第百七十九話 月ダンジョンデータベースと最終調整
○最後の出場登録者○
ドゴォーン
富士ダンジョン13階層では探索者を背にしたジャイアントマンモスが上位種であるジャイアントアイスマンモスを葬り去っていた。
するとそれを見かけた一人の探索者が上空から下りて来る。
「よう九条、もう大会は明日だってのに相変わらず隙のねぇ野郎だな」
「あっ、赤羽さん。
そりゃそうですよ、これまで日の目を見なかったテイマーの晴れ舞台、否が応にも気合が入るってもんです」
コツコツ型の直向きな努力家。
明日のテイマー大会、俺としてもコイツのような奴に優勝してもらいたいところなんだが・・・
「フッ、まっ、そうだな、精々足元を掬われねぇよう頑張んな」
「はい、任せといてください」
・・・特にアイツにはな。
この九条のテイムモンスターは現在レベル39、出場登録者を見てもこれ以上の魔物は出場しないはずであった。
しかし出場登録最終日の締切時間ギリギリ、飛んでもない化け物が登録されることになる。
「はい、森下探索者カンパニーの北村さんですねぇ。
って、えええぇぇぇ~っ!こっ、このレベル45っていうのは本当ですかっ!?」
「ええ、間違いありませんよ、なんなら外のトラックまで見に行きますか?」
「あっ、いっ、いえ、じゃあこれも仕事ですので一応・・・」
ふっ、まあ驚くのも無理はねぇ。
俺も今朝方同じ顔をしたばっかだし・・・
午前8時、森下研究所の地下5階の特別区画ではヒョーヒョーという不気味な鳴き声が響いていた。
「どうだい、北村君。
これがレベル45にレベルアップした鵺だ、少し興が乗り過ぎたがこれなら明日の優勝は貰ったようなもんだろう」
おいおい、レベル40って話じゃなかったか?
ホントに大丈夫なんだろうな?
今日までここには訪れていなかった北村であるがその間彼は色々とテイムに関し勉強を始めていた。
そしてそこで得た情報が示す一抹の不安を口にしてみると・・・
「ああ、確かにテイム状態というのは一種の状態異常。
レベル差が大きければテイムに掛かる確率は低下するし、運よく掛かったとしても後の効力弱体化、或いはテイム耐性等のスキルを魔物が獲得してしまうケースは十分考えられる。
そういえば過去にテイムモンスターがその主さえも襲った事例が幾つか存在していた気もするね」
やっぱこの話知ってたんじゃねぇか、ったく飛んだ食わせもんだぜ、この先生。
「しかしそんなことを恐れて君はこの大チャンスを棒に振るつもりかい?
そんなのは偶々起こった不運な事故だし仮にこの鵺が君の支配から逃れ暴れ出したとしても会場にはDDSFも待機しているそうじゃないか。
君が案ずることなど一つも無いだろう」
不運な事故ねぇ、俺的には結構条件が酷似しているように思うんだが?
「まあ暴れ出したこの鵺をDDSFが抑え込めるかどうかという点には私も少し不安を感じてはいるのだがね。
しかしそれはそれでこちらとしては好都合、いい世間へのアピールになるとは思わないかい?」
なっ、まさかそれが狙いなんじゃねぇだろうな、このマッド研究者っ!
「ともあれ北村君はそうネガティブに考えず夢への第一歩を踏み出そうじゃないか。
君には明日の大会優勝はおろか、Aランク探索者への道まで見えているのだから」
ぐっ・・・・確かにこんな人参ぶら下げられちゃあ、俺としてはどうしたって断れねぇ。
にしてもDDSFにも倒せなかった場合のことをちゃんと考えてんのか?
まっ、会場にはあの中山銀二も来るらしいが、万一それでも無理だった場合・・・
っとイカンイカン、アイツはナシだ。
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○月ダンジョンデータベース○
月ダンジョン出発まであと1時間程、賢斗が連盟のデータベース情報を閲覧しようとギルドの情報処理室へ向かっていると・・・
「ヘーックション、ヘーックション」
ん、クシャミ2回は誰かに笑われているだったな。
この賢斗さんを笑い者にするとは不届きな奴め。
トゥルルルルル・・・
おっ、電話か、ってあれ、そういやこの前モリショーが・・・
まっ、それはさておき先程の不届き者は委員長だったってことか。
懲らしめてやらねば。ガチャ
「あっ、多田君?久し振りね、元気?」
「現在こちらの番号は・・・」
「はいはい、そういうのはいいから。
ところで明日の大会多田君は勝てそうなの?
テレビ放送もされるしクラスの皆はすっごい期待しちゃってるんだけど、私的には優勝は流石に無理なんじゃないかなぁって思ってるんだけど」
ほう、中々鋭い。
何故か今現在超レア個体の多田スラ太郎さんが俺のテイムモンスターの座に収まっていたり、持ち前のスキル習熟力によりテイムスキルは既にカンスト。
今日の最終調整次第で終わってみれば優勝とまではいかなくとも上位10位圏内に滑り込んでいるなんて未来も有り得なくはない。
だがしかし本来テイマーの大会なんて畑違いもいいところだし、ついこの間までテイムスキルも知識も無かった人間に過度な期待をする方がおかしいのである、うんうん。
「おっ、そこに気付くとは流石だな、委員長。
正直あんまり期待されても困るんだよなぁ、皆にもそう伝えといてくれよ」
「うふっ、わかった。
じゃあ大会が終わった次の日は残念会の方向で話を進めておくから」
「そうだな、って待て待て、そんなもん企画せんでもだな・・・ガチャ」
あっ、切りやがった。
ったく、こっちの都合ってもんがあるだろぉ?次の日は久々のオフだったりしますけど。
にしても優勝かぁ、まっ、実際厳しいだろうなぁ。
あそこのプチデビルン達のメインがレベル35って言っても逆に考えたらレべリングはそこで頭打ち、そもそも今レベル26のスラ坊が今日の夜だけでそこまでレベルアップできるのかって話だ。
中山さんには悪いけど今回はそれなりに頑張りました感を演出しつつ勘弁してもらうしかないわな。
と電話を切ると情報管理室に入室。
そこでは3台のPCデスクが並び、その一つに座った丸石がせっせとジョブ診断者処理に勤しんでいた。
「あっ、丸石さん、チッす」
「おや、多田君がこんなところに来るとは珍しい」
「いや~極秘のお宝資料って奴をチェックしとこうかと思いまして」
「おお♪それはそれは、だったら厳選!ボンテージ倶楽部か女王様の隠れ家辺りが初心者にはお勧めですよ」
ほう、将来的に俺の趣味が変わるか分からんし、頭の片隅に留めておくとしよう。
とお隣に腰を下ろした賢斗は月ダンジョンデータベースに初アクセス。
カチカチカチ、さぁ~て、ポチ、おっ、出た出た。
先ずは今日向かうアリストテレスの情報をチェックしておかないと。
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『アリストテレス』
月ダンジョン暫定ランク D
最終階層 不明
状況 現在2階層攻略中
説明 アリストテレスは月の北部、氷の海の南端近くに位置する大きなクレーターの中心付近で発見されたダンジョン。
その入口規模と出現する魔物レベルを地球基準で評価するとSSSランク辺りが妥当といったところなのだが、月基準で言えばこの程度はごく平均的、その暫定評価をDとしてある。
また現在の攻略最先端である2階層フィールドではミスリルの採掘ポイントが幾つか見つかっている。
しかしレベル40後半の魔物が闊歩するエリアで採掘作業を行うのはSランク探索者であっても困難必至とだけ言っておこう。
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ふ~ん、目の前にお宝があっても周囲の状況がそれを許さないってわけか。
にしても2階層でレベル40後半とか、こんなのその辺を八岐大蛇がフラついてるようなもんだろ?
しかも2階層って言ったらまだ最終階層でもなんでもない気がするし・・・
なるほど、どうやら月ダンジョンの奥には進んじゃイケないようだ。
妙な気を起こす者が居たら全力で阻止しなければ、うむ。
で、あとは・・・おっ、こっちもチェックしとくか。
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~月ダンジョンの総合分析~
まず最初は月ダンジョンの探索状況について。
月面では今現在30ほどのダンジョンが確認され、プロセラルム盆地や南極エイトケン盆地の他、高齢かつ大規模なクレーターの中心付近でこれらは発見されている。
この二つの盆地についても超巨大クレーターだと考えれば月ダンジョンはクレーターの中心付近にできるという法則が成り立つかもしれない。
一方月面には他にも小規模クレーターが無数に存在する。
こちらについてはまるで調査の手が回っていない状況であり、新たなダンジョンが発見される可能性はまだまだ残されている。
また近年月の裏側にも2つの巨大クレーターの存在が明らかとなっており、そこにもダンジョンが存在している可能性は非常に高い。
我々としても速やかに調査を進めたいところであるが現在そこには国籍不明の派遣部隊が頻繁に出没、中々手が出せない状況が続いている。
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月ダンジョンの所在や数ならロボ車掌に聞けばすぐ分かりそうなもんだけど。
ともあれ国籍不明の派遣部隊とか、問答無用で攻撃してきそうだしブッキングは避けないとだな。
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次に月ダンジョン内の環境について。
いうまでもなく月面は何の準備も無しに人間が長時間活動できるところではない。
しかしそんな外の世界とは対照的にダンジョン内はまるでセーフティーエリア、星自体の低重力に影響を受けてはいるものの大気と水が存在し強烈な放射線を浴びることもない。
ダンジョン特有の環境変化は勿論あるが昼夜で110度からマイナス170度といった外の激しい寒暖差を考えればまるで天国のようなところとなっている。
そしてこれ等の点から総合的に判断すれば、地球におけるダンジョン異空間説はこの月ダンジョンにも当てはまるものと言えるだろう。
ちなみに転移系アイテム等の効果についてだが、月ダンジョン内から外の月面空間への転移は可能、しかし誠に残念ではあるが地球と月間での転移はできないことが分かっている。
これについては単純に距離が遠すぎると考えることもできるがその明確な理由付けはできていない。
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うんうん、よく分からんけどこの前試したら転移しなかったもんな。
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三つ目は月ダンジョンの資源について。
月では水、大気、植物その他の生物等が存在しない点、また地下のプレート運動がないことから堆積系の鉱床が殆ど存在しないというのが定説となっている。
しかしながらダンジョン内では話が別で様々な鉱床が存在しその採掘ポイントがある。
種類としては月特有の鉱物資源であるムーンシルバーやムーンゴールドの他、魔鉄、魔チタン、魔鉄鉱に加えミスリルやアダマンタイトといったものまで。
また月ダンジョンでは後ろの希少な2品目についても比較的容易に採掘ポイントが見つかるのだが、如何せん周囲の魔物がかなり強力なため採掘作業を行うのもそう簡単な話ではないと言っておく。
一方植生については地球の植物系アイテムと同様の効果をもたらす植物が幾つか発見されている、と言っても地球のソレとは似て非なるモノ。
効果度合に於いてその全てが地球の上位互換であり見た目も名称も異なる月ダンジョンの固有種となっている。
そしてダンジョンであれば当然宝箱も存在し、そこから幾つか上記鉱物資源のインゴット、ポーション類や宝飾アイテム等が発見されたりしている。
ともあれ一応述べておくが、これ等月ダンジョンの特産鉱物及び固有種となる植物系アイテム、魔物の魔石に至るまで現状その全てが市場へ流通できないものとなっているのでご注意願いたい。
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えっ、魔石も売れないの?
思っていた以上にうま味がない気がして来たな。
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次は月ダンジョンの魔物について。
月ダンジョンで出現する魔物は地球とは比較にならないほど個体レベルが高く、入口付近であってもレベル30を超えているところは珍しくない。
またその活動範囲はダンジョン外にも及び奴等は宇宙空間でも問題なく活動できるようである。
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ふ~ん、じゃあスラ坊達にはスペースコーティングは要らないのかな?
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一方月ダンジョンでは魔物のリスポーンサイクルが異常に早くレベル30程度の魔物であればゾンビ湧き現象が起こったりする。
魔物のリスポーンサイクルについては魔物レベルと魔素濃度により決まると言われたりもするが、この事象一つ取ってみても地球とは比較にならない月における魔素濃度の高さが窺い知れると言えよう。
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あっ、そゆこと?この間のアレはゾンビ湧き現象って奴だったのかぁ。
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ちなみに今この敵対生物を便宜上魔物と述べているが正確な分類としては間違っている。
これはどういうことかというと月ダンジョンで出現する生命体は悪魔系や魔獣系が主流であり、魔物系が主流の地球とは傾向が異なっているのである。
そしてこの悪魔系に関しては高い知能と魔力を持ち行動原理は悪意そのもの、上位個体は転移を使ったり言語を解したりとかなり危険な存在との報告も入っている。
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ふ~ん、悪魔系の魔物ねぇ、そういや種族とかこの間はあんまり気にして無かったし。
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最後に今現在確認されている最強個体についても触れておく。
かつて一度だけ黒色のドラゴン種がダンジョン外を飛行していたという目撃情報が入っている。
その雄大な姿はレベル100を超えまたこのダークドラゴンがメス個体であったことから暗黒女王などの別称までつけられている。
とはいえこれについてはアポロ11号が初めて月面着陸を果たした時まで遡る話であり、それ以降確認されていないことから当時のアメリカが何等かの理由でデマを流したという可能性も高い。
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おおっ、ドラゴンっ♪
戦いたくはないが見てみたい。
ホントに居ないかなぁ、作戦的には勿論記念写真撮ってトンズラ一択っ!
どうせ魔石も売れないみたいだしな。
「おっ、その顔はどうやらお気に入りの女王様が見つかったようですね」
「えっ?あっ、まあ」
ダークでとっても強そうですけど。
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○最終調整と月面ボーナス その1○
午後6時、早めの夕食を済ませた賢斗達はいよいよアリストテレスに出発、スラ太郎達と共に月面へと降り立った。
ちなみに先程の疑問をロボ車掌に確認すると地球でテイムしたモンスター達にはスペースコーティングが必要らしくスラ太郎達にもそれが施されている。
さて今回の最終調整における作戦はダンジョン入口でレベル35のプチデビルン達を誘き出し全員で雷魔法を放つという一週間前の教訓を活かしたもの。
早速行動開始するとその殲滅スピードは5倍、魔物のリスポーンサイクルを軽く上回りあっという間に片がつく。
しかしこれは逆に時間を持て余す展開でどう見ても過剰戦力、効率が劇的に上がることはなかった。
そしてスキル共有時間を終えてしまえばそれ以降はまた賢斗一人が奮闘する展開が待ち受けている。
と思われたのだが・・・
えっ、ムニュウ、わおっ♪このタイミングで?
「シュッシュシュッシュッ、とうっ!」
おおっ、動くと更に密着度が、ってあれ?
おんぶ状態に入った円が雑魚処理システムを発動するとあら不思議。
現在レベル33である彼女のそれはレベル35の魔物達を見事に殲滅した。
レベルアップブレスレットを着けてはいるが、それでも尚まだ発動条件にはレベルが一つ足りないはずであったのだが・・・
「今のどうしたの円ちゃん、こんなことできたっけ?」
「はい、以前にちゃんとお伝えしてありますよ、賢斗さん。
気が付けば円が背中におぶさっているなんてことも有り得ると」
いや、今聞きたいのはそっちじゃない。
次回、第百八十話 ぼりゅ~みぃ⤴♪ぼりゅ~みぃっ⤵!。




