それならファンクラブのホームページにちょっと面白い写真がアップされてますよぉ。
投稿者は通りすがりの蛯名っちさん、タイトルはぁ『我が団体にまた新たなお友達』。ニヤニヤ」
ブフォッ!その恐ろしいまでの殺意は何ですかっ!水島さん。
「あ~賢斗が知らない女とベンチでイチャついてるぅ」
いやいや、そのお面男が俺とは限りませんぞ、先生。
「ということはこの後二人で花火デート・・・なのでは?」
いやいやいやっ!なんだか今日の茜ちゃん、目が怖いですよぉ。
「ははぁ~ん、まあそういうことなら上機嫌で帰って来たことにも納得ね。
一応弁明の機会を与えてあげるけど何か言いたいことはある?
黙秘もいいけどここでそれやるととっても心証悪いわよぉ、容疑者A」
おい、この国は何時から恋愛が犯罪になったんだ?
だがしかしこのアンポンタンの言う通り、あんな物証を提出されてからの黙秘はむしろ逆効果。
ここは言える範囲の内容で誤解を解いてみるしかあるまい。
「いっ、いやその娘実は明日の対戦相手の海上愛梨さんなんだよ。
俺も最初わからなかったんだけど街中でバッタリ会っちゃってさぁ、挨拶がてらそこで少し話をしていただけ」
うむ、印象の悪いナンパ勝負の件は丸ごと端折ってるが一応嘘はついてない。
「まあ彼女も有名人だし、プライベートの外出時はこのくらいの変装するかもね」
おや、女子的には意外とすんなり地味子ちゃん搭載型を受け入れちゃうんだな。
まっ、俺はこっちの方が本来の姿だと踏んでるが。
「でも少し話したくらいでこんなに遅くなるかしら?容疑者A」
「そっ、そこはほら、彼女例の雷鳴剣後継者の記事に一物ある感じだっただろぉ?
この後北山崎まで連れて行って何回か技を披露してやったっんだよ。
一応言っておくけど向こうがかなり俺を険悪してるのは知ってるだろぉ?
別にお前等が想像するような疾しいことなんて一切なかったからな」
「確かにあの海上愛梨が賢斗君と夜のダンジョンデートっていうのはちょっと考えにくいわね。
疑って悪かったわ、賢斗君」
まっ、わかればよろしい。ふぅ~
「でもそれなら何で帰って来た時あんな上機嫌に見えたのかしら」
「そりゃだって今後の楽しみがまた一つ・・・あっ」
油断した!こっから先は開けてはいけない禁断の世界・・・
「何よ、その今後の楽しみって。
そこまで言ったら話しなさいよ」
「いっ、いやそれはそのぉ~、また今度・・・」
「聞きたい聞きたい今聞きたぁ~い」
「ええ、とっても気になっちゃいますよぉ、勇者さまぁ」
くっ、頭がパニくって何も思い浮かばん。
こいつ等に美少女探索者アイドルの処女情報優先ゲット権を手に入れましたなんて言えるわけねぇ。
ダメだ、万事休すか・・・
(マスター、ここは僕にお任せください)
なっ、スラ坊、お前今の状況がわかってんのか?
少年は藁をも縋る思いでその場に相棒を出現させてみた。
すると・・・
「「「「お~!」」」」
あれ、何で皆ビックリしてんの?
「マスターは僕と一緒にこれの特訓してました」
「「「「あっ、喋ったぁ!」」」」
生後ひと月の魔物は風貌がちょっぴりチャーミングに。
「なぁ~んだ、このスラ君を明日の決勝トーナメントでお披露目しようと私達にも秘密にしていたのね」
「かっわいぃ~い」
「ホント、ビックリしちゃいましたぁ」
その青い身体はクリッとした眼と半月形の口を手に入れていた。
いや、俺が一番ビックリしてるんだが?
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○決勝トーナメント開幕 その1○
ドンドドンドンッ、とそんなこんなで決勝トーナメント当日である。
『さあコロシアムは今日も超満員、初代王者に輝くのはいったい誰なのか。
いよいよテイムモンスターバトル決勝トーナメントが始まろうとしております。
本日は今や日本を代表する探索者パーティー、レッドライオンのリーダーを務める赤羽浩一氏にお越しいただきました。
どうぞよろしくお願いします』
『こちらこそどうぞよろしく』
『初めに一つお伺いしておきたいのですが赤羽氏ご自身テイマーとしての経験は?』
『これでも人生の半分近く探索者をやってますからね、テイムスキルはもとよりそれなりの知識も一通り。
ですが階層間移動ができないという欠点はこのスキルを実戦投入できない一番大きな要因でしたね。
しかしここ一連のテイム改革によりこれまでの不遇な状況は一変、マジコンが終わった翌日にはメンバー総出でキリマンジャロダンジョンへと旅立ってましたよ。
それなりの審査はありますがタンザニアはSランク以外の外国人探索者の受け入れもするようになりましたから』
『まあ国際的には探索者人口の不足が結構深刻な問題になってきたりしてますからね。
ともあれ海外まで足を運んだということは余程思い入れのある魔物がそのダンジョンに?』
『ええ、お願いしていたバーニングライオンの出現情報がちょうど届きまして』
『バーニングライオンとはまたレッドライオンリーダーの赤羽さんにピッタリですねぇ』
『アハハ、安直でしょ?こう見えて頭の中はまだまだ子供なんですよ』
『いえいえそんな少年ぽさが女性ファンを惹きつけてるんじゃないですかぁ』
『からかわないでくださいよ』
『アハハ、ところでそのバーニングライオンという魔物にも少し興味が湧いてしまうのですが』
『この魔物はフレイムライオンが特異個体化した姿で通常は出現していません。
また特異個体ですから当然その強さは折り紙つき、私がテイム可能と考える最強のライオン種ですよ。
ちなみに今回テイムしたオス個体はかなり希少で現地の人間に言わせると数年に一度の厄災なんだとか。
連れ戻った時には盛大な祝賀会まで開いてくれましたよ』
『なんともそこまで凄い魔物だったんですねぇ。
にしても日本が誇るレッドライオンによる異国の地での大偉業、これは近々Sランクへの昇格も期待できるのではないでしょうか』
『いやSランクになるにはこの国の富士ダンジョン攻略が必須ですからね、そう簡単な話ではありませんよ。
ともあれ年内中にはそっちもケリをつけたいと考えてはいますが』
『おおっとこれは突然のビッグニュース!
今後のレッドライオンの動向にも注目させていただきましょう。
っとまだまだ赤羽さんのお話をお聞きしたいところですがそろそろ第一試合開始が近づいて参りました。
只今浮上して来たのが第一試合に使われる砂漠ステージ。
内部は夏の日中に設定され湿度は20%と乾燥、気温は45度を越える暑さとなっております。
そして今二人の選手が定位置である司令塔席に着きました』
なぁ~んか早押しクイズの回答席みたいだな。
う~ん、辛抱たまらん。えいっ、ピポ~ン
ボタン押下と同時に座席後部の白旗がパタパタ。
『あ~っと多田選手、誤って降参ボタンを押してしまい主審に注意を受けてるようですね』
うぃ~っす、すんませんしたぁ。
アハハハハハ
ふっ、今までの私であれば只のふざけた男にしか見えなかったでしょうね。
ですが道化を演じているようでいてそこにはちゃんと意図がある。
そのメッセージ、しっかり受け取りましたよ、多田賢斗。
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○決勝トーナメント開幕 その2○
なんだろう、ここに来てあの地味子ちゃんがこちらに挑戦的な笑みを浮かべている・・・ように見えなくもない。
だがまあなんだ、この試合が終わればもうあの娘との接点は皆無。
ここはあまり視線を向けず干渉しない方向でやり過ごすのが吉だな、うん。
『さあこれより選手達は5分間の作戦タイムに入ります』
っとぉ、そろそろお待ちかねのお喋りスラ太郎君初お披露目といくか。
目と口があって喋るスライムとか、時代は今そんな君を求めているっ!
それぇ♪
(お呼びひぇふか、まふたぁ)
あれ?昨日のアレは夢でしたぁ?
「なぁスラ坊、昨日は目と口があってさぁ、普通に喋ってなかったか?」
(もうひふぁへありまふぇん、まふたぁ。
なんはかはたまはくらくらひて)
・・・どうも様子がおかしい。
解析で調べるてみるとこれは砂漠エリアによる弱体化が原因。
といってもその一番の要因はその気温の高さではなくカラッカラに乾燥した湿度のほうにあるらしい。
で具体的な症状がメンタルストレングス2/38。
なぁ~んもやる気が起きましぇ~んってな感じか?これ。
『それにしても苦手フィールドであっても大事なテイムモンスターを戦わせなければいけないこの現行ルールは今後改善していって欲しい点ですねぇ。
魔物ってのは普通の人間が考えるより遥かに繊細で環境適応力は驚くほど低い。
無理をさせれば取り返しのつかない事態だって十分考えられます』
えっ、取り返しのつかない事態って・・・
『テイマーの引き際の判断力を試す意味では何も間違っちゃいないんですが、やはり持てる力が存分に発揮される白熱したバトルの方が観客達も喜ぶでしょうから』
でもこんな状態のスラ坊を試合に出せば確かに・・・
『ああそういえばこの大会、当初は選手の手駒が3体だったなんて話を聞いたことがありますよ。
しかし開催予定が前倒しされたことでそのルールではまだ十分な参加者数が確保できないだろうと。
その辺りは赤羽さんが仰るように初開催であるが故のレギュレーション上の不具合なのかもしれません』
おいおい、レギュレーション上の不具合ってなんだよ。
そんなことで大事なスラ坊の命が危険に・・・いや待てよ。
レギュレーション上の不具合ってことは要するに主催者側の責任。
つまりそれが原因で棄権するとなれば大会のスペシャルアドバイザーを務めた中山さん的には俺に文句を言えないのでは?
なんとぉ!目から鱗とはこのことだな。
『さあ作戦タイムの残り僅か、刻一刻と試合開始の合図が近づいて参りました』
えっ、もうそんな時間?
『はたしてどのような戦いが繰り広げられるのか。
注目の一戦のカウントダウンが・・・プップップッ』
今からじゃ主審のとこ行って棄権宣告するわけにも・・・
「スラ坊、とりあえずお前はそこでジッとしてろ」
こうなったら試合開始と同時にこの降参ボタンを押すしかない。
パァ―ン
ええいっ、ポンッ!
ピポ~ン
『ああっとぉ、試合開始と同時に降参の白旗が上がりましたぁ』
これでよし・・・長かったような短かったような、嗚呼、これまでの軌跡が俺の目頭を熱くするぜぃ。
『まっ、優れたテイマーならばこそこうする他はなかったでしょう』
いや負けた人間に優れたテイマーだなんてそんなぁ♪
『なにせ雪山育ちの魔物にはこの国の夏でさえかなり堪えますから』
はて・・・雪山育ち?
次回、第百九十二話 南硫黄島作戦。
投稿日ではないですが、まっ、お正月ということで。




