第百二十五話 本戦当日の朝
○7月16日火曜日午前8時○
マジコン本戦当日の朝。
小鳥の囀りが響く中、コテージ前の丸テーブルで壮大な富士樹海を眺めて優雅に食後のコーヒーを楽しむ賢斗。
今日の午前はダンジョンには入らず本戦前のミーティングまた武器のメンテ等に充てる予定であり、他のメンバーも彼同様少しゆっくりした時間を過ごしていた。
「賢斗君、君のその剣どうしたの?」
「あっ、そうそう、昨日の夜雷鳴剣アタックとか言う高ランク探索者が使っていた技を試してみたらこんなになっちゃったんですよ。
先輩、済みませんがまた後でルンルンメンテをお願いします。」
「あっ、ホントだぁ~。すっごいひん曲がってるよぉ~。」
「だろぉ?なんつったって落雷に打たれちまったからなぁ、この剣。
でもそのお蔭で5mもある白ゴリラを一撃だったんだぜ。」
「え~、ホントにぃ~?」
「おうっ♪」
「ねぇ、賢斗君。
ノリノリのところ悪いけど、まさかその白ゴリラって10階層の階層ボスじゃないでしょうね?」
先程まで和やかだった彼女の表情は冷たいものに変わっていた。
「えっ、あっ、いや・・・タラリ」
「昨夜は随分お帰りが遅かった様ですしこの顔は怪しさ満点です。」
「それはそのぉ・・・アハハ、いや俺だって階層ボスに戦いを挑むつもりなんか更々なかったんですって。
でも偶然斯々然々な場面に出くわしまして、不本意ではありましたが10階層の階層ボスを倒して来たという訳です。
まあ約束を破った事は謝りますが、そんな大チャンスを見逃す訳にもいかないでしょ?」
「ふ~ん、随分出来過ぎたお話ねぇ、賢斗君。」
まあ確かにその点は同意しますけど・・・
「何か賢斗っぽいよねぇ~。」
それはどういう意味ですか?先生。
「はい、結果だけ聞くと何故か賢斗さんらしさを感じてしまいます。」
「まあねぇ、高ランク探索者の手柄を臆面もなく自分の物にして帰ってくるとか如何にも賢斗君らしいし。
・・・うん、分かった、了解よ、賢斗君。
正直に話してくれた事だし今回は大目に見てあげる。」
何だろう・・・あっさり許しは得たが、心が不満で一杯だ。
「でもまあ何にせよ、俺も昨日の戦闘でレベル16になりましたよ、先輩。
もうへなちょこなんて言わせませんからね。」
「あら、そんな事言ったかな?私。」
ちっ、すっとぼけやがって・・・
「でも私としては身体レベルが私達より低い君の方が安心なんだけどな。
放っとくと君は一人で何処までも遠くへ行っちゃう気がして・・・」
かおるは憂いと寂しさに満ちた表情で賢斗を見つめる。
えっ、何、その表情・・・ちょっ、せっ、先輩?
「どう?グッと来た?」
こねぇよっ!
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○雷のロングソードの進化○
はてさて話がお咎めなしという結果に落ち着くと、賢斗の使い物にならなくなった剣にルンルンメンテ処理を施す事になった。
「どうしたのこれぇ~?酷い状態になっちゃってるよぉ~♪」
いやさっきあんたこれ見て俺に文句言ってただろ。
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『雷のロングソード』
説明 :雷の力を帯びたロングソード。雷属性(小)。雷耐性(弱)。ATK+13。
状態 :19/140(性能劣化度-80%)
価値 :★★★
用途 :武器
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とはいえ落雷の直撃を受け、こんな状態になる程の経験を経たこの剣がどんな進化を見せてくれるのか。
ふふっ、あんな話を聞かされた後だとどうしたって期待しちまうよな。
あの先輩のお古の短剣が伝説の雷鳴剣に?
ハハ、まっ、そんな事ある訳ないか。
「それじゃあそろそろ行っちゃうぞぉ~♪」
ルンルンマッサージを施されたかおるが作業に取り掛かると賢斗は期待の眼差しでそれを見守る。
ボワァ
あれ?
かおるが剣に手をかざすと掌がぼんやりと発光する。
しかしその発光は以前よりさらに強くなっていた。
そして彼女の手の移動もいつもよりかなり遅い。
「ほらぁ、いっぱい褒めてくれないと止めちゃうぞぉ~♪」
陽気にそんな事を言うかおるの額には早くも汗が滲んでいる。
「いや~、先輩、今日はまた一段とお綺麗ですねぇ~。」
今先輩のご機嫌を損ねる訳には行かない、うんうん。
10分程経過すると掌が通過した部分の歪みは解消され、心なしか刀身の幅が広くなり厚みが増している。
そして処理後の刀身の中央部分は光沢のある銀に近い色合いとなり刃先にはギザギザで雷を思わせる刃紋が付いて行く。
おおっ、あの刃紋っ、これは期待が高まってまいりましたよぉ~♪
「ねぇ、賢斗くぅ~ん、私のどこが綺麗なのぉ~?」
ちっ、今それどころじゃないっつの。
「えっ、ああ、その白くて細い指先がとっても綺麗ですよ、先輩。」
「そっかぁ、じゃあほらぁ、触って良いよぉ~♪」
かおるは作業を中断し、嬉しそうに賢斗に向かって手を差し出した。
肝心の作業を中断してどうする。
彼女の顔を見れば頬に汗が伝いその陽気さとは裏腹に疲労の濃さが伺えた。
「先輩、ちょっと手じゃなくて顔を出して下さい。」
かおるが素直に眼を閉じ「ん」と少し甘えた感じで顔を差し出すと賢斗は優しくタオルで顔を拭いてやる。
「俺は先輩が俺の為に剣をメンテしてくれてる姿が一番好きですよ。」
「ホントにぃ~?賢斗君に一番好きだって言われちゃったぁ~♪
どうしよっかなぁ~♪」
「でも今先輩は作業を途中で止めちゃってますから嫌いになっちゃいそうです。」
「わかったぁ~、じゃあ最後まで頑張っちゃうぞぉ~♪」
ふむ、ちょっと解釈がおかしいが今はこれでよしっ。
馬鹿にはなるが結構素直だから助かる。
とそれからまた10分経過。
「ほらほら賢斗くぅ~ん。この剣随分立派になっちゃったよぉ~♪」
ほっ、何とか無事剣の方は終わったか。
この時点で20分が経過していた。
「はい、先輩、お疲れ様です。
でもまだ鞘の方が残ってますよぉ。」
何か何時になくしんどそうにも見えるけど、先輩にはもうひと頑張りして貰わんと。
「あ~、そうだったぁ~。
でももう一回肩もみしてくれなきゃやだやだぁ~♪」
「はいはい、お安いご用です。」
その後鞘の方に関しては10分程掛かったが賢斗の剣のメンテナンスは30分程で無事終了。
「ふぃ~、もうダメぇ~♪」
バタッ
かおるは作業を終えるとテーブルの上の剣と鞘に覆い被さる様に身体を伏せた。
「ちょっ、先輩?」
賢斗が顔を近づけてみると「すぅすぅ」と小さな寝息が聞こえる。
何だ・・・寝ちゃっただけかよ。
にしてもルンルンメンテでこんなに消耗した先輩は初めてだな。
通常は所持者の気分に応じた効果しか得られないルンルン気分というスキル。
しかし賢斗達はルンルンマッサージによりその高い効果を強制的に引き出している。
一見これは良い事尽くめの様にも思えるが、ルンルン気分というスキルは茜の持つ神界キュンキュン通信同様、魔素エネルギーと共に所持者の精神力を消費するタイプのスキル。
引き出された効果の大きさに応じて彼女の精神的な負担もより大きなものとなっていた。
そしてルンルンとした気分で使用するというその発動形態の特性上、これまで彼女自身その精神的な疲れの自覚は無かった訳だが、精神力が枯渇状態に陥ればこうして糸が切れた様になるのも当然であった。
「先輩、どうも有り難う御座いました。」
「えへへ~、賢斗君は私が一番って言ったもんねぇ~♪」
ハハ・・・そっすね。
「それじゃあ先輩ちょっと失礼しますよぉ。」
賢斗は寝ているかおるの身体を少し起こすと彼女の下敷きになっていた自分の剣と鞘を抜き取りしばし眺める。
ほほう、美しい・・・この刃紋の形からしてもしかしたら本当に?
いや先輩もこれだけ頑張ってくれた事だしこれはもう伝説の雷鳴剣であってくれなくちゃ困るレベルだな、うんうん。
よしっ、それでは最終ジャッジに行ってみるか。
来いっ、雷鳴剣っ!
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『たまに雷を呼べちゃったりする剣』
説明 :天候にかかわらず雷をたまに呼ぶ事が出来る。雷属性(中)。雷耐性(中)。ATK+17。
状態 :220/220
価値 :★★★★
用途 :武器
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何だろう・・・このかなり残念な感じ。
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○本戦での作戦 その1○
午前10時、一時間程経つと寝ていたかおるは目を覚まし特に問題は無いと自身の体調の良さをアピールしていた。
しかし本戦を前にこれ以上彼女に負担を掛けるのは良くない。
そんな話が彼女の寝ている間に纏まり、賢斗以外の武器のメンテはまたの機会にという事になった。
そして元気になったかおるが皆の会話に復帰すると再び昨日の賢斗の話題が持ち上がる。
「でも私の予想は見事にハズレちゃったわねぇ。」
へっ、何が?
「賢斗君の事だから私はてっきり円がレボリューションした際のお相手を10階層の階層ボス辺りにするんじゃないかって思っていたのに。」
いや、怖いくらいに的中してますけど。
「君がそれを単独撃破して来たって事は、本戦でもまだ一人で下層探索を続けるつもりなんでしょ?」
へっ、どうしてそうなる?
「賢斗が一人で倒せちゃうんだったら、円ちゃんが女王様になる必要ないもんねぇ~。」
あっ、なるほど・・・じゃないっ!
嘘っ、まさか皆さんそういうお考えに?
「お二人はまだ賢斗さんの事を良くお分かりじゃないようですねぇ。
賢斗さんがそんな円をがっかりさせる様な事を考える訳がありません。
こう見えて賢斗さんは円の為なら最後まで頑張ってくれる努力家さんなんです。」
何処に居るんだ?その努力家さんとやらは。
一番俺の事を理解出来て居ないのはこのお嬢様に違いない、うん。
でもどうすっかなぁ、この窮地、どう切り抜けたら・・・
「そうですよね?賢斗さん。ニコッ」
あっ、くそっ、可愛い、期待に胸が・・・
「えっ、あっ、いや、うん。当たり前じゃないか、円ちゃん。アッハッハ」
「むふぅ~、やはり私の目に狂いはありませんでしたぁ♪」
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○本戦での作戦 その2○
「じゃあ賢斗君は基本単独行動して貰うとして、私達の作戦も立てちゃいましょうか。」
「そうだねぇ~。」
「分かりました。」
・・・俺は蚊帳の外か。
女性陣は5階層のボス狼討伐をベースに、その他の時間を各自分散し5階層以下の魔物討伐に充てるといった作戦を立てていく。
まっ、順当な作戦だな。
「ところで賢斗君。
さっき言ってた雷鳴剣アタックとかいう技、金属製の矢を使えば私にも出来るかな?
上手く行く様なら10階層の階層ボス討伐も本戦のプランに入れたり出来ると思うんだけど。」
あっ、なるほど。
雷鳴剣アタックは剣に落雷が落ちる瞬間を見極め、その剣を敵に投げて攻撃する技。
あの技の威力は落雷頼みでマンパワーは殆ど関係ない。
先輩の場合もスキル共有しちゃえば俺同様ハイテンションタイムになれる訳だし上手く行きそうな気もする。
「まあ矢は剣より小さいですし問題があるかもですけど、試してみる価値はありそうですね。」
「あっ、やっぱり?」
「ええ、もしだったら本戦始まったら直ぐ試しに行ってみますか?」
「うん、行く行く。水島さん、後でなるべく大きい魔鉄矢を用意して貰えますか?」
「はい、店まで転移で送って頂ければ一番大きいタイプを何本でもご用意致しますよ。」
まっ、これが上手く行く様なら先輩と組んで10階層のボス討伐を本戦プランに入れるのもアリだな。
「私も雷鳴剣アタックやってみたぁ~い。」
「ええ、勿論です、桜。」
むっ・・・この二人が食いついて来てしまったか。
「いや桜と円ちゃんは金属製の武器じゃないから無理だって。」
「鉄の杖を買っちゃうも~ん。」
「私だって鉄の剣を買うくらいの事は致しますよ、賢斗さん。」
う~ん、買えば良いってもんじゃ・・・いや、これは実際にやらせてみた方が良さそうだな。
「じゃあちょっと桜、この俺の剣をあの木に向かって投げてみてくれ。」
賢斗は10m程先に生えている木を指さす。
「ほ~い、じゃあいっくよぉ~。えいっ。」
小田桜さんの記録、3m20cm。
「じゃあ次、円ちゃん。」
「お任せください、賢斗さん。
今から私の剛腕をお見せ致します。」
蓬莱円さんの記録、3m50cm。
「やりましたよ、賢斗さん。桜より私の方が飛びました。」
「賢斗ぉ~、もう一遍やらしてぇ~。」
・・・これは予想以上に低レベルな争いだったな。
「いやまあそれより今回の雷鳴剣アタック試験は二人とも不合格だから。」
「え~、今の試験だったのぉ~?」
「それは納得出来ませんよ、賢斗さん。」
「いいかぁ?二人とも。
3mくらいしか剣を投げられない奴が雷鳴剣アタックを使ったら、それはもう目の前に自分で雷を落としてる様なもんだぞ。
俺は二人の事を心配して言ってやってんの。」
「まあ♪賢斗さんたら何時も円の事を心配して下さっているのですね。
そういう事なら致し方ありません。」
おんぶが絡まないとちゃんという事聞いてくれるんだな。
「そっかなぁ~、ぶぅ~ぶぅ~。」
お前も納得しろよっ。
とはいえあの白ゴリラの持ってた剛腕の腕輪が手に入っていれば、この二人にも雷鳴剣アタックが使えていただろうに。
ドロップ率が75%もあったのに見事薄い方を引いてしまうとか・・・まっ、恥ずかしいから黙っとこう、うん。
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○本戦での作戦 その3○
「ところで皆、9階層以降の天候は悪化するみたいだから皆も俺みたいに悪天候用の装備を買っとかないと不味いぞ。
本戦中低階層を活動の場にするとしても、レボリューションステージは11階層以降になる予定なんだし。
先輩の場合は後で雷鳴剣アタックを試しに10階層の落雷エリアに行くんですから俺と同じ絶縁仕様タイプにしておいて下さい。
あっ、そうだ、水島さん、急に言って皆の悪天候用装備も午前中に何とか出来たりしますかね?」
結構高い装備だし、急にこんな話されても困るよな。
「ええまあ、物にもよりますが・・・いえきっと大丈夫ですね。
多田さんと同じタイプの色違いが本社の倉庫にまだ人数分在庫があった筈ですし。」
俺と同じタイプっつー事は・・・
「賢斗君のあれって全部で1000万円もしたんでしょう。」
そうそう、やっぱ値段がなぁ~。
「え~、そんなに高かったのぉ~?あれぇ~。」
こちらも相当ショックなご様子。
「それ程の高級感は感じませんでしたが。」
まあ性能重視で豪華さにも欠けるし。
「アハハ、やっ、やっぱり私、雷鳴剣アタックは止めとこっかな。
それ買ったらこっちに来てからの稼ぎが全部パァになっちゃいそうだし。」
出費が嫌で諦めるとか・・・まっ、その気持ちは分からんでもない。
「ホントに諦めちゃうんですか?先輩。
悪天候装備は何れにしたって必要ですけど。」
「まあそうかもだけど・・・あっ、そうだ。
ハイテンションタイムになってから10階層に行けば問題ないかも。
そうすれば落雷エリアでも雷を避ける事が可能でしょ?」
その発想は無かったな・・・まあ長時間探索を進めていた俺には使えん方法だけど。
「そしたら絶縁仕様なんて大層な悪天候装備は必要なくなるし。」
・・・まあ確かに。
「装備の上から被っとく感じの奴で十分だよぉ~。」
「うんうん、それならきっと安く済む筈よ。」
「はい、中々良いアイデアです。」
まあ確かに落雷エリアに長時間滞在しないならば伊集院タイプの奴でも十分イケそうだけど、そっちの在庫もあるのかな?
とはいえ今後の選択肢を狭めてしまう可能性を加味すると俺としては皆にも一応絶縁仕様のタイプを買っておいて欲しいのだが。
何だかんだと二の足を踏む少女達。
「ねぇ、光ちゃん、もっと値段の安い雨がっぱみたいなのはあるかなぁ~?」
「ええ、絶縁仕様じゃないタイプで宜しければ通常装備の上から被るタイプの物を直ぐご用意して見せますよ。」
「ホントぉ~。」
「ええ、本当ですよ、小田さん。
やっぱり多田さんが御購入されたタイプは限定モデルですし、それを色違いで態々着てたらまるで恋人同士がペアルック着てるみたいになっちゃいますもんねぇ。」
あらら、都合よく在庫はあるみたいだな。
「あっ、水島さん、やっぱり私雷怖いし絶縁仕様の方にしておきます。
ちなみに緑色ってありますか?」
「ええ、勿論御座いますよぉ♪」
「あっ、光ちゃん、私もやっぱり絶縁仕様の赤にするぅ~。」
「はぁ~い、畏まりましたぁ♪」
「私は初めから絶縁仕様タイプを購入するつもりでおりましたよ。
水島さん、私は白でお願いします。」
「お任せください♪」
ん、どうした?急にお前等。
「皆さん。ご注文有難う御座います。
本戦前には必ず間に合わせますので少々お待ち下さいね♪ニヤリ」
こうして僅か10分程のセールス活動で3000万円もの売り上げを上げて見せる水島であった。
一体何処で風向きが変わったんだろう。
まっ、良く分からんが流石プロだな、うん。
次回、第百二十六話 巨大ワームの住処。




