第百八十六話 ネームド強化と桜の初陣
○脱ぎたて♡淫靡テーションブーメラン その3○
『ええっとぉ、驚きの結末に目を疑いましたが別にあの鴉天狗がアンテイム状態になったというわけではなさそうです。
にしても中山さん、使役関係にある魔物がテイマーの指示に従わないなんてことがあるんですか?』
『まあテイム状態を維持しているのであれば基本的にはない、が魔物にも性格ってモノがあるからな。
もし人の話をあまり聞かないタイプだったらこういうこともあり得るんじゃないか』
確かにテイムした魔物がそんな性格だったら苦労しそうだな。
『あ~つまり指示伝達がうまくいっていなかったということですか』
まっ、見当外れもいいとこですけどね。
で客室に戻って来た茜さんの様子は・・・
「ぴえ~ん、鴉さんのバカバカ、私なんかミジンコ以下ですぅ、グスングスン」
「お~よしよし、私だって一回戦で負けちゃってるんだし一人でそんなに落ち込む必要ないわよ」
「どんまぁ~い」
へぇ~、こういう時は先輩も普通に優しいんだな。
そして敗者にこんなご褒美があったとは・・・俺もあのアルプス連峰に顔を埋めてフニフニしたい。
「ほらそんなとこでぼ~っとしてないで賢斗君も少しは慰めてあげなさいよ。
君は茜の勇者さまなんでしょ」
えっ、あっ、そだね。
「まああれだあれ、そう気にすることないって。
その分俺が茜ちゃんの分まで頑張るからさ」
「はい♪今だぁ!」
常に貪欲さを旨とする彼女はアルプスの頂から賢斗の大胸筋へとダイブを敢行。
がしかし、ガシッ!その飛翔は空中でガッチリキャッチされる。
「あとちょっとぉ、あとちょっとぉ、パタパタ」
なんと哀れな空中遊泳、やはり嘘泣きだったか。
(見とけ桜、馬鹿な負け方をするとお前もこうなるんだぞ)
コクリ。
こうして賢斗達のテイマーズバトル大会初日は幕を閉じた。
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○テイマーズバトル大会二日目○
翌二日目、今日も賢斗達が客室から試合観戦する中、Jブロック決勝には難なく勝ち上がってきた本命の一角九条琢磨が登場していた。
「ゆけぇ!花子」
人のこと言えんが、この人のネーミンングセンスも大概だな。
パオ~、ドシンッドシンッドシンッ!
ジャイアントマンモスが四肢で地面を叩きつけると足元からは水面の様な波紋が広がり石舞台の上はまるでトランポリン。
不安定な足場を気にする最中、唐突に沈み込んだかと思えば対戦相手の身体は天高く跳ね上げられた。
『これはベロベロフロッグも空中ではなす術無しかぁ!』
向かった先はジャイアントマンモスの眼前。
そこで待っていたのは長い鼻によるドロップショットで再び上空へ舞い上げられると目を回しながら石舞台の外にナイスオンするのであった。
『勝負ありっ!場外』
『いや~まるで曲芸のようなランドウェーブからノーズショットへの連続技。
その戦い振りは実にテイムモンスターの可能性を感じさせてくれるものでした。
そういえばこの予選、飛行タイプとは一度も当たりませんでしたがこの点については幸いだったと言えるのではないでしょうか』
『確かに幸いだったかもしれねぇな、がそれは多分対戦相手の方だと思うぞ。
生半可な飛行タイプが出て来てもウォーターキャノンの餌食だしこういった大技は総じて威力の加減は難しい。
試合結果がもっと凄惨なものになっていたとしてもおかしくはないからな』
だよねぇ、あのマンモスは実力の1割も出してないんじゃない?
『あっ、そんな強力な技を温存していたんですか。
確かにそれならお相手の方が幸運だったと言えそうです』
にしてもホント、こんなのが居る決勝トーナメントにスラ坊が出ていいのかな?
そして続くHブロックでは有力視されていた市村紫苑組に暗雲が立ち込めていた。
『別に耐性スキルがあるわけじゃないがシルバーゴーレムってのは種族的にアブノーマルバタフライが使う状態異常技が効かない。
レベル差云々を語る以前にタイプ相性が悪過ぎるだろう』
『あ~種族特性という奴ですか、となると市村選手にとってここは試練の決勝となりそうですねぇ』
あらら、確かに十八番の状態異常なしにやりあったら相手が格下だろうと分が悪い。
できれば決勝で俺達がこの人と当たりたかったんだけどな。
と戦前はかなり形勢不利な評価を受ける市村紫苑組。
試合が始まってもそれが覆ることはなく開張2mにも及ぶ蝶が上空から降らせる鱗粉は完全沈黙しシルバーゴーレムの対空クロスボウにより徐々にHPを削られていく展開に。
『さあ試合時間も残り1分、アブノーマルバタフライも真空の刃で応戦しますがやはりこのダメージレースはシルバーゴーレム側にやや有利といったところか』
しかしそんな最終局面を迎えて市村紫苑は僅かに笑みを見せていた。
ここに居る誰もが私達の敗北を予感してるでしょうね。
そう、舞台は整った。
予選ではまだ見せたくはなかったけど・・・
「パピヨン、アレを使いなさい」
市村が呼び掛けると、青光りした蝶の両前翅に目のような紋様が浮かび上がった。
見た目上それ以外の変化はなさそうに思われたが・・・
ん、なんだ?
『おやぁ、これはいったいどうしたことだぁ!』
突然動きの止まったシルバーゴーレムはそのままうつ伏せに倒れ込む。バタァーン
「オーホホッ、さあ早く降参なさい。
このままでは貴方のシルバーゴーレムが消滅してしまいますわよ」
『中山さん、この状況はいったい・・・
アブノーマルバタフライが何か攻撃をしているようにも見えませんが』
『ふむ、簡単に言うなら相手の耐性を無力化する超音波攻撃ってところか。
まあ不可視である以上普通の人間がポカーンとしちまうのも無理はない』
あっしも会場に居ないから何が何だかわからんかった。
でアレが超音波だとするとかなり広範囲に拡散してるわけか、初見殺しもいいとこだな。
『あ~なるほど、それにしてもこんな奥の手があったとは』
『にしてもあの常軌を逸した破格の効力、ひょっとするとあの技は最近話題になってるリミットブレイク技かもしれねぇな』
そだね、実際これは相当ヤバい性能。
耐性をブチ破って来る状態異常とか反則もいいとこだろ。
『あっ、それって上限解放されたスキルレベル11で覚える特技のことですよね』
にしてもこの人がここまで強敵だったとは計算外。
大海のお守りを持ってるスラ坊だってあの技を使われたら一溜りもなさそうだし。
『ああ、昨今のジョブ開放はなにも人間側だけの専売特許じゃない。
魔物だってジョブを取得すればスキルが上限解放されるだろうし、勿論テイムモンスターについてもこれと同じことが言える』
試合は対戦相手が残り15秒で降参宣言、市村紫苑はその後も順調に勝ち上がり決勝トーナメント進出を決める。
いや~予選で当たらなくてホントよかった。
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○ネームド強化と桜の初陣 その1○
さて予選ブロックもいよいよ大詰め。
「桜君、決勝の命運は全て君の肩に掛かっている、期待しているぞ」
「あいあいさぁ~、ほんじゃ行ってくるねぇ~」
軽いなぁ・・・だが信じているぞ、先生。
先輩に続き茜ちゃんまで初戦敗退、この嫌な流れを止められるのはお前しか居ない。
部屋から出ていく桜を見送り再びソファにどっかりと腰を下ろした賢斗さん、再びテレビの解説トークに目をやると・・・
『あっ、そういえば魔物を強くする方法の一つにネームド強化というものがあると小耳に挟んだのですが。
決勝に残った選手達を見てもテイムモンスターに愛称をつけている選手が多いですし、ここ等でその辺のお話もお願いできますか』
『ちっ、お前さんよくそんな誰も見向きもしない情報を仕入れてきたな。
でもまあ時間もあることだし一応その辺の理解に必要な情報から順を追って説明してやるか』
うんうん、スラ坊に名前付けたら解析名にも影響あったし、おいらもちょっと興味ある。
『まずネームド個体ってのは鑑定で調べた際に種族名とは別の固有名を持った魔物のことを言い、ダンジョンで出現するこの手の魔物は先天的に他の同種の個体に比べ桁外れに強かったりする』
そだね、ネームド個体が強いのは誰でも知ってる常識だし・・・って待てよ、そういやユニサスの奴も初めっから固有名を持ってたよな。
となるとアイツは激レアな一角天馬の中でも・・・おや、これ以上考えるのは前頭葉が拒否している。
『それに対しテイムにおけるネームド個体ってのは後天的にテイマーの付けた愛称が固有名として登録されたケース。
だがこっちは別に固有名登録されたからといって桁外れの強さが手に入るわけじゃない。
付けられた名前に影響を受け特徴や成長が他の通常個体とは違ってくるってだけの話だからな』
あっ、そういう感じなのね。
『ともあれこのシステムを利用し強くなりそうな名前を付けてやれば相棒が強くなる可能性はあるだろう?
つまりこれがネームド強化ってわけだ』
となるとスラ坊にはもうちっと強そうな名前を付けてやるのが正解だったか?
つよし君とか。
『しかしこれには大きな問題があってだな、固有名登録されること自体滅多に無くそのタイミングもマチマチ、数か月や数年後忘れた頃に登録されるケースもザラで名付けてすぐ登録されたケースを除けばその成否確認だけでもかなりの時間と根気が必要となってくる』
ほほう、ってことはすぐ登録されたのは結構ラッキーだったのかな。
先生だけだったら話も分かるがてっきりそういう仕様かと。
『その上登録されたとしても期待した効果が得られるかにはかなりの疑問が残る。
昔100体のテイムモンスターに一撃破壊王なんて名前を付けた大掛かりな検証実験が行われたんだがその中で固有名登録された個体はたったの2体。
その2体をレベル15まで育成し様子をみたところ、どちらの個体も一撃破壊の必殺技を覚えるに至った』
おおっ、凄いじゃん。
『まっ、話がここで終わりならまだ良かったんだが・・・
1体はその特技にレベル3以下の魔物に対し有効といった条件があったし、もう1体にはさっきの上位互換のレベル5以下限定条件の他、一撃で破壊される脆い身体とかいう訳のわからん特徴まで備わってしまっていた』
えっ、何それ。
『その後研究は諸問題から頓挫したがこの結果は当時のテイマー達にそれなりの影響を与え戦闘面を想起させる様な尖った名前を付ける者は大幅に減少、それが今も受け継がれている。
実際検証データとしてはサンプル不足だし大成功する可能性は秘めているのかもしれない。
だが既に大きなリスクが示されている以上、大事な相棒を賭してまで個人でその夢を追うような奴はなかなか居ないのが現状だ』
確かに戦闘時の役に立たなくなったらテイムモンスターとしての存在意義に関わってくるもんな。
しかしそうなると良かったなぁ、多田スラ太郎で。
ここまで人畜無害な伸び白を感じさせない名前も他にあるまい。
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○ネームド強化と桜の初陣 その2○
かれこれ1時間後。
テレビ画面にはオープンカーから元気よく手を振り割れんばかりの大歓声に応える少女の笑顔が映し出されていた。
『さあ皆さんお待ちかね、ナイスキャッチの代名詞、小田桜選手の登場です』
「やっほ~」
頼むぞ桜、お前まで負けちまったら俺のキラーパスを誰がゴールするんだ。
所定の位置に着き進化したスケルトン奉行を出現させると会場もどよめく。
『いや~あの小さな少女が身の丈2mはあろうかという恐ろしい魔物をテイムした事実。
こうして肩に乗ってる姿を見ますとホント驚かされますね』
アハハ、桜の奴、小さい言われてムクれとる。
『まっ、小田のスケルトン奉行は階層ボスクラスの魔物。
体格差以上にそっちの方が俺は驚きだがな』
対するお相手は格闘タイプのこんにゃく太郎、道着姿のこんにゃく人形は石舞台の上で一礼をしてご挨拶。
ほう、中々躾けの行き届いた魔物だな。
『それで試合の方ですが中山さんはどうご覧になりますか』
『まっ、高耐久が自慢のこんにゃく太郎だが斬撃系の攻撃には滅法弱い。
ここは格上でもあるスケルトン奉行が勝つ公算が高いだろう』
おっ、中山さんもこう言ってるなら安心だ。
「ねぇ、ちょっと賢斗君。
私、嫌な予感がするんだけど」
へっ、なして?探索者界の重鎮が太鼓判を押しとるのに。
「ひょっとして五右衛門さんの刀じゃこんにゃくは斬れないんじゃないかなって」
「いや先輩、こんにゃくなんて包丁で幾らでも切れますし、日本刀で切れないわけないでしょ」
藪から棒に何言い出すんだ?このアンポンタンは。
中山さんだってお相手は斬撃に滅法弱いと、いや待てよ。
「まあ普通に考えればそうだけどダンジョンの魔物ってフィクションとノンフィクションの境は曖昧だし有名なアニメの設定が魔物に反映されててもおかしくないじゃない」
つまり先輩は五右衛門さんという名前から大怪盗が活躍する国民的アニメの設定がネームド強化による特徴の変化として発現しているのでは?と言いたいわけか。
ったく、仕入れた情報をすぐひけらかしたくなるとか、子供か。
「いや流石にそりゃ考え過ぎでしょ、先輩。
その可能性はかなり低いですし、あそこに居るのを誰だと思ってるんですか。アハハ」
桜に限ってそれはない。
「あっ、そっ、そうよね。
桜だったら私の嫌な予感くらい簡単に吹き飛ばしてくれ・・・」
『ああっとスケルトン奉行の居合切りの一閃がこんにゃく太郎にはノーダメージッ!』
えっ、マジ?
『近接戦に持ち込まれたスケルトン奉行にこんにゃくパンチの雨が降り注ぎ、これは開始早々大ピンチだぁ!』
「どっ、どうしよう賢斗君」
俺等にどうこうできる問題じゃないだろ。
「まっ、多分大丈夫ですよ、先輩」
だってアイツ今、楽しそうな顔してる。
次回、第百八十七話 非凡なる強運が奏でる幸運の連鎖。




