第百七十六話 月面ダンジョンと世界情勢
○月面ダンジョンと世界情勢 その1○
1967年の所謂宇宙条約では月に対する国家の領有を禁止、また1984年の月協定では月の土地や資源などは世界共有の財産であり企業や個人等の所有は認めないといった内容の取り決めがなされている。
しかしこの月協定に署名、批准したのは僅か十数か国に止まり、宇宙条約時の7分の1以下にまで減少。
世界の潮流は月資源の個人所有を認める方向へと進み、今では月の土地まで購入できるような時代が到来している。
とまあこんな話を聞かされれば月にあるダンジョンだって購入できるだろうと思うかもしれない。
だが月ダンジョンの場合は少し話が違う。
国際探索者連盟規約8条
公地、公海その他あらゆる公の場に存在するダンジョンは加盟国すべての共有財産であり、国際探索者連盟の管轄に帰属する。
国際探索者連盟の発足は1945年でこれは世界で初めて月面ダンジョンが発見された以前の話。
そして宇宙空間がこの公の場に入るのかといった議論が長く続いた経緯を辿りつつも今では世界197か国が参加するこの連盟の規約により、月にあるダンジョンは共有財産であり、国際探索者連盟がその管理を担うといった形で話は纏まっているのである。
ともあれこの協議については極秘裏に進められ一般の人間にとっては知る由もないこと。
今現在月面に居る少年達からすれば、自分達に監視の目が光っているなど考えもしないことだろう。
「ようやく捕捉した乗り物系アイテムを月周回衛星が捕えました。
映像出ます」
スイスのジュネーブにある国際探索者連盟本部。
その月面監視室のモニターに映ったのは・・・
「パチンッ!ぶへぇっ!あ~れぇぇぇ~~~~~~!キラン」
ぷっ、ぷぷっ、なんですか?今のは。
あの小僧、ビンタされて吹っ飛んでいきましたよっ!
「で、如何ですか?ミッシェルさん。
彼等がいったい何処の誰だか分かりますか?」
室長のケヴィン・ホワイトはその表情を面には出さずに部下に訊ねる。
「ぷっ、ぷぷっ、はい、意外と簡単にヒットしました。
どうやら今月から日本でSランクに成った民間の探索者パーティー、ナイスキャッチと思われます。
既にうちの連盟にも加入済みでメンバーはリーダーの多田賢斗以下・・・まだ全員高校生で紺野かおる以外は16歳といったところです」
「ほほう、民間ですか、それもまさか日本人とは少々驚きですね」
あの国の探索者制度と彼等の年齢を鑑みればまだ探索者に成り立てってところですし。
「それより室長、そろそろダンジョンに入っちゃいそうです。
止めてあげないんですか?」
「はい勿論、月ダンジョンに出現する悪魔系の魔物は格段に手強い、私とて若い一般探索者が命を散らすところなど見たくはありません。
ですが曲がりなりにもSランクを名乗っている以上彼等にはあそこに入る資格があります。
それにうちの立場からすれば民間の探索者はウェルカムですよ。
場所も幸い低ランクとされるアリストテレスですし、ここはひとまず日本の若きホープのお手並み拝見といこうじゃありませんか」
本来月面ダンジョン探索とはこうあるべきなのですよ。ニヤリ
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○初めての宇宙 その3○
一方こちらはその月面、キランと光った主人公だったが無事転移で生還を果たしていた。
「アレは君が悪かったんだからね、賢斗君。
っとに次からはこれくらいじゃ済まないわよ」
へいへい、お~痛ぇ、ヒリヒリ
危うく宇宙漂流者になるとこだったぜぃ。
「兄貴はビンタ耐性を取った方がいいかもにゃ」
・・・ふむ、考えておこう。
「じゃあそろそろダンジョンに行ってみるぅ~?
もう時間あんまりないしぃ~」
「だな、来たからには中の様子を少しは見て帰らないと」
とようやくアリストテレスダンジョンへと向かった四人。
巨大な横穴から中に入れば外とあまり変わり映えのしないゴツゴツした岩質の通路が続き、その遠く先にはフィールドエリアと思しき陽光が漏れていた。
ふむ、造りとしては地球のフィールド型ダンジョンと同じ感じか。
そして歩き出して10mもいかない間に早速魔物の反応が現れる。
みっつ、よっつ・・・いや五つか。
ちと数が多い気もするが今日は様子見がメイン、1回くらいは戦闘もしておかないとな。
「皆、気付いてるな、初戦闘いくぞっ!」
距離を詰め現れたのはずんぐりとした黒い体に蝙蝠の羽、手には三つ又の槍を持ったプチデビルンという魔物。
見た目ムスッとした顔つきで何処かの誰かさん同様無愛想そのものなのだが・・・
「うわぁ~、かわいいぃ~♪」
相変わらず可愛いの基準バグってんな、こいつ。
「油断するなっ!
可愛いかろうがこいつ等みんなレベル30超えてるぞっ!」
ダンジョン入口でこのレベルとか、どうなってんだ?いったい。
接近して来た魔物達の足が止まるとその周囲には無数の火炎玉が浮かび上がる。
なっ、こいつ等魔力操作を使いこなす手合いか。
防御からの反撃も考えられる場面、しかし魔物の反応が一つ、また一つと増え始め、こちらの分が悪くなっていくのは明らか。
「みんなっ、ダンジョンの外に一旦退避だっ!」
外に出た四人は一先ず入り口から20m程距離を取った。
すると魔物達はその外にまでは追い掛けて来ず、ダンジョンとの境界線でその足を止めていた。
あれ、話と違うな。
ダンジョン外も魔物の活動範囲だったはずなんだが。
外であれば火魔法の威力は格段に落ちる、そんな賢斗の策略に魔物達は乗らないようである。
そしてそうこうしてる間に魔物達の数は10体程にまで増えていた。
やっぱあのまま戦ってたら結構ヤバかったな。
にしてもあいつ等の槍は飾りか?
経験上このクラスの魔物なら槍術カンストしててもおかしくないんだが、ったく意気地のない奴等め。
するとプチデビルン達は手にした槍を次々と投擲し始める。
っておい、ソレこの距離から投げんのかいっ。
ひょい、ほう、初速を失わず一直線に飛んでくるとは、意外とあいつ等この宇宙空間を熟知してるな。
つってもこんな攻撃、今のうちの連中だったら・・・
「そんなのあったんないよぉ~、ひゅ~ん」
桜は箒に乗り飛び回って回避、円は・・・
「秘奥義、ニャンタッチャブルっ!ヌルン」
おおっ、凄ぇなニャンタッチャブル、円ちゃんに向かった槍の軌道がぬるっと逸れていく。
まっ、そこまでせんでも普通に避けられる気もするが。
と宇宙空間に高い順応力を見せていた二人はなんの問題も無かったのだが・・・
「きゃっ、あっぶなぁ~い、死んじゃう死んじゃう。ジタバタ、ガシッ
ちょっと賢斗君、アイツ等早くなんとかしなさいよ」
かおるは賢斗にしがみつくと即座に彼の背中に隠れた。
おい、それじゃ俺も避けらんねぇだろ。キィーン
「先輩、なんで転移使わないんすか」
「だって一人だけ格好悪いじゃない」
・・・いや、今でも十分無様だぞ。
つってもそろそろこっちの攻撃ターンってのには賛成だな。
「はいはい、そんじゃあ俺がアイツ等を軽く捻って来る間、先輩はその辺の岩陰にでも隠れといてください」
「軽く捻るってどうするのよ」
「まあそれは見てのお楽しみということで」
はてさて上手くいきますかどうか。
賢斗は一人歩き出すと入口から10m程の距離でその足を止めた。
「ほれ、サンダーランス。」
過激に迸った5本の雷槍は魔物に向けて飛んでいく。
ダンジョン内でその威力が弱まり出すも境界線上にいる魔物達にはかなりの大ダメージを与えているようだ。
おおっ、効いとる効いとる。
にしてもまだそこから出て来ないとは。ニヤリ
「そんじゃあもう一丁、サンダーランス。」
おおっ♪
1体、また1体と霧散していく魔物達、戦いはこのまま終焉に向かうかに見えたのだが・・・
ひょいっ、あっ、また増えやがった。
くそっ、これじゃ全部殲滅する前にこっちのMPが・・・
数の暴力に押され始めた賢斗はこの一方的なタコ殴り的戦況を諦めざるを得ない状況に。
ちっ、雷魔法を皆で共有しとくのが正解だったな。
結果月での初戦闘はドロー、ドロップしたアイテム類が手に入らなかったことに不満を漏らしつつも彼等は戦場を後にする。
と言っても収穫が全く無かったというわけでもない。
・・・意外とここ、スラ坊達のレべリングにピッタリかもしれん。
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○月面ダンジョンと世界情勢 その2○
翌8月18日土曜日、ギルドクローバーには朝早くから来訪者。
その人物はこの国の防衛省、防衛大臣秘書官の陣内という男で、彼の要望によりこの面談の場には賢斗達や他のギルドメンバーも同席することになっていた。
「それで防衛大臣の秘書さんが直々にお見えになるとはいったい何の御用でしょうか?」
「いや~最近の宇宙技術ってのは思いの外進んでましてね、今では結構鮮明に月面の様子が見えるんですよ。
それでうちの観測室の人間が言うには昨日の夕方お宅さんとこのナイスキャッチがSL型の乗り物系アイテムに乗って月面に現れたって。
私も頭っから信じちゃいませんが、一応仕事ですんでこうして真偽確認に伺ったわけです」
あらやだ、昨日のスペースコーティングさんのナイスな検証を誰かに見られてたとは。
月面観測なんて防衛省の仕事じゃないですぞ。
思春期の少年は見当違いなことを考えているが、中川にとってこの男の来訪は予想していたものである。
流石に動きが早かったわね・・・
「そんな下手な鎌を掛ける必要ありませんわ。
その件に関してはもうこの四人から報告は受けておりますし、ここに居る全員が知っています。
それより月面ダンジョンに関する国の方針その他国際間の暗黙のルールとか、そちらの説明を早く始めたら如何かしら」
「・・・アハハ、どうやらお噂はホントのようですなぁ、中川さん。
何しろ月面ダンジョンというのは諸外国との関係上非常にデリケートな問題でして。
それでご推察通りこれから少し込み入ったお話をさせてもらうことになりますが、皆さんこちらの書面にサインしていただいても?」
面々の前には守秘誓約書が配られ、そのサインが終わると陣内は話し始めた。
「まず月ダンジョンについて少しご説明しますとその発見は結構古く約50年前に遡ります。
ピンときた方も居るかと思いますが、そう、当時アメリカが人類初の有人月面着陸を果たした時、既に発見されていたんですよ。
その一方月に行ける乗り物系アイテムというのが世界で初めて発見されたのはこの月面着陸から3年後。
これもアメリカでの話で当時新たに出現したナサダンジョンで皆さんもご存知であろうあのアメリカ空軍のスカイシップ、エンタープライズ号がその産声を上げたというわけです。
まあ一般には非公開とされていますがあの空母が月まで行けることは紛れもない事実。
驚いているかもしれませんが過去に数回アレが月面で観測されたデータもキチンと存在します」
ほえ~、あれ宇宙空母だったの?初耳なんですけど。
「あのぉ、ちょっと聞きたいんですけど・・・」
素朴な質問をぶつける賢斗にも陣内は誠実に答える。
「ええ、既にロケットタイプやUFOタイプ、はたまた自動車タイプといったものなどこれまで様々な形態の乗り物系アイテムが月面上で観測されています。
そして皆さんのSLタイプは11番目、とはいえ我が国のモノとしては初めてになります」
ふ~ん、他にも月面に行った乗り物系アイテムがあるとは聞いてたが、日本初ってだけでも悪くはない、うんうん。
「まあこの辺を非公開、また月ダンジョンに関する情報がほぼ世間にシャットアウトされている状況については国家間の宇宙開発競争の歴史。
またそれ抜きに考えても高度な武装を持った乗り物系アイテムの情報は何処の国でも非公開とされるのが常。
そして発見から半世紀経った今尚、月面ダンジョンの一つとしてその完全攻略が成し遂げられていない。
そんな様々な理由や各国の思惑が複雑に絡み合ってると御理解ください」
へぇ~、50年経っても全然攻略できてないんだ。
まっ、入口であのクラスの魔物が束になって襲ってくる時点でかなりヤバいって気はしてたけど。
「ともあれ今現在の国家間ルールとしては月にあるダンジョンは全て国際探索者連盟の管轄ということで合意が済んでいます。
そして連盟の規約に則るなら何処の国の人間であれSランク以上の探索者であれば月面ダンジョンの探索はして良いということになります。
ですがここで問題になるのがこの日本という国の方針です。
皆さんも知っての通り我が国は平和憲法を掲げる国、戦艦クラスの兵器すら保有できない。
また個人において武装が施された乗り物の所有は認められておりません。
探索者法にはダンジョン内で使用する限りにおいてある程度それを許容する条項が盛り込まれておりますが、月面というダンジョン外にその姿を現した時点であのSL型乗り物系アイテムはその適用外。
これについては国際探索者連盟の立会の下調査資料を作成、この国のみならず国際機関への登録も済ませておく必要があるとお伝えに参った次第です」
うっ、言われてみれば確かに。
ダンジョン外で乗り物系アイテムをってのには登録が必要だって話だったもんな。
しかし既に違反してるのにそこを問題視しないのはこれがあまり公にできない事案だからか・・・
はたまた月で日本の法律が適用されるってのがおかしな話だからか。
「スラムーン号に武器なんか一個もないよぉ~」
おっ、急にどうした先生。
スラムーン号を取られちまうと思って不安になったか?
「はい、別にその点を疑っているわけではありません。
ですが今月面にあるダンジョンは様々な国の監視下にあり、皆さんが月に行った場合その国々からは日本のナイスキャッチという見方がされます。
となれば先程も言った平和憲法を掲げる我が国としてはキチンと国際機関への登録を済ませ、下手に他国を刺激しないようにしなければならないということです」
ふ~ん、エンタープライズ号なんて思っきし軍艦だろうに世知辛い世界情勢だな。
つってもスラムーン号で外国のダンジョンにって考えていたし、俺達にとってこの登録は初めっから必要なものだった。
特に拒否する理由もないな。
(賢斗ぉ~、私頭がちっちぽっぽしてきたぁ~)
ふっ、ちとムズい話だったからな。
(大丈夫だ、お前は可愛いからそれでも生きていける)
次回、第百七十七話 世界の誰もが自由に月ダンジョンを探索できる未来。




