第百八十三話 知らない力
○知らない力 その1○
外の天気が良好であれば特殊な天候フィールドを使う時以外ギガントドーナツは中央エリア上部の開閉式天井をフルオープンすることもできる。
また対魔物設計の多重結界バリアシステムは海からの心地よい風や潮の香りを妨げることもなく、晴天に恵まれたこの日雲一つない青空に試合開始の合図が高らかに響くのだった。
『さあ本邦初となる魔物同士の公式試合、その戦いの火蓋が今切って落とされましたぁ。
まずはじっと睨み合う両者、先に動くのはどっちだぁ~・・・っとぉ一角天馬だぁっ!
これは凄い、一瞬で50m近い距離が詰まります。
そして目にも止まらぬ一閃が見事に決まっていくぅ』
放たれたのはホースソニックと角槍撃の複合技。
ヴァージンナイトで力と素早さに補正の掛かった一連の動きに鈍重なスライムはまるでついて行けない。
あっちゃ~、やっぱスピード勝負じゃまるで歯が立たねぇな。
ガッツゥゥゥーン、ひゅ~~~~ん、コ~ンコ~ンコ~ン
弾き飛ばされ石舞台上を転がっていく多田スラ太郎さん0歳1か月。
つっても少し前なら今のでパックリ2分割ってとこだけど、今は物理耐性もカンストしてる。
ああやって力を受け流せてる分には・・・
コロコロコロォ~~~~
っておいおい、ちょっと待て。
グラグラ・・・
ヤバい、そこから落ちたら・・・コロン、あっ。
『ここで主審の旗が上がったぁ、これは呆気ない幕切れ、場外落下により紺野選手の一角天馬が勝利しましたぁ』
・・・う~む、負けるだろうとは思っていたが、もうちょっとこう見せ場くらいはあっても良かったんじゃないか?
決着時間も早過ぎるし、これじゃあ八百長疑惑勃発案件に・・・ん?
『おや、これはどうしたことでしょう、審判員の一人が旗を大きく振りながら主審の下に駆け寄ります』
しばらくして主審がマイクを手に先程の事情説明を始めるとメインスクリーンには別角度からの映像が映し出される。
それによるとスラ太郎は確かに場外落下しているが、下の石畳に接触することなくその手前5cmといったところで空中停止、そのまま動かず石舞台の影で身を潜めていた。
『・・・よって大変お見苦しい点をお詫びすると共に只今の判定は無効とし準備が整い次第開始23秒からの試合再開とさせていただきます』
『ああっとぉ!これはセーフ、セーフであります。
勝負はまだついておりません。ウォォォォ―』
歓声に驚いた様子の青い塊は身震いを一つさせると、ぴょんぴょんと空中を跳ねながら初期位置へ戻っていく。
(いかがでしたか?マスター。
題して死んだふり大作戦です)
「おおっ♪やるじゃねぇかスラ坊、まんまと俺まで騙しやがって」
ったく、その役者っぷりは誰譲りだ?
『それにしても見事に判定が覆ったわけですが、あのスライムには驚かされます。
空中で移動する能力、更にはこの試合のルールをしっかりと理解し石舞台の影に隠れていたとは誰が考えたでしょう』
『確かに空を飛ぶスライムといえば羽の生えたスカイスライムってのが結構知られているがアレは全く別のアプローチ。
恐らく格闘系の魔物が使う高等スキルのエアリアルだと推察できるがそんなもんを所持するスライムの話はこの俺ですら聞いたことがない。
だがあのスライムの頭が悪いとでも思ってるんならその考えは正した方がいい。
ステータスパラメータを見れば一目瞭然だが知能の高い魔物なんて腐るほどいるし、スライムであってもあれ程の高レベル個体なら普通の人間以上の高い知能を持っているだろうしな。
とはいえリスポーンを繰り返す魔物という存在には大体それに見合った知識や経験って奴が欠落している、イメージとしてはIQの高い幼児を連想するのが一番シックリくるだろう』
『はぁ、でも中山さん、それなら何故ダンジョンの魔物はどれも獣のように人間を襲って来るのでしょう。
子供であれ知能の高い生命体ならそんなことはにはならないと思いますが』
『ああそうか、そっちの話もしてやらなきゃすんなり納得できんわな。
つっても俺も専門家ってわけじゃねぇから簡単に言うとだな、魔物ってのは常に極限状態レベルで侵入者に対する敵対心という本能に支配されている。
人間だって極限の飢餓状態になればその辺の雑草だって口にするだろう。
そんな状況ではあれこれ思考は働かないし、これが知能の高い魔物でもダンジョンで人間を見境なく襲って来る最大の要因になっている。
そして知っとく点がもう一つ、テイムには魔物との使役関係構築効果の他にこの生まれ持っての本能を薄めちまう効果がある。
つまり生来の枷から解き放たれたテイムモンスターってのは本来の知能を発揮するし、テイム状態が長くなれば理性ある行動だってとれるようになっていく。
まあこれにも種族差や個体差はあるみたいだがな』
『いや~そういうことでしたか、大変勉強になります』
『あとまだ試合も中断してるようだしついでに言っとくが、魔物が主役のこの大会、こうした審判の誤審も普通のスポーツの試合なんかと比べればかなり多くなるだろう。
しかしそれはある程度仕方のないことだし、見る側もそれを許容する寛大さを持って試合の方を楽しんで欲しい』
『確かに仰る通りですねぇ、魔物に関する情報はまだまだ不足し初大会である今回は特に審判員の方々も誰もが新人からのスタートとなっております。
今この時代にこうしたモンスターバトルを楽しめることに対する感謝を我々も忘れてはいけないのではないでしょうか。
とここでようやく試合の方は仕切り直し、今主審が大きく旗を振り止まって居た時計が再び動き出します』
プッ、プッ、プッ、パァ―ン
『さあ今度こそあの賢いスライムを一角天馬が仕留めきれるか、再びスライムとの距離を詰めに掛かります。
がしかし今度はそのスライムがこれを迎撃、2本の触手から放たれた遠距離斬撃に一角天馬も堪らず急停止』
おっ、いいぞ、スラ坊。
『ですがこれはなんとも不思議な光景。
命中してるかに見える攻撃は尽く一角天馬の身体をすり抜けているようです』
あらら、ほぼノーダメージじゃねぇか、ったく。
こっちはさっきのでHP2割も削られてるってのに、あの幻影は狡いよなぁ。
でもまあ一応反撃もしたことだしこのままタイムアップってのもアリか。
・・・あっ、そういやアレは流石に使っとかないとマズイよな?
大した効果はないらしいけどこの劣勢で使わなかったら全力を出した感がうまく伝わらんだろうし。
発動っ、テイマーズサポート!
「頑張れぇ~、スラ坊ぉ!」
発動を念じながら応援してやることでテイムモンスターのパワーアップが見込める特技テイマーズサポート。
取得後の解析によれば効果時間は1分間で貯めた親密度ゲージを消費する形で発動するちょっと他には無いタイプ。
またこの親密度ゲージがゼロになってしまうとゲージの蓄積スピードは格段に落ち、再びフルチャージされるまで再発動できないやんちゃ仕様となっている。
ちなみにこの親密度ゲージゼロペナルティはテイマーズサポートを取得したばかりの初回にも見事に適用され特技取得から初回発動までに掛かる期間は約3週間。
この大会まで賢斗達がこの特技の検証はおろか一切使っていなかったのはこれが理由となっていた。
『あっと多田選手、相手に攻撃が効いていないとみるやテイマーズサポートを発動です』
(うぉぉぉ~、なんだか漲って来たです。ニョキニョキ)
『おっと、これは結構な変貌振りだぁ。
触手の数が6本に増加し3倍になった斬撃が一つ、また一つと今までかすりもしていなかった一角天馬の馬体に傷をつけ始めております』
へぇ、ゲージ消費も2割程度だし、聞いてたよりずっと効果は高そうだな。
つっても手数は増したが威力の方は寧ろ落ちてる。
このまま行ってくれれば黙って眺めてるだけでいい感じの結果になりそうな予感。ニヤリ
『いや~中山さん、テイマーズサポートというのはこれ程高い効果を発揮するものでしたっけ?
私も一応事前に調べておいたのですが、確か親密度ゲージを全消費してもステータスが微妙に上がる程度のものだと』
うんうん、丸石さん情報でもそんな話だったな。
『まあテイマーズサポートってのはかなりギャンブル性が高かったりするからな。
自分と好相性の当たり個体をテイムできれば高い効果が効率よく得られるし、逆に大量のゲージ消費をした上に応援のプレッシャーから弱体化しちまうようなハズレ個体も居たりする。
ともあれテイムモンスターの強さを求めるのであればより優れた種族をテイムした方が遥かに確実かつ効率的だし、手間も時間も掛かっちまうこの辺りの厳選にこだわるテイマーは滅多に居ない。
つまり多くのテイマー達にとってはさっきお前さんが言ったような評価になっちまうってわけだ』
『なるほどぉ、となると多田選手のスライムはかなりの当たり個体。
超希少個体にもかかわらず個体の厳選までしてくるとはこの大会に賭ける彼の並々ならぬ意気込みが伝わってくるようですねぇ』
えっ?
『まっ、そうだな』
あっ・・・うん、して来たして来た、個体厳選。
いや~参ったなぁ、バレちゃいました?
ほれ、もっと中山さんに死ぬほどアピールするのだ、実況。
『さあ今時計は残り1分を切りましたぁ、試合の方はダメージレースの様相。
初手の一撃を決めた一角天馬に対しブリリアントアクアマリンスライムが細かく相手のダメージを積み上げていきます。
果たしてこの勝負どちらに軍配が上がるのか』
あ~ん残念、結構接戦に見えてるだろうけど、多分試合がひっくり返るってほどじゃないわ。
どうせならもっと凄い必殺技とか出してくれたらよかったのに。
でも笑っちゃうわねぇ、プレッシャーで弱体化しちゃうハズレ個体とかまるでどっかの誰かさんみたい、うふっ。
あれ、ちょっと待って、弱体化?
・・・はっ!もしかすると大チャンス来たかも。
「アラくぅ~ん、ちょっとこっちにちゅうもぉ~く!ウッフン、パチリ
貴方も頑張って最終奥義とか見せてくれたらご褒美に抱き締めスリスリしてあげちゃうわよぉ~、チュッ♡」
『あ~っとぉ、ここで堪らず紺野選手もテイマーズサポートを発動だぁ!
初々しいウッフンウインクと投げキッスに私も含めこの会場の男性諸氏はメロメロではないでしょうか。ウォォォォ~!』
余計なこと言わんでいい馬鹿実況、あんなもん苛立ちしか覚えんだろ。
にしてもおかしい、あの諦めの悪い先輩が自分から勝ちを決めに来ただと?
う~む、流石のあの人もついに諦めた・・・まっ、それはないか。
これで良し、なんといってもアラ君は私が厳選に厳選を重ねた純情な性格の持ち主、でも今回に限ってはそれが災いしちゃうの。
このかおるお姉さんが気合を入れてお色気てんこ盛り応援なんかしちゃったら初心なあの子はプレッシャーに押し潰されてすっごく弱体化しちゃうに決まってるもの、うん、私天才♪
どうせ先輩の頭の中にはこんなお花畑が広がってるに違いない。
だがそう思い通りに事が運ぶはず・・・いや待てよ。
苦労の末に見事ハズレを引き当てるのがあの人の持ち味。
だとすれば、確かにユニサスがテイマーズサポートで弱体化するハズレ個体である可能性は恐ろしく高い。
はっ!これはマズいぞ、このままでは恐怖の大逆転勝利が・・・ん?
そんな二人の予測に反し、一角天馬は強い意志を滾らせた眼をかおるに向け覚悟を決めた頷きをひとつ。
その馬体からは白い闘気が立ち昇った。
あれ、おかしいわね、ちょっと刺激が強過ぎたかしら。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○知らない力 その2○
『そしてなんとぉ、こちらもテイマーズサポートの効果は覿面だぁ!
馬体がひと回り大きくなったようにも見えます』
そうか、俺は一つ大きな勘違いをしていたようだ。
テイマーズサポートで大事なのはあくまで両者の相性、テイムした魔物の性格がどんなに歪んでいようともそれがそのままこの特技におけるハズレ個体とは限らない。
つまり、あの処女大好きムッツリ馬とこの大観衆を忘れあんな破廉恥応援をやってのけるうちのアンポンタンビューティーとはすこぶる相性がいいのだ。
ポタッ、ポタッ・・・んっ、雨?
見上げれば周囲に広がる青空からは考えられない巨大な積乱雲が完成しつつあった。
えっ、アレってもしかしてユニサスの雲魔法か?
バシャバシャバシャバシャ・・・
次第に雨足が激しくなる中、スラ太郎が放つ斬撃をまるで意に介さずゆっくりと上空へ駆け上がっていく一角天馬。
アイツ、なにをするつもりだ?
結界スレスレでその動きを止めると天を仰いで嘶きを一つ。
ピカッ、ゴロゴロゴロォー!
それに応えるように上空の黒雲から雷柱が落ちてくる。
なっ、これはまさかっ!
その昔、雷鳴剣の生みの親である海上司は若かりし頃一度だけ、一角天馬と遭遇したことがあったという。
「やめろ、ユニサスっ!
そんなもん喰らったらスラ坊が死んじまうっ!」
バチバチバチィ、ドッゴォォォォォ――――――ン
しばしの静寂・・・凄まじい雷撃は石舞台の3分の1を跡形もなく吹き飛ばしていた。
咄嗟に転移した賢斗が元居た位置に戻ってみると、そこにあったはずの相棒の姿は何処にも無かった。
一方この大技を放った一角天馬も無事ではなく瀕死のダメージを負ったその馬体は石舞台に降り立った途端崩れるように倒れる。
先程までの雨は止み、空に掛かった大きな虹がこの戦いの終わりを告げていた。
「バサッ、対戦相手討伐により勝者、紺野かおるの一角天馬っ!」
主審が旗を上げるのが先か一目散に駆け寄った少女は涙ながらに愛馬の首筋を抱き締める。
「ごめんね、もうあんな無茶言ったりしないから、グスン」
一方の少年は茫然自失、ガックリと落とされた肩がその深い悲しみを伝えていた。
初めて見た大迫力のモンスターバトルはこれまで感じたことのない昂揚感で人々の心を熱くし、その激闘の先にはテイマーとテイムモンスターとの絆を物語る感動のドラマが待っていた。
何処からか起きた小さな拍手は次第に大きく、コロシアムは二人に対する賞賛に包まれるのだった。
ウォォォォォォ――――!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○知らない力 その3○
かおるがウォーターヒールで愛馬の回復を図る中、既にここに居る必要の無くなった少年もその場に立ち尽くしていた。
周囲からすればこの事態を受け入れきれず退場を拒んでいるかに見えただろう。
「多田君、君の気持ちも分かるがそろそろ・・・」
歩み寄った主審がそんな彼に優しく声を掛けると・・・
・・・う~む、どうしよう、最悪だ。
俺的にもこのまま黙って帰りたいのだが・・・
しかしそれでは後々凄ぉ~く面倒なことこの上ないし・・・ブツブツ
「悪いがこの後も予選が沢山控えてるんでね」
ええい、仕方ないっ!
「あの~少し言い難いんですけど、あの辺ちょっと見ててもらえます?」
少年は重い口を開くと、石舞台の端を指差した。
「ん、あそこがどうしたんだね?」
「お~い、スラ坊もういいぞ、いい加減姿を見せてくれ~」
(あれ、バレてましたか?流石です、マスター。
これは初めて見せたはずなのに)
そりゃテイムが解除されたアナウンスもなかったしな。
ユラユラユラ・・・まるで何もなかった場所には嬉しそうに飛び跳ねる多田スラ太郎さんの姿が。
「なっ、まさか、さっきはこの目でもしっかりと・・・」
驚きと共に主審の目は大きく開かれた。
映像を確認してもスラ太郎が消滅する姿はしっかりと記録されていた。
しかし現実として今視線の先にその討伐されたはずの魔物が石舞台の上で元気な姿を見せている。
そしてこの10分後に訪れた審議の結果は・・・
『え~度重なることで誠に恐縮ではありますが、再度審議をしましたところ今回の試合については既に試合終了時間も過ぎておりタイムアップ時の残HP率による判定ということになりました。
それによりこの試合、多田選手のブリリアントアクアマリンスライムの勝利とさせていただきます』
先程までの感動は何処へやら・・・
ブゥーブゥー、金返せっ、バカやろぉーっ!
ゴメン主審さん、うちのスラ坊が度々御迷惑をお掛けしまして。
コロシアムには罵声まで飛び交ってしまう始末であった。
「ったくお前、かくれんぼでもしてるつもりだったのか?」
(いえ、でもマスターに楽しんでこいと言われましたから)
ふっ、こっちが負ける気満々で試合に挑んでも勝つとか、無敵か?オマエは。
・・・にしてもそっか。
そういやここ、海上施設だったな。
次回、第百八十四話 エリアブースト型。




