第百三十九話 ラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人
○ラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人 その1○
午前10時、ドリリンガーは19階層に下り立った。
周囲には緑豊かな草原が広がり、その景色は16階層以降あまり変わり映えしていない。
遂に19階層ですかぁ。
おあつらえ向きにこれまた近くに魔物も居ないとか、ここへ来てビュンビュン追い風を感じちゃいますなぁ。
一方今現在の状況的には先程階層隔壁突破ブーストを使用した際に必要となった魔力は、賢斗達が供給していた。
それ故彼等のMPはまたも枯渇状態、所持していたMPポーションすら全て飲み干してしまっている。
「賢斗さん、見て下さい。」
円を見れば小太郎の首から抜き取った腕輪を装着しどうだと言わんばかりの得意顔。
分かってるって。
そいつを着ければ猫女王様の討伐可能レベルが更に一つ上がるって言いたいんだろぉ?
「うん、分かってるって円ちゃん。
でも現状MP的にもお時間的にもこれ以上下の階層を目指すのはちょっと厳しいんだよなぁ。」
「あっ、だったら賢斗ぉ~。
今から円ちゃんと協会の売店行ってMPポーション買ってくるよぉ~。」
ん、買ってくる?今その転移のMPすら残って・・・
「そうです、賢斗さん。私にはこの石がありますから。」
あ~その手があったか。
往還石でダンジョン入口に戻れば協会は直ぐそこだもんな。
つってもそれでMP問題を解決しようが、ドリリンガーで20階層に辿り着く頃には既に残り1時間を切ってる。
そこから階層内を飛んで回って良さ気なポイントを探し出さなきゃならん訳だし・・・でもまあMP補充は何にせよ必要か。
「ああ、助かる。
パーティー資金使って良いから皆の分も頼んだぞ。」
「おっけぇ~。」
桜と円は往還石で姿を消した。
「そういえば賢斗君、さっきのあの人ってやっぱりレッドライオンの赤羽さんだったんじゃない?」
「ふっ、さもありなん、先輩。
そして俺達はそんな日本のトップクラスを置き去りに、見事この富士ダンジョンの攻略最前線に躍り出ちゃってる訳です。」
「あっ、やっぱり?
いや~、色紙持ってきとけばよかったぁ。」
ちっ、ミーハー女め、マジコン本戦中にサインおねだりしても迷惑なだけだろうが。
とまあそんな事はさておき、取り敢えずMPの補充は何とかなりそうだけど、ホントにこのまま20階層へ向かうべきかどうか・・・
先程その有名人さんから得た情報をもとに予想すれば、19階層に出現する魔物の最高レベルは38。
対して猫女王様の討伐可能レベルは腕輪分を含めて39。
確かにこの階層が最高のステージとは・・・
このくらいのレベル的余裕は確保しておくべきだし、諸々の状況を踏まえればもうこの階層が自分達の最終到達階層という事で良いのではないだろうか?
普段の彼なら迷わずこう考えていた事だろう。
しかしここまで来れば、残すところこの富士ダンジョンはあと2階層。
今の賢斗にはまだ探索者を始めて間もない自分達がこの富士ダンジョンの19階層にまで辿り着けた満足感と同時に、あと一歩届かない悔しさみたいなものが芽生え始めていた。
・・・あともう1日あったら良かったのにな。
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○ラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人 その2○
桜達の帰りを待つ車内。
何処か寂しげな表情を浮かべる賢斗をかおるが頬杖をついて覗き込む。
「どうしたの?賢斗君。
君にそんな顔は似合わないぞ。」
「いやだってあともうちょっとでこの富士ダンジョンの最終階層、猫女王様の討伐可能レベルだってまだ少し余裕を残してる。
別にこの富士ダンジョンを攻略するつもり何て更々無いですけど、もうちょっと上手く出来たんじゃないかって少しは考えるでしょ。
20階層のボス辺りまでは何とか行けてたんじゃないかぁとか。」
「あら、随分リーダーっぽい事考える様になったじゃない。
と言ってもGランク探索者の私達がこの富士ダンジョンの19階層に居る事だって奇跡に近い事なのよ。
桜と円はあの調子だけど、私的にはここを最後の階層にしても十分満足してるから安心しなさい。
何ならあの二人の説得に加勢して上げても良いし。」
ふっ、まっ、そう言って貰えるとちっとは気が楽だけど。
「あとそんな頼れる我らがリーダーに私からお願いがあります。
ここはもう気持ちを切り替えて二人が帰って来たらまたダンジョンコアの部屋へ行ってみましょう。
もしかしたら新しいジョブが取れちゃうかもしれないし。」
何だ、そういう魂胆だったか。
とはいえ皆あれから幾つか新しいスキルも取得してる。
もう終了のお時間も迫って来ている事だし、これ以上下層探索に時間を割くよりそっちの方が現実的かもな。
「そっすね。
残り時間を考えればそれが一番かもしれませんね。」
「うんうん、これで心置きなくマジコン終了を迎える事が出来るわ。」
ったく、でもまあそうと決まればついでにこのマジコン出場最後の思い出としてここのラスボスの面でも拝んで・・・ん?いや待てよ。
それが出来るのであれば・・・
諦めかけていたその瞬間、残されていたピースが繋がり出す。
「たっだいまぁ~。
MPポーション買って来たよぉ~。
でも一人2本までって言われちゃったからさぁ、もう20階層へは行けないねぇ~。」
それはドリリンガーの階層隔壁突破ブーストを直ぐ使用するには到底足りない本数。
「心配すんな、桜。
20階層へはちゃ~んと俺が連れてってやっから。」
「ちょっと、賢斗君。
さっきと話が違うじゃない。」
「いえいえ、ちゃんとダンジョンコアの部屋にも行きますから、先輩も安心して下さい。」
やっぱ、猫女王様には最高のステージを御用意してやらないとな。
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○ラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人 その3○
桜達が買って来たMPポーションを早速夫々2本づつゴクゴク。
その後ドリリンガーを収納した彼等は一路往還石を使いダンジョンコアの部屋へ向かった。
「じゃあ皆はジョブの確認でもしててくれ。
俺はちょっとラスボス見物に行って来るから。」
この紅白の立派な扉の向こう側は恐らくこの富士ダンジョンの最終ボスが居るフロア。
「ちょっと賢斗君、その扉はこっちからは開けられないでしょ。」
「ええまあ普通はそうですけど。」
いや~何を隠そうこの私、幽体離脱を使えばラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人なのでしたぁ♪
怪訝そうな表情のかおるを余所に扉に寄っかかる様に腰を下ろした賢斗は幽体離脱で扉の向こう側へとすり抜けて行った。
するとそこには・・・
何この白いの。
目にしたのは巨大な白蛇の尾一つ。
見上げればぐるりと全方位に向け生えた八つの頭、その一つが彼を上から見下ろしていた。
うわっ、おっかねぇ~。
見えてないよね?俺の事。
魔物に動き出す気配はない。
いよぉ~しよぉ~し、そのままそのまま。
にしても流石は日本の聖地ともなるとラスボス感が半端無いですなぁ。
っとイケないイケない。
多少レベルが上がったとは言え、今悠長にラスボス見物してる余裕なんか・・・おっ。
更に前方30mの辺りに赤い大鳥居が見えた。
賢斗は全速力でその大鳥居まで移動すると直ぐ折り返し自分の身体へ戻って行った。
ふぇ~ど、いん。
ふぅ、どんだけ急いでもちょっと早く歩いた程度の速度しか出せないし、ホントこれ使う時は毎回ヒヤヒヤするよなぁ。
ガクンガクン
「ねぇ、どうしたの?賢斗君。
しっかりしてっ。」
「ちょっとちょっとぉ、先輩、止めて下さい。」
「あ~良かったぁ。
急に意識を失くしちゃったからどうしたのかと思ったわよ。」
ったく乱暴だなぁ、先輩はもっと素敵な目の覚まし方を知ってるでしょ?
あの耳に息を吹きかける奴とか。
「いやまあこっちも説明不足でしたしアレですけど、こうして全く問題ないのでご安心を。」
「あっ、もしかしてドリリンガーに乗り込んだ時のアレまた使ったの?
確か幽体離脱とかいう。」
ちっ、感付かれたか?
「ええまあ。タラリ」
今後多方面での大活躍が期待されるこのスキル、今まで詳しい説明を必死に避けて来たというのに。
「そっ、それより先輩。
この扉の向こう側にはでっかい蛇の魔物が居ましたよ。
もう頭と尻尾が8つもあって、あれが恐らくこの富士ダンジョンのラスボスです。」
「ふ~ん、そう。
で、そのスキルってどんな効果なの?」
「それで私思うのですが、目出度くこの扉の向こう側へと転移が可能になりましたし21階層フロアを経由して20階層まで行ってみようかと。
白山ダンジョンでは最終階層はラスボス以外出なかったですし、もしかしたらこの富士ダンジョンでもそれが通用するかもしれないでしょ。」
「まあそんな事が出来ちゃうの。
で、そのスキルの効果時間ってどのくらいなの?」
「距離的には分かりませんが私まだ勇者オーラも温存しております。
という事はつまりロケット噴射スタートと言う超速移動も使えますし、20階層の階層ボスポイントまではさして時間も掛かりません。」
「ああ、あの火の玉マン飛行ね。
で、そのスキルって今レベル幾つ?」
「きっとその階層ボスポイントの周辺には高レベルの魔物が出現し易くなってるでしょうし、色々と大幅に時間が短縮可能な実にナイスな作戦なんですよ。」
「うん、君のやりたい作戦については分かったわ。
で、そのスキルってまさか女湯を覗く事とかも出来ちゃったりするのかなぁ?ピクピク」
ドキッ
「ブフォッ!そっ、そんな事出来る訳無いじゃないですかっ!
仮令出来たとしても俺がそんな事をする様な人間に見えますか?」
「うん、とっても。
寧ろそれ以外には見えないわ。」
ダメだ、全く信用というものが無い。
「いっ、いやまあ何にせよ、私今少し急ぎますので先輩は皆と一緒にここで待ってて下さい。」
「あっ、ちょっとコラ、待ちなさい賢斗君。」
かおるが伸ばしたその右手は見事に空を切っていた。
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○ラスボスポイントへ簡単に辿り着けちゃう人 その4○
賢斗は先程の大鳥居の外まで転移していた。
いや~、勘が良過ぎるのも大概にしてくれっつの。
まだ効果時間が短過ぎるし、遅れりゃお陀仏になる大リスク。
おいそれと実行に移せる訳無いだろぉ?ったく。
まっ、それはさておき時間が無いこの状況、先ずはラスボスさんのチェックでもしておきますか。
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名前:八岐大蛇
種族:魔物
レベル:47(57%)
HP 148/148
SM 102/102
MP 128/128
STR : 78
VIT : 76
INT : 96
MND : 94
AGI : 71
DEX : 73
LUK : 82
CHA : 78
【ジョブ】
『毒蛇王LV1(24%)』
『大酒豪LV1(37%)』
【スキル】
『多重思考LV10(-%)』
『火炎ブレスLV10(-%)』
『灼熱耐性LV10(-%)』
【強属性】
火・炎・毒属性
【弱属性】
なし
【ドロップ】
『神酒 八塩折之酒(ドロップ率(30.0%)』
【レアドロップ】
『神器 天叢雲剣(ドロップ率(0.001%)』
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っておいおい、ラスボスともなるとここまでレベルが上がっちゃうの?
そしてお初にお目にかかるこのジョブは・・・
~~~~~~~~~~~~~~
『毒蛇王LV1(44%)』
ランク :SR
ジョブ効果 :毒ダメージでHPが回復する。
【関連スキル】
『スネークアイLV11(-%)』
『ツイストアタックLV11(-%)』
『丸飲みLV11(-%)』
『猛毒ブレスLV11(-%)』
『猛毒霧LV11(-%)』
『猛毒牙LV11(-%)』
『猛毒耐性LV11(-%)』
【スペシャルスキル】
『脱皮覚醒』
種類 :アクティブ
効果 :脱皮により全ステータスパラメータ2倍になる。効果時間1時間。クールタイム30日。
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うわっ、SRランクですって、奥さんっ。
まさかのスペシャルスキル持ちで、魔物のステパラが2倍になるとかどうよ?
毒蛇王半端ネェ~ナ~チクショ~。
いや~、これもうあわよくば~なんて気は完全に失せちまったな。
土台Gランクの俺達がこの日本の聖地のラスボスを討伐出来る訳がないっつの、アハハ~
という訳で現実を悟った賢斗さんは大人しく20階層の階層ボスポイントへと向かうとしましょう、うんうん。
と振り返ってみれば・・・
あらら、こっちの予想も大外れか。
大鳥居の向こう側を見渡せば、オレンジ色の溶岩がブクブクと泡立つ火山帯エリア。
心許ない岩場通路が枝分かれしたそこには所々多少広くなっている場所もあったり。
彼の視線はその岩場の上に佇む3体の魔物に注がれていた。
ゲコゲコッ、ボッチャ~ン
全身炎に覆われたジャイアントファイアーフロッグさん、レベル42ですか・・・
居るじゃ~ん、ボス以外の魔物ぉ~っ!
・・・でもまあ今回に関しちゃ問題無しか。
賢斗は方角ステッキでの確認を済ませるとその先を眺める。
いくぞっ、勇者オーラ、発動っ!
ボファ
ロケット噴射スタート、発射っ!
どっちゅ~ん、キィィィ―――ン・・・キラン
次回、第百四十話 ボルケーノアタック。




