第百二十四話 雷鳴剣アタック
○富士ダンジョン5階層○
午後6時、予定に組み入れている狼退治にやって来たナイスキャッチ一同。
「今回の足止め役はちょっと私一人に任せて貰おうかなぁ。」
その魔物を前にしてドリアードの長弓を手にするかおるが自信あり気な表情で言う。
するとその言葉に状況を察した他の面々も頷いて見せた。
「じゃあドリちゃん。
今回のお相手はあの5匹の狼さんだからさっきの奴もう一回お願いね。」
彼女が弦を引き絞るとドリアードの弓に緑色に光る5本の魔力矢がセットされた。
ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン
そして弦を離す動作をすると矢は真っ直ぐ正確に飛んで行く。
しかし素早さに長けた狼達は容易にスライド回避し矢は全て地面に突き刺さってしまった。
まっ、普通はこうなるでしょ。
にしても先輩は何がしたかったんだ?
見守っていた一同に疑問が過った瞬間。
丁度矢が突き刺さっていた地面から蔦の様な植物がシュルシュルと急速に伸びる。
えっ、何あれ?
そして狼達の足に巻き付くと見る見るうちにもがく狼達を拘束していった。
おお、こりゃ凄い。
自分が撃ち出した矢ならここまで自在に操作出来るのか。
「さっ、皆、そんなに長くは持たないから、今の内に攻撃してやっつけちゃいましょ。」
10分程経つと4人と子猫の総攻撃により5体のシルバーワイルドウルフ達の討伐が完了していた。
「かなり有効でしたね。
放っておくと5分くらいが限界っぽかったですけど、それだけあればかなりの致命傷を与えておけますし。」
「MPを使わなくても倒せるしねぇ~。」
「ええ、これなら桜の回復を待たずとも1時間後にまた来れます。」
「あっ、そういえば円ちゃん。
さっきはどうしてあの狼の力をコピーストックしなかったの?
あの拘束状態なら簡単に触れたと思うんだけど。」
「まだそんな事を仰るのですか?賢斗さん。
あの狼さん達はとても素早い方達なのですよ?」
・・・相変わらず隙がねぇな。
「じゃあ今日はこのくらいにしておきましょ。
もうこんな時間だしお腹も空いちゃったしね。」
にしてもこれだけここの狼退治に安定感が出たとなると本戦でもプランに入れておくのはアリだな。
回数を熟せば結構良い線行きそうな気もするし。
まっ、そうなると当然10位圏内とかいうボスの無茶振りは断念せざるを得ないが、幾ら報酬が魅力的でも無理なものは無理。
あんなの真面に狙ってらんないっつの。
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○夕食○
コテージに帰還すると夕食の準備が既に出来て居た。
「いっただっきまぁ~す。」
おっ、今日は冷やし中華と点心セットか。
まっ、毎日バーベキュー食わされてもアレだし、モグモグ
「多田さん、それでどうでしたか?
新装備の使い心地は?」
「えっ、あっ、はい。問題なく9階層の探索を熟せましたし、良い感じでしたよ。」
「そうでしょうそうでしょう、あと言い忘れてましたがあのコートはかなり保温性にも優れてますから、雪ステージとなる10階層でもお役に立ってくれますよ。」
へぇ~、まっ、あれだけの大金叩いて買った訳だし、ちゃんと役に立たって貰わにゃ逆に困るけどな。
「あっ、そういえば賢斗さん、私も言い忘れましたが先程の戦闘でまた一つ私のレベルが上がりましたよ。」
えっ、嘘っ、円ちゃんの身体レベルが?
となるとこれでまた猫女王様の舞台のレベルが上がってしまう事に・・・
あ~やっぱりこれはもう10階層のボス辺りでお茶を濁して貰う方向で行くしかないな。
「あっ、私もだよ、賢斗ぉ~。」
何っ!桜も?
でもまあ理由は明白か。
今までの経験上EXPシェアリングにもその効果範囲が当然存在し、明確な効果範囲とまでは行かないがダンジョンの階層が違えばその適用が無いくらいの事は分かっている。
そして俺と先輩という寄生者が居ない中、この二人はこの富士ダンジョンに来てからかなりの数の魔物を討伐。
対して俺に入る経験値は皆との狼退治くらいのものだったからな。
「あっ、そっ、そうなんだ。ふ、ふ~ん、良かったじゃないか。」
にしてもあの虚弱体質だった円ちゃんに身体レベルで先を行かれるとか・・・軽くショックだな、これ。
人気でも先を行かれてるっつーのに。
「賢斗も上がったぁ~?」
「いっ、いや俺はまだ上がってないよ。」
「そっかぁ~。じゃあこれからは私が賢斗の面倒を見てあげるぅ~。」
やけに嬉しそうですね?先生。
「はい、私もこれからは賢斗さんを守って差し上げます。」
くっ、お嬢様まで・・・まあ今は優越感に浸るが良いさ。
どうせこの大会が終われば挽回可能な誤差の範疇。
先輩だってまだレベル15のままなんだし、ここは大目に見ておきましょう。
「何人の顔見てほっとした顔してるのよ。
私だってさっき一つレベルが上がったわよ、賢斗君。」
なっ、嘘っ、先輩まで・・・という事は今このパーティーで一番レベルが低いのは俺?
ハハ、何だろう・・・この肩身の狭さ。
う~ん、これはもう遅れている10階層の探索を今夜中に終わらせるべきか?
このまま本戦に突入すればこの三人との経験値差が更に開くだろうし。
でもなぁ、流石に四六時中ダンジョンの空を飛んでた俺としてはそろそろゆっくりさせて貰わんと。
それに明日はいよいよ本戦、今は英気を養う事の方が大事ですし。
って事で多少皆のレベルが上になろうと寛大な心を持つ俺としては許容範囲・・・
「でも安心して。
私も賢斗君が幾らへなちょこだろうと見捨てたり何かしないから。」
・・・いやそのへなちょこ認定は我慢ならん。
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○協会支部○
夕食を終えた午後8時過ぎ、賢斗は一人協会支部に立ち寄る。
「すいませ~ん、侵入申請お願いしまぁ~す。」
「あら、いらっしゃい。多田さん。
また一人でダンジョンに入るの?
お仲間さん達もちゃんと居るのに、ちょっと頑張り過ぎなんじゃない?」
はい、全くその通りで御座います。
折角美少女三人と一つ屋根の下で過ごしているというのに、ご褒美タイムの一つもありゃしない。
にしてもこの人、えっと、畑山さんに名前まで覚えられてちゃったよ。
まっ、年が近そうだから毎回この人の受付を選択しちゃってる訳だが。
「そっ、そっすかねぇ。
でもまあ富士ダンジョンに入れるのも今だけですし、なるべく頑張っとかないと。」
「まあここに年下が来るなんて珍しいし私も嬉しいけど、火の玉マンさんも無理せず頑張ってね。ニコッ」
何だろう・・・火の玉マンが順調に広がって行くのを感じる。
「あっ、ども。」
「はい、帰還予定は明日の午前3時。確かに受け付けました。お気をつけて。」
とそこへ。
バタンッ
「おいっ、大至急腕の良い回復魔法士を呼んでくれっ。
仲間が落雷に打たれちまって。」
負傷者を背負った探索者が凄い勢いで入って来た。
「まあ、それは大変っ。兎に角先ずは医務室の方へ。
そこの通路の突き当りになりますので。」
その探索者が医務室へと走っていくとその後に同じパーティーメンバーと思しき2人が続いて行った。
落雷の犠牲者か。
そういや水島さんも言ってたっけ。
まっ、その所為で俺もこんな高価なロングコートを買わされた訳だが。
にしても見るからに俺より高ランクと思しきあの人達がどうして落雷被害に遭うのだろうか?
「ねぇ、畑山さん。落雷の被害ってやっぱり多いんですか?」
賢斗は先程の受付嬢に質問してみる。
「ええ、ここ富士ダンジョンには落雷が激しいエリアが幾つもありますし。」
「でもここってAランクの方しか基本入る事が出来ないですし、そんな人達が落雷対策をまるでしていないとはちょっと考えられないんですけど。」
身に着けてる防具はかなり高級そうに見えたんだけどなぁ、あの人達。
「ええまあその辺は皆さんしっかり3000万円以上もする絶縁仕様の防具等を装備していらっしゃいます。
ですが落雷が直撃すればそんな装備があっても無傷とは行きませんし過信は禁物ですよ。」
へっ、そうなの?
「多田さんだって許容量以上の電流がコードに流れたら焼き切れてしまうのはご存知でしょう。
落雷の放電を完全に防げる防具なんて言ったらそれはもう伝説級の防具になっちゃいますよ。
とはいえその絶縁仕様の防具すら無かった場合、間違いなく死んじゃいますけどね。」
なるほど、絶縁の絶という字のイメージで、絶対的に感電ダメージを防げるものだと勘違いして居た様だ。
にしても流石高ランク探索者ともなると3000万以上の装備か。
俄かに俺の絶縁仕様3点セットそのお値段何と驚きの1000万円にも不安が過るな。
3000万円の装備で無傷では済まないとなると俺の場合は一体どうなるんだ?
まっ、まあ水島さんは性能重視で選んだとか言ってたし、そこを不安視するのも彼女に悪いが。
「それに自分から何度も落雷の直撃を受けたりする方も居るので大変ですよ。」
「へっ、自分から?」
Aランク探索者にもそんな馬鹿が居るのか。
「ええ、未だに雷鳴剣伝説を信じちゃって、敢えて金属製の武器を天高く掲げたりしてホ~ント困ったものです。」
「雷鳴剣伝説?」
「ああ、多田さんはまだお若いのでご存知ないかもしれませんが、雷鳴剣というのは30年程前までSランク探索者として活躍していた海上司の愛剣の事です。
何でもこの富士ダンジョンの落雷エリアで使い込まれた彼の剣は何時しか雷を呼ぶ豪剣、雷鳴剣になったと今では伝説みたいに語り継がれているんですよ。」
ふ~ん、そりゃまた随分男心を擽るお話ですなぁ。
雷の直撃を自ら喰らう馬鹿の気持ちがちょっと分かった気がする。
ともあれ自分から雷の直撃を受けるとか、正気の沙汰とは思えん、うんうん。
「あっ、そういえば多田さんは空も飛べるんでしたよね?」
「ええ、まあ。」
「間違っても落雷エリアの上空は飛行しない方が良いですよ。
金属製の武器を使用するのも危険ですが、それ以上に雷が落ち易いのは高いところにある導体ですから。」
あ~、そういや昔遠足で山に行った時、そんな話を聞いた事あったな。
雨が降ったら高い木の近くに行くなぁとか。
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○富士ダンジョン10階層○
小雪舞う10階層スタート地点の上空でフロアを一望する賢斗。
そこには見渡す限りの銀世界が広がる。
木々や植物の姿は無くなり山岳地帯の中腹を思わせる見事に雪化粧した地形。
スタート地点周辺には雪原が広がり、一見その攻略難易度が下がったかに思える。
しかし少し先まで見渡す賢斗の目には簡単に雪崩が起きそうな急斜面の移動を強いられそうなポイントが幾つも見えていた。
にしても遠くの方は全く見えないな。
つまり先に進めば雪がここ以上に激しくなっているという事。
でもまあそうなったらなったで脳内マップさんを頼りに飛んで行けば良いだけの話か。
ピカッ・・・・・・
あっ、今遠くで光ったな。
となるとさっき話にあった落雷が激しくなるエリアがこの10階層にもあったりして。
まっ、今は行くだけ行ってみるしか無いけど。
しかしそれはそれとして普通に寒いな。
このロングコートは保温性に優れているんじゃなかったのか?
このフロアの気温は氷点下10度。
水島が言っていた保温性が機能しているからこそ、賢斗の感想がこの程度で済んでいたりする。
よしっ、ここはもう携帯カイロさんにご登場願おう・・・シャカシャカシャカ
○探索開始○
状況確認を終えステッキの指示した方角へと高速飛行に入った賢斗。
その上空での探索は先ずは順調な滑り出し。
氷の塊より雪の方が随分マシだな。
当たっても痛くないし。
しかしその高速移動は急速な天候の悪化を齎していく。
う~ん、かなり雪が激しくなって来たな、もうこれ10m先も見えない。
まっ、脳内マップさんのお蔭で特に問題ないけども。
○探索中盤○
大雪が降る中、2時間程が経過しようとしていた。
ピカッ、ゴロゴロゴロォ
うわっ、近っ!
雷光と雷鳴の間隔が無くなり、光のエフェクトと音量が落雷エリアが近づいた事を予感させる。
賢斗は飛行を一時中断し上空待機状態に入った。
ピカッ、ゴロゴロゴロォ
うわっ、またっ!
う~む、これは想像以上の激しさだな。
前方の空は5秒おき程度に稲光が発生していた。
そこで賢斗は畑山の忠告を思い出し、ここから先の飛行高度を地上スレスレに切り替えるのだった。
○探索終盤○
3時間が経過し何とか10階層の最終ポイントに到達した賢斗は、そこの階層ボスと戦う探索者達の光景を体育座りで見学中。
いやぁ~、まさかこんな偶然に出くわす事が出来るとは。
視線の先には5mを超える体躯を誇るジャイアントスノーコングなるレベル27の魔物と3人組のパーティーが激戦を繰り広げている。
この人達がここの階層ボスを倒してくれれば、難なく11階層への切符が手に入っちゃうなぁ。
「くそぉ、ジャイアントスノーコングってこんなに強かったか?」
「確かに、以前は木製のこの武器だったとしても、少しずつなら削れていた気がする。」
「そうだな。もう前回の討伐時間の4時間をかなりオーバーしてる。
って事はつまり、もしかしたらこいつが噂のジョブ持ち固体って奴なのかもしれない。」
えっ、嘘っ、どれどれ。
~~~~~~~~~~~~~~
名前:ジャイアントスノーコング
種族:魔物
レベル:27(31%)
HP 78/78
SM 62/62
MP 34/34
STR : 46
VIT : 49
INT : 30
MND : 33
AGI : 41
DEX : 42
LUK : 30
CHA : 31
【ジョブ】
『雪原人LV1(0%)』
【強属性】
水・氷属性
【弱属性】
なし
【ドロップ】
『剛腕の腕輪(中)(ドロップ率(75.0%)』
【レアドロップ】
『剛腕の腕輪(特大)(ドロップ率(10.0%)』
~~~~~~~~~~~~~~
あっ、ホントだ、確かに雪原人とかいうジョブをお持ちだな。
っておいおい、まるでHPが削られていないじゃん。
4時間以上戦ってこれって・・・こいつ等ホントに高ランク探索者か?
「確かに以前は雪玉を投げて来たり、ジャンプして雪崩なんかも起こしていた。
しかし、今回は雪を食って体力回復までしてやがる。」
あ~、そゆこと。
そんな回復手段を持ってるのかぁ。
周りには幾らでも雪があるこの状況じゃ、絶望的だなこりゃ。
「ったくこんな事なら、鑑定持ちで回復役のあづさをまだ帰すんじゃなかったな。」
「それは仕方ねぇだろ。
あいつだっていい歳だし、ようやく彼氏が出来たんだ。
それを邪魔したら今度こそ本当にパーティー抜けるとか言い出すぞ。」
「それよりこうなったらもう一か八か雷鳴剣アタックで倒すしかないぞ。」
えっ、何その雷鳴剣アタックって?
「そうだな。これ以上の長期戦は流石に無理だ。」
「おう、腹も減ったしな。」
3人の探索者達はそれぞれ使っていた木製の武器を収納。
その代りとなる金属製の剣を取り出すと天に掲げた。
何するつもりだ?
そんな事したら雷が落ちて来ちゃうでしょ。
ピカッ、ゴロゴロゴロォ
うわっ!
その瞬間一人の探索者が手にした剣をジャイアントスノーコングに向けて投げた。
バチバチバチィィィィ
激しい電撃が魔物の身体を襲う。
おおっ、凄ぇ、あの巨大ゴリラのHPが一気に半分以上削れた。
ドサッ、ドサッ
えっ?
一方剣を投げなかった2人の探索者はその場に崩れ落ちた。
「ほら、お前等、早くこれ飲め。」
直ぐに投剣に成功した探索者が仲間に回復ポーションを飲ませていた。
「にしてもくそっ、剣一本だけじゃ流石に無理か。
ほら、お前等しっかりしろっ。
また出直すぞ。」
投げた剣を回収した探索者は仲間を両肩に抱えるとその姿を消した。
なるほど、落雷の落ちてくるタイミグを予測して投剣する・・・それが雷鳴剣アタックという訳か。
にしても随分命懸けな技だなぁ。
まあそれだけの威力はあったけど。
とはいえ俺だったらもっと正確に落雷のタイミングが掴めるだろうし・・・
ドキドキジェット、発動っ。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
賢斗は雷のロングソードを天に掲げて目を瞑る。
今っ!
シュパッ
投げられた剣は真っ直ぐジャイアントスノーコングへと飛んで行く。
ピカッ、ゴロゴロゴロォ
そして剣が魔物に到達する瞬間雷鳴が轟き、直撃した落雷の衝撃で剣は魔物の巨体に深々と突き刺さった。
バチバチバチィィィィ
うぉ~、我ながら完璧。
まっ、ハイテンションタイムになればこれくらいの芸当、簡単だと思ったけど。
『ピロリン。スキル『投擲』を獲得しました。』
『ピロリン。スキル『雷剣』がレベル4になりました。』
『パンパカパーン。多田賢斗はレベル16になりました。』
う~ん、何か知らんがついてたな。
まさかレベルアップまで出来るとは。
でもまあ、ふふっ、これでもうへなちょことは言わせませんよ、先輩。
次回、第百二十五話 本戦当日の朝。




