第百五十二話 テイム成功率
○テイム剣 ブルーレースアゲード○
7月23日火曜日、お昼休みの教室では賢斗がこのクラスの探索者資格所持者八人に取り囲まれていた。
「今日は良い話を持って来てあげたわよ、多田君。」
う~ん、何だろう、威圧感しか感じないんだが。
「先ずはコイツを見てくれ賢斗っちぃ。」
モリショーは賢斗に一枚のチラシを見せる。
『テイム協会発足記念!期間限定、テイム剣の格安レンタル開始。』
テイム剣?えっとなになにぃ。
テイム剣 ブルーレースアゲードとはこの剣で魔物を攻撃すればあら不思議。
運が良ければ貴方もテイムスキルが取得出来るかもしれないという激レアアイテムです。
この貴重なレアアイテムをレンタルできるのは今だけ・・・
なるほどねぇ、探索者協会でもテイム協会発足を盛り上げようって腹か。
まっ、テイマーイコール探索者でもあるしな。
「試にここに居る皆でこのレンタル予約の抽選を受けたら何と水谷さんが当選しちゃったのよぉ。」
へぇ、そりゃ良かったね。
「こう見えて私強運の持ち主であります、賢斗っち隊長。」
うん、分かった分かった、で、何が言いたいんだ?お前等。
「そこで心優しい俺達はクラスメイトであるお前にも我々のテイム剣共同レンタル計画に参加させてやろうと思ってな。
感謝するが良い、多田。」
ああ、そゆこと。
格安とはいえ3時間で20万円とかとても普通の高校生が払えるレンタル料じゃないもんなぁ。
「賢斗っち隊長も是非参加するであります。」
まっ、気持ちは嬉しいが・・・
「悪いが遠慮しとくよ、テイムスキルならもう持ってるし。」
「何とっ!それは真でありますか。」
「グヌヌ、貴様という奴は毎度毎度人の好意を無にしおって。」
お前の場合なるべく一人分のレンタル料を安くしたいだけだろ。
とはいえ探索者協会がこんなキャンペーンまでやってる様だとこれからテイマーの人口は一気に増えて行きそうだな。
「ふ~ん、まあそういう事なら仕方ないわね。
じゃあ多田君、夏休みに入る前にアドレス交換しておきましょ。
連絡がつかないと何かと困るし。」
えっ、あっしは何も困りませんぜ?
「あっ、委員長、賢斗っちのアドレスなら俺が知ってるっしょー。」
コラコラ、余計なマネをするんじゃない。
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○テイム成功率 その1○
午後4時、この後番組収録を控えたこの時間、賢斗達は躑躅ケ崎ダンジョン4階層に赴いていた。
しかしてその目的はここに居るスケルトン武者を賢斗の新たなテイムモンスターにといったところだったのだが・・・
「おお~、何か強そうだねぇ~。」
「だろぉ?」
「確かに賢斗君がテイムしたいって言うのもわかる気がするわ。」
うんうん。
「おんぶぅ~。」
あっ、はいはい。
「じゃあ行くよ、円ちゃん。シュタッ」
ガキィィィ―ン
真面に剣と長刀が交わる。
以前ならその剣圧により瞬時に吹き飛ばされていた賢斗だったが、今は僅かな余裕すら感じていた。
ガクンッ、円がパンチを放つとスケルトン武者は膝を落とす。
よし、テイムッ。
HP1と言うテイム条件は円のパンチによりクリアされている。
賢斗の考えではこれでこのスケルトン武者のテイムが完了する筈だったのだが。
ってあれ?アナウンスが無い。
「賢斗ぉ~、ダメなのぉ~?」
「あっ、ああ、テイム条件は満たしてるってのに・・・」
「じゃあ私がやってみるぅ~、テイムぅ。
・・・あっ、賢斗ぉ、ゴメン、できちゃったぁ。」
なっ、嘘っ、俺の武者スケルトンが・・・
「ほら賢斗君、こういう時は一緒に喜んでやるのがパパの務めでしょ。」
誰がパパだっつのっ!
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○テイム成功率 その2○
躑躅ケ崎から帰還後賢斗達はまだ時間があった為クローバーの駐車場にてドリリンガーの洗車をしていた。
ジョバジョバジョバジョバ
その作業中賢斗は先程受けた水島の説明を振り返る。
「どうやら皆さん勘違いしている様ですがテイム条件というのは単なるスキルの発動条件。
テイムの成否とはまた別の話なので当然失敗する事だってありますよぉ。」
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『テイムLV1(12%)』
種類 :アクティブ
効果 :魔物のテイムが可能。テイム条件、魔物をHP1状態にする。
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そりゃ解析の効果説明がこの程度じゃ勘違いもするわな。
彼女によればテイムスキルレベル3でテイマーズチェックという特技を覚えるとテイム時にその成功率がチェックできるそうである。
しかしそれまでは自分のレベルの半分程度の魔物をテイムするのが一応の目安となっているらしい。
またかおるや桜がその目安以上のテイムに成功していた事に関しては・・・
「それは多分紺野さんや小田さんの場合はステータス値の高さが影響しているんだと思いますよ。
テイムの成功率は
基礎テイム成功率+(テイマーのCHA値+LUK値)/2
こんな公式で表されてましたから。」
ちなみにこの基礎テイム成功率は魔物の種族毎に違い先程の武者スケルトンの様な屍系のソレはほぼ0%に近い数値。
またそれとは別に階層ボスや特異個体の様な特殊な魔物ともなるとその基礎確率はマイナスの領域に達しているのだとか。
そしてテイム条件を満たした時に有効なテイムは一回だけであり、賢斗は何度もテイムを試していたにもかかわらず失敗し続けた原因も彼女によって見事に解明されていたのであった。
しっかし結論的に言えばうちで一番テイムの才能が無いのはつまり俺って事か?
まっ、別に俺はテイムの第一人者を目指す必要は無いから良いけど。チラッ
「キュッキュッキュ、なっ、何よっ?」
頑張ってね、テイム大臣♡
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○女性ファンからキャーキャー○
その後クローバー執務室に呼ばれた賢斗さん。
「忙しいところ来て貰って悪いわねぇ。
実は多田さんに折り入ってお願いがあるの。」
「何すか?」
「ほらこの間のにゃんにゃんランドの件、貴方の気持ちも分かるけどここはグッと堪えて何とか対応してくれないかしら。」
う~ん、やっぱりソレか。
にゃんにゃんランドの件とは先日行われた写真撮影で賢斗が賢子ちゃんに成って欲しいというクライアントの希望を頑なに拒否した件である。
「いや幾ら中川さんの頼みでもダメなものはダメですよ。
アレは男としてのプライドの問題ですから。キリッ」
「でもねぇ貴方が女装する事にもちゃんとメリットがあるのよ。
ナイスキャッチのパーティー構成上他の三人のファンから貴方への妬み感情が集中するのは必然。
今後はそれが更にエスカレートするのは目に見えているけど多田さんが女装趣味をチラつかせる事でソレを回避できる。
事務所的には予想できるトラブルの芽は摘んでおきたいのよ。」
まっ、確かにソレはありそうだが。
「それに多田さんはプライドの問題って言うけどそれは女の子にモテたい感情から来るものでしょ?」
いやそんなストレートに言われますと・・・
「違うの?
でも私は多田さんの場合女装した方がきっと女性からもモテると思うわよ。」
えっ、ホント?
「男の人は良く異性に可愛いって言われると嫌な気分になるって聞くけど女性からすればあれは純粋な褒め言葉。
憧れに近い感情から来るものだし異性としての興味を持っての言葉でもあるのよ。」
ふ~ん、そういうもんすかねぇ。
「お化粧してるビジュアル系バンドが女性から人気が高いのは多田さんも知ってるでしょ?
テレビでもオネェキャラのタレントさんは大人気だし女性の男性に対する趣味も多様化している今の時代、男の娘なんて言葉まである。」
そりゃまあそうですけど。
「そうですよっ!多田さん。
ここは騙されたと思ってもう一度だけ賢子ちゃんに成ってみましょう。
きっと女性ファンからキャーキャー言われちゃいますよぉ♪」
ピクッ、モワ~ン、ニッ、ニヤッ
「貴方はプロ探索者として猫コスプレの女装でファンサービスして上げてるだけ。
周りのお友達には事務所の方針で渋々やらされてるとか事情を説明すれば分かって貰えると思うしどうかそんな風に考えてくれないかしら。」
まあ確かにそう考えれば俺の心の整理もある程度はつく。
そして俺がその妥協した考えに改めれば今後もキャットクイーンを共有する事だって・・・
う~む、よくよく考えると結構メリットがあるな・・・
仕方ない、ここはこの二人の顔を立てておくか。
まっ、女性ファンの反応次第でこの依頼後の対応はまた変わりますけどね。
「まっ、まあお二人がそこまで言うならもう一度だけ・・・」
「有難う、多田さん。
プロ探索者としての自覚と責任が出て来たみたいでとても嬉しいわ。」
「やりましたね♪先生。」
「ええ、貴方の女性ファンからキャーキャーというのが一番の決め手だったわよ。」
「そんな事ありませんよぉ、先生。
あっ、じゃあ私大至急メイクアップスキル所持者を探しておきます。」
「そうね、私は好きだけどこの世間的にはパッとしない顔を美少女の域まで高めるにはもうスキルの力に頼るしか方法はないもの。」
おや、随分失礼な会話が飛び交っているんだが・・・
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○森下研究所○
ナイスキャッチがテレビ局で番組収録をしている頃、森下探索者カンパニーの北村は同じグループ傘下の研究所を訪れていた。
ちっ、相変わらずここに来るとどうも落ち着かねぇ。
低濃度魔素抗体ワクチンの開発を目指し年初めに作られたこの施設には魔素濃度維持装置が整然と並びその中にはスライム型や狼型等様々な魔物が休眠状態にされている。
「やあ待たせたね、北村君。
話というのは昨日君が持ち込んだスライムの事で良いかい?」
「ええ、勿論ですよ、篠宮先生。」
北村は昨日訪れた際清川ダンジョンでの調査を洗いざらい説明し研究者である篠宮の見解を求めていた。
「率直に言うと君が持ち込んだスライムには特に他と変わったところは見られなかった。
まあ数体テイム状態ではあったがね。」
「そっ、そうでしたか。」
ちっ、つまり奴等は単にテイムスキルの練習でもやっていただけ・・・
飛んだ骨折り損だったって訳か。
「でも君は実に良い所に目を付けた。
私の推測では恐らくナイスキャッチの魔法スキルの秘密はスライムが握っておるからな。」
「えっ、それってどういう事ですか?」
「まあそう焦らず先ずはこの検体を見てくれ給え。
かなり大きくなっているがこれは間違いなく昨日君が持ち込んだスライムの1体だ。」
これが?
「魔物は瀕死状態で放置するとレベルアップする。
まあこれは君くらいの探索者なら知っている事かも知れない。
しかしその際一定確率で特異個体化現象を引き起こす事まではどうかな?
今低濃度魔素抗体ワクチンの研究を通じ様々な事が実証かつ解明されて来ているんだよ。」
「えっ、じゃあ目の前のコイツは人工的に特異個体化させたスライムって事ですか?」
「その通り、他の個体が急激な魔素濃度変化に耐えきれず消滅していった中この個体だけは何とか生き残ってくれた。
そしてこのジャイアントブルースライムを解析した結果がこれだ。」
篠宮は一枚のプリントを北村に渡す。
なっ、水魔法のスキルスクロール(ドロップ率0.01%)だと?
「確かにそのドロップ率はとても現実的な数値とは言えない。
しかし魔物のアイテムドロップ率というのはその個体のレベルが一定にまで上がると上昇する事もまた解明されている。
ここまで言えばもう切れ者の君なら察しがついて来てるんじゃないかね?」
流石にコイツは驚きだ。
特異個体化させたスライムをレベルアップさせる事で魔法のスキルスクロールが入手可能だったとは・・・
「そして私はこう考える。
仮にレッドスライムやグリーンスライム等他のスライム系の魔物で同じ事をやったとすれば?
どうかね、これなら彼等が多種の魔法スキルを所持する理由にも説明がつくだろう。」
ふむ、確かにそれが実証されたなら納得出来る。
だがそれはあくまで・・・
「ですが先生、奴等は上位の雷魔法や空間魔法なんてものまで取得しているんですよ?
本当にこの方法でその辺りの魔法のスクロールを持つ魔物が誕生するんでしょうか。」
「流石に北村君は鋭いね。
君の言う様に今回の検証結果は下位魔法のスキルスクロールをようやくドロップする様になった程度のものだ。
そして新人パーティーのナイスキャッチがスライム以外でこの方法を行えた可能性は低いだろう。
しかし君は一つ大事な点を見落しているよ。」
ん、見落とし?
「特異個体化現象が一度きりとは限らないだろう?」
はっ、確かに更なる進化を遂げれば・・・
「所謂ステージ2特異個体が果たしてどんなアイテムをドロップしてくれるのか。
君にも当然興味がある筈だ。」
ふっ、ステージ2特異個体ねぇ、久しぶりに鳥肌が立ちましたよ、先生。
つっても俺の興味は既にステージ5辺りにまで行っちまってますがね。
清川の1~3階層にはブルースライムしか出現しない。
この点を考えるとナイスキャッチのメンバーが4階層以降への行き方を知っていたと考えるのが妥当である。
しかし既に北村はそんな事はどうでも良いと考えていた。
仮令清川に4階層以降があったとしても他種のスライムなら他のダンジョンで十分対応出来るだろうしな。
翌日から北村は篠宮の依頼で全国のダンジョンを巡りスライム捕獲に奔走する事になる。
そして森下探索者カンパニーが清川ダンジョンの入札を取り下げたのはこの一週間後の話であった。
次回、第百五十三話 吉報と厄介な話。




