第百四十八話 リトルマーメード、浮上
○リトルマーメード その7○
グルグルグルグル・・・はぁはぁ、何やってんだ?俺達。
未だ静かな船内には少年少女の激しい息遣いだけが響く。
「賢斗ぉ~、今何パーセントぉ~?」
「ああ、やっと3%ってとこだ。」
そして空気の浄化システムは既に作動しているのか、先程までの悪臭は無くなって来ていた。
「賢斗君、私もう限界、何とかして。」
かおるは一人涼しい顔でペダルを回す少年に文句を言う。
「何とかって先輩ならウォーターヒールを使えるでしょ。
まあ別にドキドキ星人を共有してあげても良いですけど。」
「そんな事言ったって疲労回復目的でスキル共有システムを使うだなんて何か勿体ないじゃないっ。」
うん、だから自分で水魔法を使えと言っている。
そして漕ぎ始めから10分程経つとようやく魔力メーターの値が10%ライン超えた。
『これより各システムのシャットダウンを解除します。』
おっ、やっとか。
ドォリュゥーン、パカッ、パカッ、パカパカパカパカ・・・
まるで息を吹き返したかの様な動力音。
船内の照明がつくとフロントモニター及び各種計器類も次々と点灯して行く。
おおっ♪これこれ。
「うわぁ~すっごぉ~い。
錆び錆びしてたのが綺麗になってくよぉ~♪ハァハァ」
「何かワクワクしちゃうわね♪ハァハァ」
「あっ、やりましたよ、賢斗さん。
緑茶スイッチを見つけちゃいました♪ハァハァ」
激しい息遣いで幸せそうな表情を浮かべる三人の美少女。
なっ、この鬼畜仕様の裏にこんなプチご褒美が・・・
「でも皆、まだ気を抜くなよぉ♪
今漕ぐのを止めたらまた直ぐ真っ暗になっちまうからなぁ♪」
上機嫌にペダリング作業の継続を促す賢斗さん。
だがしかし、グラグラグラグラ・・・
「ってあれ・・・何か揺れてない?」
「あっ、ホントだぁ~。」
既にフロントモニターも動力自体は回復しているが、まだ船体の大部分が砂に埋もれ外部映像は回復していない。
この状況で唯一外の様子を確認する手段は円の席の横にある舷窓のみとなっていた。
「賢斗さん、大変です。
この空洞の天井が崩れて来ています。」
えっ、ヤバいな。
「それにあの人魚像・・・」
暗がりで良く分かりませんがさっきと形が変わっている様な・・・
「円ちゃん、人魚像がどうしたって?」
「あっ、いえ、きっと気のせいですね。
私には良くある事です。」
うん、そだね。
と円の言葉を簡単に流す賢斗であるがこの彼女の言葉は正しい。
先程のリトルマーメードの動力回復を機に四隅の人魚像の目は怪しく光り只直立しているだけの姿を口を開け祈りを捧げるポーズへと変化させていた。
そしてその変化が齎したものは人魚の歌声。
それは互いに共鳴し合いこの空洞内部の崩壊を引き起こす原因となっていたりする。
ともあれそんな原因を知らずとも、今彼等がやるべき事は変わらない。
何にせよ、早いとここの空洞から脱出しなきゃだな。
となると先ずはこの埋もれた状態を何とかせねば・・・
こういう場合はこいつだったな、ポチッ
ゴボゴボゴボゴボォ~、賢斗が自動垂直制御システムの起動ボタン押すとバラスト内の海水が一気に抜ける。
すると急激に生じた浮力が砂の中から少しずつ船体を浮上させ始め、それに伴い胸びれ部の可変式小型スクリューが横転状態を回復させていく。
「ふぅ、やっと体勢が楽になったわ、ハァハァ」
「フロントモニターも見える様になったよぉ~、ハァハァ」
「これでようやく緑茶が飲めそうです。ハァハァ」
よし、つってもご褒美を堪能してる暇は無さそうだ。クルクルゥ~
賢斗が操舵輪を回すとまた胸びれ部の小型スクリューが出口方向へとその場でゆっくり旋回させる。
後は・・・グイッ
そして推進出力レバーを前に押し出すと最後尾にある横型フィンユニットが上下にパタパタと動く。
にしても随分のんびりした人魚さんだな、おい。
リトルマーメードの名が泣くぞ。
その前進速度は全開に押し出して尚人がゆっくり歩く程度。
「賢斗君、不味いわよ。
あの出口付近の天井を見てっ。」
かおるの言った先に目をやれば今にも崩れ落ちそうな岩盤。
確かにアレは不味そうだ。
とはいえまだ魔力メーターは13%。
この状態でドルフィンモードなんか使ったら・・・ええいっ、悩んでる場合じゃないっ!ポチッ
賢斗が右手前の4つのボタンの一つを押すと・・・
グルンッガチャンッ、グルンッガチャンッ、
尻びれ部の外装が反転、船体内部から左右2基のジェットスクリューユニットが現れる。
「いっけぇぇぇぇ~っ!」
ドリュリュリュリュリュゥゥゥ~~~
賢斗がレバーを押し込むとそれは急速回転、リトルマーメードは一気に加速し出口通路へ飛び込んでいった。
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○リトルマーメード その8○
ドカドカドカドカ・・・
まさに間一髪。
小型潜水艇が人魚岩の通路から抜け出した途端、通路はその入り口を閉ざした。
うへぇ~、あっぶなかったぁ。
「もうダメかと思ったよぉ~。」
「うんうん、ヒヤヒヤだったわぇ。」
「はい、でも何とかこのリトルマーメードを手に入れる事が出来ました♪」
「「「ばんざぁ~、パチン、あっ。」」」
ズゴゴゴゴォ・・・
喜んでいたのも束の間、再びシステムシャットダウン状態が訪れるとその船体はドルフィンモードのまま静かに砂地の海底に着底した。
やっぱまた10%切っちゃったかぁ、このモードは相当燃費が悪そうだな。
「もう、何なの?この潜水艇。
動力が人力とか馬鹿にするんじゃないわよっ。」
「何かつっかえないねぇ~。」
「ホントです。」
先程までの上機嫌は運動エネルギー動力魔力変換システムという鬼畜仕様のお蔭ですっかり冷めてしまっていた。
うんうん、その気持ちは良く分かる。
だがしかし潜航可能深度が2万mなんつぅこんな潜水艇、恐らく世界中のどこを探したって・・・
ダンジョン外の話に限れば今現在一番深いとされる海洋ポイントは北西太平洋のマリアナ海溝、その最深部であるチャレンジャー海淵の深度は10924m。
こんなオーバースペックな潜水艇はダンジョンで発見される乗り物系アイテム以外では考えられない。
でもフィールド型ダンジョンにある海にはこのくらいの深い海もあるって事なのか?
まっ、それは今どうでも良いけど・・・
「あのぉ~誠に恐縮ですが、皆さん足が止まってますよ?」
「「「・・・。」」」
にしても意外と早くヘタれやがったな、こいつ等。
まあ確かに回復ドキドキが無かったら俺もこいつ等と同じ気持ちだっただろうけど・・・グルグル
・・・あっ、そうだ。
「いや~これ結構ダイエットに良いかもなぁ。
こういう自転車を漕ぐ感じの器具とか良くあるし。チラッ、ニヤリ」
三人は無言でペダリング作業を再開していた。
ふむ、やはりダイエットというワードの威力は女子に絶大だな。
それから30分も経過すると・・・
「もう30%まで魔力メーターも上がったし皆は漕ぐのを止めて良いぞ。
後は疲れ知らずな俺が一人で何とか稼ぐから。」
「良いわよ、ゼェハァ、こういうのは皆で協力するものよ、ゼェハァ、賢斗君。」
「うん、ゼェハァ、私ももっと、ゼェハァ、頑張るぅ~。」
「はい、ゼェハァ、私も弱音など吐きませんよ、ゼェハァ、賢斗さん。」
色っぽい盛りはとうに過ぎ亡者の様な形相の三人がそこに居た。
・・・無暗にダイエットというワードは使っちゃイケない様だ、うん。
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○リトルマーメード その9○
はてさてそれから1時間後。
ザッパァ~ン
青空の下ようやくリトルマーメードが海面に顔を出した。
ギィィ、パカッ、
「うぉ~、これがリトルマーメードかぁ~。」
上部の丸型ハッチから外に出た少年少女達は初めて見るその全姿に目を輝かせる。
「うふっ、何か愛嬌のある感じね。」
幅2m長さ4m程の小さな船体はやや丸みの強いティアドロップ型のフォルム。
「はい、とっても可愛いです。」
船首部には真ん丸な可変式サーチライトが2つ。
「まっ、人魚っつぅよりフグみたいだけどな。」
後方には垂直安定性を保持する背びれユニットと推進力を生み出す横型フィンユニット。
カシャ、おおっ、こんなところにカプセル化ボタンが・・・
側面には丸い舷窓が左右に2つずつあり・・・
「ねぇ、賢斗君。
もしかしてそのカプセル化ボタンを押してから転移で脱出すれば良いだけの話だったんじゃないの?」
ビクッ・・・そうですけど何か?
パールホワイトのボディの横ではパーマヘアでウィンクする人魚のイラストが波間でニッコリ投げキッスしていた。
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○今後の御予定 その3○
一度浮上したリトルマーメードだったが、賢斗達にそのまま直ぐ帰るという選択肢は無かった。
その後はのんびり足元のペダルを漕ぎながら小型潜水艇の操縦を代わる代わる。
ひとしきり北山崎5階層の海中の景色を楽しんでいた。
そして動力魔力もフル充填された頃合い、満足した彼等が拠点部屋に帰還してみれば既に戦略会議の開始時間である午後5時を些か過ぎており・・・
「へぇ、それは良かったわねぇ、2つ目の乗り物系アイテムを手に入れて来たなんて流石だわ。
でもその話からすると、時間に遅れたのは貴方達の怠慢が原因って事になるけどつまりはそういう事で良いかしら?」
う~ん、少し浮かれ過ぎたのは認めるが、5分程度の遅刻でボスがここまで・・・
「ダンジョンでの活動には常に危険が付き纏うし、時間に遅れてしまう事だって往々にしてあるでしょう。
でもそんな理由で探索者が約束の時間に遅れるのは相手に普通の待ち合わせ以上の心配を掛けてしまう事になるしプロとして絶対やってはイケない事よ。
特に多田さん、貴方はリーダーなんだから今後は十分注意するように。」
「「「「済みませんでしたぁ。」」」」
う~ん、怒られちった。
「はい、じゃあこの話はこれでお終い、早速戦略会議の方を始めるわよ。ニコリ」
まっ、別に不機嫌って訳でも無さそうだけど。
「あっ、先生、その前に。」
「ああ、そうだったわね。
ドリンクカムカムさんとのスポンサード契約の方が正式に纏まったから貴方達もそのつもりでいて頂戴。
それに合わせて皆のアウター装備にドリンクカムカムさんのロゴワッペンを付けて貰う事になるので今その着ている装備を脱いで光に渡して下さい。
一応契約は8月からというお話だけどこちらが早めに動いて向こうも悪い気はしないでしょうし。」
あ~そゆこと。
「はい、では皆さん脱ぎ脱ぎお願いしますねぇ。」
と水島が四人のアウター装備を持って部屋を出て行くと改めて戦略会議は始まった。
「先ずは暫定のスケジュールを組んでみたからこれを見て頂戴。」
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~ナイスキャッチスケジュール~
7月21日日曜日
午前9時~探索者マガジン取材
午前10時~探索者新聞取材
午前11時~月刊それゆけ探索者取材
午後2時~にゃんにゃんランド イメージキャラクター用の写真撮影
7月22日月曜日
午後5時~白山ダンジョン支部でのサイン&握手会
7月23日火曜日
午後6時~探索者チャンネル「桃香の部屋」 収録
7月24日水曜日
午後3時~にゃんにゃんランド 店舗でのお仕事
7月25日木曜日
午前10時~国立ダンジョンアイテム博物館でのセレモニー
7月26日金曜日
午前10時~那須ダンジョン温泉ツアー出発
7月28日日曜日
午後3時、那須ダンジョン温泉ツアーから戻る
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「調整はまだ出来るから高校での拘束時間以外に他の用事がある人は今のうちに言って下さい。」
そんな中川の言葉に誰からも声は上がらない。
「じゃあ★印をつけた依頼の方はこのまま行くとして、昼間見て貰ったリストの中に追加でやっても良いと思う依頼はあったかしら?」
「京子ちゃん、グラビア撮影のお仕事やりたぁ~い。」
所詮リーダーの賢斗一人が反対してもその総意が覆らないのが多数決制度を導入するナイスキャッチというパーティーである。
「あら、そう、分かったわ。
じゃあその辺のスケジュールは月末にでも入れておきましょうか。」
・・・マジでやんのかよ。
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○今後の御予定 その4○
「あとこれから直ぐ雑誌の取材やテレビ出演依頼も控えている貴方達に言っておきたいのだけれど、スキルやジョブそれに乗り物系アイテムなんかの情報をどこまで公開するかを事前に決めておくべきだと思うの。
勿論これまで通り全て非公開という選択肢もある。
でも結構な注目を頂いている訳だしもっとその実力をアピールしていくべきだと私は思うわ。」
まっ、確かに有名探索者さんはある程度の情報を公開する人達が多い。
つまりは下手な勘繰りを生むよりはある程度情報公開しておくのが正解って事なのかもな。
「それに多田さんの勇者や小田さんの魔法少女あたりに関しては所持している事だけでも絶対に今公開して世間にアピールしておくべきなの。」
「どうしてですか?」
「それはちょっと想像してみれば分かる事よ。
もし今多田さんじゃない他の誰かが勇者ジョブを取得したとか公表したとしたらどう思う?」
えっ?う~ん、あっ。
「そう、この世界で初めて勇者というSSRランクジョブを取得した栄誉を全部そっちに持って行かれてしまうのよ。
後追いで公開したって二番煎じみたいな感じで気分が悪いだけよ、きっと。」
確かに・・・でも俺の他にも勇者ジョブを取得出来る人なんて居るのかな?
「それに緑山さんも言ってたでしょ。
ジョブの取得条件は本来関連スキルの中から一定数を所持している事って解釈するのが正解だと。」
ああ、勇者ジョブにジャイアントキリングが追加された件を聞いた時、そんな説明だったな。
「まあ私も勇者や魔法少女がそう簡単に取得出来るジョブでない事は知っている。
でも予想以上にジョブ情報の広がりは早いし世界は広い。
今後は誰もがジョブをより多く取得しようと動き出す筈なの。」
そりゃそうだわな、実際うちのギルドメンバーもそうなってるし。
「そして多田さんの様にスキルを簡単に取得出来る様にするスキルを持っている人が存在する可能性もあれば、何処かの大富豪がスキルスクロールを買占める可能性だってある。
それにジョブスクロールはNランクだけって話もあるけどそれが今後に関してもずっとそうだとは限らないでしょ。」
確かにそう言われると不安になるな。
実際SSRランクのジョブなら中山さんだってもう既に持ってるし。
「という訳で富士ダンジョン攻略でその実力を世間に知らしめた今、ギルドとしては貴方達の実力をより強力に世間にアピールしてお仕事依頼をバンバン獲得して行く方針よ。
一応今日の戦略会議はこれで終わりになるけど今の件は四人でしっかり相談しておくように。
それでは解散・・・
あっ、そうだ、一応今後変更予定の貴方達のプロフィールも私なりに作成してあるの。
良かったら話し合いの参考にでもして頂戴。」
中川は去り際に四人へプリントを渡すと退室して行った。
へぇ~これがボスの考える俺の今後のプロフィールかぁ・・・っておいっ!
それを見た途端、賢斗は血相かえて中川の後を追い掛けて行った。
「何あれ?」
「あっ、これを見て下さい、かおるさん。」
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~プロフィール~
氏名 多田賢斗
年齢 16歳
生年月日 4月2日
愛称 火の玉マン
趣味 猫コスプレと女装
所持ジョブ 勇者
所持スキル 雷魔法、空間魔法、フライ(ノーリミット・・・
所属パーティー ナイスキャッチ(リーダー)
所属ギルド クローバー
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あら、何てイカしたプロフィールなの。
流石私の賢斗君ね、ぷふっ。
次回、第百四十九話 テイムスキルの問題点。




