第百七十一話 新事務所移転
○夏休みの登校日○
あのレベルの強敵となると現状取れる討伐手段は只一つ。
幸い次の満月日まであと6日に迫っていたこともあり賢斗達は魔物に手を出す事無く清川攻略の一時中断を選択していた。
ではその翌日から何をして過ごしているのかといえば桜と円はペアを組みBランクの三重県伊賀ダンジョン。
賢斗とかおるの二人はこちらもBランクの福井県越前ダンジョンと2班に分かれテイムモンスター育成を兼ねた攻略活動である。
そしてこの2つのダンジョン攻略が進められる中、本日8月10日土曜日は夏休み中の登校日。
ちょっとした息抜き気分で登校した賢斗だったが朝からかおると共に校長室のソファに座らされていた。
「いや~Sランク昇格とは実に素晴らしい。
君達ナイスキャッチは最早この日本の宝、そして紺野さんと多田君は我が校の誇りだよ。
実はうちの娘も今や君達ナイスキャッチの大ファンでね」
白髪混じりの小太り体形、鼈甲フレーム眼鏡で少しチャラい雰囲気を漂わせるイケてる系学校長の川村は満面の笑みで気さくに語り掛ける。
「ついては今日二人には色々とお願いがあるのだが、差し当たっては今日の全校集会でのスピーチ。
それとその後は一般生徒とは別行動で学校案内パンフレット用の写真撮影、あとこの校長室に飾る写真とサインも頼みたい。
最後にこれは私的なものになってしまうんだが私の娘へのサインも一つお願いできまいか?
もっ、勿論できる事だけで構わんよぉ、できる事だけで。
事務所の規約に反する様なら断ってもらって一向に構わない」
事務所の規約って言われてもなぁ、ギャラが発生しなきゃ特に問題ないし。
実際個人的なサイン等の頼まれ事でさえ一切禁止している探索者事務所もあるが、賢斗達が所属するクローバーとの契約上では無償であればそれをやるかやらないかは本人達次第といった形になっている。
まっ、俺の場合はそんなことよりも・・・
「あっ、あのぉ、すみませんけど校長先生、俺全校集会でのスピーチの方は・・・」
「学校に居る時間で済む話であればオールOKですよ、校長先生。オホホホホホ」
「なっ、ちょっと先輩、何勝手に話を・・・」
「何よ、賢斗君。私から生き甲斐を奪うつもり?
もう君の平安式カミカミは全国区なんだから諦めなさい」
「なっ、その生き甲斐とやらを詳しく説明してみろぉっ!」
「別に良いけど手短に済む話じゃないから今は無理っ!」
「いや~君達二人は実に仲がいいね」
「どこがっ!」「どこがですかっ!」
「ほらやっぱり」
かくしてクラスメイト達とは別行動となった二人、校長からの頼まれ事が終わるともう時間的にはクラスのHRが終わる時分であった。
日程はこのクラスのHRで終わりとなっており彼としてはこのまま自宅へ直帰したいところであったのだが・・・
さて問題はどうやって鞄を・・・
全校集会では期待通りの平安式カミカミを披露した賢斗さん。
まるで遅刻した生徒の様に後ろのドアをこっそり開ければ教室内はまだHRの真っ最中である。
お邪魔しましたぁ。
彼はまたそのドアを静かに閉めた。
すると程なく騒がしくなる教室内、どうやらHRが終了したようである。
「ガタガタガタッ、確保だぁ~っ!」「平安式カミカミはまだ近くに居るはずだっ!」
ぬっ、気付かれてたか、つってもこの賢斗さんにとってお前等に気付かれる事なく鞄を回収することなどいとも容易いのだ。ハッハッハ
賢斗が潜伏スキルを発動しようとすると・・・トン、右肩に少女の手が乗った。
「もう逃げちゃダメ。
さっ、大人しく教室に入りましょ」
「何故委員長が教室の外に?」
「あっ、私お腹痛かったから保健室に行ってたの。ニコリ」
・・・とても病人の顔色には見えませんが?
ほどなく1-C教室内では遅ればせながらSランク昇格おめでとう、多田賢斗は決して私達の遠くになんか行ったりしない会が開催されていた。
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○新事務所竣工式○
翌8月11日日曜日、この日はギルドクローバープロダクションの新事務所竣工並びに新会社創立の式典が催されていた。
イベントホールの檀上ではクローバー社の社長や探索者協会の蛯名会長等が祝辞を述べ、最後はギルドクローバー代表中川による謝辞と所信表明。
彼女のカンパイの音頭で祝賀パーティーが始まった。
立食形式の会場にはテーブルに豪華な料理が並び、また歓談の一助にとドリリンガーやリトルマーメードの展示も。
中川の下には早速探索者協会、鑑定士協会、テイマー協会のお偉いさんやドリンクカムカムの社長また他ギルドの代表達が挨拶に集まっている。
その一方賢斗達の様子といえば・・・
「モグモグモグモグ、賢斗ぉ~モグモグ、美味しいよぉ~このローストビーフゥ~」
(おう、モグモグ、でも本気出して食ってる時は念話使った方がいいぞ、桜。モグモグ)
「二人ともがっつくのはみっともないわよ。
偉い人が沢山来てるんだからもっとお上品にしておくべきよ」
おい、世間ではこんなパーティーでタッパを持ち歩くのを上品と言うのか?
「賢斗さん、このくらいのお料理だったら何時でも私が作って差し上げますよ」
えっ、ホント?
そういや円ちゃん家の専属シェフも良い腕してるもんな。
「よう賢坊に桜の嬢ちゃん、久しぶりだな」
「あっ、モグモグ、中山さん来てたんですか?」
(銀二叔父ちゃん、モグモグ、来てたんだぁ~)
(いや桜、それを俺に念話してどうする)
「アハハ、いや今来たばっかだ、まっ、招待状を貰ったし一応顔だけ出しとこうと思ってな。
それより賢坊、お前達の登録したテイムモンスター今どうなってる?
つかあの緑山茜って娘の烏天狗のレベルは何処まで成長してるんだ?」
へっ?
「あ~茜ちゃんの白カラスならまだレベル30ですよ」
「なっ、おい賢坊、ちっともレベル上がってねぇじゃねぇかっ!」
俺に言われましても・・・
茜ちゃんの場合テイムモンスターの育成というよりテイムモンスターに育成してもらってる状態だし。
ちなみに茜自身は現在レベル13。
緑山ダンジョンの攻略を終え、今は白山ダンジョンの攻略に着手している。
「じゃあ今お前等ん中で一番高レベルのテイムモンスターは?」
「それは勿論その茜ちゃんの白カラスですよ。
その次は桜の五右衛門さんでレベル25、その次は先輩のユニサスでレベル17、最後が俺のスラ坊でレベル15って感じです。
まだ10日以上もありますし、大会までには結構いい感じのレベルになるとは思いますけど」
「う~む、まあ他のテイムモンスターの育成に関しちゃそれなりに頑張ってる方か。
しかしそんな程度ではお前等全員テイマーズバトル大会じゃ客寄せパンダも良いとこだぞ。
今回優勝候補と目されるAランク探索者、九条琢磨は巨体で種族的にも優れたジャイアントマンモスを富士ダンジョンでテイムし大会までには30台後半のレベルに仕上げて来るだろう。
仮に同じレベルに持っていけたとしても勝ち目は薄いと考えるのが普通だ」
ふむ、となると当然その九条って人は富士ダンジョンで育成してるんだろうし、俺達が今から同じ様にこの国の最高峰ダンジョンで育成活動を始めたとしても大会までに追い着くことはほぼほぼ無理だな。
「でもまあこんな情報既に知ってたか」
いえいえ、そんなハイレベルな方まで出場するとはつゆ知らず・・・
「そして当然お前ならこの状況を覆すような秘策を用意してある筈だ」
えっ、秘策?今になって優勝の約束を後悔する気持ちは秘めていますが。
「とはいえエンターテナーなお前としては大会が始まるまでそれを伏せておきたいってところだろ?」
伏せておきたいのは秘策が無いという事実・・・
「まあその詳しい内容とまでは言わんからヒントだけでも聞かせてくれよ」
そう言われましても・・・タラリ
「おっ、お前まさか・・・」
おや、気付いちゃいました?
あっしとしても心苦しい限りで・・・
「ああ銀二君、こんなとこに居はった。
丁度ええ機会やし、蛯名会長に例の件お願いしに行くで」
「いやみやちゃん、今こいつと大事な話が・・・」
「結婚式の仲人お願いしに行くより大事な話なんてあらへん。
さっ、行くで。ズリズリズリ・・・」
「けっ、賢坊ぉ~、秘策はあるんだよなぁっ?!」
・・・ご免なさい。
「いやぁ今度のテイマーズバトルでナイスキャッチのメンバーが優勝できない場合、あの中山銀二が結婚するっていう噂はやはり本当だったみたいですねぇ」
おっ、丸石さん。
つか中山さん結婚すんの?
う~む、なんと目出度い。
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○ギルドクローバーの新体制○
午後に入ると片付けの終わったイベントホールではギルドのメンバーが集合。
明日からの開業を控え事務所の新体制及び新スタッフとして中川が説明したのは以下の通りであった。
代表取締役 中川京子
マネージメント・広報・戦略補佐担当 水島光
情報収集・スカウト担当 丸石鉄平(雑誌社からの引き抜き採用)
錬金工房・喫茶担当 小田椿(正式採用は大学卒業後)
グッズ店舗・アイテム買取担当 星野恵(クローバーからの出向社員)
ファン倶楽部運営・魔石買取・受付担当 蛯名遥(探索者協会からの出向社員)
※喫茶、グッズ店舗にはアルバイトを随時募集予定。
※清掃、警備については業者委託。
「というわけで我がギルドクローバー社は社員六名体制でスタートします。
新規の三人についてもギルドのサポートメンバーとして登録するのでそのつもりでいてください。
ではそろそろ新人の三人に自己紹介してもらいましょうか」
う~む、まあ確かに探索者協会とのパイプは大事だし事務所的に蛯名っちがかなりメリットのある人材だってのは分かる。
だがしかしだ、アイツの人格は世紀末的にヤバいだろっ。
「たっださぁ~ん、ヤッホイ。
これで私も多田ハーレムの末席に加わっちゃいましたよぉ~。フリフリ」
ほら見ろ、自己紹介だというのにこの始末・・・
「蛯名っち、お仕事も超頑張るんで皆さんどぞよろしく。ペコッ」
ふっ・・・でもまあ、この敷地内に居る程度の市民権は与えてやってもいい頃合いか。
「いや~以前から探索者マガジンの記者としてお世話になっていた丸石ですー。
何で僕なんかが引き抜かれたのか正直良く分からないんですけど、この業界での顔の広さならそれなりに自信はあるので頑張らせていただきますー」
ふむ、丸石さんに関しては普通に情報的な戦力アップに繋がるだろう。
本人は自覚してない様だが意外とうちのボスのお気に入りだったりするし。
まっ、これ以上女性ばっかじゃ肩身の狭い俺的にもこれは助かる人事だな、うん。
「お初にお目にかかります皆様、星野恵と申します。
水島先輩の1年後輩で前のダンジョンショップに何度かヘルプに伺わせてもらっていた流れで今回クローバーから出向して来ることになりました。
今後はこちらに常駐する形でアイテムの買取等も担当させてもらいますのでどうぞ宜しくお願いするずら・・・あっ」
「うふ、彼女緊張すると田舎の方言が出ちゃうのよ。
まあそう硬くならなくていいから頑張ってね」
「はいずら」
うむ、へっぽこ可愛いな、この人。
緊張しいの気持ちはこの私痛いほど理解しておりますし。
つかこの人が黒子さんの正体だったか。
また最後に毎朝北山崎で行っていたダンジョンでのギルド活動は今日を以て終了し明日からは普通にこのイベントホールで朝礼をすることが告げられた。
スキル習熟システムの提供人数には限度があるし誰でもOKというわけでもない。
ギルドの規模が拡大する以上今後はこれまでの様な賢斗達への甘えは許されないという中川の判断であった。
そんなイベントホールでの初ミーティングが終わると賢斗達はここで初めてこの新事務所の2階へ、その行先は勿論新しい拠点部屋である。
さてどんな感じですかね、ガチャリ
部屋に入ると先ずは通路が続きこの部屋専用のトイレにお風呂。
「ちょっと待って、見て見て賢斗君、ここ檜風呂になってるわよ」
おおっ、ホントだ、毎日入って帰りたい。
更に進むとそこには20畳程のリビングダイニング、白壁の大広間はまるで高級ホテルのスイートといった雰囲気である。
「うわぁ~、きれぇ~い」
南側はほぼ全面大きな窓、そこからは清川の絶景が広がっていた。
うむ、この部屋からの景色が一番かもな。
「にしてもホント凄いな、こんなアホみたいに高そうなソファやテーブルまであるぞ」
「この部屋にあるのは全部私が注文したイタリア製の家具ですよ、賢斗さん。
中川さんにどんなものが良いのかお任せされたので私の好みで頼んでおきました」
ほう、この成金丸出しのチェストやダイニングテーブル達も円ちゃんの趣味か、う~む、であればまあ納得の高級感。
にしてもここまで奮発してくれるとはうちのボスも新社長就任で少しは心を入れ替えたか?
「あっ、ちなみに予算オーバー分はナイスキャッチ持ちって言われちゃいました」
・・・そう簡単に人は変わらんみたいだな。
次回、第百七十二話 新たなスカウト候補。




