第百五十話 スライムの声
○テイマー元年 その1○
昨日賢斗達が見たDVDの番組は年初めに放送されていた。
そしてその放送から半年程過ぎた今日、低濃度魔素抗体ワクチンの研究開発は世界各国で臨床段階に入りその完成は秒読み段階と言えるところまで来ている。
この日本に於いても大学や企業等の研究施設でその開発は進み、先日とある企業からその完成予定と製品化へ向けた動きが発表されたばかり。
日本テイマー協会の発足も年内に予定され世は正にテイマー元年とも言うべき年を迎えようとしていた。
「それが何でもテイムスキルがレベル11で取得するマジックコートっていう特技を使えば簡単に魔物をダンジョン外に連れ出す事が出来ちゃうらしいんですよ。」
まっ、元々テイムスキルをカンストさせていた人ならテイマージョブを取得しテイムスキルをレベル11にした人が出て来てもおかしくない頃合いだわな。
「外国の有名探索者さんが公表してくれた内容らしいですが、年末に予定されていた日本テイマー協会の発足やそれに合わせて作られていたテイマー特別法の発効時期も1週間後に前倒しされるらしいです。」
へぇ、つか色々ちょっと驚きなんですけど。
テイムスキルに関する事以上にジョブ情報が予想を遥かに超え急速に浸透している事に賢斗は驚いていた。
「そして何とその発足に先駆けネットでの事前テイマー登録が今日の午後7時から開始されます。
登録料が30万円程掛かりますけどこの際紺野さんも早めにテイマー登録を済ませちゃいましょう。」
拠点部屋で先程から熱弁を振っていた水島がようやく話の意図を切り出した。
うわっ、高ぇな、おい。
「う~ん、そのテイマー登録ってテイムスキル所持者は全員登録する事になるんですか?」
ふっ、やはり先輩も難色を示し始めたな。
幾ら稼ごうが俺と同じく貧乏性の抜けない先輩が30万円という金額をホイホイ出せる訳がない、うんうん。
「いえ、別にそんな事はありませんよぉ。
これまで通りテイムした魔物とダンジョン内でお別れする形を取り続けるのであれば何の問題もないので。
と言っても紺野さんの場合はもう既にテイムモンスターをダンジョン外に連れ出していますから、今のその状態を維持しようとするなら登録した方が無難です。
でないと研究機関が捕獲した魔物を外へ連れ出す時と同じ結構面倒な特別許可の申請がその都度必要になってきますし。」
「そんな事言われても私のスキルはまだレベル1ですし階層間移動させる事だって出来ませんよ?」
「いや~それでも1週間後には法的に引っ掛かっちゃいますからねぇ。」
「う~ん、賢斗君、どうしよ?」
何故俺に聞く?
とはいえ真面目な話、俺達が現時点で出来るのは3m級の水生魔物を生簀に入れたまま移動する事だけ。
他のフロアやダンジョン外でその魔物を出したりといったテイマー登録に於ける最大のメリットがまだ享受できないというのが現状である。
そう考えると登録はまだ先でも良さそうに思えるのだが・・・
「でも行く行くは必要になりそうですし登録くらいはしておいた方が良いんじゃないですか?
何ならパーティー資金からその登録料を出す形で構いませんから。」
「えっ、それホント?
なら登録しちゃおっかなぁ♪
あっ、そうだ、賢斗君、今日は不思議とカッコ良く見えるわよ。」
おい、折角助け舟出してやったのに喧嘩でも売ってんのか?
ったく、とはいえ一人くらいはテイマー登録しておいた方が良さそうだしなぁ。
「ニヤリ、では紺野さん、話は纏まった様なのでこちらの書類にサインと印鑑。
ステータス鑑定書の方は先生に作って貰うとして、あっ、そうだ、多田さん、ちょっとリトルマーメードのカプセルを貸して貰えます?」
「へっ?何でですか?」
「いや~それがですねぇ、今回の特別法により公共の場などで魔物を出現させる行為が法的にキチンと禁止されるんですよ。
それに合わせテイマー登録の方でもテイムした魔物の保管及び運搬手段の提示が登録条件の一つになっているんです。
とまあそんな訳で多田さん達の場合はリトルマーメードの生簀がそれに当たるので証明書類作成用に写真撮影させて頂こうかと。」
なるほど、保管及び運搬手段の提示か。
確かにカプセルモンスターならいざ知らず、テイムモンスターのカプセル化は出来ないもんなぁ。
異次元収納やマジックバッグに生物は入れられないし。
「あっ、そういう事ならハイ、どうぞ。」
「はい、有難う御座います。
じゃあちょっと私駐車場の方へ行って来ます。」
とはいえこんな登録条件があると結構登録出来るテイマーの数は少ないかも知れないな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○テイマー元年 その2○
「にしてもリトルマーメードの生簀が保管及び運搬手段で通用するのかしら?
これだと陸生の魔物をテイムしたらどうするの?って聞かれちゃいそうだけど。」
ふむ、確かにそこは突っ込まれそうだな。
「それなら生簀の水を抜くって言えばいいんだよぉ~。」
「はい、桜は今日も冴えてますね。」
「そっかなぁ~、当然だしぃ~♪」
おいおい随分斜め上の発想だな。
でも出来ると言えば出来そうだし、いざとなればそれも・・・
いやそれよか良い方法が俺達にはあったな。
「そんなぶっ飛んだ説明するのは相手が納得するかも微妙だろ。
それより空間魔法のセーフティールームを使うって言った方が無難だよ。
先輩ももう覚えてますよね?」
「ええ、この間覚えたばかりだけどアレって魔物にも使えるの?」
「まあ未検証ですが多分イケると思いますよ。」
レベル9で覚えるこの魔法、その効果は自分と許可した者しか入れない安全な異次元空間の構築。
セーフティーと称するこの部屋に魔物まで入れるのか?と言うのは当然の疑問だが効果説明で人と限定されていない以上入室設定次第では恐らく大丈夫。
その上結構な大きさにまで出来るし、まっ、1時間毎にその大きさに比例したMPを消費する事になるが今の俺達の回復量なら特に問題にはならない筈。
「あっ、それなら態々リトルマーメードの写真を撮影する必要も無かったじゃない。」
「いやそれはそうですけど、俺も今思い出したんで。」
とそんな拠点部屋にニコニコ顔の水島が戻って来た。
「では紺野さん、後は全て私にお任せ下さい。
絶対登録者第1号の座をもぎ取ってみせますからね。」
「へっ、登録者第1号の座って何ですか?」
「えっ、あっ、テイマーは今後その活躍が大いに期待されるジョブ。
登録者第1号になってしまえば紺野さんも日本のテイマー界の第一人者を目指すしかなくなっちゃいます。
もし今日の登録をOKしたなら確実に登録者第1号の座を射止めて上げる様にって言われてましたけど。」
「えっ?なっ、それって・・・」
かおるの頬には「そんなつもりありませんけど」そんな文字が書いてあった。
ほう、これは偉い期待の掛けられ様ですなぁ。
(アハハ~、頑張ってねぇ~♪
よっ!テイムだいじ~~んっ!)
「あっ、光さん、ちょっと待ってて下さい。
今直ぐこの賢斗君にもテイムスキルを取らせて来ますんで。
ぐわしっ!さっ、行くわよ。」
なっ、離せっ!人を巻き込むんじゃないっ!
賢斗がその手を振り解くとかおるは一転、ペチッ、彼の両頬を両掌で固定した。
「い~くぅ~のぉ~。」
かおるは半べそをかきつつ駄々をこねる様に言う。
う~む、コレは拒否ると後々まで拗ねちゃう感じの奴だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○スライムの声○
さてかおるに3分程顔を睨まれ続けた賢斗は望まぬテイムスキルを取得させられるハメに。
そんなに俺を道連れにしたいならあの尖がらせた唇でキスでもしてくれた方がよっぽど効果的だっつの。
嫌々ながらも連れて来られたのは久し振りの清川ダンジョン1階層である。
その清川と言えばここ最近森下探索者カンパニーの探索者達が常に監視やダンジョン内調査を行い、それを理由に賢斗達はここの訪問を避けていた。
しかしこの時一応空間把握で確認してみると何故かダンジョン内の人影はものの見事に無くなっていたのであった。
おお、ホントにだぁ~れも居ないわ。
良く分からんがこれはかつての清川さんが帰って来たって事なのかな?
「ホントにテイムスキルを取得出来るのぉ~?」
「ええ、私に任せておきなさい。
桜と円の二人にも纏めてテイムを取得させてあげるわ。」
「有難う御座います、かおるさん。」
ハイテンションタイムの消化を兼ねるこのテイムスキルの取得には当然桜と円も同行、テイムスキル取得を嫌がる賢斗とは対照的にこの二人は随分前向きなご様子であった。
にしても先輩の奴大層な自信だけど、一体どうするつもりだ?
通常習熟取得は出来ないとされるテイムスキル、俺でもその方法が今一ピンと来ないんだが・・・
「じゃあ皆はドキドキジェットを発動して少しそこに立っていて頂戴。」
そう言うとかおるは大部屋内に居るスライム達の方へ振り向く。
「あっはぁ~ん、うっふ~ん、じゃあ君はこの男の子の言う事を聞くのよ。
そこの君は真ん中の女の子の言う事を聞いてあげて。
その隣の君は左の金髪の女の子の言う事を聞いてあげるのよ。」
『ピロリン。スキル『テイム』を取得しました。
ブルースライムをテイムしました。』
あら不思議・・・ホントに立ってるだけでテイムスキルが取得出来てしまった。
つってもよく考えたらテイムスキルの習熟方法最大の問題点は魔物との意思疎通手段が無い事。
それを先輩のあっはんうっふんでカバーすれば意外と簡単にって寸法か。
「おおっ、ホントに取れたよぉ~、かおるちゃ~ん。」
「はい、流石です、かおるさん。」
「で、テイム大臣候補筆頭の賢斗君はどうだったかしら?」
「その二人が取れてる時点で俺だけ取れてない筈ないでしょ。
それより誰がテイム大臣候補筆頭ですって?
こうなった以上うちのボスの事だしさっきのテイマー界の第1人者の話は恐らく俺達メンバー全員って感じに挿げ替えられます。
今更誰が頭を張るかなんて話は全く意味が無いですよ。」
「うんうん、という事は賢斗君的には全然気にしてないみたいだし君がテイム大臣決定ね。
そして桜と円は二人とも副テイム大臣ってところでどうかしら。」
なっ、この人よっぽどさっきの話が嫌だったと見える。
「やったぁ~、副テイム大臣だぁ~♪」
嬉しいかい?先生。
「謹んで拝命致します、かおるさん。」
そんな大げさなもんじゃねぇだろ。
「それで自分は何になるつもりですか?先輩。」
「う~ん、私は差し詰めテイム大臣の美人秘書って感じかな。」
ほう、ここまで俺が譲歩してやってるにもかかわらず、まだ自分だけ責任の薄いポジションに収まろうと。
よし、後で絶対この人をテイム大臣の席に座らせてやろう。
まっ、それはそれとしてだ。
「それじゃあそろそろテイムの解除方法なんかも教えて貰って良いですか?
流石にレベル1のコイツを自分のテイムモンスターにしておく気は無いですし。」
「えっ、解除方法なんて私も知らないわよ。
まあこの間ミサイルフィッシュをテイムした時は自動的に前テイムしたゴールデンイーグルのテイム状態が解除されちゃったけど。」
「あっ、そうだったんすか。
となると今はこのスライムをこのまま置いてくしか無いっすね。」
スキルがレベルアップすればその辺の解除機能もありそうだけど。
「じゃあ私もここでスライムとバイバイするぅ~。」
流石の先生もこのアメーバみたいなスライムに未練はない様だ。
「ええ、私も小太郎がおりますし、こんなスライムを連れて帰っては小太郎に申し訳が立ちません。」
いやそもそも円ちゃんはまだ空間魔法すら覚えてないからね。
「そうねぇ、確かに下手に関わっちゃうと情が湧いちゃったりするし、その方が良いわよ、きっと。」
100年も前から魔物は討伐対象とされて来たこの世界に魔物愛護集団の様なモノは無い。
自分がテイムした魔物に対する少年達の感情の起点はこんなものだった。
しかし話が纏まり拠点部屋への転移を発動した瞬間・・・
(置いてかないで・・・)
賢斗の頭には聞いた事も無い幼い声が響いた。
へっ?クルッ、まさか今のはアイツが?
部屋に戻った賢斗は今の声についてかおるに訊ねてみる。
「確かにある程度の意思疎通は図れるわよ。
でもそれは何となぁ~く感情が読み取れるとかそんな程度。
とても賢斗君が今言った様な念話が言葉で送られてきたりなんて事は無い筈よ。」
「私もスライムの声なんて聞こえなかったよぉ~。」
「ええ、私もです。」
う~む、こうなったらまた今から清川に戻って・・・
「ガチャリ、ああもう皆さんあんまり遅いんで心配しましたよ。
そろそろ白山協会支部のサイン&握手会に出発しなくちゃいけない時間ですよ。」
まっ、別にそこまで急ぐ程の事でもないか。
この日彼が清川に舞い戻る事は無かった。
次回、第百五十一話 消えたスライム。




