第百八十二話 厄介なジレンマ
○厄介なジレンマ その1○
壇下に下りた賢斗は真っ直ぐかおるの下へ。
早速あーだこーだと文句を言い始めたのだが、当の彼女は柳に風、素知らぬ態度でやり過ごす。
ともあれ客観的に見ても彼同様特にスキルを持たない彼女が此度の抽選結果に影響を及ぼしたというのは些か無理のある訴えであった。
「じゃあもう良いですよ、どうせ言い争ったって結果が変わるもんでもありませんからね」
「そうそう、さっきのは手が疲れちゃったから伸ばしていただけ。
枠順についてはぜぇ~んぶ君のくじ運の結果なんだから、現実はキチンと受け止めましょう」
疲れて手を伸ばす時に一々あんな腰の引けた念力送信ポーズになるのか?ったく。
あれは絶対先輩の往生際の悪さが呪いとなって俺に降りかかったせいだぞ。フンッ
「でもまあ意外と賢斗君も可愛いとこあるじゃない。
望み通り大好きな先輩と記念すべき初大会の初戦に決まったのは嬉しいけれど、なんだかちょっと気恥ずかしい。
ええい、ここは怒った振りでもして誤魔化してしまえ、だって男の子だもん。
ってところでしょ?」
「なっ、貴様っ!なんと大それたことをっ!」
まさか俺の切実な被害届がここまで曲解されていたとはっ!
「先輩、貴女という人はとうとうこの賢斗さんの逆鱗に・・・」
「なぁ~んだ、照れ隠しかぁ~」
五月蠅いっ、外野は黙ってろっ!
「私も初めてのお相手は勇者様が良かったですぅ」
紛らわしい言い方をするんじゃない!
「まあまあ多田さんもそれくらいにしておきなさい。
こんなところで下手に騒いでうちがトーナメントの抽選操作をしたなんて噂が広まったらどうするの?」
いやそれはそうですがボス、今の逆鱗ポイントは既にフェイズ2へと移行してましてですね・・・
「それにこうなった以上、この枠順から予選をどう戦っていくか、プロなら早く頭をそっちに切り替えることも大切よ」
「あっ、そのことですが中川さん、私棄権しようと思うんですけど」
むむっ、まあテイム大臣から逃れることしか頭にない先輩なら当然の選択か。
棄権すれば目出度く俺がテイム大臣に就任、晴れて先輩は大臣の大役を回避できるからな。
だがどうする?
本来ならそんなこと絶対あってはならないことだ。
しかし先輩の棄権は優勝戦略的にも2強の一角崩しが狙えるスラ坊の決勝トーナメント進出に繋がるチームとしてもベターな選択となっている。
ちっ、まさか予選の枠順決め如きでこんな厄介なジレンマに陥るとは・・・
「それは止めておきなさい、紺野さん」
えっ、なんで?
ボスだって俺達の誰かに優勝してもらいたいでしょ?
「貴女が棄権すれば多田さんは手の内を明かさず、消耗を避けた上で2回戦へと駒を進められる。
チーム戦略としては一見そうすることが正解だと勘違いしてしまうかもしれないわ」
いや勘違いも何も正解なのでは?
「でも視野を広げてもう少し先のことまで考えてごらんなさい。
ルール上許されたとしても戦略的棄権というのは傍から見てあまり気持ちの良いものではない。
ましてや初大会の予選第一試合という只でさえ注目の集まる舞台、さっき多田さんがAブロック2番を引いた時、コロシアムの方は凄い盛り上がりだった。
そんなファンの期待と周囲の注目が集まった状況で貴女が今棄権することはナイスキャッチのこれからにとって果たして正解と言えるのかしら」
「そうですよ紺野さん、ファン目線からするとメンバー同士の対戦なんて誰もが羨むご褒美カード、棄権なんかしたらきっとブーイングの嵐ですよぉ」
ああなるほど、確かにこの先輩との試合は普通の試合よりかなり性質の悪い条件下にあるからな。
「そっ、そうですね、そういうことなら棄権は止めておこうと思います」
まっ、うちの首脳陣からこう言われちゃ流石の先輩も折れるしかないか。
「そうね、それが良いわ」
でもまあそうなると・・・
(賢斗くぅ~ん、かおるちゃんいいこと思いついちゃったぁ♪)
ん、なんだ?そのろくでもない臭がプンプンする念話は。
まさかこのボスの話を聞いた上で八百長試合のご提案じゃないだろうな?
「あと一応言っておくけどやるからには正々堂々精一杯の試合をお見せすること。
ワザと負けたりなんかしてバレたらそれこそ貴方達がこれまで築き上げて来たもの全てが失われることになり兼ねないわよ」
うんうん、そりゃそうだ、ぷっ。
音のしなくなったお隣さんは案の定息の根を止められた表情を浮かべていた。
ほれ、その先を早く言ってみろ、サドンデス女。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○厄介なジレンマ その2○
さて予選トーナメント抽選会の次は開会式。
『最後に今日は初めての大会にこれだけの人が集まってくれて本当にありがとうさん。
それじゃあお待ちかねの第1回テイマーズバトル大会、ここに開幕やぁ!』
ワァァァァァーっ!ドンッ、ドドン、ドンッ
歓声と共に打ち上がる花火、一通りのプログラムを経て斎藤雅による開会宣言も終わると海上自衛隊所属の音楽隊が再び演奏を開始。
整列していた選手達が行進曲に合わせ引き上げていく中、この後直ぐ試合を迎える賢斗とかおるだけは途中から別行動となっていた。
「こちらが多田選手の待機席になります。
フィールド変更が終わりましたらすぐ中央エリア入場になりますので頃合いをみてそこの階段から下へお進みください」
「あっ、ども」
にしてもあっちの方は賑わってんなぁ。
反対側のスタンドに案内されたかおるの周りは既に生の彼女を間近で見ようと結構な人だかり。
それに引き替えこっちの周りは・・・
「たっださぁ~ん、いやっほ~う♪」
約一名を除いて静かなもんだ。
「お前よくそんな一等席を確保してるな」
まっ、探索者協会の息も掛かったこの大会、蛯名一族のコネ力があればどうとでもなるだろうけど。
「まあファン倶楽部会長でもある私の多田さん愛は並大抵ではありませんからねぇ。
ホントだったら100万円くらい多田さんに勝モン券も突っ込んでますよぉ。
いや~大損こいちまったぜ、コンチクショー」
今やコイツもうちのギルドの関係者扱い、そういうのは買えないらしいからな。
「そこで多田さんに蛯名っちからご提案。
もしこの試合多田さんが勝ったらこの私にご褒美進呈というのはどうでしょう。
そしたら蛯名っちのモチベーションもアゲアゲですし」
それ以上お前のモチベ上げてどうすんだよ。
「いったい何が欲しいんだ?」
「いや物とかではなくてですねぇ。
両手でこうハートの形を作ってもらいまして憂いた微笑を浮かべながら『遥LOVE』と」
失うものが大き過ぎだろっ!
なんてことをやっていると芝一面の中央エリア内には誰も居なくなり、会場全体にアナウンスが流れる。
『これより5分後にフィールド変更プログラムが開始されます。
フィールド変更時の中央エリア内は大変危険となりますので、ご来場のお客様はお席でご着席の上お待ち頂きますようご協力をお願い致します』
グォーン、機械的な重低音が響き始めるとまるで鍋底が抜けるかの如く中央部が下降を開始。
おっ、これは思ってた以上の大迫力。
『さあご覧ください皆様、これこそこのコロシアムが世界に誇る多層型可変フィールド。
観客スタンドを残し中央部が下降した姿はまるで巨大なドーナツ、御察しの通りこれがギガントドーナツという名の由来にもなっております』
10分程で新たな装いとなった中央エリアが再浮上。
『そしてあっという間に現れたのは200m四方の石舞台が設置された石畳フィールド。
予選で使われるこちらのフィールドを軽くご説明しておきますとあの石舞台上がバトルスペース、テイマーはこの下から指示を送るポジションで中には入れません。
そしてテイムモンスターが石舞台から下の石畳に落ちた場合、また壁や結界に触れた場合には場外による失格となっております。
中山さん、今大会はフィールドごとにこうしたルールが設定されているそうですが、これにはどのような意図があると思われますか?』
『そりゃ討伐するより簡単な選択肢を増やしてやれば、必然的に敗者がテイムモンスターを失うケースも少なくなる。
まっ、この大会はあくまでテイマーとテイムモンスターの実力を競い合う競技だし、主催者側的にもそういった事態は好ましくないだろうからな』
『確かに自身のテイムモンスターを失うリスクがあまりに高いようでは次回以降の出場者は激減、今後の開催まで危ぶまれて来ますからねぇ。
っとぉ、ここで第一試合の選手が早速入場して参りましたぁ。
まずイーストサイドゲートから出て来たオープンカーで手を振るのはナイスキャッチの頼れるお姉さま、紺野かおる選手であります』
ワァァァァーっ!
中川さんからあんなにしっかり釘を刺されちゃうなんてもう完全に予想外よ。
棄権して簡単にテイム大臣を回避するつもりだったのに、賢斗君と真っ向勝負だなんて。
次の試合きっと賢斗君はスラ君にブリリアント魔力砲を使わせたりしない。
となるとレベルの高い私のアラ君が・・・あ~ん、かおるちゃん大ぴ~~んちっ!
『そしてウェストサイドゲートからはこちらも同じくナイスキャッチの笑えるリーダー多田賢斗選手であります』
誰が笑えるリーダーやねんっ!
『奇しくも初戦からナイスキャッチメンバー同士の組み合わせに会場も異様な盛り上がり。
オープンカーから降りた両者が今対峙しましたぁ』
にしても先輩ユニサス組と真っ向勝負なんかしたら普通に負けそうなんだが。
かといってここでブリリアント魔力砲を使うのは愚の骨頂、俺達が決勝トーナメントに進む意味がなくなってしまう。
そこでこの賢斗さんは考えた。
この際綺麗サッパリ優勝を諦めてしまうのはどうだろうかと。
そしたらどうだ、予選落ちでありながら同じナイスキャッチメンバーである先輩に負けたのであれば中山さんにもそれなりに言い訳が立ってしまう。
しかも今ならもれなく紺野テイム大臣爆誕という超豪華特典までついて来る。
元々俺が決勝トーナメントに進もうが優勝なんてかなり無理筋だったし、どうせ負けるなら今でしょ~♪
賢斗とかおるがセーフティールームからテイムモンスターを出現させると観衆はどよめく。
その後二人はテイムモンスターに指示を出す3分間の打ち合わせタイムに入った。
「いいかスラ坊、この試合でブリリアント魔力砲は温存だ、あの技は決勝トーナメント用にとっておかないとだからな。
とはいえそうなるとかなり苦戦は免れないが、それで負けちまってもお前が気に病む必要なんてこれっぽっちも無い。
まっ、今回は気を楽にして思う存分戦って来い」
(了解です、マスター)
まっ、下手にコイツの意気込みを低下させては八百長試合と誤解され兼ねない。
出せる指示的にはあの技の使用禁止くらいなものだが、元々の実力差を考えればこれで十分だろ。
「アラ君、この試合・・・」
場外、タイムオーバー、色々考えたけどやっぱりダメ、こっちだけでバレないようにワザと負けるなんて絶対無理よ。
・・・もうどうしたってこの運命からは逃れられないようね。
(ヒヒン?)
「折角の晴れ舞台だし貴方の勇姿を精一杯観客の皆さんにお見せするのよ」
だったら後のことは勝った後で考えましょ。
まだ安心するのは早いわよ、賢斗君。
君と私は運命共同体なんだから。
『え~今現在のオッズは紺野選手勝利が1.2倍で断然、多田選手勝利は18倍となっております。
では中山さんの最終的な予想をお願いできますか』
『まあテイマーとしての実力がほぼ互角ってところではテイムモンスター同士の実力が鍵になる。
してその魔物同士の実力だがオッズが示す通りレベル、そして種族的にも優れた紺野かおるの一角天馬が勝っていると言えるだろう。
だがそこを敢えて俺は多田賢斗が勝つと予想しておこうか』
『おおっ、これは締切間際に大胆予想が飛び出しましたぁ、その理由をお聞かせ願えますか』
『まっ、大方の予想を否定するつもりはないが、どちらもかなり情報の少ない超希少個体であることを考えれば不安も過る。
だったら俺はこの際そっちは切り捨て、この段階で唯一あの2体の戦力分析が正確にできているであろうあの二人に着目したってわけだ。
何やら思案に暮れた感じの紺野かおるに対し多田賢斗は実に自信に満ちた表情をしているだろぉ?』
『確かに今回は同じパーティーメンバー対決ということもあり、互いの実力についてはよく把握していることでしょう。
っとここで審判員が位置につき、いよいよ試合が始まります』
ふっ、全く心配させやがって、だがまあこれで一安心だ。
そのスライムは格上の魔物をも凌駕する力を秘めている。
なっ?そうだろ賢坊。
ぶっちゃけ負けちまっても中山さんが結婚するだけの話っぽいからな。フハハハハハっ!
プッ、プッ、プッ、パァーン
次回、第百八十三話 知らない力。




