第百五十一話 消えたスライム
○プロポーズ○
午後4時30分、今日これからナイスキャッチのサイン&握手会が開催されるここ白山ダンジョン探索者協会支部の前には100名以上のファンが詰め掛けていた。
ブロロロ・・・キィ、ガラガラガラ
「うおぉ~、出て来たぞぉ。」「ピンクちゃ~ん。」「かおる様ぁ~。」「円ちゃ~ん。」
結構な人気っぷりになったもんだな。
警備員が先導する中、ナイスキャッチの面々が協会支部に入って行く。
「多田ぁ、もうちっと離れて歩けぇ~。」
まっ、俺の扱いは所詮こんなもんだろうけど。
「そんな事言ってやるなって。
アイツはオネェだから何も心配する事ねぇし。」
なっ、誰がオネェじゃあっ!
「ほら賢斗君、そんなおっかない顔しないで。
スマイルスマイルぅ~♪」
出来るかっ!
会場は前回同様フードコーナーの一角、しかし並んでいる人の数は以前と比べ物にならない。
ほう、俺の列にも10人くらいは居るぞ。
長テーブルのパイプ椅子に着席すると早速サイン&握手会は始まる。
でだ・・・
「何でまたお前が先頭に居るんだ?」
「いやいや、ここの受付嬢である私がその秘めた力を発揮すればこの列の一番を勝ち取る事など容易い事ですけど。」
「何サラッと職権乱用を口にしてんだよっ!」
「いえいえ、そうご心配なさらず。
後で私が反省したムードを醸し出しながら5分程ペコペコしてれば済むだけの話ですから。
という訳で早く握手して下さいよぉ、ハーレムキングぅ~。」
誰がハーレムキングだ、ったく、ほらよ。ギュウ
「はい、終わり終わり、今日はちゃんと後が支えてんだ、さっさと手ぇ離せ。」
「いえ、最近ご無沙汰でしたんでまだ補給が2割にも達してません。」
何のだよっ!
「あっ、そうだ、聞いて下さいよ、多田さん。
実は最近うちの光圀っちが私にお見合いしろって五月蠅いんですよぉ。
でも私には多田ハーレムの末席に加わるという新たな野望に向け今はそれどころじゃありません。
どうにかなりませんかね?」
何だ?そのふざけた野望は。
「俺にどうにかなる訳ねぇだろっ!」
勝手に結婚しちまえ、このバカタレがぁ・・・って待てよ?
光圀っち?お見合い?
それってもしかして・・・はっ、これは不味いっ。
「そんなもん、お前がきっぱり断りゃ済む話だろうがっ!」
「いや~それがですねぇ、先方が偉くこの蛯名っちの事を気に入っちゃってるらしくて。
まあこの行き遅れの超可愛い蛯名っちの魅力を考えれば当然ですけど。」
行き遅れの何処に魅力的な要素が詰まってんだよ。
ったく、あの爺ぃ・・・
「別にお前は相手の気持ちなんて考えてやる様なタマじゃねぇだろぉ?」
「おや?これは今日の失礼な発言その1ぃ~!頂いちゃいましたぁ、いやっほ~♪」
よぉ~し、それじゃあ次行くぞぉ~、じゃない。
「いいからその見合い話は断っちまえば良いんだよ。
今回に関しては先方が悲しむ事は絶対にないだろうから。」
「はぁ、つまり多田さんもこの蛯名っちの結婚には反対だと。」
「いや結婚はしろっ、つか寧ろしてくれ。」
「えっ、なっ、ななな、何とぉ~これは大事件来たぁ~っ!
この蛯名っち、多田さんにプロポーズされちゃいましたぁ~、かぁ~昇るぅぅぅっ!」
いや俺とじゃねぇからっ!
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○テイム大臣 紺野かおる誕生○
サイン&握手会が終わり拠点部屋に戻ってみれば時刻は午後6時50分。
「まったあっしたぁ~。」
「それでは失礼いたします。」
「そんじゃあ俺もそろそろ・・・」
「ちょっと待って、賢斗君。
君はまだテイマー登録の申請用紙を書いてないでしょ。
帰るならそれを済ませてからにして。」
「えっ、別に急ぎませんし登録は明日で良いっすよ。」
「そうはいかないわよ。
このままじゃ私が登録者第1号になっちゃうじゃない。
テイム大臣は君に決定したんだから登録者第1号には賢斗君がなるの。」
やはり気付いておったか。
テイム大臣と登録者第1号はイコール。
このまま俺が申請書にサインせず午後7時を迎えれば目出度くテイム大臣紺野かおるが自動的に爆誕する事に。
「フッ、それに俺が快く応じるとでも?
テイム大臣の席にはやはり先輩に座って貰います。ニヤリ」
「今更そんな事言い出すなんて男らしくないわよ、賢斗君。タラリ」
二人の間に緊張が走る。
「「アハハハハハ。」」
「まあどうやら俺はオネェらしいですからね。」
「何開き直ってんのよっ!
私には奥の手があるのを忘れたの?」
ちっ、セクシーボイスか、こうなりゃここは撤退するのみっ!
賢斗は自宅アパートへと転移で帰った。
ふぅ~、危なかったぜ、逃げるが勝ちってね。
(あっは~ん、うっふ~ん。)
なっ、念話でセクシーボイスだとっ!
(賢斗く~ん、直ぐ拠点部屋に戻ってらっしゃ~い♪)
彼はその意に反し拠点部屋に舞い戻った。
「さあ賢斗君、大人しく申請用紙にサインと印鑑を済ませちゃいましょう。」
まっ、不味い、手が勝手に・・・
「うんうん、その調子その調子ぃ♪」
既に賢斗もこの状況で精神洗浄を使えば逆効果になりかねない事を理解していた。
くそっ、このままでは・・・
「はい、お疲れ様賢斗君。
無理言っちゃって悪かったわねぇ♪」
くっ・・・無念。
と全てを諦めたその時。
「ガチャリ、喜んでくださいっ、紺野さん。
この水島光が見事に登録者第1号の座を射止めて見せましたよぉ。」
「へっ?光さん、この部屋のパソコン使うんじゃ・・・」
・・・無かったみたいだな。
茫然自失のかおる、気付けば時計の針は午後7時を過ぎていた。
就任おめでとうございます、紺野テイム大臣。
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○消えたスライム その1○
翌朝のギルド活動の時間、賢斗は一人別行動。
昨日の念話で話し掛けてきたスライムを確認しようと清川ダンジョンへ向かった。
しかし大部屋内には前日の個体はおろか1体のスライムすら居なくなっていた。
・・・スライムが消えちまってる。
「お~い、スラ坊ぉ~。」
う~む、これはどうやら知らない誰かに討伐されちまったという事か?
手掛かりを失った賢斗は仕方なく他の面々の待つ北山崎へと転移した。
「きゃっ、あれれ、こんなところに勇者さまぁ。」
うわっ、いきなり何?
姿を現した途端賢斗は茜に抱き付かれていた。
「これは転移の練習中のハプニングと言う奴ですよ、勇者さま。
あ~神様有難う御座いますぅ、クンクン、アハッ」
そういやこの間茜ちゃんも空間魔法取りに行ってたもんな。
つか匂いまで嗅がれてますけど。
「ちょっと茜、あんたのソレはハプニングでも何でも無いわよっ!
早く賢斗君から離れなさいっ!ピクピク」
「いや~かおるお姉さまぁ、ホントに偶々偶然勇者さまが私の転移した場所に現れたんですってばぁ。
クンクン、もうちょっともうちょっと。」
何だろう、確信犯臭がプンプンする。
まっ、俺的にはウェルカムだけど。
「で、清川の方はどうだったの?賢斗君。
またスライムの声を聴く事は出来た?」
かおるは抵抗する茜を引き離しながら訊ねる。
「いや~それがあの部屋のスライム全部誰かに討伐されちゃってたみたいで1体のスライムも居ませんでしたよ。」
「えっ、そうだったの?
でも討伐されたのならテイム解除のアナウンスもあったと思うんだけど?」
「まあそうなんですけど討伐されたのが夜中だとすれば寝ていて気付かなかった可能性も高いでしょ。」
「うん、まあ状況的にそう考えるのが妥当ね。
となると放し飼いにしたテイムモンスターを他者に討伐されてもこちら側に文句を言う権利はない。
残念ながら念話出来るスライムの事は綺麗サッパリ忘れるしかないわね。」
鑑定や解析をすれば魔物がテイム状態であるかの判別は可能である。
しかし誰しもがそのスキルを所持している訳でも無く現行の探索者法がその義務を課していないのも当然である。
まっ、どうせテイムは解除するつもりだったし。
あの声を聞いてから1日。
未だこんな感想を抱く彼だったがその顔は少し寂し気でもあった。
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○この指輪は要らない○
そこへ歩み寄って来た中川が二人に声を掛ける。
「何を綺麗サッパリ忘れるしかないの?紺野さん。」
「いやそれが賢斗君が昨日・・・」
かおるが中川に昨日からの一連の内容を説明してやると・・・
「そう、とっても不思議なお話ね。
でもそれってそのスライムが特別だったと一概に決めつけるのはどうかしら。
多田さんにはテイムした魔物と念話で話す力があったって考える事も出来るでしょ。」
えっ、嘘っ、俺にそんな秘められた力が?
「ゴメン先輩、どうやらテイム大臣には俺の方が相応しかったみたいだ。」
「えっ、もしかして賢斗君、ホントに?」
「ちょっと二人とも早とちりしない、可能性の話をしたに過ぎないでしょ。
それに結果ありきで理由を考えるなら多田さんにだけスライムの声が聞こえた原因にも察しがついたわ。」
「「えっ、ホントですか?ボスっ!」」
「ええ、先ずテイム効果についてだけど細かく見ればその一つに魔物との意思疎通回線の構築っていうのがあるわ。
それって特定の相手とだけ通信を繋ぐ念話スキルに近いモノだと思わない?」
それはまあこちらの命令が魔物には伝わってる訳だし。
「次に少し別の話になるけれど翻訳系のスキルやマジックアイテムの会話に於けるメカニズムっていうのは言葉を発っする形を取っていても実際には言語を介さず思念を翻訳して言語化していると言うのが正しい解釈だったりするの。
犬や猫が言語体系を構築してるとは貴方達も考えないでしょ。」
うん、もしそうだったら超ビックリ。
「そしてこの二つの話を踏まえた上でさっきのスライムの声について考えてみると原因は多田さんが嵌めてるそのバイリンガーリングにあるんじゃないかって思わない?」
あらゆる言語に対応するなんて大見得切っていたけど、もし本当に魔物の思念まで翻訳してしまうなんて事になったら・・・今後凄い事になって行くわよ、霧島さん。
「という訳で早速試してみましょう。
多田さんはリトルマーメードを出して紺野さんにその指輪を貸して上げて。
紺野さんは生簀のミサイルフィッシュと会話出来るか試してみて頂戴。」
つまりボスが言いたいのはこの指輪を嵌めてれば今後またテイムした際にも魔物とお話が出来るって事か。
ホントかねぇ、まっ、答えは直ぐに出るか。
ほい、先輩。
「ちょっと先輩、何やってんすかっ。」
賢斗が差し出す指輪を受け取らずかおるは彼に持たせたまま自分の薬指に嵌めようとしていた。
う~ん、グイッ、スポッ
賢斗は彼女の人差し指に指輪を嵌めてやった。
「ちょっとぉ賢斗君、何すんのよっ。」
それはこっちの台詞だっつの。
と準備が整ったかおるはリトルマーメードに乗り込む。
そして生簀に居るミサイルフィッシュに話し掛けてみると・・・
「おはよう、ミサイル君1号。」
(よう、姉ちゃん。
今日も相変わらずおっぱいデケェな。)
えっ、私この指輪は要らない。
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○消えたスライム その2○
すっかり夜も更け静寂に包まれた清川ダンジョン入り口前。
昨晩そこには黒塗りのワゴン車と大型のトラックが止まっていた。
ダンジョンから出て来た数人の探索者達はトラックのアルミ製コンテナに魔物捕獲用ゲージを積み込んで行く。
それを見守っていた男は煙草に火を着けニヤリと笑う。
もうここの調査からは手を引くつもりだったんだが、ふっ、今度は富士ダンジョン攻略だとよ。
「もぬけの殻作戦先ずは成功ってとこですね、北村さん。」
有り得ねぇ、必ず何か理由がある。
なんてちょっと調べたらこれだ。
「ああ、何でも奴等は転移が出来る空間魔法なんてものまで持ってるらしいからな。」
所属するクローバーから支給されたって?
確かに普通の魔法のスキルスクロールってんならその噓臭い話を信じてやっても良かった。
しかし何処の世界にこんな聞いた事もねぇ超レア魔法のスキルスクロールを無償で提供する事務所がって話だ。
「それで北村さん。
これ何処に運ぶんすか?」
空間魔法のスクロールは間違いなくあのど新人の坊ちゃん嬢ちゃん達自身が何らかの方法で手に入れた代物。
そしてその秘密は必ずこの清川に眠っている。
「ああ、コイツ等は全部篠宮先生のところに持っていく。
魔物を調べるなんてのは専門家に任せるのが一番だからな。」
ようやく掴んだ奴等の尻尾、徹底的に調べさせて貰うとするさ。
2台の車は清川ダンジョンを去って行った。
次回、第百五十二話 テイム成功率。




