第百八十九話 おかしいおかしい
○ハーレムキング対決 その1○
午後8時、決勝トーナメントの枠順抽選が終わった後は花火大会も企画されギガントドーナツ周辺の街はさながらお祭りの様な賑わい。
そんな人混みをブツブツと文句を言いながら歩く少年が一人。
う~ん、面映ゆい。
確かにうちの女性陣がこんな街中を出歩けば忽ちファンに取り囲まれ大変な騒ぎになるだろう。
だがそれは今や有名探索者の仲間入りを果たしたこの賢斗さんも同じなのでは?
「あ~でも多田さんお一人でしたらお面の一つも被っとけばきっと大丈夫ですよぉ」
「「「あっ、そうかもっ!」」」
「にゃにおぉ~っ!だったら行って証明してきてやるよ」
啖呵を切って出て来たは良いものの、ホントに誰も気づかんとは・・・
「おっちゃん、たこ焼き5つ」
「あいよぉ!ヒーローマスクの兄ちゃん」
これでは単なる買い出し係だぞ、くそっ。
ウォォォ―!
なんだ?この賢斗さんを尻目に大層なギャラリーを作るお隣は。
「凄いぞこのネェちゃん、あんなの普通できっこねぇだろ」
あ~片抜き屋さんか、どれどれ。
「ったくプロ対策に用意していた孔雀まで成功させるたぁ何者だ?あんた。
ほれ賞品の商品券1万円分だ、これ持ってとっとと帰ってくんな」
「いや~迸る才能って奴はどうにも隠せませんねぇ、邪魔したなオヤジィっ!
あっ、多田さんだ、イヤッホ~っ!」
・・・さて次はチョコバナナにリンゴ飴、先を急ぐか。
「ちょっとタンマタンマぁ、何華麗にスルーしようとしてるんですかぁ。
ここで遭ったが百年目、逃がしませんよぉ」
おいお面、ちゃんと仕事しろ。
「いや俺は今忙しいんだっつの。
つかお前一人でも十分楽しそうだったじゃねぇか」
「そんなことありませんよぉ。
寂しくて寂しくて蛯名っち、今にも涙がチョチョ切れジャパンでしたぁ」
お前寂しさを伝える気ねぇだろ。
「おやぁ、あんなところに射的屋発見。
蛯名っち緊急出動、お~っ!」
お~行って来い行って来い。
その隙に俺は・・・っておい、グイグイッ、袖を掴むんじゃない馬鹿者が。
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○バウンダリィブレイク その1○
「それじゃあ俺はそろそろお暇するぜ」
「相変わらずやなぁ、鉄ちゃんは。
花火も上がっとるっちゅうのに見るならこれ以上の特等席はないで」
「ばぁ~か、イチャつくお前等を見ながら飲む酒がうまいわけねぇだろ」
「鉄、もしかして例の悪い予感が当たっちまったのか?」
「ああ、調査団の通報で現地に向かってた別働隊の連絡によるとかつての南硫黄島は見る影もなく今現在あそこは見たこともねぇ怪物が闊歩するモンスター島だそうだ」
「ちっ、やはりバウンダリィブレイクが起こってたか」
バウンダリィブレイク、最近では殆ど聞かれなくなったがダンジョン創世記には結構な頻度で世界各地に起こっていた。
その原因としてまず考えられたのが新たなダンジョンが出現する際前兆として起こる付近一帯の魔素濃度上昇。
運悪くそのエリア内に他のダンジョンがあった場合外界との魔素濃度差が無くなりダンジョン内の魔物が外に出てきてしまうというのがその内容とプロセスである。
「へっ、なんで今更あの島でバウンダリィブレイクが起こるん?
コア爆破したんはひと昔もふた昔も前の話やし魔物が出とったとしてもとっくに魔素濃度の低下で消滅しとるはずやろ」
しかしこの前兆時の魔素濃度上昇、実際にはダンジョン内の魔素濃度を上回ることは極稀で出現したダンジョンが後々Aランク以上にまで成長したケースを除けばバウンダリィブレイクに繋がっていない。
ではなぜ前述のような頻度でバウンダリィブレイクが発生したのかといえば、この前兆に一つの例外が存在するからに他ならない。
「いやまあ過去のバウンダリィブレイクは魔素濃度の低下と共に収束に向かったとされているがそれはあくまで瀕死状態となった魔物を処理してまわった討伐隊の活躍があったからこその話だったと考えた方がいい。
魔素濃度が低下しただけで外に出ていた魔物が綺麗さっぱり消滅しましたってのは昨今のテイム関連研究の成果と照らしてみても整合性が取れてないだろう」
現在全世界的に禁止されているダンジョンコアの爆破処理。
これでダンジョンを消滅させると再び同じ場所にダンジョンが出現するわけだがこの場合の再出現前兆は他と少し性質を異にする。
「言われてみるとせやなぁ。
こと進化において魔物ほど優れた生物は他に居ぃひん言われとるし、魔素濃度の低下いうたかて何も瞬間的に元に戻るわけやない。
色んな状況を考えたら高濃度の吹き溜まりみたいなんがあったかもやし何もせんで放っといたら特異個体化してまう個体がおった可能性も十分や」
通常と比べ前兆期間がかなり短くその分魔素濃度が一気に上昇、これはダンジョン内魔素濃度を簡単に超えてゆく。
立地条件さえ揃えばほぼ間違いなくバウンダリィブレイクが引き起こされ、当時の災害の大半がこの流れで起きていたのは言うまでもない。
「ああ、でそいつを踏まえて今一度あの島の歴史を振り返ってみるとどうだ。
これまで2度ほど調査団の派遣があったものの異変の発見には至らずコア爆破から20年以上放置され続けた無人島。
魔素濃度が通常へと戻っていく数か月という間に進化を重ね、その後島中の生物達や飛来する渡り鳥達を手にかけながら更なる強さを手に入れていく。
そんな最悪なシナリオがあの島で起きてたんじゃねぇかって俺の頭に過っちまってたんだよ」
「だったら一大事やん、こんなとこでのんびりしとる場合ちゃうで」
「フッ、とはいえまあ安心しろ、確かに世界遺産にもなってる島が魔物に荒らされちまった損害は甚大だがあそこは絶海の孤島で周囲にこれといった被害報告は出てない。
20年以上この状態が続いてるってことは恐らく特異個体化で生き延びた個体の中に飛行系などの島外へ出る術を持った魔物が存在していなかったんだろう。
そして階層ボスを含めダンジョン内に残ってた個体に関しては特に強くなっている理由はない。
速やかに元凶となったダンジョンを発見しコアを撤去できれば外の怪物達も同時に消滅、これなら俺達DDSFだけでも十分対処が可能ってわけだ。
まっ、急ぐに越したことはないがここに至ってはそこまで焦る必要もないだろう」
「なぁ~んや人の不安煽るだけ煽って結局は普通のダンジョン処理と変わらんちゅう話かいな。
鉄ちゃんらしいつまらんオチやな」
「そうだぞ鉄、それだけ強くなった魔物なら一戦交えてみようって気になるのが男だろ。
希少なアイテムなんかがドロップされる可能性だって考えられるからな」
「何言ってやがる、隊員達の大事な命を預かる今の俺がパーティー時代のノリで好き勝手やっていいわけねぇだろ。
安全策があるのにみすみすあいつ等を危険な目に遭わせられるかってんだ」
「よしわかった、じゃあ南硫黄島には俺も連れていけ。
お前等DDSFがコア撤去をしてる間、俺がそいつ等を引きつけといてやる。
どうだSランク探索者様が無償で手を貸すって言ってんだ、涙が出るほどありがてぇだろ?」
「そういうのを有難迷惑っつぅんだ、ばぁ~か。
ある程度人員は残しておくがこっちもこっちで有事に備える必要がある。
お前はここの警備の保険みてぇなもんなんだよ」
「なんだとぉ!だったらギャラの一つもよこせってんだ。
決めたぞ俺は、明日の試合解説はお前がやれ。
南硫黄島には俺が行ってやる」
「雅、この馬鹿殴っていいか?」
「う~んまあそれはええけど、鉄っちゃん。
ひょっとしたらダンジョンコアを撤去しても外に出とったんが消滅せぇへん可能性もあるで」
「何っ!それはどういうことだ、雅」
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○ハーレムキング対決 その2○
コラ放せ、グイグイ、なんで俺がお前と一緒に射的なんか・・・ドンッ
ちょっとちょっとぉ、急に止まったら危ないでしょ~!
「大変です、多田さん。
向こうからハーレムキングの偽物がやって来ました」
「なにっ、ハーレムキングの偽物だとっ?何処だ、そいつは」
「ほら、あそこに」
見えて来たのは若い女性に囲まれた金髪ダンディ。
ほう、確かにあのモテっぷりは異常だな。
「どうします、とっちめますか?キング」
「そうだなぁ、どこぞの外人風情がこの日本で好き勝手っておかしいおかしい。
まるでこっちが本物みたいに聞こえちゃうだろぉ?」
「ケビィ~ン♡今日はぜひ私をお持ち帰りしてくださぁ~い」
ん、ケビィン?
「あっ、ずっるぅ~い、じゃあ明日は私ぃ~♪」
「そんなこと言ったら私は明後日を予約しちゃうわよぉ~ん」
「ハッハッハッ、ありがとうございます、日本のレディ達。
ですがソーリィ、この私に許された時間はそう長くないのですよ。
っとおやぁ、これはミスター多田ではないですか、奇遇ですねぇ」
うん、やっぱり知り合いでした。
にしてもお面のサボり具合が酷いな。
「ども、また日本に来られてたんですか」
「ええまあこの国の近海で少し不穏な写真が撮影されまして。
もっと詳しく知りたいですか?聞けばもう後戻りはできませんけど。ギラっ!」
突如放たれた鋭い眼光は一瞬で賢斗の背筋を凍らせた。
「あっ、いえ結構です。アハハ」
「それは残念、ではミスター多田、また近いうちに」
やっぱおっかねぇなぁ、国際探索者連盟の人間は。
ああいうのが絶対敵に回しちゃイケないって奴だ。
「ちょっと待てぇ~い、この金髪ハーレム糞豚野郎っ!」
ブフォッ!お前は何を考えてんだっ!
「おや、貴女は?」
「多田ハーレム所属、ハーレム番号6番の蛯名っちです」
いやその自己紹介おかしいおかしい。
「ほほう、ミスター多田がその若さで既にハーレムを築いていたとは驚きですね。
それでその多田ハーレム所属の貴女がこの私にいったい何を?」
「何を?じゃねぇぞコンチクショー!
外国の偽物風情がこの国のハーレムキングの前で好き勝手できると思うなよぉ」
馬鹿よせ、この人に喧嘩売ったら多分お前の爺さんぶっ倒れるぞ。
「つまりこの私とどちらが本物のハーレムキングか勝負をしたいということですか」
「ったりめぇのコンコンちきよぉ」
「ハッハッハッ、ではその勝負受けましょう。
で、勝負方法はどのように?」
う~む、なにこの超展開・・・
「え~キョロキョロ、じゃああの娘にしましょう、持ち時間1分であの娘をナンパでゲットした方の勝ち。
本物のハーレムキングならこのくらい朝飯前です」
「なるほどそれは面白そうですね。
ではミスター多田が勝てば私は彼女達との楽しい時間をここでお開きに致しましょう」
こんなのつき合ってられんしそろそろトンズラするのが吉か?
「その代り私が勝てば蛯名っちさん、貴女にはケビィンハーレムの一員になってもらいます。
この条件をのめますか?」
って待て待て。
今こっちが負けたら国際探索者連盟がコイツを引き取ってくれると聞こえたんだが?
「こぉ~、こぉ~」
蛯名っちは突然ゆっくり口から息を吐きつつ空手のような威嚇ポーズを披露し始めた。
うむ、どうやら聞き間違いではないらしい。
コイツがこんなに動揺しとるの初めて見た。
「アハハ、それは了承ということで?」
にしてもあれだなぁ。
モテ過ぎるとこんなゲテ物にまで興味が湧いてしまう病気にかかるのだろうか?
実に痛々しい。
「ええ勿論です、ケビィンさん。
こっちからふっかけた勝負ですからね、条件はそっちのご提案通りに。
あっ、なんだったら順番もそっちが先攻ってことでいいですよ」
ともあれこんないい話、最早この俺も全力で乗っかっていくしかない。
「ブルンブルンッ!ギングゥ~、ジュルジュル」
さっきまでの威勢は何処へやら、いい歳した女性が首をブンブン振り泣きながら賢斗の胸ぐらを掴む。
「アハハハ、随分嬉しそうじゃねぇか蛯名っち。
これでお前も将来は海外セレブだぞ」
コラコラ、首絞めで嬉しさを表現するんじゃないっ!
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○バウンダリィブレイク その2○
「海外の話やけどな、なんでも故郷のダンジョンコアが撤去されてもテイム後1年以上経っとったテイム個体については消滅しなかったって聞いたで」
「むぅぅ・・・つまりコアと魔物の繋がりみてぇなもんにも期限があるってことか?
だとするとこれは一気に雲行きが怪しくなってきやがった。
特異個体化を繰り返しレベル50を優に超えた怪物を複数相手にするのは流石に骨が折れちまう」
「よぉ鉄ぅ、随分お困りのようじゃねぇかぁ♪
今なら格安でSランク探索者様が手を貸してやってもいいぞ」
「テメェさっき無償でって言っただろ」
「チッチッチ、相場ってのは常に変動するものだろぉ?
文句だったらさっき首を縦に振らなかった自分の判断力の甘さに言えよ」
「ぬかしやがって、雅、明日の解説は赤羽の奴にでも声を掛けてみてくれ。
俺からの頼みだって言えば奴もそう簡単に断れんはずだ」
「まああの子は鉄っちゃんによう懐いとったしな」
「まっ、ここの警備は赤羽とあの高校生ルーキーに任せるしかなさそうだな」
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○ハーレムキング対決 その3○
男性にまるで免疫が無さそうな瓶底眼鏡をかけたおさげ女子。
なぜ賑わう街中に不釣り合いのこんな少女が一人立っているのか、少し疑問を抱きつつもケビィン・ホワイトは歩き出す。
「やあレディ、もしかして待ち合わせをキャンセルでもされてしまいましたか?
しかし折角の花火、今からあそこに見える最上階のレストランで私と一緒に楽しみませんか?
きっと楽しい時間をお約束しますよ」
ふむふむ、あれがモテる男の口説き文句か、実にスマートかつエレガントだな。
あんなことイケメン金髪ダンディに言われたら、コロッと逝っちゃいそうなお婆ちゃんでも「まあ素敵」ってときめいちゃうでしょ。
いや~これで蛯名っちも寿退社かぁ、めでたしめで・・・
「あっ、すみません、私今忙しいので」
えっ、嘘、アレを断るなんて難攻不落もいいとこだな。
「これは失敬、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした」
う~ん、でもまあこれが現実かぁ。
実際ナンパなんてそうそう成功しないだろうし、相手に何か用事があれば尚更。
俺が声掛けたらビンタされたりして、アハハ
「いや~残念、私のターンは失敗に終わってしまいましたよ」
「おうおうおうおうっ、思い知ったか、このパツ金野郎ぉ!
さあキング、この偽物に目にモノみせてやってください」
ちっ、ケビィンさんが失敗した途端元気になりやがって。
最悪ドローのこの展開に安心でもしたのか?
だが甘いぞ、蛯名っち。
「一応先に言っときますけど、俺も失敗した場合は2回戦目突入ということで対象の女の子を変えて続けましょう」
引き分けなんつぅ糞面白くもない結末なんぞいらん。
「おおっ、それはいい、こちらも望むところです」
ここは是が非でもケビィンさんに勝ってもらわねば。
ってコラコラ、首絞めで嬉しさを表現するんじゃないっ!
そしてお面を被った少年が少女の方へと歩き出す。
さて何はともあれ俺もさっさとあの娘に撃沈されてきますかね。
「やあお嬢さん、このあと少しこのヒーローマスクにお時間を頂けませんか?じゅてぇ~むぅ!」
あれ、なぜ俺の美少女センサーに反応が?
「ふっ、やはりその声、ようやく正体を現しましたね、多田賢斗。
いいでしょう、私も貴方との接触の機会を伺っていたところです」
いや、おかしいおかしい。
次回、第百九十話 アメダス。




