第百七十七話 世界の誰もが自由に月ダンジョンを探索できる未来
明けましておめでとうございます。
いや~最近は更新ペースが落ち面目ない状態が続いておりますが、執筆自体は進めておりますのでお暇な方が居ましたら今年も是非適当にお付き合いいただけたらと思っております。ではでは。
○スラムーン号の車両検査○
8月18日日曜日、早速この日の午前中にはスラムーン号の登録に向けた調査が始まっていた。
発進基地に佇むスラムーン号の周囲には20名近くの調査員達。
賢斗達が立ち会う中、外観写真や計測といった作業を午前の調査では行っていた。
そして午後からは車両内の調査。
各車両内のデータ収集に向かう調査員達には他のメンバーが立ち会い、その一方で賢斗は陣内やJAXAからの専門家、また国際探索者連合関係者等を引き連れVIP車両に乗り込む。
「このカプセルドームがスラムーン号の運行管理システムとなっています。
といっても俺が居ないと全く指示を受け付けませんけど。
じゃあロボ車掌、悪いがこの人達にスラムーン号の内部構造やスペックデータを見せてやってくれ」
「わかりまシタ、では」
カプセルドーム表面にそのデータが表示されるとロボ車掌がそれを復唱、説明を付け加えていく。
「なっ、なんだ、その馬鹿げた最大出力はっ!」
「ワープ航法システムだとぉっ!」
口々に驚きの声を漏らす一同。
うんうん、詳しいことはよく分からんけどビックリだよねぇ。
「動力源は?」
「魔素変換エネルギーデス」
「なにか武装は搭載されていないのか?」
「ハイ、武装は非搭載となっておりマス」
「何故ダンジョンとダンジョンの間しか移動できない?」
「そういう仕様ですノデ」
矢継ぎ早に質問が飛ぶとロボ車掌がそれに淡々と答えていく。
小1時間に渡りそんな光景が続くと集まった人間達もようやく満足した模様。
このスラムーン号は月渡航能力がありながらも攻撃能力を持たない空間移動型旅客列車という結論でほぼ意見が纏まっているようであった。
「まあこの分なら恐らく問題ないでしょう。
登録証の方は後日郵送としておきますので、次月に行かれるのはそれ以降ということでお願いします」
ふぅ、どっち道しばらく月には行けないけどね。
と来訪者達が降車する様子を眺めながらホッと一息つく賢斗にロボ車掌がポツリと溢す。
「ホントにこれでよかったのでスカ?」
「ああ、あんなことまで話したら多分話がややこしくなっちまうからな」
今現在スラムーン号の車両自体が非武装であるのは確か。
だがこの優秀なAIの手に掛かれば今後新たに武装が搭載される可能性も有り得るのである。
まっ、今んとこそんな気もないですし。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○今週のミーティング○
8月19日月曜日、昨日はスラムーン号の調査で何やかやと時間を取られ、ダンジョン活動どころでは無かった。
とはいえテイマーズバトルはもう週末にまで迫っている。
そんな今週の活動予定を決めるべく、何時もの四人に今日から茜も加わり、拠点部屋では朝からミーティングが行われていた。
「・・・というわけでもう猫女王様の力を借りることはできないし、安全面を重視するならウィークデーは清川のスライム相手にコツコツとテイムモンスター達の育成。
そして最後はアリストテレスでレベル30超えの魔物を相手に最終調整をってのが俺のプラン。
つってもそうなると次に月に行けるのが金曜日の夕方だから活動は夜、下手するとそのまま朝になっちまうかもしれない。
やっぱ女の子には色々とハードルが高いよなぁ」
みんなには悪いけど今回は俺だけこっそり月ダンジョンでスラ坊の最終調整をしてくるか。
「あっ、賢斗君今自分だけこっそり行こうかな?なんて考えてたでしょ。
そんなのダメよ、ダメダメ」
・・・ダメっつっても先輩の家が一番厳しそうだけど。
「ずっるぅ~い、賢斗ぉ~。
私ん家だって夏休みだし一日くらい平気って言うもぉ~ん」
まあ桜の家は普通に良識のある両親らしいが夏休みという響きには親の判断を鈍らせる効果が確認されている。
椿さんの協力次第ではワンチャンあるかもしれない。
「私もそんなこと許しませんよ、賢斗さん。
うちのお父さまもお母さまもSランクにまでなった娘に非常に寛大ですから」
ふむ、元々円ちゃんの家は娘に激甘みたいだし、Sランク効果はこの局面でもいい感じに働いてくれそうではある。
「私は他の皆さんがついて行けなくなったとしても必ず同行しちゃいますぅ。
むしろ勇者さまと二人っきりきぼぉ~っ!」
なんだろなぁ、茜ちゃん家の親はよく分からんけど・・・
ダンジョンを祀ってる神社だから探索者活動にも寛大なのか?
「わかったわかった、それじゃあ親のOK取れた人は俺と一緒に行くって方向で。
にしてもやっぱ先輩は無理なんじゃないっすか?
結構厳しい親御さんっぽい話してますし」
「う、うん、まあねぇ、私箱入りだし・・・・・・あっ。
そうそう、賢斗君、私箱入り娘っ♪」
だからなんだよ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○ラスボスがドロップするユニークアイテムに関する仮説○
ミーティングを終えるとこの日は清川5階層の湖畔でスライム討伐。
といってもその主役はテイムモンスター達で賢斗達は成長を遂げた彼等の戦闘風景を見守る係である。
「さあやっちゃいなさい、アラ君」
「五右衛門さんがんばれぇ~」
「スラ坊、あんま無理すんなよ」
すると使役者の心配を余所にレベル20そこそこの相手では既にスラ太郎達には物足りないご様子。
飛翔した一角天馬が空中から拘束雲を放てば、身動きができなくなったスライム達に五右衛門さんとスラ太郎がトドメを刺していく。
いや~あのスラ坊が一人で剣を振りまわしとる・・・これはちと感慨深いものがあるなぁ、うんうん。
にしても結構いい感じに連携も取れてる?
う~ん、こりゃもういよいよ放置プレイってのもアリな頃合いかなぁ。
「ねぇ賢斗君、あれがスラ君の本来の戦い方なの?」
えっ、いやそれは全く知らんけど、だってアイツ超レア個体の癖に更に進化までしちゃってるし。
でもそう言われてみればとてもスライムとは思えん見事な剣士っぷり。
アイツいったい何処へ向かってるんだろう。
一方反対側では茜がせっせと自身のレべリングに勤しむ。
「シャ~ン、シャ~ン、一の舞、湯立て神楽っ!」
おっ、なにあれ、いきなりスライムの上からお湯が掛かるとかアリなのか?
つっても氷系ならいざ知らず、普通の魔物にお湯掛けたところでって感じだけど。
「あ~ん、やっぱりダメですぅ~。
鴉さんお願いします」
にしても茜ちゃんにはこんな攻撃手段しかないのかな?
いやお札を使った攻撃もあったはずだけど・・・
「茜ちゃ~ん、今度それ使って拠点部屋のお風呂にお湯張ってくれる?
じゃなかった、お札を使った攻撃はやらないの?」
「はい、どうせ私の攻撃ではこのレベルの魔物は倒せませんし、お札はそれなりに準備もコストも掛かってしまうんですよぉ。
ですからしっかり者の茜はこうしてプライスレスな攻撃でお札の節約をしているわけですぅ」
なるほど、お札は前もって作っとかないとだし、矢よりも消耗の激しい使い切りアイテムだもんなぁ。
と周囲の戦闘を見守っていると・・・
ゴゴゴゴゴォー、湖の水面が渦を巻き、水位が下がり始めた。
おっ、円ちゃんもコブのスイッチをみつけたみたいだな。
ダンジョンのラスボス等が一点もののユニークアイテムをドロップした場合、既に魔物が消滅しているので知識ある者達であってもユニークトレジャーのように直ぐ気づかないことも多い。
また後からそれを確認するにも新たに出現したラスボスのドロップ品目を鑑定しなければならず至極面倒臭かったり。
ともあれダンジョンのラスボス等が特別なアイテムをドロップした場合、それ以降はドロップしなくなる或いはオリジナルとかけ離れたレプリカにとって代わる話はある程度信憑性のある仮説となっている。
「賢斗さん、只今戻りました。
この間と場所が変わっていたので少々お時間が掛かってしまいました」
「いやいや全然OK、別にそう急ぐようなことでもないし」
さて、あのロボ車掌のAIカードは皆の分もドロップしてくれるのかな?
ってあれ?ふ~ん、レベル27か・・・
5階層の湖底には建造ドックも土偶ロボ車掌の姿もなく、只王冠を被ったジャイアントキングスライムが静かに蠢いていた。
うちの場合はラスボス自体が変更されちまったみたいだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○世界の誰もが自由に月ダンジョンを探索できる未来○
8月20日火曜日、今日も清川でダンジョン活動の予定を組んでいる賢斗達。
その出発前に拠点部屋で寛いでいると前回月に行った四人に中川から呼び出しが掛かる。
彼等が応接室に向かってみるとそこには金髪の白人男性がソファに腰を下ろして待っていた。
「こちらは国際探索者連盟のケヴィン・ホワイトさん。
スラムーン号の登録調査でこの間もうちに来ていた方よ」
「初めましてみなさん。
丁度いい機会なのでナイスキャッチの皆さんにも私の話を聞いていただこうかと思いまして」
肩幅の広い高身長が立ち上がって挨拶すると水色のスーツ姿がとても様になっている。
ほう、流石はインテリ、流暢な日本語ですな。
「そしてこちらのギルドは美女揃いと伺っていましたので、レディ達にはお近づきの印にこちらを」
ホワイトはテーブルに高級感溢れる小さなケースを4つ置いた。
「カパッ、あっ、指輪よ、これ。きれぇ~い」
「はい、何だかドキドキする美しさですね」
「叔父ちゃん太っ腹ぁ~」
「アハハ、それは月の輝きを放つと言われるムーンシルバーの指輪。
ムーンシルバーは月ダンジョンでしか手に入らない鉱石だと言われてるんですよ」
ひぃふぅみぃ・・・おっ、ちゃんと俺の分もあるじゃねぇか。
「ガシッ、チッチッチ、そちらはそこのミス中川へのプレゼントでぇ~す」
「えっ、まあ私にも?ありがとう、ミスターホワイト」
ちっ、俺だけ仲間外れとはやってくれるじゃねぇか。
「そんな顔しないでください、ミスター多田。
貴方にもそれとは違う特別なプレゼントを用意してあります」
えっ、そなの?なぁ~んだぁ、俺だけ特別扱いとは中々見込みのある御仁とみた。
と言いつつ彼が取り出したのは長細い箱。
カパッ、おっ、これはっ♪
「どうです?そちらはビンタ耐性のスキルスクロール。
これで女性に引っ叩かれても、折れない心を養うことができますよ。
ネバーギブアップです、ミスター多田。ニヤリ」
おお、心の友よ、ありがとうミスターホワイト。グスン
(ちょっと賢斗君、そんなもの貰ったからって使うんじゃないわよ)
五月蠅いっ、箱入りっ!
「それではそろそろ本題と参りましょう。
まず月ダンジョンというのは探索開始からかなりの年月が経ちますが、今尚未知の部分が多く管理する我々としては常に情報を欲している状態が続いています。
勿論その最大要因は月ダンジョンのレベルが地球と比べて非常に高く探索があまり進んでいないということ。
しかし理由はそれ一つではなく、各国機関との情報共有があまり上手くいっていないといった二次的要因もあるのです。
まあこちらの原因については推して知るべしといったところですが、我々連盟にとって国家に囚われない民間探索者は月ダンジョンの情報共有相手として貴重かつありがたい存在というわけです。
それで例えば先程お渡ししたムーンシルバーを私は月ダンジョンの特産品と言いましたが・・・
月ダンジョンの特産品はその価値如何に関わらず鑑定士の手に掛かれば月ダンジョンの存在まで明らかになってしまい、それらの情報を秘匿するという制約上市場には流せない」
効果説明でその辺のことがわかっちまうのかな。
「一方地球ではかなり希少価値の高いミスリル鉱石は月ダンジョンの幾つかで比較的容易に採掘可能であったりしますが、こちらの場合特産ではないので相場に過度な影響を与えない程度に市場へと流すことができる。
こうしたことを考えればこの地球以上に月ダンジョンでは何処のダンジョンにどんな資源が眠っているのかという情報は重要なものとなってくるのがお分かりでしょう」
ほう、ミスリルが普通に採掘できるのか。
「そしてまだまだ十全とは言えませんが我々はこれまで蓄積した月ダンジョンに関するデータを持っています。
そちらの返答次第でこの月ダンジョンデータベースへのアクセス権をギルドクローバーに提供する準備があることを今日はお伝えに参った次第です」
「そうですか、確かにまだ月ダンジョンの右も左も分からないうちとしては大変魅力的な情報ですわね。
で、そちらはいったい何をこちらに求めるのかしら?」
「それについてはまず一つが月ダンジョンにおけるナイスキャッチの得た資源情報の提供、そちらにも我々のデーターベース構築に是非協力をと考えています。
そして二つ目は月におけるここ清川のような低レベルダンジョンに関する情報。
どちらかと言えばこちらを是非率先してナイスキャッチには探していただきたいと考えております」
「何故そんな情報を欲しがるのかしら?」
「月面基地構想は結構古くから言われている話ですが、低レベルダンジョンの中なら直ぐにでもその建設に着手できる、実現すれば月面開発計画も数十年単位で短縮されることは間違いないでしょう。
ですがそんなモノが何処かの国の派遣部隊に発見された場合、月面における国際的なイニシアチブがその国に集中してしまいかねない。
とまあそんな水面下の国家間争いに終止符を打つべく、我々のような国際機関がその主導権を握り世界の誰もが自由に月ダンジョンを探索できる未来に近づいていこうと考えているわけです」
なるほどねぇ、これまでの情報シャットアウトも結局はその国家間争いが一番の原因。
まっ、そんな争いに興味はないけど、誰でも自由にってのは歓迎すべきことなんだろうな。
「そうですか、そちらのお考えにはそれなりに共感が持てましたわ。
とはいえ即答するのも憚られますし、返答はまた後日ということで宜しいかしら」
「ええ、わかりました、いい返事をお待ちしています」
この翌日には国際探索者連盟との情報協力体制が本決まりとなり、その明くる日にはスラムーン号の車両登録証が届く。
賢斗達がテイムモンスター達の育成を進める中、月ダンジョン探索に乗り出す環境も着々と整っていくのであった。




