第百七十五話 はじめての宇宙
○ギャラクシーエクスプレス その2○
「いやちょっと待ってくれ。
まず先にこのスラムーン号は何処へ行けるのか説明してもらえるか?」
「かしこまりまシタ。デハ・・・」
ロボ車掌の説明によるとダンジョンはこの地球上だけでなく月面にも数多く存在し、この強化プログラムを施されたスラムーン号であればその全てのダンジョンとの行き来が可能とのこと。
また今回の強化プログラムによりスラムーン号には環境維持装置が追加され車内では宇宙空間であろうと地球上の生命体が快適に過ごせる環境が維持されるそうである。
「・・・尚この清川ダンジョンステーションから外への運行は週に1回のみ、目的地のご指定等はカプセルドーム表面にタッチ操作で行ってくだサイ」
週1かぁ、悩ましいとこだな。
「サッ、おお~回った」
桜が表面をなぞればそれに応えてホログラムの地球も回転、広げるように指を離していくと今度は拡大表示。
どうやらスマホ画面の要領で操作が可能となっているようである。
「ねぇねぇ、浮遊島ダンジョンが無いけど行けないのぉ~?」
「はい、超高感度レーダーにて座標は把握できていますがこのスラムーン号はダンジョン間しか行き来ができまセン。
そしてあの浮遊島をダンジョンと誤認されている方も多いようですが、実際あれはダンジョンと呼ぶべきものではありませんので行くことはできなくなっておりマス」
そういや前にそんなこと茜ちゃんも言ってたような。
「なぁ~んだぁ、ガックシだいまじぃ~ん」
だな、でもまあ・・・
「にしてもまさか月面にもダンジョンがあったとは驚きね」
うんうん、月に行けるだけでも大したもんだ。
にしても月ってホントは卵型に近い形状なんだな、真ん丸だと思ってた。
おっ、アリストテレスダンジョン、俺でも知ってる名前があると真っ先に行きたくなってくる。
「ところで月のダンジョンとはいったいどんなところでしょうか?」
「まあ可能な範囲でお答え致しますと・・・」
月ダンジョンは月面に数多く存在するクレーターの中心にできた洞穴で奥にはダンジョンコアが眠っている。
その洞穴内は水と大気が存在し、重力が約6分の1になっている以外基本的には地球上のダンジョンと同様に考えていいらしい。
だがここで注意が必要なのは月は地球と違い星全体が濃い魔素で覆われていること。
月の魔物もダンジョン内で生み出される点は同じだが、地球と比べ総じてレベルが高くダンジョンである洞穴の外でも活動が可能、クレーター全体がその活動エリアとなっている。
「・・・ちなみに他にも洞穴内では地球上のダンジョンでは産出されない鉱石、生えていない植物の生育など相違点は数多く存在しマス」
ふ~ん、ダンジョン外でも魔物がってのは確かに厄介そうだが、別に一般人が外に住んでるわけでもなし、月全体がだだっ広いフィールド型ダンジョンって考えればいいだけの話か?
まっ、それより俺にはこっちの問題の方が気になるんだが・・・
「なあ少し初歩的な質問になるんだが、このままその月面ダンジョンに向かっても大丈夫なのか?
ダンジョンに入るにしても宇宙空間を通らなきゃいけないわけだろぉ?
やっぱ宇宙服とかの準備が必要だと思うんだが」
「その点はご心配要りまセン。
私にご指示いただければ気圧・体温調整、呼吸・会話サポート、紫外線ガード等の機能を持つスペースコーティングを皆さんに施すことが可能デス。
ちなみにその効果時間は3時間、外部での活動中はご注意くだサイ」
へぇ、スペースコーティングかぁ、そいつは助かるな。
3時間てなると短い気もするけど。
その後もロボ車掌に質問をぶつけ情報収集に勤しむ賢斗。
すると地球、月間の移動時間は30分程、その際通常の転移魔法の類は使えないためこのスラムーン号はワープ航法システムを採用しているのだとか。
なにっ、ワープ航法システムだとっ!キラン
そんな彼の隣でも、キラン、コクリ
一方肝心の個々のダンジョンの詳細情報については・・・
「残念ながらそちらの情報にはロックが掛けれておりマス」
ちっ、ここへ来てそれナイショってのはないだろぉ?
まっ、行ってみりゃ分かる話だけど。
「じゃあ今度は私から。
月のダンジョンに行くのって私達が初めてなの?
他にもこのスラムーン号と同じように月まで行ける乗り物系アイテムって存在しているのかしら?」
おっ、それはナイスな質問だな。
月にもダンジョンが存在するなんていう聞いたこともない話につい舞い上がってしまってたがそれだけで俺達が月面ダンジョンに行く最初の人類って考えるのは早とちりが過ぎたし。
「はい、仰る様にこのスラムーン号以外にも月面ダンジョンに行く術を持った乗り物系アイテムは存在していマス。
そして何もお客サマ方が人類初の月面ダンジョン到達者になるというわけでもありまセン。
しかし残念ながらこれ以上の詳しい情報についてもロックが掛けられておりマス」
あっ、やっぱりか・・・
月では地球上のダンジョンでは得られない資源の数々を先行者が独占しているのかもしれない。
延いては排他的な争いや下手をすれば国家機密とかそういうレベルの話にも巻き込まれ兼ねない。
そんな一抹の不安を感じる賢斗であったが・・・
つってもまあどれもまだ単なる憶測に過ぎない。
「賢斗ぉ~、もういい加減行き先選ぼぉ~」
今この段階で行かないなんて選択肢はありえないわな。
「ああ、そうだな」
ひとしきり質問を終えると四人は再びカプセルドーム内の球体を眺める。
「どこにしよっかなぁ~?くるくるぅ~。
あっ、ここにするぅ~?
このプロセラルムってとこが一番おっきそうだよぉ~」
「流石です桜、また一段と女っぷりを上げましたね」
「エヘヘ~、そっかなぁ~」
「いやちょっと待った待った。
大きさが比例するかは分からんけど最初はなるべく小さいクレーターのダンジョンにした方が危険も少ないんじゃないか?」
一番大きいとこなんか誰の目にも止まっちまうだろ。
「あっ、またこの人は意気地のないことを言いました。
勇者が聞いて呆れますよ、賢斗さん」
いやこの私慎重さを重んじる勇者さんなんです。
「まあまあ、でも賢斗君、何処へ向かうにしろ全く事前情報が無い状況で正しい判断なんて誰にもできないわよ。
ここは桜がくるくるぅ~っと適当に回して止まったところでいいんじゃない?」
くるくるぅ~っと適当にか・・・無策にも程がある。
と言いたいところだが、確かに判断材料の乏しいこの状況、俺の予想が間違っている可能性だって十分考えられる。
ならば一見只の思い付きのようでいて桜の幸運が活かされるこのランダム選択案は意外と悪くないかもしれない。
「うむ、じゃ、それでいこう」
意見が纏まると桜は指を伸ばす。
「それじゃあ行くよぉ~、えいっ。くるくるぅ~」
ほどなくカプセルドーム内の月が止まった先は・・・
なっ、まさかのアリストテレス。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○ギャラクシーエクスプレス その3○
行先が決まったところで時刻の方はまだ午後2時。
移動時間的に見てもまだ月面ダンジョンを様子見してくるにはいい頃合いである。
『アリストテレスダンジョン
ここへ行きますカ?Yes/No』
う~む、こんな有名な名前が付いたとこなんてホントに行って大丈夫なんだろうな?
賢斗の指先がしばし止まって居ると・・・
「えいっ、ピトッ」
なっ、桜、おまっ!
押された指先はYesを選択した。
「運行管理システムアクセス者多田賢斗を認証、行先指定が了承されまシタ。
これよりスラムーン号は月面、アリストテレスダンジョンへと発車いたしマス」
くっ、もうこうなったら腹を括るしかねぇ。
グィーーーーン
おっ、動いてる。
ターンテーブルが回り出すと6番ゲートの方向で止まる。ガタンッ
プォォォォーッ!
発車を知らせる汽笛音が響くと緩やかな加速が始まった。
ガタン、ゴトン・・・シュッ・・・シュッ・・シュッ・シュッシュシュシュシュ
前方では最後まで閉ざされたままだった6番ゲートが開かれていく。
おや?なんか何時もと様子が違うな。
ゲートの先にはまだフィールドフロアが続きレールが延びている。
しばしその何もない荒野フロアをひた走るスラムーン号だったがレールは徐々に天に向け曲線を描く。
「ワープ航法30秒前、29、28・・・」
キラン、キラン、キラン、キラン、8つの瞳が星型に輝く中、動輪からはバチバチと放電が始まり急激に加速していく。
そして地上50m程でレールが途切れたと思えば車体は尚空中を走り続けていた。
とっ、飛んだっ!
前方の空間が渦を巻くとスラムーン号はその中心に突入。
「・・・1、ワァァァープッ!」
プォォォォーッ!
蒸気を上げた機関車はその汽笛の音と共に清川ダンジョンから姿を消してくのであった。
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○初めての宇宙 その1○
空間の歪みから抜け出すとそこは既に宇宙空間、未だ動輪は放電を帯びスラムーン号の周りには光が流れていた。
「うぉ~、でっかい月だぁ~っ!」
「後ろには地球が見えますよ」
あっ、ホントだ。
「なんか感動するわね」
うんうん。
見る見るうちに接近して来る月面、スラムーン号はクレーターの一つを目指し降下を開始した。
「ご乗車ありがとうございまシタ。
まもなくアリストテレスダンジョンデス」
減速が始まるとほどなく車両は地上から30mくらい浮いたままの状態で停車。
ロボ車掌に指示を出すとカプセルドームに触れた四人の身体は光に包まれスペースコーティング。
そのまま床をすり抜ける様に下降し光のカーテンに包まれ地上へと降りていった。
「「「「あ~む、すとろんぐぅ~っ!」」」」
掛け声に合わせ同時に月面に足を着ける四人。
「決まったねぇ~、アームストロングぅ~」
「ああ、こんなことなら日本の旗でも持ってくりゃ良かったな」
「うんうん、にしてもホントにちゃんと会話できてるわね」
「はい、空気も無いのにその辺の違和感を全く感じません」
だな、そしてアレがアリストテレスダンジョンか。
彼等の降り立った地点から100m程先には富士ダンジョンにも匹敵するほどの横穴が口を開けている。
またこの時点で気付いた点がもう一つ、月面ではダンジョン外であれパーフェクトマッピングの機能低下が生じていなかった。
おっ、こりゃ助かる、こっちじゃダンジョン外とはいえ魔物の活動範囲らしいからな。
取り敢えず周囲の様子を確認してみれば5km圏内には魔物、また他者の反応も見られなかった。
まっ、ダンジョン内の様子はこっからじゃ分からんけど。
となれば早速目的のダンジョンへ向かいたいところなのだが・・・
「なあ皆、しばらくこの周辺で宇宙空間に慣れるための時間を取らないか?
ダンジョン外でも魔物と戦うことが想定されるって話だったし、魔物が居ない今のうちにこの宇宙空間での魔法検証とか6分の1の重力にも慣れておいた方がいいと思うんだ」
「まあ確かに初めにその辺を片付けておくのがよさそうね」
とダンジョン進入は一時お預け、しばらく各自がこの宇宙空間での魔法検証また重力に慣れる作業を進めることに。
すると魔法に関しては円の土魔法が通常以上の高威力を発揮。
「これは見た目以上に威力がありそうですねぇ」
ふむ、大気抵抗が無い分、打撃系の魔法は有効そうだな。
それに対し桜の火魔法、かおるの風魔法の威力は激減、その威力は本来の1割も発揮できていなかった。
「あ~これじゃあ使い物になんないねぇ~」
「風魔法も全然ダメ、大気がなくちゃ風なんて吹かないもの」
まっ、こっちは予想の範疇って感じか。
一方賢斗の雷魔法については真空での放電でその威力が増すことは既に経験済み。
ある程度その辺りを考慮し魔法を発動してみた賢斗だったが・・・
バリバリバリィッ!
うわっ、ビックリ、只のスタンでこの威力?
結果はその彼の予想を遥かに上回るものだった。
ふっ、ダンジョン外ではこの賢斗さんの雷魔法が主役になりそうだな。ニヤリ
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○初めての宇宙 その2○
魔法検証を終えるとお次は低重力下での動作確認作業。
いや~この浮遊感、まさか月面を歩く日が来るとは・・・
おっ、普通に足を前に出しただけで感覚以上に歩幅が延びる。
う~む、これは一見長所のようでいて小回りが利かないデメリットと捉えることもできるか。
よし、少し小刻みな歩幅の練習もしておくとしよう。
「ぽよ~ん、あはっ、ほら賢斗ぉ~すっごいジャンプ力ぅ~」
ったく、直ぐジャンプしたがるとはおのぼりさんめ、それジャンプ力が凄いわけじゃないからなぁ。
「賢斗さん、お次は円の勇姿もご覧ください。
とうっ、ムーンサルトキィィィークッ!トンッ」
ほほう、円ちゃんがあんなアクロバティックな動きを、あそこの親が見たら泣いちゃいそうだな。
つっても重力を活かし上空へ飛んで放つキックの威力も6分の1に低下してるようだが。
と地球上での運動音痴は何処へやら、早くもこの宇宙空間に順応して見せる二人。
がしかしその一方で順応しきれていない人物がここに。
「あっ、なにこれ、ちょっと賢斗君、退いて退いてぇ~」
えっ、何?クルッ。
振り向けばジタバタしたかおるが既に賢斗の目前に。
ともあれ彼程の機動力があれば如何様にも躱すことはできた筈なのだが・・・
退けと言われましても・・・
う~む、何故体が動かないんだろう?
そのまま激突する二人、かおるは賢斗の顔面にその胸を押し付ける形で抱き付いていた。
ムニュウゥ、うむ、月面最高ぉ♪
「さっすが賢斗ぉ~、ナイスキャッチだねぇ~」
ありがとう桜君、だがしかし今の私はそれどころではないのだよ。
通常なら窒息してしまいそうなところだがなんとスペースコーティングさんのお蔭か息も苦しくない。
「ゴメンゴメン、ありがと賢斗君、6分の1の重力って結構難しいわね」
ここは今少しこのスペースコーティングさんの性能を検証してみなければいけないのだ、うんうん。
「ねぇ、もういいから下ろしてくれる?」
こう横からの圧力を加えてみた場合ではどうだろうか?ぱふぱふ
「あっ、きゃっ、ちょっと賢斗君何してんのよっ!」
わおっ、これでも呼吸になんの支障もないとはっ♪
ではもう少しこの圧力を強めてみよう、ぱふ・・・
「もぉいい加減にしなさいっ、えいっ、パチンッ!」
あ~れぇぇぇ~~~~~~!キラン
「あっ、流れ星」
次回、第百七十六話 月面ダンジョンと世界情勢。




