第百二十二話 ドリアードの長弓
○7月15日月曜日正午 コテージ 賢斗の探索状況の話題○
コテージに戻ると建物前にある丸テーブルで昼食を取り始める一同。
するとそこへ水島がやって来て労いの言葉を掛ける。
「探索お疲れ様です、皆さん。
あっ、そうだ多田さん、下層への探索状況はどうなってますか?
先生にその辺もしっかり報告しろって言われちゃったので。」
「ああ至って順調ですよ。昼前に8階層の出口まで行く事が出来ましたし。」
「えっ、そうですか。やっぱり先生の予想は当たっちゃうんですねぇ。」
うちのボスの予想とは?
「今朝はまだ6階層のスタート地点だったんですよね?」
「ええ、まあ。」
「普通Aランクの方達でもこの富士ダンジョン1階層の攻略期間は2か月くらい。
下層に行く程その期間は長くなるって言われてるんですよぉ。」
まあ順当に考えれば下層に行くほど難易度が上がるのは当然だわな。
「それが多田さんの場合は逆にワンフロア当たりの探索時間が短くなってるじゃないですかっ!」
そう言われてみれば・・・
実際フロアの地形は山岳地帯へと変化、その起伏の激しさから通常迂回を余儀なくされるポイントが多数存在。
またそれに伴い道幅がやたらと狭くなった崖上の1本道や落石、落盤と言った罠として感知出来ないフィールドリスクも増加。
更には8階層ともなると出現する魔物はレベル20を超え始め、ツルツル大マムシなる蛇型の魔物にあの伊集院ですら手を焼く場面もあった程。
フロアの攻略難易度という点で言えば間違いなくそれは上昇していた。
しかし午前の時点で賢斗の風圧耐性スキルはレベル6となりその飛行速度は時速220kmを超えていた。
最早飛行型の魔物ですら追いつけない速度で飛行する賢斗は、7階層では流れる川が渓谷を形成し色づき始めた葉に初秋の訪れを感じ、また8階層入ると黄葉はその鮮やかさを更に増し深まる秋の景観に心を奪われる余裕すら持っていたのである。
そして彼の富士ダンジョンに於ける探索速度は今尚飛躍的な上昇を続けている。
「でも俺の場合は飛行スキルや転移が使えるんだから、今更水島さんが驚く程の事でも無いでしょ。」
「それはまあ多田さんの探索スピードが尋常じゃない事は知ってるつもりでしたけど、下層へ行く程それが速くなる説明にはなりませんよぉ。
まあ先生は多田さんの成長力をある種の化け物みたいに仰ってましたけど。」
えっ、この人間丸出しの賢斗さんを捕まえて陰でこっそりボスが俺を化け物呼ばわり?
これはもう少し掘り下げて事情を訊ねてみねば・・・
「それで多田さん、そうすると最終的に本戦で活動する階層はどのあたりになりそうですか?」
ちっ、話題の進行が速いな・・・まあ良いか。
ここはこれまでのボスの功績により好意的な発言だったと解釈しておこうか。
まっ、それはそれとして本戦での活動階層かぁ。
このペースなら10階層までは今日中に辿り着けるだろう。
しかし本戦で3日間戦う階層となれば当然話は別である。
勿論マキシマム等の最大火力を活かして一時的により強い魔物が出現する階層に赴くのはアリだが、それにしたって10階層の魔物相手では現状それが通用するか疑問しかない。
総合的に考えて今答えられる妥当な階層となると・・・
「う~ん、5階層辺りですかね。
少し無理して6、7階層辺りまで足を伸ばす可能性はありますけど。」
まっ、この辺が俺達の普段の実力としては妥当でしょ。
「あらっ、そうですかぁ♪
これは私の予想の方が当たっちゃいましたねぇ。
先生なんて「間違いなく10階層以降にはなる筈よ」なんて自信満々に仰ってナイスキャッチの複勝券まで知り合いに買わせてたんですよぉ。」
あのくじは関係者は買えない筈だからなぁ。
「そんな所で本戦を戦うなんて命知らずにも程がありますよね。」
うん。
「じゃあそろそろ食後の飲み物でも持ってきましょうか。」
そんな言葉を残し水島がコテージに入っていくと・・・
「ねぇ、ねぇ、賢斗君。化け物扱いされたご感想は?」
まっ、少し話が落ち着くのを待った所だけは褒めてやろう。
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○猫女王様の降臨時期についての話題○
探索の進捗報告が終わったところで今度は円が賢斗に問いかける。
「ところで賢斗さん。
私がエボリューションするのは何時にしますか?」
「あっ、そっかぁ~。明日になったら直ぐやっちゃお~。」
「そうね。本戦が始まる前にレベルアップしておいた方が何かと都合が良さそうだし。」
「あっ、いや、そんな簡単に・・・う~ん・・・アハハ。」
俺が必要以上の下層まで探索を進めているのは正にこの目的の為。
しかし今現在この最大目標の達成は多くの問題を抱えている。
こっちに来て円ちゃんも一つレベルアップしてるし、現時点に於いて目標となる最高のステージを用意するにはレベル30の魔物が出現する階層まで足を運ぶ必要がある。
そしてその階層をこれまでの探索状況から推測すると恐らく15階層辺り。
しかしそうなると当然10階層の階層ボスを討伐する必要も出て来るし、先程も言ったがその点については現状疑問しかない。
加えて伊集院との共闘は今日で終わるし、それはつまりあいつの持つ方角ステッキが明日からは利用出来なくなる事を意味する。
う~ん、やっぱどう考えても無理だな。
不本意ではあるが俺もやるだけやったし、猫女王様の御降臨は10階層のボス辺りという事でお茶を濁す他あるまい、うん。
「まっ、現状を考えるともうちょっとこう・・・」
「もう明日からは満月日に入っちゃいますよぉ。
円は賢斗さんなら絶対最高の舞台をご用意して下さると信じていますからね。」
う~ん、何だろう・・・期待に胸が押し潰されそうだ。
「うん、賢斗はやる時はやるもんねぇ~。」
そう、そしてそれは寧ろやらない時の方が多いという事ですよ、先生。
「うんうん、賢斗君の良いところは美少女からの期待だけは絶対に裏切らない事だもん。ねっ♪ニタァ」
ねっ♪じゃねぇよっ!
にしてもこの様子じゃ真面に目標を下げるとか言ったら大ブーイングだな。
う~ん、となればここはひとつ外角外目のカーブで様子を見るか。
「しかしそうなると本戦中も俺は単独で探索を進める事になるかもだぞ?
大会の成績も少しは気にせにゃならんし、それもちょっと不味いだろ。」
「ええ、でもご安心下さい。
賢斗さんの居ない穴はこの円が立派に埋めて見せますから。」
「うん。私も頑張るから賢斗も頑張るんだよぉ~。」
う~ん、こいつ等には目標を下げるという選択肢は存在しないのか?
「追い詰められちゃったねっ♪次はど真ん中いっとく?」
くっそぉ~、分かってんなら助け舟の一つも出せっつのっ。
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○トレジャーハント班のお話○
昼食後、飲み物を用意して来た水島がそれを配りながら話を切り出す。
「ところで今度はトレジャーハント班のお話もお聞きしたいところなんですけど。」
「あっ、光ちゃん。えっとねぇ~何とか猿殺し取れたよぉ~。」
「金色シルクもほら、この通り。」
あっ、その2つはアイテムオークションに出品レベルのレアアイテムだった筈。
なるほど・・・この富士ダンジョンでうちのゴールデンコンビがちょっと頑張るとこうなっちまうのか。
こいつ等とパーティー組んでホント良かった、うんうん。
「流石ですねぇ、お2人とも。これは期待通りの活躍ですよぉ。
紺野さんの方は如何でした?」
「はい、私も古代樹の枝を沢山取って来る事が出来ました。
これも水島さんの情報のお蔭です。」
「いえいえ、お役に立てて何よりです。」
「で、その棒っきれはどうするんですか?先輩。
あのBランクの西条沙織って人から2000万円で売ってくれとか言われてましたけど。」
「そうねぇ、でも国宝級のアイテムとか言っといて2000万円とかちょっとケチ臭いと思わなぁ~い?
それに売るとしてもこの枝の事をちゃんと調べてからじゃないと判断出来ないわよ。
という事で、賢斗君ちょっと解析で調べてみてくれる?」
へいへい。
うわっ、何これ凄い。
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『宝樹 ドリアードの枝』
説明 :樹の精霊ドリアードが宿る枝。
状態 :999/999
価値 :★★★★★★
用途 :宝具。
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賢斗はその解析結果を皆に説明した。
「そう、勝手に動くからおかしいなぁとか思ってたら、この若枝には精霊が宿ってたのね。
って事はつまりこの枝があればその精霊さんの力が使えるって事?」
「まあ多分ですけどそうなんじゃないですか。
解析の説明じゃ具体的な内容まで載ってないですけどこんな高価値なアイテムが只の枝な訳がないですよ。」
「そうよねぇ。あの女の人も植物を自在に操れる力があるって話してたし。
水島さん、もしこれを買い取りに出したら幾らくらいになりますか?」
「仮にその話が本当ならちょっとお値段は付けられませんよ。
農業なんかに利用出来れば、その価値は計り知れませんから。」
確かに莫大な富を生みそうだな。
「ホントですか?ならやっぱり売るのもアリかなぁ。
こんな枝流石の私も四六時中持ってるのは嫌だし。」
そういやこの枝、先輩が手放そうとすると暴れてたな。
こんなの持って先輩が学校の中を歩いてたら・・・ふふっ、ちょっとウケる。
「賢斗君、今変な事考えなかった?」
「ブフォッ、なっ、そんな訳ないじゃないですか。
それよりあの鉢植えでちょっとその枝の力を試してみて下さいよ。」
「あっ、そうねぇ。」
かおるは窓際まで歩いて行くと鉢植えにされまだ多くの蕾を持ったサルビアに若枝向けた。
「さあお花を咲かせて頂戴、ドリちゃん。」
パカッ
おっ、咲いたっ、一つだけ・・・う~ん、かなり微妙だな、おい。
「なんかショッパイ感じだねぇ~。」
「はい、これで麗しのグリーンマスター等と呼ばれては片腹痛い感じです。」
「う~ん、この程度の効果だと2000万円という買取の申し出は破格かもしれませんよ。」
おいおい、誰か慰め要員が居ないとバランスが取れんだろっ。
「げんどぐぅ~ん。グスングスン」
ほら、言わんこっちゃない。
にしてもさっきは助け舟の一つも寄越さなかった癖に、まっ、仕方ないか。
「おい、お前もうちょっとやる気出せよ。
うちの可愛い姫君が泣いちまっただろぉ?
このままじゃ本当に売られちまうぞ。」
ガサガサ、メキメキメキィィィ
えっ、嘘っ・・・
若木は美しい模様の彫られた長弓へとその姿を変えた。
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『魔弓 ドリアードの長弓』
説明 :樹の精霊ドリアードが宿った長弓。魔力矢を放ち、ドリアードの成長と気分次第でその攻撃力が変化する。
状態 :999/999
価値 :★★★★★★
用途 :インテリジェンスウェポン。
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マジか。
「すっご~い。」
「先輩ほらっ、泣いてる場合じゃないですよっ。
枝がえらい事になってます。」
「あっ、ホントだぁ。」
「魔力矢を放てるなんて説明もありますし、これからは矢の消費を気にする必要ないかもですよ。」
「そうなの?やったぁ♪」
まっ、その攻撃力には一癖ありそうだけど。
「あっ、そういえばさっき「俺の可愛いかおるを泣かすんじゃねぇ」とか聞こえたんだけど、アレもう一回お願い。」
そうは言ってねぇだろっ!
その後かおるがお願いするとこの若枝は更にその姿を小さな木製の丸いブローチに変える。
そして持ち運びの問題が解消されたそのブローチの中央には頭の上に大きな花を乗せた可愛い女の子の姿が描かれていた。
次回、第百二十三話 悪天候フロア。




