第百七十話 下手すると清川はAランクダンジョンかもしれない
○清川4階層フロア その1○
8月7日水曜日、4階層フロア攻略に着手した賢斗達の視界には湖を囲う紅葉した美しい山々が広がった。
お~、すっかり秋ですなぁ。
地形だけ見るとここもまた2、3階層同様の攻略パターンが通用しそうに思える。
また湖畔のスライム達を確認するとそのレベルは15前後。
これなら前日同様攻略チームと育成チームの2班に分かれた活動でも問題はないといったところであった。
行動開始から1時間。
これまでの育成活動を通しかおる自身も乗馬術、騎乗術と馬乗り系スキルを次々と取得し乗り手として成長してきていたのだが・・・
「うわっ、うわっ、うわわわわっ!」
ここへ来て一角天馬は急成長、豪脚スキルのレベルアップは凄まじいキック力と跳躍力を生み出し戦闘時ともなればこの魔物の大パワーを御し切れなくなっていた。
う~む、先輩達の戦闘シーンがこんな事になっていたとは・・・
普通に乗ってるだけなら色々とお揺れになるそのお姿は魅惑的な眼福シーン、だが今にも振り落とされそうなあの悪戦苦闘状態は只々痛々しいだけだな。
「せんぱぁ~い、もうそいつだけで戦わせた方がいいんじゃないですか?」
「えっ?そっ、そんなのダメよ、賢斗君。
わっ、私はこの子の主人なんだからどんな時でもカッコよく乗りこなして上げなくちゃ、うわっ、うわっ。
てか舌噛んじゃうから話しかけないでっ!」
ほう、随分ご立派なお考えをお持ちで・・・
にしてもあの馬の成長力半端ねぇな。
この日の活動終盤、一角天馬はレベル13にまでレベルアップ。
かおる自身もハイテンションタイムの力を借りずに第3の馬乗り系スキル、ロデオを取得することになる。
一方賢斗達の本日の育成結果については最終局面を迎えレベル10になったスラ太郎がぴょん、ぴょんと小刻みに跳ねた移動を初披露。
「おっ、跳躍移動できるようになったのか、スラ坊」
(あっ、はい、ようやくコツが掴めてきました)
体の方もまずまず立派な鏡餅サイズとなり、ここへきて特大レベルの身体形状変化能力が開花し始めていた。
にしても何だかなぁ。
・・・あのお馬さんの成長に比べたらうちの子の成長があまりに平和なんだが。
ゴゴゴゴゴォー
おっ、あっちも終わったかな?
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○清川4階層フロア その2○
攻略チームの仕事が終わると待ち合わせ場所のプラットホームに全員集合、動き出したスラムーン号を皆で見守る。
すると建造ドックから出て来た車両の最後尾にはまたしても新たな車両が追加。
スラムーン号が駅に戻って来ると早速新車両の見学が始まった。
えんじ色の外観は変わらないが中の造りはカウンターキッチンにテーブル付きのボックス席、車窓越しの景色と共に食事が楽めるクラシカルな食堂車両といった感じである。
ひとしきり見て周り、ボックス席の一つに腰を下ろした面々。
しばしレトロな旅気分を満喫していると・・・
「あっ、そうだぁ、じゃじゃ~ん、ほら賢斗ぉ~、こんなの生えてたんだよぉ~」
おっ、それはもしや松茸様では?
いや待て、幾ら見た目が一緒でもここは一先ず解析チェックをしなければ・・・
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『魔ツタケ』
説明 :その芳醇な香りを楽しむ高級食材。男性が食べた場合にはパオー、女性が食べた場合にはムフフな副作用が生じる。
状態 :新鮮。
価値 :★★
用途 :レア食材。
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ほほう、これはもしかしてナイトフードという奴では?
ちと分かり辛いがパオーって事は男がこの魔ツタケを食べるとアレがビンビンになるってことだろう。
そしてこの男性効果に対し女性のムフフな副作用といえば・・・うむ、勿論媚薬効果に間違いないっ!
更に言えばこれは正真正銘ダンジョン産食材。
そこらの漢方薬など目じゃない程の絶大な効果が期待できてしまうだろう。
フッ、フフッ、もしこんなものをこいつ等が口にすればあの頃のハイテンションタイムが俺の下に帰って来て・・・
いやそれは無いかぁ。
最早こいつ等も俺同様解析持ちになっちまってる。
こんな怪しい食材をおいそれと口にするわけ・・・
「じゃあちょっと焼いてみよっかぁ~。
丁度お昼時だしぃ~」
えっ、嘘、もしかして先生、食べてくれるの?
「そうですね、食べてみないことにはこの副作用がどんなものなのか分かりません」
いや確かにちょっと濁した表現だけども・・・
「そうね、折角の高級食材なんだから、先ずは自分達で味わいたいわね」
う~む、先輩も高級食材というワードに目が眩んだか?
まあ何にせよ、自主的に食べると仰っるなら敢えて止めてやる必要も無かろう。
こんなチャンス、実に久しぶりですしぃ♪
かくしてその15分後、桜シェフによる焼き魔ツタケが4皿完成した。
「「「「いっただっきまぁ~す」」」」
パクリ、賢斗は食べたフリをして女性陣の様子を窺う。チラッ、チラッ
すると・・・
「「「ムッ、ムフッ、ムフフフフフ」」」
えっ、何気持ち悪い笑い?
三人は俯き加減に口をモグモグさせながら押し殺した笑い声を発し続ける。
これは全く想定外の反応なんだが・・・
う~む、となると男の副作用って?パクリッ
「パッ、パパパ、パオォォォーッ!」
何これ美味いっ!
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○ギルドミーティング○
8月8日木曜日、この日は開店前の時間を利用し朝からギルドミーティングが開かれていた。
「今日の議題は3つあります。
まず一つ目は週末完成予定の新しいクローバー事務所をこの模型を見てもらいながら少し説明しておこうと思って」
中川がテーブルに置いた模型は建物全体がドーム状の屋根で覆われた木造のデザイン建築。
外壁には大きなガラスがふんだんに使われ前面には直接2階へと繋がる階段。
ログハウステイスト漂うその建物は清川の景観ともマッチするお洒落な造りとなっていた。
ほほう、これはなかなか良い感じじゃないですか。
「まず建物前の敷地はお客様用の駐車場、100台分のスペースがあるわ。
そして建物の横にあるこの穴は従業員用の駐車場に繋がっていてドリリンガーが洗車できるスペースもあるから皆も自由に使って良いわよ」
あのだだっ広い敷地は駐車場の為だったか。
「次に建物の方だけど、カパッ」
中川がお重を持ち上げる様に模型の上部を持ち上げると1階部の内部構造が現れる。
「1階には受付とイベントホールの他にジョブ診断室、錬金工房室、軽食を出せる喫茶店もあるし、グッズの販売所では探索者用の消耗品なんかも置く予定。
そしてこの受付やテナントのスタッフについてはギルドスタッフの増員も予定してます。
まあ皆との顔合わせは移転した日になっちゃうかしら」
ふむ、人も増やすのか。
まっ、ボスと水島さんだけじゃこんな大きな事務所を切り盛りするのは無理だろうしな。
「そして2階は・・・カパッ
こっちは主にギルド関係者が使うフロアね、執務室や会議室、応接室に食堂やシャワー室、今後の為に拠点部屋も6つ用意してあるわ。
奥の2つの拠点部屋はナイスキャッチの四人と今所属しているサポートメンバーに使ってもらう予定。
残りは今回増える人達用の休憩室ってところかしら」
ほほう、奥の拠点部屋だけちょっと広くなってるな。
「ということで一つ目の議題はこれで終わり。
次の二つ目の議題も今回の移転に伴うことだけど、このクローバー探索者プロダクションはクローバー社の一部門から完全に独立して子会社になります。
これがどう貴方達に影響するかというと今使ってる拠点部屋が移転後は使えなくなるということ」
「え~、京子ちゃん、何でぇ~?」
「それはまあ大人の事情って奴ね。
重要なポストを一人の人間に幾つも就かせておくのは会社的に色々と問題があるのよ。
まあアイテムの買取もこれまで通りだし、悪いけど勘弁して頂戴」
クローバー内では様々な肩書を持っていた中川だが今回別会社となったギルドクローバーの代表取締役社長に大抜擢。
この一連の動きもまたナイスキャッチのSランク昇格がその大きな要因となっている。
しかしその反面ここのダンジョンショップは新たなスタッフに引き継がれる。
今後も協力関係は維持されるが彼女にはこの店の拠点部屋を自由にできる権限は無くなってしまうのであった。
「別に問題ないだろぉ?桜。
新しい拠点部屋を用意してもらえるんだから」
まっ、転移が使えなかったらあんな山奥の清川に通うのはかなり厳しかっただろうけど、うん。
「じゃあ3つ目の議題に移らせてもらうけど、昨日多田さんが言ってた中山銀二氏からの件はホントにホントなの?」
「あっ、はい、ホントですよ、俺がボスに嘘つく筈ないじゃないですか」
「となるとギルドとして反対はできないわね。
緑山さんの貴重な能力を考えるとジョブ診断のお仕事をメインに考えて欲しいっていうのが正直なところだけど。
まあその分緑山さんには頑張って貰いましょうか」
既にこの件に関し桜やかおる、円の御三方も昨日の内に了承済みであった。
「はい、ジョブ診断のお仕事もちゃんとやりますから安心してください、中川様ぁ。
はぁ~、これでまたチャンスが増えちゃいますね、キャッ」
しかしそれには幾つか条件が・・・
「馬鹿ね、茜、アンタにはダンジョン内に居る時には絶対白カラスを外に出しておくって条件も出したでしょ。
四六時中監視されてるんだからチャンスなんて未来永劫来やしないわよ」
「そんなことないですよぉ。
こっそり烏天狗さんをセーフティルームに入れちゃえばいいだけ♪」
しかしこの時の彼女はまだ知らなかった。
そのかけ離れたレベル差からか烏天狗は自由に彼女のセーフティルームから脱出できる事実を。
話が纏まりかけていると、そこで先々起こりうる諸問題を危惧した中川は再び口を開いた。
「でもまあそれはそれとして緑山さん。
私からも一つナイスキャッチへの加入条件を付けさせて貰って良いかしら」
「えっ、中川さんからの条件ってなんですか?」
「それは多田さん達とのレベル差をレベル5以内に自力で埋めること。
これをテイマーズバトル大会前日までに達成してみせて頂戴。
まあレベル30の魔物もテイムしてある事だし、十分実現可能な条件でしょ?」
内輪で見ればナイスキャッチメンバーからもそれなりの信頼を勝ち得ている茜。
しかし今の彼女がナイスキャッチに加入登録した場合、世間的にはSランクであるこのパーティーに大した実力も無い少女がさも簡単に加入した様に見えてしまう。
まっ、確かにあんまり簡単に加入できると思われちゃ後々色々面倒そうだし。
「そうよ茜、今私達も自分のテイムモンスター育成でアンタのパワーレべリングにつき合ってる場合じゃないんだから、そのくらいやってみせなさいよ」
「ええ、そういうことなら全力でやらせていただきますぅ。
希望に燃える今の茜は何だってできちゃいますよぉ」
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○清川5階層フロア その1○
かくして未だ正式加入とはならない茜とは中川が出したレベル条件をクリアするまでは別行動。
賢斗達四人は防寒装備のロングコートをその身に纏い、清川1階層フロアの発進基地に向かった。
さて春夏秋と来れば・・・そんな予想を頭に描き装備変更まで既にしてきた四人。
その予想は見事的中し5番ゲートの先に見えたのはまごう事無き冬景色。
葉の落ちた木々と降り積もる雪、フロア中央の湖の湖面は薄く氷を張っていた。
5階層駅に到着すると先ずはフロアを上空から確認、この5階層に居るスライム達はレベル20前後のレベル帯といったところである。
そしてこのスライム達のレベルを踏まえ今日は賢斗とかおるの育成チームには桜のスケルトン武者奉行が単独で参加する形を取ることになった。
育成チームが湖畔方面へ散開していくと、桜と円はプラットホーム上で方角チェックを開始。
1階層行のチケット、スライム形のコブのある木の方角と順調に判明していったのだが・・・
「あれぇ~、6階層行チケットも無いみたいだよぉ~」
「そうですねぇ、ダンジョンコアの部屋行のチケットにも反応はありませんでしたし・・・」
賢斗がこの二人に授けた5階層の攻略予想は1階層フロアの発進基地にはまだ最後の6番ゲートが残っている。
四季変化が伴う階層変化パターンから恐らくこの階層が攻略についての最終階層であり6番ゲートの先はダンジョンコアの部屋へと繋がっているだろうといった感じである。
「でもまあ何時も賢斗さんに頼り切りではいけませんね。
ここは当たって砕けろの精神で行くべきです」
「そだねぇ~、もしわかんなかったらそん時賢斗に聞けばいいだけだしぃ~」
虚栄心からか少女二人は賢斗に念話で相談することもなく次の行動に移る。
とはいえ如何に賢斗であってもこの情報不足な時点では何の判断も下せなかったであろう。
一方その頃賢斗は同格のスライム達を苦にすることなく屠っていくスケルトン武者奉行の姿に羨望の眼差しを送っていた。
勝手に自分でレベルアップしてくれるとか実に羨ましいんだが・・・
対して自身のテイムモンスターに目をやれば・・・ぴょ~ん、ぴょ~ん、ぴょ~ん。
エアライズスキルのレベルアップにより空中を足場にした跳躍移動を初披露。
(如何ですか?マスター、僕の跳躍力は)
まっ、これはこれで嬉しいけどもっ!
とはいえ発展途上のこのスキルは現状連続3歩までが限界であいも変わらず平和な成長を窺わせるスラ太郎であった。
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○清川5階層フロア その2○
またその一方かおる達の様子を窺うと彼女のロデオ姿が中々様に成ってきていた。
へぇ~、俺としちゃできれば早く五右衛門さん方式を採用したい派なんだが・・・
そんな思いとは裏腹に彼はかおる達の様子に感化され始める。
まっ、現状そうも言ってられんしテイムモンスターと一緒に自分のスキルを磨くのもアリか。
一計を案じた彼はスラ太郎に長剣へのモデルチェンジを依頼。
この時既にスラ太郎の体格は必要十分な大きさ、以前よりかなり素早い変形速度でその姿を変化していく。
おおっ♪なんか一気に再現度が増したなっ!
雷鳴剣チックな剣をお手本に完成したスラソードは透き通った淡い水色。
見た目上は美しく柄部分にはスライムの紋章まで入っている。
「スパンッ!おおっ、結構いい感じじぇねぇか、スラ坊。
俺もなんかやる気出て来たぞぉ♪」
近くに居たスライムを一閃、賢斗はその切れ味にまずまずの合格点を与えた。
(恐れ入ります、マスター)
その後、ドキドキジェットを発動した賢斗は五月雨スラッシュを連続発射、程無く周囲のスライム達が居なくなると彼の片手剣スキルはレベル7、更に討伐を進めて8へとアップする。
一方スラ太郎もレベル12にレベルアップしその際片手剣スキルを獲得。
武器と使い手、かおる達とは少し違うがここにもまた人魔一体となった関係が出来上がっていくのであった。
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○清川5階層フロア その3○
午後3時となり本日の活動も終盤、湖面には渦が巻き湖の水が引き始めた。
この集合の合図で賢斗は5階層駅のプラットホームに向かう。
「よっ、ありがとさん。
どうやら今日も二人だけで攻略成功しちまったみたいだな」
「いやぁそれがさぁ、賢斗ぉ~。
6階層行のチケットがまだ見つかってないんだよぉ~」
「ええ、それでもなんとか6番ゲートのヒントがないか桜と二人であちこち調査していたのですが結果はサッパリでした」
あれ、そうなの?
しかしそうなると6番ゲートの先へはどうやって・・・
そこへ遅れてやって来たかおるが降り立つ。
「ちょっと賢斗君どうなってるのよっ!
あんなのが階層ボスとかちっとも聞いてないわよっ!」
えっ?チラッ
湖底を見ると長い建造ドックの前にはスライムしか出現しないという賢斗達の先入観を崩壊させる車掌コスプレの土偶ロボが一体。
その上周囲のスライム達からは考えられない程場違いな高レベル。
嘘、レベル46ってマジか・・・
賢斗の見立てではフィールドフロアの発見を加味してもこの清川のダンジョンランクはD、良くてC辺りが妥当な線だと思っていた。
しかしこの様なレベルの魔物が出現するとなれば・・・
下手すると清川はAランクダンジョンかもしれない。
次回、第百七十一話 新事務所移転。




