第百五十三話 吉報と厄介な話
○南硫黄島ダンジョン事件○
7月24日水曜日午後2時、高校での終業式を終え拠点部屋に来た賢斗は探索者マガジンを開いて待機中。
『~知られざるダンジョン事件ファイル 南硫黄島ダンジョン事件~
東京都区部の南約1300kmに位置する絶海の無人島、南硫黄島。
今現在この島はその貴重な自然環境から世界遺産にも登録されていますが実はかつてダンジョンが出現していた事を皆さんは御存知だろうか?
当時の自然環境調査団は国選探索者達の手を借り速やかにこのダンジョンのコアを時限爆弾により破壊しました。
しかしその10年後再び自然環境調査団がこの島を訪れた際事件は起こる、否起こっていた。
何と消滅した筈のダンジョンが復活していたのです。
その原因には諸説見解がありますがダンジョンとはコアを破壊してもまた同じ場所に新たなダンジョンが生み出される性質があるというのが今では諸外国の事例も含めた有力説。
我が国でも今では学校や病院等の敷地内にダンジョンが出現した際コア回収によるダンジョン崩壊手法が取られています。
また余談となりますが当時の調査団の記録の中には実に興味深いものがまだ残されています。
何と一人の調査団員がダンジョン外である島の中で魔物の姿を目撃したというのです。
秘境とも言われる島内には珍しい動物も数多くそれを魔物と見間違えたのだろうというのが大方の見解ですが果たしてソレは本当に見間違いだったのか?
その後の調査でもその個体の姿は確認されていない。』
ふ~ん、ダンジョンンコアを破壊するとまた同じ場所にダンジョンが出来るのかぁ、知らんかった。
と賢斗が読書に没頭していると・・・
「ほら賢斗君、もう直ぐ出発の時間だからメイクをして上げるわよぉ♪」
自作した猫コスプレパーツを装着したかおるが上機嫌に声を掛けて来た。
へいへい、今更逃げも隠れもしませんよ。
賢斗のメイクはプロのメイク師が行う予定だったが、スキル研の芥川からメイクアップスキルの習熟方法を聞いたかおるが今朝このスキルを取得。
プロメイク師への依頼はその時点でキャンセルされていた。
「はい終わったわよ、賢斗君♪」
ほう、スキルがあるとあっという間だな。
「うぉ~すっごい綺麗だよぉ~、賢斗ぉ~。」
「そっ、そうかな。ハハ」
「はい、ホントに賢斗さんが美少女に何だか惚れ惚れしちゃいます。」
ふむ、確かにここまで来るとそこらの女子等相手にならん程の美少女。
不覚にも自分の顔を見てうっとりするとは・・・
「ガチャリ、あら多田さん上手く化けたじゃない。」
「そうですね、多田さんは元々筋肉質って感じでもないですしちゃんと女性に見えますよぉ。」
ちなみにこのにゃんにゃんランドの依頼に関しては円のキャットクイーンを共有するまでの事はしない方向で話は纏まっている。
「そういや水島さん、メイクはプロのメイクさんに依頼するとか言ってませんでしたっけ?」
「いや~それがですねぇ、多田さんのメイク係は絶対誰にも譲りませんって紺野さんがすっごい剣幕でしたから。」
「えっ、そんな剣幕だなんて光さん。
私はそうした方が今後的にも経費節減になりますよってお伝えしたかっただけですよぉ。」
「ふ~ん、でも1回くらいはプロの人の仕事も見て・・・」
「ちょっと賢斗君何言い出すのよっ!
君を弄って良いのは私だけなんだからねっ!」
ふむ・・・確かに凄い剣幕だ。
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○にゃんにゃんランド○
午後3時30分、にゃんにゃんランド1号店は店先に行列が出来る程の超満員。
店内ではメイドのユニフォームを着たナイスキャッチの女性メンバーが接客に当たる中、未だどのテーブルからも御指名のない賢斗だけはカウンターの脇で働く彼女達を見守っていた。
にしてもここの店長がボーイ用のユニホームで勘弁してくれて助かったな。
「桜にゃ~ん、こっちこっちぃ。」
「ほ~い・・・あっ、にゃん。ペロッ」
「「「「おおっ、かっわいい~♪」」」」
なんとっ、一瞬で客をメロリン状態に・・・流石のあざとさだな、先生。
「はい、ではご注文はにゃんにゃんハンバーグセットをお二つとにゃんにゃんポテトの中サイズを一つで宜しかったですか?」
「あのぉ、出来ればかおニャン様も語尾ににゃんを付けて下さい。」
「あっ、ご免なさい、私そういうの苦手だから。」
「ううん、それじゃあ仕方なぁ~いっ♡」
正に信者って感じだな。
「はい、こちらが御注文のにゃんにゃんオムライスセットになりますにゃん。」
「えっ、俺が頼んだのはにゃんにゃんパンケーキセット・・・はっ!
いや~それはきっと隣のテーブルのお客さんが注文した奴ですよぉ~、ぽっ♡」
「あっ、やっぱりですか?
私もそうじゃないかと思ってましたにゃん。」
う~ん、間違って行ったテーブルの客が何故かデレデレなんだが。
「ほら多田さん、8番テーブルに多田さん指名の札が立ちましたよ。」
あっ、ホントだ。
まっ、そろそろ俺だけ暇でちょっと居た堪れなくなるとこだったしこの初指名快くお引受けしましょう。
賢斗は待機していたカウンターの脇から店内の通路を歩いて行く。
するとそれを見た女性客からはこんな声が上がる。
「うっわぁ~、テレビで見るより全然可愛いじゃん♪」
「ホントの女の子みたぁ~い。」
そして男性客からはこんな声が・・・
「マジで可愛いぞ、アレ。」
「嘘だろ?普通にお付き合いしたいレベルなんだが。」
だぁ~れがお前何かと付き合うかっつの。
にしても確かに女装してると周囲の反応がまるで違うな。
女子からの反応もあるし野郎共の罵声も飛んでこない・・・
う~ん、やっぱこういうイベントで女装するのはアリなのか?
意外な好感触に気を良くしつつ8番のボックス席に行ってみると・・・
何?このグラサン集団。
つか正体丸わかり何だが・・・
ったく、あの下校時のヒソヒソ話はこれだったか。
「何しに来たんだ?お前等。」
そこには黒いサングラスをしたクラスメイト六名が座っていた。
「あれ、もしかしてもう気付いちゃった?ニコッ」
「フン、当たり前だっつの。
委員長なら頭に紙袋被ってても俺の危機感知センサーが即座に反応するからな。」
どうせ夏休み突入打ち上げ会のついでに俺を笑い者にしようって魂胆だろ。
「だから直ぐバレるって言ったっしょー。」
「ほら、多田君やっぱり怒っちゃったじゃない。
私は止めようって言ったのよ。」
「まあ別に怒ってねぇし笑いたきゃ笑え。
事務所の方針で仕方なくやってる事だがお前等に笑われるくらいの覚悟はもう出来てるしな。」
「そんな事する訳ないっしょー。」
「だな、モリショー。
プロとして名を売る為にここまで努力する友を僕が笑ったりなどするものか。」
「そうよ、これは頑張る多田君を見ながら私達も頑張ろうっていう夏休みを前にした決起集会なんだから。」
「賢斗っち隊長を笑う奴は私が許さないであります。」
おっ、お前等・・・
「しかし驚いたな、テレビのアレは錯覚だと思っていたがホントにこんな美少女に多田が化けていたとは。
素顔を知っていなければ妙な気を起こすところだぞ。」
いやそれは絶対に止めろ。
注文を取ると言えば特に女装姿を冷やかすでもなく素直に応じる彼等。
てっきり俺を笑いに来ただけかと思いきや・・・
カウンターに戻った賢斗は店長にオーダーを通す。
「店長、注文入りましたぁ。
あとお代は俺が払いますんでにゃんにゃんポテトの大をサービスしてやる事って出来ますか?」
「ああそれは勿論構わないよ。
それよりほら1番テーブルのお客さんが多田さんをお待ちかねだ。」
ふっ、俺を指名するレア客が他にも居るとは賢子ちゃんキャラも満更捨てたもんじゃないかも。クルッ
そこには黒いグラサンを掛けた伊集院が一人で座っていた。
「済みません店長、お腹痛いんですけど。」
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○Sランク選考委員会○
賢斗達がせっせとにゃんにゃんランドで働いている頃。
探索者協会本部の特別会議室ではSランク選考委員会が開かれていた。
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ナイスキャッチ(Dランク)のSランク昇格に関する資料
構成メンバー
多田賢斗(16)リーダー 身体レベル25(個人Gランク)
小田桜(16) 身体レベル25(個人Gランク)
紺野かおる(17) 身体レベル25(個人Gランク)
蓬莱円(16) 身体レベル25(個人Gランク)
以上四名。
選考実績
富士ダンジョン攻略
天叢雲剣を国立ダンジョン博物館へ寄贈
高校生モンスターチャレンジ大会パーティー部門優勝
白山ダンジョン攻略
緑山ダンジョン攻略
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「とまあ実績的にはこの資料にある通りだ。
富士ダンジョン攻略に天叢雲剣の寄贈、これだけでも十分Sランク昇格に値すると俺は思うんだが。」
推薦人である中山が一通り資料の説明を終えるとその場に集った委員達に審議を問う。
「ですなぁ、三種の神器を寄贈して頂けるのなら勿論私に異存なんてありませんよぉ。」
笑顔で同調の意を表明したのは国立ダンジョンアイテム博物館館長、吉井照彦。
「うちとしても今回のSランク誕生は何かと好都合ですし特に反対する理由はないですね。」
探索者協会本部長である永井和正もこれに賛同した。
「う~む、でもこの子達はまだ学生ですよね?
Sランクに成ればある程度の義務も生じます。
まだ時期尚早もう少し様子を見てからでも良いのでは?」
若さを疑問視するのは日本のダンジョン研究における第一人者、渥美太郎。
「しっかしよぉ、銀二。
この富士ダンジョン攻略ってのはホントにこいつ等の実力なのか?
レベル25って言ったらうちの下っ端以下のレベルだぞ。」
その実力に疑問を投げかけたのはダンジョン災害特殊部隊の長を務める大黒鉄也。
「まあ俺も討伐するのをこの目で見た訳じゃないがあの八岐大蛇はマグレで勝てる相手じゃねぇだろ。
お前もあいつに会えば分るさ。
期待させられちまう何かがあるってな。」
「まぁ~た始まりやがった。
いい加減お前もそのロマンばっか追い求める思考回路を何とかしやがれ。
そんなこったからパーティーも解散しちまったんだろうが。」
「いやその話は今関係ないだろぉ?」
「まあそうだな、でも悪いが今回のSランク昇格の話は反対させて貰うぜ。
俺はこの目で見たもんしか信じねぇ性質だ。」
ったく相変わらず頑固な奴め。
とはいえ教授とコイツが反対するかもってのは織り込み済みだ。
残すはみやちゃんだけだし・・・
「あっ、私も反対させて貰いますぅ。」
このとても40過ぎとは思えぬ美貌の持ち主は斉藤雅。
彼女は現回復魔法士協会の会長を務めている。
えっ、何でみやちゃんまで?
こいつは計算外だぞ。
「いやみやちゃん、高校生Sランクパーティーの誕生なんてかなり夢がある話だろぉ?」
「まあ若者を応援したいちゅうアンタの気持ちは分かります。
でもうちは世界中遊びまわっとるアンタと違ごうて来月発足するテイマー協会の会長までやらされますねん。
そやからもう何の得にもならへん話に易々と賛成する訳には行かなくなってしもうたんや。」
あっ、そういや爺さんにテイマー協会の会長誰にするかってこの間、う~ん、ホントになっちまうとはこれも自業自得という奴か。
にしてもどうする?
俺の意見には何時もニコニコ賛同してくれていたあのみやちゃんにまさか反対されるとは・・・
「あっ、でもそやなぁ、ほなこうしましょ。
さっき言うたテイマー協会はその発足記念として来月第1回テイマーズバトル大会を開催するねん。
そこでアンタが推すそのナイスキャッチのメンバーが優勝するとアンタが保証してくらはるんやったら今ここで賛成してやってもええで。
そしたらテイマー協会の得にも成る話やしな。」
「おお、そんな事で良いならお安い御用だ。
奴等には俺から出場する様言っとくよ。」
まっ、ここで賛成して貰えれば例え優勝出来なくてもあいつ等のSランク昇格が無くなっちまう事は無いからな。
「ほう、聞いたで。
もし優勝出来なかった時はアンタ、わかっとるやろな。」
おや?何故今俺の危機感知センサーに反応が?
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○吉報と厄介な話○
午後5時、賢斗達が拠点部屋に帰還すると直ぐに中川も拠点部屋に入って来た。
「皆さん、今日はお疲れ様でした。
そしてつい先程とても良いお知らせが届きましたよ。ニヤリ」
えっ、良い知らせ?
「Sランク選考委員会でナイスキャッチのSランク昇格が内定したそうです。
これで8月から晴れてナイスキャッチはSランク探索者パーティーになります。」
「「「「うぉ~やったぁ~♪」」」」
その吉報に四人は一斉に歓喜の声を上げる。
飛び跳ねて喜ぶ桜に円が抱き付けばその場でガッツポーズする賢斗にはかおるが横から抱き付いた。
目尻に涙を浮かべ音のしない拍手を送る水島の後ろには腕組みして満足気な笑みを浮かべる中川が立つ。
そしてその場の六人は誰からともなく円陣を組むと回りながら喜びをたたえ合う。
「「「「「「Sランク♪Sランク♪Sランク♪・・・」」」」」」
トゥルルルル・・・おっ、電話か。
う~ん、今良いとこなのにぃ、ってうわっ!中山さんだ。ガチャ
「はい、多田です、中山さんですか?」
「おう、賢坊、今ちょっと良いか?」
「ええ、大丈夫ですけど。」
「お前もうナイスキャッチのSランク昇格が内定した話は聞いたか?」
「ええ、たった今。
いや~本当に有難う御座いましたぁ、中山さん。」
「ん、あっ、ああ、そこでお前に一つ頼みがあるんだが・・・」
「えっ、何すか?中山さんからの頼みなら俺何でもやっちゃいますよぉ♪」
Sランクに成れたのも中山さんのお蔭ですしぃ♪
「そうか、ならお前来月開催されるテイマーズバトル大会に出場し絶対優勝してくれ。
まあ賢坊の良く分からん秘めた力があればイケるだろ?
良いか?絶対優勝だからな。」
いや俺に秘めた力なんてありませんし、テイマーの大会で優勝とか普通に無理ですけど。
「それって中山さん、もしかして優勝出来なかったらSランク昇格が無くなっちゃうって話ですか?」
「いやそれは無い。
だが良いか?もしお前が優勝出来なかった場合・・・」
出来なかった場合?
「俺が大変な事になる。」
何だろう、余計厄介な話に聞こえるんだが。
次回、第百五十四話 テイマーズバトル大会参加要項。




