第百六十八話 蒸気機関車 スラムーン号
○スラムーン号 その1○
煙室扉には「D51 SL600N」と書かれたプレート、前照灯、煙突、除煙板、正面から見たその御尊顔は中々絵になる面構え。
湖畔から駆け寄って来た面々はこの国で嘗て造られていたレトロ車両の姿に魅了されていた。
うひょ~、やっぱりこの形はデゴイチだったか。
にしてもこういう時こそ解析先生にはもうちょっと頑張ってほしいとこなんだが。
側面に回れば連結された動輪が4つ、重厚感溢れるその横長のボディはテンダー式で炭水車をけん引している。
間からよじ登り運転室に入ると前面下には左右開閉式の焚口戸、その周囲には各種計器類にレバーハンドルやらバルブに配管と何とも機械感剥き出しの室内。
両サイドには窓がありその下には一人掛けのシートが一つずつ、二人は立つ形になるが四人でもまあ何とかといった感じである。
「グイグイ、おや、動きませんねぇ」
「あっ、こっちのビームボタンが押せなぁ~い」
コラコラ、好き勝手に触るんじゃないっつの。
「それよかお前等、あの乗車チケットが使えそうなところを探してみてくれよ」
乗車チケットをキーアイテムだと考えるのは少し無理があるだろう。
しかしその一方、室内に入っても悪臭はせず、錆び一つない状態は見るからに新造車両で何時もは直ぐ見つかる筈の取扱説明書は何処にも見当たらない。
こっちが操作できないってことは・・・
「あっ、それならここにあるよぉ~」
左側シートに腰を掛けていた桜がその脇に丁度幅5cmくらいの差込口を発見。
賢斗は桜にチケットを入れてみるよう指示を出す。
「ガッチャン、あっ、チケット切られちゃったぁ~」
突如空白だった行先表示が「2階層」表示にスライド、同時に車内アナウンスが流れ始める。
『この度はスラムーン号へのご乗車誠に有難う御座います。
当車両の次の停車駅は2かいそー、2かいそーです』
パチ、パチ、パチ、スイッチ類が勝手に操作され、燃焼室の温度が上昇していくのが伝わってくる。
バルブも独りでに回り、外からはプシューという蒸気の排出音。
各種圧力計の針が一定の値で安定するとターンテーブルが動きだし2番ゲート方向へと機関車を導き始めた。
やっぱ自律走行型だったか。
「あっ、回ってる回ってるぅ~♪」
『間もなく発車致します。
車両の揺れにご注意ください』
「ほ~い」
プォォォォーッ!
発車を知らせる汽笛音が響くと緩やかな加速が始まった。
ガタン、ゴトン・・・シュッ・・・シュッ・・シュッ・シュッシュシュシュシュ
「「「「おお♪」」」」
左右に開かれていく2番ゲート。
流れ出した景色に目を輝かせる少年少女達を乗せ蒸気機関車はその中へと消えていった。
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○スラムーン号 その2○
ゲート内に入ると視界は歪み全てが二重三重に見える世界。
しかしこの感覚は既知であり四人にとっては驚く程のことではない。
プォォォォーッ!
一気に明るくなるとスラムーン号はまるで山のトンネルから抜け出て来たかのようにフィールド上の線路の上を走っていた。
「うわぁ、綺麗だねぇ~♪」
そこに広がる景色はモミの木だった植生が満開のソメイヨシノに代わり、沿線を彩る春らしい景色はフロア全体を覆い尽くす。
とはいえ季節感こそ違えど湖が見え山々に囲まれたその地形は1階層フロアとよく似ているものであった。
モクモクと煙を上げていた蒸気機関車はしばらくして停車。
駅舎は見当たらないがプラットホームの駅名標には「2階層」と書かれどうやらこの場所が2階層駅ということらしい。
おっ、着いたか。
早速降車する面々、賢斗は上空へ舞い上がると先ずはフロアの全貌を眺めてみる。
すると湖の湖畔はまたしてもスライムの楽園と化している。
また線路の方は駅を過ぎた先にも延びていて分岐器で2路線に分かれている。
一つは左に弧を描き湖を一周して先程抜けて来たトンネルへの路線と合流し1階層フロアへと帰る路線。
もう一つは分岐した先でゲートで閉鎖されている地下トンネルへと延びる路線である。
一方かおるはプラットホーム上で方角ステッキ100を使い色々と方角チェックを開始。
まず最初に試したのは3階層への通路だが、これについては予想通りステッキは倒れなかった。
予想通りと言ったのは2階層駅の駅名標には次の駅名が書かれていなかった点を踏まえ、1階層フロアの発進基地にあった3番ゲートが3階層フロアへと繋がっているとある程度推測していたからである。
改めて次に本命の乗車チケットの方角を調べてみるとこちらについては見事にヒット。
1階層発3階層への乗車チケットと2階層発1階層への帰りのチケットがこのフロアに眠っていることが判明した。
そしてこの30分後、チケット探しに乗り出した賢斗達は木の洞の中に隠されていた宝箱から2枚のチケットを手に入れていた。
「それじゃあ時間も押してるしこの先はまた明日にしましょうか。
きっと帰りはあの湖畔を一周して綺麗な桜を堪能できるわよ」
既に午後6時を過ぎ、暗くなってきたフロア内では湖畔を一周する路線がライトアップまでされていた。
「うぉ~やったぁ~、湖畔一周夜桜鑑賞SLツアーだねぇ~!
あっ、賢斗ぉ~、ポロリもあるよぉ~」
ソレあった試しがねぇだろ。
「はい、楽しみです」
ともあれ帰るタイミングなのは確かなんだが、明日またこのフロアに出直すとなれば2階層行のチケットを再入手しないとイケない。
それじゃ効率悪いしここはもう少しだけ皆に付き合ってもらうか。
「なぁ皆、ちょっと待ってくれ。
まだあの地下トンネル路線の攻略が終わってないだろぉ?」
「そんなこと言ったってアレは調べるのに時間が掛かりそうでしょ」
「そぉ~だよ賢斗ぉ~、早く汽車ぽっぽに乗ってお菓子とジュースでツアーを始めよぉ~よぉ~」
そのお菓子とジュースは何処から出てくるんだ?
「賢斗さんにも困ったものですねぇ。
もしかしてケーキのイチゴは最後に食べる派ですか?!」
ケーキのイチゴを最後に食べる人間を罪人扱いするのは止せ。
「いやまあ多分そんなに時間は取らせないからさ。
皆はもう少しだけここで待っていてくれ」
その場から姿を消した賢斗は向こう岸に生えていた1本の桜の前に転移する。
シュパンッ!
その木にあったスライム形のコブを彼が切りつけると・・・
ゴゴゴゴゴォー
地揺れと共に湖の水位が下がっていく。
ふっ、思った通りだ。
湖底が露わになるとその中央には建造ドックのような長い建物、岸際の穴から延びる線路がその中へと繋がっていた。
プォォォォーッ!
独りでに走り出すスラムーン号。
開いていく地下トンネルへのゲート、分岐器がそちらへ針路を変更する。
地下路線を抜け湖底線路上にその姿を見せたスラムーン号は建物の中へと入っていった。
しばし待つ事10分、ドック内に滞在していたスラムーン号は外に出てきた。
一見その姿に変わった様子はなかったのだが・・・
おおっ!
その後ろにはえんじ色の車両が1両、新たに連結されていたのだった。
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○スラムーン号 その3○
2階層駅に再び停車するスラムーン号。
新たに加わった新車両を眺めれば三日月に乗りニッコリ笑うスライムのイラストが描かれている。
ふっ、随分可愛くデフォルメされてんな。
後方の乗車扉から中に入ると室内の壁は総板張りで床にはペルシャ絨毯。
明る過ぎないシャンデリアに気品あふれるカーテン、アンティーク調の高級家具達が彼等を出迎えた。
入って直ぐには何処かの高級ホテルを思わせる化粧室があり、そこを抜けたカウンターキッチンにはグラスが並んだキャビネットと食器棚。
その奥には豪華な長ソファがテーブルを挟んで2つあり更に進むと一人用の丸テーブルとアームチェアのセットが4脚とかなりVIP感漂う佇まい。
おおっ、何この車両、俺のアパートとえれぇ違いだな。
「うわぁ、コレすっごぉ~い」
更に進んだ車両の突き当りには2畳程もある透明なドームカプセルが乗った木製台座が置かれていた。
おおっ、実物?いやホログラムか?
まっ、何にせよ鉄道模型マニアが泣いて喜びそうな代物だな。
その大きなショーケースの中にはこのフロアと思われる精巧なジオラマ。
湖の小波、舞い散る桜の花弁、スラムーン号のミニチュアまで見事に再現されている。
「桜、そっちの台座の横に差込口みたいなのが付いてるじゃん。
ちょっとそこに乗車チケットを入れてみてくれよ。
きっとこのスラムーン号が動けばこのミニチュアも動き出すと思うからさ」
「あっ、そっかぁ~、やってみるぅ~、あれ、チケット切ってくれないよぉ~」
ん?・・・おかしいな。
「仕方ない、桜、悪いけど転移で運転室の差込口にそのチケットを差して来てくれ」
「わかったぁ~」
にしても連結されてはいるが炭水車があるため運転室に移動するには一旦降車しなければいけない。
幾らレトロ車両とはいえダンジョン産の乗り物がこんな不便な仕様になっているとは・・・まっ、そこはちょっと期待し過ぎか。
プォォォォーッ!ガタン、ゴトン・・・
スラムーン号が動き出すとジオラマ内のミニチュアも連動して動き出した。
「あ~こっちも動いてるぅ~」
おっ、お帰り。
「なっ、言った通りだろ?」
「うん♪」
「何々?どうしたの?」
「まあ、これは良く出来てますねぇ」
「もう直ぐトンネルに入るよぉ~♪」
はしゃぐ二人の下に寄って来た二人も一緒になってその鉄道ジオラマに目を奪われていたのだが・・・
「そうえば桜、アンタ湖畔一周夜桜鑑賞SLツアーはもういいの?」
「あっ!」
湖底に行った事で進行方向は逆転。
プォォォォーッ!
汽笛を上げた蒸気機関車は絶景の湖を周回することなく山トンネルの中へと消えていった。
何故俺を睨んでるんだ?先生。
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○スラムーン号 その4○
8月6日火曜日、朝のギルド活動の舞台となったのは清川2階層フロア。
話を聞いた他のギルドメンバー達が自分達もスラムーン号に乗ってみたいと言い出した結果であった。
「いけぇ~、汽車ぽっぽぉ~♪」
「むふぅ、桜舞い散る湖の周りをひた走る蒸気機関車、やはりこれは最高でしたね」
桜と円は車窓から外を眺めて大はしゃぎ。
「ホントこのジオラマ凄いわね。
ちゃんと今居る地点をSLが走ってるもの」
「うん、っていうかこれもう本物じゃない?
風まで吹いてるみたいに見えるし」
かおると椿はジオラマの精巧さに魅了されていた。
そしてこのお花見SLツアーは3週目に突入。
「はぁ、何とかまたもう一周できるようにして来ましたよ」
って聞いちゃいねぇ。
ソファでは何時になく陽気にお酒を嗜む上司と部下の姿があった。
「ぷはぁ~やはりお花見は日本酒に限るわねぇ」
いやさっきは「ワインが最高ね」とか言ってなかったか?
赤ワインチェリーブラッサムのボトルを開けたご両人は次に大吟醸桜吹雪をチョイス。
「さっ、先生もうお一つ」
ったく、朝っぱらからこの人達は・・・
ちなみに大きさ的には大した事ないこの湖をスラムーン号が1周する時間は凡そ30分。
しかし一度1階層行チケットを入れた後再び使用済みの2階層行チケットを差し込む事で行き先を変更、湖を周回させられる裏技の存在が賢斗の悪知恵によりこの時既に判明していた。
「今だ、きゃあ!」
全く慣性の法則とは関係のないタイミングで隣に座った賢斗にダイブする茜。
ひょい。
「ってあれ?何で避けるんですか!勇者さま」
いやだってその肩の白カラスが洒落にならないくらい突っついて来るからさぁ。
賢斗は先程から回復魔法を何度も自分に掛けていた。
「ところで水島さん、こういう公共交通機関系の乗り物系アイテムって他にもあったりするんですか?」
「あっ、はい、チケット系アイテムを使ってダンジョン内にある乗り物を移動手段として使う話なら他にも聞いた事があります。
有名なところでは飛騨ダンジョンですかね。
あそこのロープウェイもチケットアイテムを手に入れて乗るタイプでそれに乗らないとダンジョンコアのある部屋まで辿り着けないそうですよ」
「まあ国としてもダンジョン内の一定ルートを自律走行するタイプの乗り物系アイテムはそのまま放置することにしているのよ。
仮に持ち出したとしても博物館に飾って鑑賞するくらいの利用価値しかないでしょ?
訪れる探索者達もそこのダンジョンを攻略できなくなるだろうし」
ふ~ん、そりゃそうか。
「でも放置してたら誰かが持ちだしちゃうんじゃないですか?」
まっ、このスラムーン号にカプセル化ボタンは見当たらなかったけど。
「そこは進入する探索者に禁則事項として署名させるから持ち出せばちゃんと犯罪になるわよ。
幾らダンジョン内が治外法権といってもダンジョン所有者たる国ならその辺の事を承諾した上でしか入れないようにすることは簡単だもの」
なるへそ。
「うちもこんな乗り物が見つかった以上その辺の書類を準備しておいた方が良さそうですね。
まあ今のところ外部の人をこのフィールドフロアまで入れる計画はありませんけど」
「そうね、ゆくゆくはナイスキャッチファン倶楽部の会員さん達くらいにはここのお花見を楽しんでもらうのも良いかもね。
といってもこのVIP車両に部外者を入れるのはちょっと嫌な気分だけど・・・」
うんうん、この車両に部外者をっていうのは大いに賛成。
「あっ、そうだ多田さん、今度は一般の乗客用車両を見つけて頂戴。
そしたら万事解決、うん、決まり」
「いやそう簡単に客車両が・・・」
う~ん、でもその可能性が結構ありそうに感じてしまう今日この頃・・・
「まぁ~兎も角、ナイスキャッチとこの清川の賃貸契約を結んでいるギルドクローバーとしてはこんなSLが見つかったのは嬉しい限り。
これが飲まずにはいられますかって、今日はとことん飲むわよ光ぃ~♪」
「はい、先生、次はぎったんぎったんの超甘口、特級酒豪殺しです。
どんどん行きましょう」
おや、その銘柄・・・
うちのボスが死んじゃいそうなんだが。
次回、第百六十九話 テイマーズバトルの参加者達。




