第百七十八話 スパイダーシルク
○スパイダーシルク その1○
今週清川5階層にてレべリングを続けたテイムモンスター達であるが、スラ太郎がレベル26、一角天馬がレベル28、五右衛門さんがレベル29。
ほぼ放置プレイ状態に移行できたのは良かったが、幾ら討伐数を稼いでもこの短期間ではそこまで大きな成果となっていない。
また茜の烏天狗については片時も彼女から離れることを断固として拒否、結果その成長はレベル31程度に止まっている。
そしてテイマーズバトル大会を明日に控えた8月23日金曜日。
今朝の朝礼では中央に立つ中川の脇に見知った顔が並んでいた。
「それでは朝礼を始めます、今日はまず最初に我々の新しい仲間達を紹介するわ。
もう皆も知っているとは思うけどこの四人が今日から正式にうちのギルドの契約探索者パーティーとなりました。
パーティー名についてはスパイダーシルク。
今後は低ランクダンジョンの攻略を中心にギルド内店舗の応援、またスキル取得講座開催時のメインスタッフとして活動していくことになります。
ちなみにギルド内の機密事項や月ダンジョン関連の話も守秘誓約書にサインを貰ってあるので、今後この四人に隠し立てする必要はありません。
それじゃあもう自己紹介の方は済んでるしリーダーの古谷君から今後の抱負でも言ってもらいましょうか」
「え~この度こちらのギルドと専属契約を交わしたスパイダーシルクリーダーの古谷浩二です。
今後は探索者としてもこのギルドに貢献できるよう頑張っていく所存、皆様何卒宜しくお願いします」
「はぁ~い、拍手ぅ~、パチパチパチ。
というわけでプロと成ったからにはこのスパイダーシルクにもナイスキャッチと同様に知名度や人気を獲得していってもらわなければならないわ。
その手始めとしては冬の高校生モンスターチャレンジ大会優勝、これを最大目標に彼等にはしばらく頑張っていってもらいます」
ほう、毎回予選落ちだったこの人達がプロ効果でいったい何処まで行けるか、ふっ、ちょっと楽しみだな。
「京子ちゃん、しつもぉ~ん。
私達が優勝しちゃったらダメなのぉ~?」
「そんなことないわよ、と言いたいところだけどそれが無理なのよ。
次の大会でナイスキャッチは決勝大会のスペシャルゲストとして招待、つまり貴方達の次大会出場は見合わせてくれって昨日正式に運営から連絡があったの」
へっ、そなの?
「まああの大会は魔物召喚士の力量により出現可能な魔物のレベルに限界がある、こればっかりは仕方ないわね」
「あのボス、俺この間召喚可能な魔物のレベルが引き上がるって話を聞きましたけど」
「ええ、でもその引き上げられる上限も現時点ではレベル30が限界って話よ。
普通に考えて高校生がレベル33なんてもう完全に化け・・・高校生の大会に出場する域を突き抜けちゃってるってわけ」
あっ、うんうん、可愛い部下を化け物呼ばわりなんてあっしは許しませんよぉ。
「ぶぅ~ぶぅ~、また温泉ツアー行きたかったのにぃ~」
確かに次は円ちゃんも居るし決勝進出くらいは余裕だったはず・・・
とはいえ不思議とそう気分は悪くない。
恨めしいものだな、自分の強さって奴が。フッ
「それじゃあ次の話に移ります、これはナイスキャッチへの注意事項ね。
昨日スラムーン号の車両登録証が届き、これからはあの汽車に乗って思う存分月ダンジョンや海外のダンジョンへも行くことができるようになった。
そして貴方達が持つ国際探索者証があればパスポートとしての機能もあるのでどんな国へもビザなしで入国できるわ。
でもだからと言ってこの間月に行った時のような勢い任せの行動をしたら普通の船や飛行機と違うんだからその国の入国審査は受けられない。
多田さん、この場合どうしたらいいと思う?」
「えっとぉ、う~ん、行った先で事情をしっかり説明してですねぇ・・・」
「はい、30点、そんな考えで行動してたら不法入国者扱い、下手したら国家間の大問題に発展し兼ねないわよ。
い~い、いきなりスラムーン号で外国に乗り込むことは禁止。
その都度光に目的地、人数その他、事前に連絡を入れてもらってから行動するようにしてください。
そしたら友好的な国であれば入国管理局の人間が現地で待機してくれたりするだろうし、それがもしダメな場合にはスラムーン号で行くこと自体を諦めるのが賢明な判断というものよ」
むぅ、確かにその辺のことすっかり頭から抜けてたな。
「京子ちゃん、月ダンジョンに行く時もぉ~?」
「あそこは特に入国管理はされてないから必要ないわよ。
と言ってもギルドとしては貴方達の動向をある程度正確に把握しておきたいから急に滞在先が変わる場合はその都度連絡を入れるようにしてください」
あっ、それでさっき水島さん、急に念話スキルを取らせてくれとか言ってきたのか。
まっ、なんにせよ連絡は入れといた方が良さそうだな。
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○スパイダーシルク その2○
朝礼を終えると正式加入したスパイダーシルクにも拠点部屋が与えられ、ナイスキャッチの部屋から5つほど離れたその部屋を賢斗とかおるは早速見学に。
すると中は四畳半程の広さで中央には長テーブルとパイプ椅子、白壁には内線電話があったりするが、Sランクパーティーの部屋とは比べるまでもない空間であった。
そういやここ、この間まで物置部屋だったもんなぁ。
まっ、建物自体新しいから綺麗だけど。
「なっ、中々いい部屋っすね、窓から湖も見えますし、ハハ」
「うんうん、このくらい狭い方が逆に落ち着くってもんよ」
「ふっ、そう気を遣わなくていいさ、お前等の部屋はもっと広いって聞いてるしな。
といっても別に強がってるわけじゃないぞ、今の俺達はまだプロ探索者に成ったばかり、この部屋でも十分満足しなきゃいけないところだ」
「そうねぇ、普通に考えて入ったばかりの新人にこんな部屋を用意してくれること自体珍しいだろうし」
確かにそうなんだろうなぁ、俺達が恵まれていただけで。
「うん、これでも学校の部室と比べれば上出来だよ」
「贅沢は敵ってやつですね、アハハ」
まっ、俺のアパートもこんなもんだしな。
「ところで古谷君、あのスパイダーシルクってなによ。
折角私が頑張っていい名前を考えてあげたのに」
「っとに馬鹿ね、アンタは。
あんなのパーティー名にできるわけないでしょっ!」
「いやまあ確かに頼んだのはこっちだが、流石にアレはなぁ。
それにこのパーティー名には俺達に蜘蛛の糸を垂らしてくれたお前や多田への感謝の気持ちを込めてるんだ。
そう気を悪くしないでくれ」
ほう、そんな意味が。
「ちなみに先輩が考えたパーティー名ってどんなのだったんすか?」
「この女はね、こともあろうに『かおるちゃんと愉快な仲間たち』なんていうふざけた名前をパーティー名にしろって言ってきたのよ。
ねっ、馬鹿でしょ、アンポンタンでしょっ!」
うむ、センスとか以前にこの人ホントは馬鹿でアンポンタンなんです。
「何よっ!いいじゃない、パーティー名にくらい私も少しはお邪魔させてくれたってっ!」
「お邪魔どころの騒ぎじゃないでしょうがっ!
パーティー名に部外者の名前がメインに入ってるなんて聞いたことないわよっ!
アンタ頭のネジがぶっ飛んでるんじゃないのっ!」
うんうん、もっと言ってやってくれ。
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○茜劇場 その1○
未だ舌戦を繰り広げていたかおるを放置し賢斗は一人自分達の拠点部屋に戻った。
すると何時もなら桜や円の姿もあるはずのそこには茜が一人、二人については夕方からの月ダンジョン遠征を控え一旦帰宅の途に就いていた。
ちなみにかおるの月遠征参加については・・・
「うん、大丈夫、その日は綺羅の家にお泊りするって言ってあるから」
と飛んだ箱入り娘振りを発揮、体力面で疲れ知らずな賢斗同様このまま家には帰らない予定となっている。
またこの場にいる茜については・・・
「茜ちゃんは帰らなくていいの?」
「はい、全く問題無しですよぉ。
ようやくいいバイトさんが見つかって店のお手伝いから完全に解放されましたし、帰っちゃったら折角の大チャンスが水の泡じゃないですかぁ」
ん、大チャンス?
「それより勇者さま、ご要望のあった湯立て神楽の湯をさっき御用意してみましたぁ。
湯加減も丁度いい頃合いかなぁなんて」
「あっ、悪いね」
「それと今日はうちの店で新発売した柚子大福をお持ちしたんですよぉ。
とても評判が良いのでそちらを先に召し上がってみますか?
その勢いで茜の方もお召し上がりいただけますけど?」
ブフォッ!大福食ってもそんな勢いつかねぇだろ。
「おう茜、こっちの大福も苺が乗ってて美味いな。
まあ勇者さまったらエッチぃ♡
なに言ってるんだ茜、俺をエッチにしたのはお前じゃないか。
ではもう一つの大福もお召し上がりください、キャッ♪」
・・・なんだこれ、ずっと見ていられる。
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○茜劇場 その2○
感情ダダ漏れ癖が進化し一人二役まで熟すようになった茜劇場もようやく閉演。
「あっ、えっと、コホンッ!やっ、やっぱりお風呂にしようかな、アハハ」
くっ、あの妄想に応えられるだけの心の準備が今の俺には・・・
「あらそうですか?
勇者さまも苺は最後に食べる派なんですね」
どっかで聞いたような台詞だな。
と賢斗はお風呂場へ。
「いや~なんだか沁みるねぇ、湯立て神楽の湯、おっ、このお湯にはお浄めの効果があるのか。
そういやこの間茜ちゃん、ゴースト系の魔物で有名なセリーヌダンジョンに行ってたもんなぁ。
あっ、そうだ、柚子大福あるぞって桜に念話してやらないと。
アイツこういうの黙ってると直ぐムクれちまうからなぁ」
(お~い桜ぁ、今拠点部屋に柚子大福があるぞぉ~)
・・・ってあれ?アイツもう寝ちまったのかな?
と湯船に浸かっていると脱衣所から何やら物音が・・・
おっ、やっぱり来たか、この状況で茜ちゃんが黙っているとも思えない。
「せ~のっ!きゃあ~勇者さま入ってたんですかぁ、ってガシガシッ、あれ?
なんで鍵なんか掛けちゃってるんですかぁ」
自分からお風呂を勧めたにもかかわらずさも偶然であるかのような振る舞い、しかも風呂場への戸が開く前に悲鳴を上げるとは流石ハプニング製造機。
つっても俺が鍵を掛けていようがいまいが来たる未来は変わらんけど。
「ちょっと何するんですかっ!鴉さん、ジタバタ。
茜は勇者さまのお背中を・・・バタン」
お疲れ、多分茜ちゃんがあの鴉天狗のレベルを上回らないことにはこの運命に逆らえないだろう。
とほどなく風呂から上がるとリビングには烏天狗と睨み合う茜の他に、ピンクのパジャマにサンタ帽姿の少女が口いっぱいに柚子大福を頬張っていた。
「美味いか?」
コクリ。
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○スパイダーシルク その3○
桜が念話したのかシルクのパジャマを身に纏った金髪少女もそこに加わり、拠点部屋はちょっとしたティータイム。
そこへかおるがようやく戻って来るとその後ろには先程まで舌戦を繰り広げていた対戦相手も引き連れていた。
「うわっ、なによ、この優雅な空間は」
「ふっふぅ~ん、驚いたぁ?
これが私達ナイスキャッチの拠点部屋よ」
「そっ、そうね、これ見ちゃうとあの部屋で満足してちゃダメってのが分かるわね」
「うんうん、貴方達もランクが上がればもっと広い部屋を貰えるだろうし、いっぱい稼げば調度品も充実していける。
どう?少しは夢が広がった?」
「まあねぇ、でもホントにその空間魔法ってのを習熟取得させてくれるの?
魔法スキルが習熟取得できないのは子供でも知ってる常識よ?」
「だからそれはここにおわす我らがリーダー賢斗大明神様次第、一生懸命お願いすればきっと願いが叶うわよ」
(というわけで賢斗君お願い、スキル研の皆がプロになったお祝いってことでこの娘にだけ空間魔法を取得させてあげようと思うんだけどどうかな?
ほら、あの四人って探索者としてはちっともパッとしないし、一人くらい転移を使える人間でも居ないとプロとして恰好つかないでしょ?)
ふ~ん、そゆことか。
「おねがぁ~い、賢斗大明神様ぁ。
この私奴に転移の力を授けたまえ~」
「ふむ、よかろう♪」
あっ、しまった、ついノリで。
つっても今更スキル研の面々にハイテンションタイム関連の秘密がバレてしまおうがそう目くじらを立てる必要もなくなっている。
先輩からの頼みであれば協力するのも別に構わないけどな。
「ははぁ~、ありがたき幸せ、ジグザグお化け様ぁ」
なっ、さっきと呼び方違うじゃねぇか。
「あっ、そのジグザグお化けってのいい加減止めてもらっていいっすか?
じゃないと協力しませんよ」
「そう?うん、ならわかった、賢ちゃん♪」
なぬっ、賢ちゃん?
今は水島からも念話スキルのオーダーを受けていたり、賢斗達はティータイムを終えると直ぐ行動を開始した。
すると清川1階層で行う初の睡眠習熟は見事に成功し、賢斗のキュアで目覚めた彼女はキラキラとした笑顔を覗かせていたそうな。
「賢ちゃんも私を綺羅先輩って呼びなさいよ。
これからはお姉ちゃんのように慕ってくれていいわよ、キラッ」
おい、大明神様はどこ行った?
次回、第百七十九話 月ダンジョンデータベースと最終調整。




