第百八十七話 非凡なる強運が奏でる幸運の連鎖
○非凡なる強運が奏でる幸運の連鎖 その1○
ペチペチッ、ポチョンポチョンッ!
う~ん、あやしい。
(五右衛門さんだいじょぶぅ~?)
(ご心配召さるな、この程度屁でも御座らんぞ。フハハハ)
あっ、やっぱりねぇ~。ニコリッ
最初っからへなちょこパンチだと思ってたもぉ~ん。
だって賢斗とかおるちゃんがあんなこと言うからさぁ~。
「いいか桜、この大会で一番大事なのは何と言っても全力を出してる感。
そん次に、いや桜達にとってはこれと同じくらい大事になるのが如何に受けるダメージを最小限に止められるかだ。
回復手段が自然治癒だけの五右衛門さんは蓄積ダメージが命取りになるからな」
「そうね、今日の予選だけでも3連戦あるし、油断して大ダメージなんか貰っちゃったら明日の決勝にまで響いちゃうかもよ」
短いインターバルを挟み試合が組まれるこのバトル大会において瞬時に全回復できる手段が必要不可欠であるのは言うまでもない。
だがアンデット系については一般的な回復系のアイテムや魔法の類が逆効果となりその対処は極めて困難。
最高位クラスのアンデットであれば死霊魔法を使ったり専用の回復特技を持っていたりもするのだが、またその一方人間側でこれ等の手段を持ち合わす者が果たしているのかどうか、一応表向きは居ないことになっている。
とまあこうした背景を考えれば公式大会であってもアンデット系の回復については専ら自己対応とされているのも御理解頂けることだろう。
『小田選手サイドとしてはダメージの蓄積も気になるところだと思いますがどうやらあのパンチにそこまでの威力は無さそうです。
今の内に何か対抗策を考えたいところですね』
『いや、そんな呑気に構えてる場合じゃないと思うぞ。
あのこんにゃく太郎は地元群馬の探索者達には腹黒こんにゃくなんて呼ばれていてな。
高を括って悠長してるとあのパンチの本当の恐ろしさを知ることになる』
『えっ、本当の恐ろしさ?』
ニタァ、こんにゃく太郎の口が三日月のような笑みを浮かべる。
なっ、ガクンッ
信じられないといった様子で片膝をつくスケルトン奉行。
『あれは所謂ウェイビーパンチ、その本質は相手の身体に微弱な振動を送り込むことにあんだよ。
撃たれた直後はほぼノーダメージだが撃った数だけ内部で共鳴し乗算された大ダメージが時間差で一気にやって来る』
『ああっとホントですね、HPゲージが今一気に6割近くも持っていかれましたよ』
先程までの笑顔は何処へやら。
大きなショックを受けた少女の顔にはガ~ンの文字が浮かんでいた。
あっ、マズい、先生放心状態だ、帰って来ぉ~い。
しかしこのピンチを前にしてようやく非凡なる強運が目を覚まし始める。
ブンブンッ、そだ、もうこうなったら覚えたばっかの新必殺技に何とかしてもらっちゃお~。コクリ
(五右衛門さ~ん、この間のあれ、張り切っていってみよぉ~)
(えっ、アレをでござるか?しょっ、承知した)
きっと主君には拙者の窺い知れぬ深い考えがあるのであろう。
通常個体も覚える技であれば五右衛門さんにもその知識が先天的に備わっている。
だが本来覚えなかったはずの技についてはその限りではないらしい。
首を傾げながらも片手で印を結んだ骸骨はその指を下から上へクルリと回す。
「出でよ、釜茹で地獄」
すると指の動きに呼応するかのようにこんにゃく太郎の足元から熱蒸気を放つ何かが浮上してきた。ゴゴゴゴォ・・・
『なっ、なんだぁ、あれは。
攻撃中だったこんにゃく太郎もここは一旦バックステップで距離を取ります。
ええっとあれはぁ・・・大きな鉄釜ですね。
グツグツと煮え滾る黒ずんだ液面にはすのこのような物も浮かんでいますが』
なるほど、こんにゃく切れなくなっちゃいましたの次はこう来たか。
『果たしてどういった攻撃が始まるのか』
そ~だなぁ、強いて言うならあの大釜が空中を飛び回り上からあの黒くて如何にもな熱湯をぶっ掛けるとか?
いや待て、あの顔は・・・
テレビの隅に映る少女は何やらムスッと考え込んでいる。
間違いない、あれは碌に検証もしていない新技をブッツケでイケイケ投入、その挙句どうすりゃいいのか自分でもよくわからんの顔。
となるとアレが攻撃系かどうかも怪しいとこだな。
『はて、てっきり攻撃に転じるのかと思われましたが出現した釜茹で地獄にはスケルトン奉行自らが入るようです』
だが俺は知っている。
普通であればまず失敗に終わるはずのものが時として本来の成功を遥かに上回る好結果に繋がっていく世にも奇妙な現象を。
ちゃぷん、うむ、やはりこれは極楽至極でござった。カハッ♪
『ああっとぉ、ようやく謎が解けましたぁ!
メインモニターの右下をご覧ください、開始早々瀕死状態にまで追いやられたスケルトン奉行のHPゲージが急速に回復していきます』
ほぉ~ら始まった。
にしても石川五右衛門は釜茹での刑で死んだんじゃなかったのか?
『全くこの局面でこうも大胆にダメージ回復技をブッ込んでくるとは流石に相手も予想できまい。
ふっ、見かけによらずあの嬢ちゃん、なかなかの策士だな』
えっ、あっ、そぉ~そぉ~作戦成功ぉ~♪
いえ中山さん、これは策とかではなく非凡なる強運が生み出す謎の怪現象です。
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○非凡なる強運が奏でる幸運の連鎖 その2○
とはいえこの時点ではまだダメージが回復しただけの話。
刀による斬撃が通用しない以上またあのパンチによる猛攻が始まったら元の木阿弥である。
『静観を保っていたこんにゃく太郎もここで再び動き出します。
ああっと、やはりあのパンチは見た目以上の高破壊力、分厚い鉄釜の表面に見る見る亀裂が生じていくぅ。
そして今ぁ~、こんにゃく太郎が釜茹で地獄を見事に粉砕っ!パァ―ン、バッシャーン
中から現れたスケルトン奉行に再び・・・』
先生、そろそろまた出番です。
『あれ?なっ、何だぁ、あれはっ!』
鉄釜の中から現れたのは戦国武将の亡霊か。
朱に染まる甲冑の兜には「桜」という漢字一文字の金装飾。
身の丈ほどもある長刀を背にするその姿は覇者の風格さえ漂わせていた。
うむ、五右衛門さんてばまた一段と桜専用機感が増したなぁ。
つか何をどうしたらあんな風に進化すんだろ。
かっ、か~っこいぃ~♪キラン
『どうやらスケルトン奉行は上位個体であるスケルトン武将に進化したみてぇだな。
コイツならあんな妙竹林な甲冑を着けてても不思議じゃねぇし、何気にレベルも3つ上がってる。
特異個体化が起こる諸条件を見事に満たしていた点も合わせればまず間違いないだろう』
『なるほど、あの変貌振りはそういうことですか。
にしても小田選手の策士振りには本当に驚かされますね。
まさか試合の最中に自分のテイムモンスターを進化させてしまうとは』
エヘヘ、あんまし言うと照れるじゃ~ん。
『いや諸条件を満たして尚特異個体化の発生確率は1割以下、ありゃどう見ても只の偶然だろ。
違うってんならあの嬢ちゃんが天に愛されるほどの強運の持ち主でもなきゃ説明がつかねぇぞ』
あっ、それが正解です。
『それでしたら中山さん、小田選手のLUK値については当初かなり噂になっていましたよ。
事務所発表の公式ステータスでも未だに彼女のLUK値だけが何故か伏せられたままですし、これはひょっとするとってな具合に』
まあそっちについてはボスの策略。
時間は掛かるが公表するよりバレちゃった方がインパクトも抜群だとかなんとか。
実際Sランクの肩書背負った今となっちゃあ桜のLUK値は只のセールスポイントだからなぁ。
『そうか、この試合振りを見た上で考えるならその噂の信憑性はかなり高いとみていいだろう。
だがここまでの追い風が彼女の強運によるものだとしたら、何時それに終止符が打たれてもおかしくはない。
運エネルギーの枯渇って奴は高LUK値の者ほど起こり易い傾向にあるからな』
『えっとぉ~中山さん、その運エネルギーの枯渇というのは何ですか?』
うんうん、教えて中山先生。
『ああそうか、これは知り合いの学者先生が提唱する運エネルギー消費理論に基づく考え方でな。
幸運って奴もまた何等かのエネルギーを消費する形で引き起こるひとつの現象なんだと。
この理論におけるLUK値の高い人間の定義は運エネルギーのキャパシティや変換能力、幸運の質を高める能力や発現力などに優れた存在。
その一方で幸運現象の発生タイミングについては誰であれ意識的には制御できないものとしている。
そして運エネルギーの枯渇ってのは他者と相反した場合や立て続けに幸運現象が引き起こされた場合に許容を越えた運エネルギーを消費し底を尽いてしまった状態のことだ。
こうなると2、3日はLUK値の機能が著しく低下し、一時的に精神疲労から来る脱力感や目眩といった貧血によく似た症状に襲われる。
とはいえ少し休めばある程度持ち直すし、LUK値の機能低下の方だって別にマイナス領域に突入しちまうわけじゃない。
で要するに俺がさっき言いたかったのは強運にも限りがある。
どれほどの高LUK値者であろうとこういった大会での強運ゴリ押し戦法は長続きしないってことだよ』
なるほどねぇ、うちの先生を見て来た俺としては運エネルギーが枯渇するとか言われてもあんましピンと来ないけど中山さんが言うと妙に説得力があるからなぁ。
あれぇ~、なんかちかれた。ゴシゴシ
コラコラ先生、おネムの時間にはまだ早いだろ。
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○非凡なる強運が奏でる幸運の連鎖 その3○
その後試合の方は進化によりレベル3つ分基本スペックの上がったスケルトン武将が攻勢に出る。
しかし斬撃が通用しない状況に変わりなく、逆に相手のパンチが度々ヒットしジリ貧展開。
あれぇ~折角かっこよくなったのに五右衛門さん負けちゃいそぉ~。
でもなぁ~んか変だなぁ~、力入んないしすっごい眠い。
『おやぁ小田選手、フラつき出したと思ったらマントに包まりしゃがんで丸まっちゃいました。
近寄って行った副審の一人に自分は大丈夫だとアピールしているようですが・・・
こう言っては失礼かと存じますがああいう姿も何だか愛くるしいですね。アハハ』
『あの嬢ちゃんの場合は少し分かり辛いが、あれが運エネルギーの枯渇症状ってやつだな。
まっ、さっきも言ったように身体的にはそこまで心配する程のことはないし、本人の意思を尊重する意味でもここで試合を止める必要は無いだろう』
ふむ、まあ試合は3分だしあの様子なら大丈夫か。
一方石舞台の上では主人の異変に気づいたスケルトン武将が丸くなった少女を眺めちょっぴり早とちり。
さもありなん、只々相手のなすがままにやられる拙者の姿に主君もさぞ落胆したことであろう。
たかがこんにゃく一つ斬れぬとは・・・ぐはっ!
『おっとそしてぇ、石舞台上ではスケルトン武将戦意喪失かぁ、またも大ダメージ!』
・・・不甲斐なき拙者などここで果ててしまうのがお似合いか。
『HPゲージは1割を切り最早立っているのが不思議な状態。
これは討伐決着もあり得るぞぉ!』
主君よ、共に過ごした日々・・・
拙者存外、楽しかったでござる。ぐはっ!
試合時間も残り15秒、スケルトン武将は片膝をつき滅多打ち状態。
誰の目から見ても既に勝敗は決し後はタイムアップが先か討伐決着が先かといった光景が広がっていたのだが・・・
(五右衛門しゃん、頑張れぇ~)
それは少女が託す残り香か。
闇に落ち行く骸骨の頭に陽だまりのような少女の暖かな声が響く。
しゅっ、主君?
骸骨の眼に僅かな光りが戻る。ボォワン
(全力を出した感が一番大事なんだってぇ~・・・)
そう申されましても拙者にはもう何も・・・
既に少女のLUK値はその強大な力を失っていたはず。
なっ、これは・・・新たなる力の息吹を感じる。
して我に何を願う?
笑止、そんなものは決まっておる。
骸骨はベクトルを持たない新たな力と自問自答を繰り返す。
天が斬れぬというのならその理をも斬って伏せる力を。
本来もう少し先に覚えるはずだったそれは魔物の強い想いに共鳴し・・・
主君よ、お待たせ申した。
途切れたはずの幸運の連鎖が再びその調べを奏でる。
「随分と退屈したことであろう、こんにゃくの御仁。
しかしこの一撃は拙者の全身全霊、全力で避けることをお勧めいたす」
『ああっと、残り10秒、瀕死のスケルトン武将が再び居合の構え。
果たしてこれ以上斬撃を放つ意味があるのかぁ』
「いざ参る、紫炎傷天害理ぃっ!」
抜かれた長刀は紫炎を纏いながら美しい半円を描く。
だがその太刀筋がこんにゃく太郎の身体を傷つけることはなくその魔物は勝利を確信したかのうように笑みを浮かべた。
やはりこの魔物の斬撃はこんにゃく太郎に通用しないのか?
そんな疑問が頭を過ったその時、誰も耳にしたこともないような甲高い音が鳴り響く。
パキィィィィ―――ン
『なっ、なんだこれはっ、こんな斬撃見たことないっ!』
おいおい、幾らこんにゃく斬れないからってそこまでやるか?
『なんとスケルトン武将、空間ごとこんにゃく太郎をブチ斬ったぁ!』
空間に入った亀裂はそのままこんにゃく太郎の身体を分断。
戦闘不能となった魔物を前に骸骨は静かにその長刀を納める。
「天を傷つけ理を害す紫炎の刃に切れぬものなし。カチャン」
あれ、勝ってる?ゴシゴシ
次回、第百八十八話 うむ、ご苦労。




