第百七十二話 新たなスカウト候補
○新たなスカウト候補 その1○
8月12日月曜日午前8時、普段は静かな清川の朝に今日は異変が起きている。
続々と麓から登って来る車両、事務所前の駐車場では警備員がそれを誘導し建物入り口には既に100人を超える行列ができようとしていた。
呼び出しを受けた丸石が2階の執務室に入室すると中川と水島がそんな外の様子に満足そうな笑みを浮かべている。
「失礼しまーす、っておや、大型バスまで、開業2時間前からもうこれだけの人ですかぁ」
「ええ、夏休みとお盆休みが重なるこの日に間に合ってくれたのは大きいわ」
「はい、Sランク昇格からもそう日は経ってませんし3日間予定しているナイスキャッチファン感謝祭りは成功間違い無しです」
本日より開催される新事務所竣工記念イベントでは昇格後初となるナイスキャッチのサイン&握手会やトークショーに加え前日から展示していたドリリンガーとリトルマーメードもイベントホールにて初の一般公開。
更にはこの2つの乗り物系アイテムをバックにした記念撮影なども予定されている。
またグッズ店舗の方では来訪者に昇格記念オリジナル缶バッジを無料配布、メンバー四人も身に着けているクローバーのロゴ入り装備を限定販売するなど盛り沢山の内容となっている。
「まっ、確かに今やナイスキャッチ人気は最高潮、そこへ来てこんな多目的イベントホールまで備えた大規模ギルド事務所の建設。
地理的な弱点はありますけどこれで一気にギルドクローバーの名も全国に轟いちゃうでしょー」
「はい、早くも他のギルドからこの施設を見学したいという申込みもあったんですよ」
「それはそれは、まっ、プライベートダンジョンとこれだけの建屋を持つ事務所は全国的に見ても数える程しかありませんからねぇ」
一方そのナイスキャッチファン感謝祭りに負けず劣らず注目を集めているのが本日このギルドクローバーが世界に先駆け一般提供を開始するジョブ診断。
いざ蓋を開けてみればこちら目当ての来訪者の方が多いとの予想もされている。
「でもここまで人が集まっちゃうと僕的にはあの緑山って娘がパンクしちゃうんじゃないかと心配になっちゃいますよぉ」
この丸石の危惧も傍から見れば当然でジョブ診断の提供については特に診断数を制限することなく診断料1万2000円という安値でのスタートを予告。
今世界では自分のジョブに疑問を抱えた探索者は星の数ほど存在し診断希望者が殺到するのは誰の目から見ても明らかなのであった。
「あら、丸石君も可愛い女の子には優しいのね。
でもその点はもう手を打ってある、特に心配は要らないわ」
「えっ、といいますと?」
茜の神界キュンキュン通信というスキルに関しては当初対象人物を前にして発動するタイプのスキルだと思われていた。
しかし実際には神様と交信してるだけなので単に所持スキル構成が分かればその人物が目の前に居なくとも取り扱いダンジョン等の情報入手が可能なのである。
そしてこれが何を意味するかといえば、仮想診断を繰り返す事で事前にジョブ情報のデータ蓄積が可能であったということ。
このひと月でデータベース化もある程度進み、今ではポピュラーな所持スキル構成であればパソコン操作で直ぐジョブ診断結果が得られるシステムが出来上がっていた。
「・・・ってとこまで来てるからもう緑山さんが対応するのはレアスキル所持者のみって感じになってるのよ。
それでもここ2、3日はそれなりに忙しくしてもらう必要はあるけれど」
「あ~なるほど、流石っすねぇ、中川先輩。
もうそこまで準備していたとは」
「はい、データに無いレアスキルの場合は後日診断結果を郵送対応することにもしてありますし、先生はちゃんと緑山さんの負担についても考えてらっしゃるんですよぉ。
そしてなんと神界キュンキュン通信なら全世界のダンジョンを対象にした診断も可能、将来的にはネットでのジョブ診断も計画しています」
「うわっ、まさかのグローバル展開、ホント中川先輩と神界キュンキュン通信恐るべしですねぇ。
僕の聞いたところでは普通の神界通信の場合レベル1では所持者の10km圏内にあるダンジョンのジョブ情報しか得られないって話でしたよぉ?
他では絶対マネできませんよー」
「うふっ、まあそうは言っても緑山さんと同じスキルを持った人間が他にも居る可能性だってあるし、今探索者協会でも神界通信所持者を採用し各支部の情報を集めてデータベース化に着手してる。
民間のうちがこのジョブ診断事業を成功させるには情報量で他を圧倒し早期に確固たる地位を確立するしかないのよ」
「あ~それでこの格安の診断料と世界に向けたネット診断ってわけっすかぁ。
中川先輩なら需要とのバランスを見誤る筈ないと思っていましたけどそういうことなら納得ですー」
「まあ今の状況だけを考えたら丸石君の言う様にもっと高額の診断料にしておくのが正解なんだけどね。
というわけで必要だった説明も済んだところでそろそろ本題。
丸石君、貴方には当面の間このジョブ診断のオペレーター係もお願いするわ」
「えっ、僕がっすか?」
「当然よ、診断希望者に提出していただく申込書には氏名、年齢、性別、住所、所持スキルの他、プロ契約の有無など幾つか質問にも答えてもらうことになっている。
うちのスカウト担当はこの宝の山を黙って放置しておくつもりかしら?」
「うわっ、それって診断希望者の個人情報を流用するって事じゃないっすかっ。
最近そういうの気にする人多いっすよぉ」
「何言ってるの、顧客情報を自社内で活用するのは民間ではよくある事でしょ。
勿論スカウト勧誘の拒否を選択した人については対象から除外するし、法的な問題は一切ないわ」
「まっ、そりゃそうっすけど・・・もしかしてその仕事全部僕一人で?」
「そうよぉ、ニコリ、こういうのはやはり忍耐力のある丸石君の様な人物が適任、その内増員も考えてあげるからしばらくは一人で頑張ってみて頂戴」
「いやでも中川先輩、この時間でもうあれだけの人が・・・」
「ほらほら、開業まであまり時間が無いんだから早く光からパソコン操作の説明を受けて来なさい。
スカウトリスト作成後は私に提出すること、以上」
「そんなぁ~」
「はい、じゃあ丸石さん、あっちの部屋に行きましょ~♪」
「ひえ~中川先輩の嘘つき、こっちもやっぱりブラック企業じゃないっすかぁ~」
うふっ、期待してるわよ、丸石君。
まっ、次のスカウト候補はもう居るんだけど。
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○新たなスカウト候補 その2○
1階のロビーでもガラス越しに人だかりを眺める少年が一人。
うひょ~予想以上に一杯並んでんな。
ってあれ?何でアイツ等がここに・・・
「ブルブルブル・・・はい、多田ですが?」
「よぉ~賢斗っちぃ~、ちょっと中に入れてくれっしょ~?」
「ダメに決まってんだろ、つか何でお前等がうちのお客の整列係とかやってんだよ?」
「ああ、これはファン倶楽部のボランティア募集に応募したからっしょー」
あ~なるへそ、今日は移転後初開業イベントで人足りてねぇもんなぁ。
にしてもうちのクラスの奴等が揃いも揃ってナイスキャッチファン倶楽部会員だったとは・・・
とそこへ受付の女性から声が掛かる。
「ヤッホ~イ、たっださぁ~ん、カモンカモン」
ちっ、まっ、でもボランティアの人選はコイツの仕事だろうし、ちっと事情を訊いてみるか。
賢斗は受付に歩いていく。
「なあ蛯名っち、あのファン倶楽部のボランティア達見事に全員俺のクラスメイトなんだが?」
「おやぁ、そうだったんですか?
あの方々は我がファン倶楽部のシックスメン、会員番号の若い2~7番までで選出しただけなんですよぉ~。
ちなみに現在500名を超えたファン倶楽部会員中、多田賢斗派は私を含め総勢7名しかおりましぇ~ん」
なんか色々衝撃的な事実が目白押しだな。
「でもまあ安心してください。
多田さんのファンはこの私を含め結構シャイな人が多いですからねぇ~。
きっと今日の握手会では多田さんのところにも人が並んでくれる筈です」
「あ~そうかい、つか流石にもうこれだけ名前が売れりゃあ知り合い以外のファンの一人や二人俺にだって居るだろ」
・・・居るよね?
「まっ、それはそうと蛯名っち、ここの受付の方はお前一人で対応するのか?
あの人の数だとこっちだって修羅場確定だろ」
「チッチッチ、そんな訳ないじゃないですかぁ、こっちにもちゃんと応援を呼んであります。
蛯名っち一人じゃ糞の役にも立ちませんからねぇ~、エッヘン」
そこの自己分析が正確な点だけは褒めてやる。
「でもファン倶楽部のボランティアさんは彼等だけですよぉ~」
「ふ~ん、じゃこっちは探索者協会から助っ人でも呼んでるのか?」
「いえいえ、今回はうちのお姉ちゃんに来てもらっちゃいましたぁ~。
後ろの部屋に居ますけど、呼んじゃいましょうか?」
「いっ、いや呼ばんでいい」
コイツの姉貴っつったらあの透視メガネを落札した変態、嫌な予感しかしない。
「またまたぁ、何ビビっちゃってるんですかぁ、お姉ちゃ~ん」
馬鹿っ、呼ぶなっ!
ガチャリ、受付後ろの扉が開くと蛯名っちと瓜二つ、着物姿に眼鏡を掛けた花魁女子が出て来た。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん。
蛯名家長女、蛯名ピン子とはあちきの事でありんす」
ビクッ、ブゥワッ!なっ、鳥肌、これはいけない・・・
瞬間的に危険を察知した彼は即座に拠点部屋へと転移。
「どうしたんですか?賢斗さん。
顔色が優れませんよ?」
「お外いっぱい人居たぁ~?」
「いいか?お前等。
今日は絶対受付には近づくな。ガタガタガタ・・・」
ようやくその落ち着きを取り戻したのは30分後のことであった。
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○新たなスカウト候補 その3○
開店を控えた喫茶店舗、そのカウンター内では椿がアルバイトに指導を行っていた。
「あら、料理ができるとは聞いてたけど本物じゃないの、岩下君。
フライパン振ってる手つきがとても素人には見えないわ」
「アハハ、うち洋食屋やってるもんでこういうの慣れっこなんですよ」
「助かるわぁ、私一人で調理を全部熟すのは不安だったし、軽食メニューの方は全部お任せしちゃおうかしら」
そしてそのカウンターの外では・・・
「ほら綺羅ぁ、アンタに関しては出戻りなんだから岩下君に負けてなんかいられないわよぉ」
「わかってるわよ、っていうか今メニュー覚えてるんだからどっか行ってよっ!
アンタがそこに座ってると気が散るのっ!」
「え~、ヤダヤダぁ~♪」
「なあ紺野、ところでこの着けさせられた猫耳は何だ?」
「あっ、うん、それ私が作ったの」
「いやそうじゃなくてだな、こんなのお前の話に無かっただろ?」
「だってぇ~、うちのギルドの喫茶はにゃんにゃんランドの姉妹店ってことになってるしぃ~。
これ言ったら古谷君達このバイト引き受けてくれないかなぁって思ったからぁ~」
「なっ、紺野お前っ!」
「きゃ~古谷君が怒ったぁ~♪」
「ちっ、別に怒りゃしねぇよ、このくらい。
お前のお蔭で俺達四人もこのギルドクローバーに入れてもらえるかもしれないんだからな」
そう、中川の言う次のスカウト候補とはスキル研究部の四人である。
しかし特に目立ったスキルも所持していないこの四人は通常なら中川のスカウト眼に引っ掛からない。
ともあれ今日の様なイベントデーともなれば受付、喫茶店舗、グッズ店舗を社員担当者だけで対応するのは無理があり開業イベント時のアルバイト確保は急務であった。
「あっ、だったら中川さん、また綺羅を連れて来ましょうか?
何なら料理の得意な人間も知ってますしもう三人くらい引っ張って来れますけど」
そりゃ面識のある人物や知り合いの方が色々と助かりはするけど・・・
「大丈夫なの?
彼女は自分からうちのバイトを辞めたいって言ってたのよ」
「はい、でもそれはその四人で初心者向けのスキル講座を将来始めようっていうのが目的で・・・
でもプライベートダンジョンも無しにそんな事始めたって絶対上手くいきっこありません。
ですからそれをうちのギルドでやらせてあげたいんですけど・・・ダメですかね?」
まあ清川ダンジョンを好きにできるうちとしては初心者向けのスキル講座を偶で開催させてあげるくらい簡単なことだけど・・・
「それに賢斗君からダッシュスキルも伝授されてますから、あの四人を組ませればDランク程度のダンジョンなら攻略できる実力を最近では持ってます」
・・・それはつまりその四人と探索者としての専属契約もして欲しいって事かしら?
ギルドとしては既にナイスキャッチという大看板が在籍している。
しかしその反面Sランクにも成ったそのパーティーに今更EやDランクのダンジョン攻略までしてもらわなければならない現状は憂慮すべき点であった。
このタイミングでこんな提案をしてくるだなんて・・・
中堅パーティーの必要性、こんな事普通現場の貴女が気に掛ける様な事じゃないはずよ。
といってもそれ相応に自分の眼鏡に叶う人材でなければと考えていたのだが・・・
・・・お友達の為、ねぇ。
「おっ、お願いしますっ、中川さんっ!」
かおるは何時になく真剣な眼差しを中川に向ける。
紺野さん、貴女何時からこんな事を計画していたの?
「わかった、その四人今度私のところに一度連れて来なさい」
「はいっ!♪」
拳を握り喜びを噛み締める少女、そんな彼女に中川は目を細めていた。
一方グッズ店舗の方では・・・
「アルバイトの芥川愉快といいます。
僕はこっちの手伝いをする様に言われたんですけど」
ゴクリ・・・イケメンが来たずら。
次回、第百七十三話 4大ダンジョンラスボス一掃大作戦。




