第百六十二話 それぞれの攻略
○それぞれの攻略 その1○
8月2日金曜日午前8時30分。
北山崎から帰って来た朝の拠点部屋では中川が連絡事項を伝えていた。
「え~昨日は目出度くナイスキャッチがSランクに昇格。
四人の今日からの予定は全国各地のダンジョン攻略をメインに動きつつテイマーズバトルへの準備といった感じよね。
その活動に当たりパーティーリーダーである多田さんからはメンバーが分散してダンジョン攻略に当たる方針も伺っています。
ギルドとしても協力は惜しまないつもりなので、サポートスタッフの手を借りたい時は遠慮なく言ってください。
一方清川ダンジョン購入の方も最低額での落札に見事成功しています。
ついてはあそこのダンジョンを直接ナイスキャッチ名義で購入しようと思っているので、今日この後三角さんがこちらにいらっしゃったらナイスキャッチの四人は同席する様に。
購入後の清川の運用についてはあそこのダンジョン前にギルドクローバーの事務所を建設する計画を今進めています。
まあその事務所の完成は2、3週間後になるかしら、それと合わせサポートスタッフのお仕事の方も開始する予定でいるので皆もそのつもりで。
私からの話は以上よ」
その後午前9時には話にあった三角が来訪、中川が呼んだ弁護士も同席する中恙なくダンジョン売買契約等がなされた。
執務室から拠点部屋に戻った面々は少々緊張した時間から解放されホッと一息といったところ。
いや~この俺がダンジョンオーナーになる日が来るとは。
毎月50万円の副収入かぁ、悪くない悪くない。
とニンマリする賢斗の傍らでは・・・
「五右衛門さん、チョッポ食べるぅ~?」
(主君が勧める物なれば拙者も頂いてみるとしよう)
桜と賢斗に関しては既に昨日テイマーズバトルの参加申込を済ませ魔物3体分の抗体ワクチンを入手。
彼女のテイムモンスターであるスケルトン武者もダンジョン外で出現させる事が出来る様になっていた。
「ちょっと桜、その五右衛門さんはここでは出さないでおいてくれる?
何か威圧感がもの凄いし」
まあ身の丈2mもある骸骨の魔物に傍で立ってられたら落ち着かねぇわな。
「え~、賢斗のアっ君だって出してるじゃ~ん」
「我儘を言ってはダメですよ、桜。
賢斗さんのアクアマリンスライムとでは可愛さが全く違います。
気に入らないなら桜ももっと可愛い魔物をテイムすべきです」
「じゃあ今度五右衛門さんにリボンつけてみるぅ~」
ふっ、止めておけ。
にしてもアクアスライムだからアッ君かぁ。
特に名前をつける気も無かったが、統一性無く周りから呼ばれたらコイツも困惑するかもな。
・・・よしっ。
「なあ皆、今日からコイツの名前は多田スラ太郎だ」
「「「・・・」」」
「リボンなんかつけても無駄ですよ、桜」
「うんうん、この部屋で出しても良いのはやっぱり手の平サイズの小さな魔物だけよ」
「そっかなぁ~」
おい、無視するんじゃない。
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○それぞれの攻略 その2○
小休止も終わり、今日の活動に移る賢斗達。
「じゃあそろそろ富士ダンジョンに出発しようかな。
私も早くテイマーズバトル用の魔物をゲットしてこなくちゃだし」
先輩のお目当てはやっぱあそこのゴールデンイーグルってとこか。
「はい、その後は沖縄ですね、かおるさん。」
かおるはテイムモンスター獲得のため富士ダンジョンに赴いた後、SSRジョブ風弓の天女の獲得を目指し西平安名岬ダンジョンの攻略へ向かう予定。
全国のダンジョンが解禁された今、SRジョブ風弓の射手を取り扱う襟裳岬ダンジョンを攻略する気はとうの昔になくなっていた。
そしてBランクダンジョンへ挑む彼女には円も同行。
二人でレベル25の魔物出現階層までの攻略を進めその後は四人での攻略に移行する計画である。
「ちゃんと敵が手強くなってきたら連絡下さいよ、先輩」
「賢斗君じゃあるまいし、私は無理をしない主義だから大丈夫よ」
いや俺も無理するのは大嫌いだが?
かおると円は拠点部屋から姿を消していった。
「じゃあ私もそろそろ行ってくるぅ~」
桜の行先はCランクの盛岡ダンジョン。
彼女は錬金士ジョブの取り扱いダンジョンであるここの攻略を姉である椿のために最初の攻略先として選んでいた。
「おう、気を付けてな。
くれぐれも無理はすんなよ」
火魔法に特化する桜についてはこれまでなら火属性に強い魔物相手では苦戦が予想され、単独攻略を危ぶむ考えもあった。
しかし今現在彼女はそれを補うに十分なテイムモンスターを手に入れ既にその不安要素を払拭している。
今回の盛岡ダンジョン攻略に当たっては彼女の単独攻略、その方がテイムモンスターの育成効率も上がるだろうという話になっていた。
「わかってるってぇ~」
意気揚々と彼女もまた拠点部屋から姿を消していった。
さて俺も出かけたいところなんだが・・・
残る賢斗の攻略先、それは清川ダンジョン。
ここは御存知の通り4階層以降への行き方が分からない今現在最深層不明ダンジョン。
しかしドリリンガーであれば通路を探し出す事ができなくとも下の階層へと進む事ができる。
落札を終え晴れてオーナーとなったこのホームダンジョンを最初に完全攻略しておかなければというのが彼の考えである。
茜ちゃん遅いな。
またそんな彼には今回茜が同行。
これは賢斗に付き添い改めて自身のテイムモンスターを探したいという彼女たっての希望であった。
「ガチャリ、お待たせしました、勇者さまぁ。
今日は二人っきりなので少し緊張しちゃってますぅ」
ふっ、お邪魔虫は沖縄出張中。
この私何やら良い予感がしておりますぞ。
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○アクアマリンスライムの実力 その1○
清川ダンジョン入口前に行ってみると大きな立て看板が一つ。
『8月1日より清川ダンジョンはプライベートダンジョンとなっています。
これより先関係者以外入るべからず。
問い合わせ先 ギルドクローバー TEL ○×△-○○○○』
予想以上に広い敷地に賢斗は驚いていた。
ほえ~、この縄の張られた区画を全部うちが買ったのか。
地価は安いだろうけどボスはどんなご立派な事務所を建てるつもりなんですかね。
ダンジョンに入った二人は1階層の大部屋へ。
ダンジョン攻略とは別にここでまずアクアマリンスライムの実力検証を行っておく。
「じゃあスラ坊、あのスライム達を倒してお前の実力を見せてくれ。
海魔法の大波ならそのくらい余裕だろ?」
(了解です、マスター、ざっぷ~ん)
生み出された大量の海水は高さ1m程の波となりスライム達を飲み込み押し流す。
おおっ、ピュアウォーターなど比較にならん水量だ・・・ってあれ?
しかしだからと言ってスライム達がダメージを負った様子はない。
まあ確かに流されただけですし。
にしてもこの魔法で倒せないとなると・・・
(なぁスラ坊、お前ってどうやって敵を倒すんだ?)
(えっ、わかりません、マスター。
何時の間にか酸を飛ばす事も出来なくなってましたし)
それは自力ではレベル1のスライムすら倒せないって事か?
う~む、なんか期待してた割にはって感じだな。
進化を繰り返したステージ5の特異個体でありながらレベル1。
そんな魔物など何処のダンジョンを探しても存在しない。
研究所で実験育成されたこのアクアマリンスライムは明らかに歪な存在であった。
(ではマスター、僕をあのスライム達に向かって投げてください。
こう見えて僕は身体を宝石の様に硬くすることができます。
マスターのコントロールが確かなら、きっとあのスライム程度倒せると思います)
ほほう、いいだろう。
投擲スキルを既に取得している賢斗さんのコントロールを舐めて貰っちゃ困る。
いくぞスラ坊、えいっ!
投じられたスラ坊は一体のブルースライムへ一直線。
見事その身体はブルースライムのコアへと達した。
ゴンッ、パカッ、コアが破壊され霧散していくブルースライム。
おお、やったな、スラ坊ぉ!
しかし同時にアクアマリンスライムの身体も真っ二つに割れていた。
っておいっ!大丈夫かスラ坊ぉーっ!
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○盛岡ダンジョン攻略 その1○
盛岡ダンジョンはフィールド型で資源も豊富、この近郊の探索者達の間では結構な人気を博している。
1階層を眺めた景色は穏やかな自然の風景でスケールこそ違うが緑山ダンジョンのそれとよく似ていた。
「なっ、あんな強力な魔物がどうして此処に・・・」
「いや待て、肩に誰か乗ってるしあれはテイムモンスターだ」
入口付近ではまだ他の探索者達の姿も多く、少女を肩車して歩くスケルトン武者を見た者たちが驚きの声を上げる。
「っておい、あれってもしかしてナイスキャッチの小田桜じゃねぇか?」
「おおっ、ホントだ、この盛岡ダンジョンまで遠征に来てくれたのかっ!」
「どうやらその様だな、がしかしあんな化け物が傍に居たんじゃ気軽に声も掛けられねぇ、ぐぬぬ」
桜が通り過ぎた後にはゾロゾロと続く若い男性探索者達の姿が次第に増えていった。
方角ステッキを取り出すと彼女はスケルトン武者から降りて2階層への通路の方角チェック。
「じゃあ五右衛門さんはこの辺で魔物を倒しててぇ~。
私次の階層の出口まで行って来るからぁ~」
(されど主君よ、今お傍を離れるのは些か心配でござる。
後ろをご覧くだされ)
「あっ、そだねぇ~」
桜はスケルトン武者をセーフティールームに入れる。
「よしっ、今だ、桜ちゃ~ん。ドドドドドドッ」
虎視眈々とチャンスを窺っていた男性探索者達は一気に駆け寄って来る。
「桜ちゃ~ん、握手おなしゃ~・・・」
しかし彼女は杖を箒に変化させると宙に浮いた。
「ごめんねぇ~、今忙しいんだぁ~、プカ~」
その箒の先からは火花が迸り始める。
「まったねぇ~」
どっちゅ~ん、まるでロケット噴射の様な炎が箒の先から放たれるとあっという間に空の彼方へ消えていった。
「「「「「桜ちゃ~ん」」」」」
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○かおるの切なる願い その1○
富士ダンジョンに向かったかおると円。
出発前の段階ではゴールデンイーグルのテイムは直ぐに終わると考えていたのだが・・・
「きゃあ、ねぇ君、もうちょっと安定した飛び方は出来ないの?」
かおるは既に3体目の個体をテイムする羽目になっていた。
(そんなこと言ったっておめぇ、普通に飛んでちゃそのデカいおっぱいを押し付けてくれねぇだろぉ?)
う~ん、頭痛くなってきた。
どうしてこんなスケベ親父みたいなのばっかなのよ?
「円、悪いけど他のゴールデンイーグルを探すわ。
もう少し付き合って頂戴。」
「はい、構いませんよ、かおるさん。
二人で乗っても大丈夫な個体がきっと居るはずです」
「えっ、ええ、そうね。」
次は紳士なゴールデンイーグルさんに当たります様に・・・
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○アクアマリンスライムの実力 その2○
再び清川ダンジョン。
(大丈夫だよ、マスター)
へっ?
ブヨブヨブヨ~ン、アクアマリンスライムは合体し元通りの姿を取り戻した。
そういや分裂合体なんてスキルも持ってたな。
(でも僕まだそこまで硬くなれないからもう少し優しく投げてください)
「ああ、わかったよ」
程無く10体居たスライム全てを殲滅すると・・・
(マスター、僕レベルアップしました)
解析してみれば、分裂合体や海魔法、アクアマリンスキルもレベル2に。
「ねぇ、茜ちゃん。
この辺のスキルのレベルアップも身体レベルのレベルアップに連動してるのかな?」
「はい、それと同時にその知識までも取得し使いこなせるシステムらしいです」
ふむ、魔物が陰で新特技の検証なんてやらないだろうしな。
まっ、何にせよ・・・
「お疲れ、スラ坊。よくやったぞぉ~、ナデナデ」
『ピロリン。スキル『テイム』がレベル2になりました。』
おおっ♪
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○茜のテイムモンスター その1○
レベルアップに伴い少し強度が増したのか、2階層、3階層のスライムをスラ坊投擲で殲滅しても割れてしまう事は無くなり、それが終わる頃にはまた一つアクアマリンスライムのレベルが上がっていた。
まっ、徐々に上がり難くなるだろうけど、今日のところはこの辺にしとくか。
アクアマリンスライムの育成を終えると今度はいよいよ清川4階層を目指す。
茜の希望もこの4階層以降に居るであろう高レベルスライムのテイムであった。
出現させたドリリンガーの後部ハッチが開くとそこはレディファースト。
「それじゃあ茜ちゃん、先に乗り込んで」
「はい、私これ乗るの初めてですぅ」
ヨロヨロ・・・あっ。
傾斜にバランスを崩した感じで彼女は後ろに居た賢斗の胸の中へ。
ハプニング大成功ぉ~♪キュンキュン
おおっ、これは何と不自然な倒れ方。
がしかしこのワザとらしさ、嫌いでは御座いませんぞ。ニヤリ
茜はそっと目を閉じる。
この状況で女子が目を閉じるなど最早キスしてくださいと言っているようなもの。
いや~俺のファーストキスの相手はやはり茜ちゃんだったか。
ファーストキスの味はどんなかなぁ~♪
柔らかそうなその唇に自身のそれを寄せいき、距離があと5cmと縮まったところで・・・
「あっ、これはいけません。来てます来てます」
へっ?
ガクッ、急に身体から力が抜け意識を失った彼女。
「どうした?茜ちゃん。
体調でも悪くなった?」
くっ、この大事な時に・・・
って待てよ、この反応はまさか・・・
「はっ!勇者さま大変です。
たった今、神のお告げがありました」
・・・だと思った。
「それでは参りましょう、これより神界キュンキュン通信のお時間です」
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○かおるの切なる願い その2○
富士ダンジョン5階層上空ではゴールデンイーグルのテイムに成功しその背に乗ったかおると円の姿。
「やりましたね、かおるさん。
今度のは身体も大きいですし、乗り心地も良さそうです」
「うっ、うん、何度も付き合せて悪かったわね、円。
このゴールデンイーグル飛行姿勢も安定してるし、私この子にしようかな?」
別に変な事言わなかったし、もうこの子でいいわよね。
「はい♪」
「じゃあ君、これから宜しくね、ポンポン」
(もっと激しく叩いてくだされ我が主、ご褒美にしては些か優し過ぎますぞ、フハハハハハ)
私、呪われてるかも・・・
かおるのテイムモンスター探しは未だ難航していた。
次回、第百六十三話 本当の清川ダンジョン。
午後3時にアップします。




