第百十九話 ツーショット写真と火の玉マン
○上昇する飛行スピード○
7月14日日曜日午前11時45分、富士ダンジョン3階層上空。
キィィ――ン
3階層への通路に向け、通常の高速飛行を続ける賢斗。
その飛行スピードは風圧耐性のレベルアップに伴い改善され、現段階では時速120kmといったところ。
ふむ、この飛行スピードならば、あの鳥さん達を突き放せないまでも追いつかれることはなさそうだな。
と言ってもこのスピードじゃ全然足りない。
このペースだと1階層辺りの攻略時間が4時間くらい取られてしまう。
それじゃあ日当たり3階層がやっとだし、階層ボス討伐イベントだってある。
下見期間の内に10階層といった暫定の目標すら絶望的なんだよなぁ。
まあロケット噴射スタートを使えば、1階層分上乗せ出来るかもだけど。
『ピロリン。スキル『風圧耐性』がレベル3になりました。』
おっ、よし、こっちは順調順調。
ドキドキエンジンだけでレベルアップ出来るのは有り難い。
やはりこの飛行状態は風圧耐性スキルのレべリングには理想的なんだろうな。
とはいえ今はこの風圧耐性のレべリングを地道にこなしつつ、通常の高速飛行の限界点を上げて行く他手は無い。
って事で、もうちょっとペースを上げてみますか。
キュィィ――ン
(お~い、賢斗ぉ~。
そろそろお昼だから私達これから帰還するよぉ~。)
おっ、もうそんな時間か。
(わかった。俺も一旦戻るわ。)
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○ツーショット写真と火の玉マン その1○
ダンジョン出口まで転移した賢斗は他のメンバーと合流。
入口前広場を歩き始める。
「あっ、皆さんお疲れ様でしたぁ。」
「あれ、水島さん。どうしたんですか?こんなところで。」
「皆さんを待っていたに決まってるじゃないですかぁ。
何かちょっと大変な事になってますし。」
へっ、大変な事?
「おい、火の玉マンが出てきやがったぞぉ。」
ウォォ―――
一際上がる歓声。
ん、火の玉マン?これは一体何の騒ぎだ?
「賢斗君、ちょっとあれ見て。」
かおるは巨大スクリーンに映る賢斗の姿を指さす。
あっ・・・アレ撮られちまってたのか。
う~ん、まあ見られて困るようなもんでもないが・・・この騒ぎってもしかして?
「あのぉ、一緒にお写真お願いしても良いですか?」
へっ、俺と?
コクンコクン
嘘っ、こんな若い御嬢さんからなんて・・・ニヤリ
いやぁ~ゴーグル買ってよかった。
「あっ、それじゃあ水島さん、ちょっとカメラお願いできますか?」
「ちょっと待って、賢斗君。
ねえあなた。もしよかったら私達も一緒の写真の方が良いんじゃないかしら?
丁度うちのメンバー全員揃ってる事だし、ねっ、ねっ。」
かおるは若い女性の両肩に手を置くと強引に自分の方に顔を向けさせ凄んで見せた。
「えっ、あっ、はい。
そっ、そうですね。出来れば皆さんとご一緒の方が・・・アハハ。」
「はい、じゃあ決まり。私はその娘の後ろに立つから桜と円は両脇ね。
賢斗君は手前で適当にしゃがんどいて。」
ちょっと待て、彼女は今俺とのツーショット写真をご所望な雰囲気だっただろぉ?
それがどうしてこんな形に?
「じゃあ水島さん、お願いします。」
「はい、それじゃあ行きますよぉ、多田さん笑顔笑顔。」
う~ん、色々納得がいかん。
パシャ
その写真には笑みを浮かべる4人の少女と仏頂面の少年の姿が写っていた。
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○ツーショット写真と火の玉マン その2○
「どうしてさっきは無理やり集合写真にしたんすか?
折角記念すべき俺がファンと撮るツーショット写真の第1号になる筈だったってのに。」
コテージに戻ると早速賢斗は先ほどの一件をかおるに詰め寄る。
「あれっ、怒っちゃった?
でもあれは君の為なのよ、賢斗君。
君は美人に弱いし、そんな大事なツーショット写真を失敗しちゃ不味いでしょ?
だからその第1号の前に私でツーショット写真の練習をさせてあげようかと思って。」
ふてぶてしい言い草だな、おい。
「じゃあ早速撮りましょうか。」
今更先輩と一緒に写真撮ったって何の練習にもならないっつの。
「桜、悪いけどカメラマンお願いね。」
あ~でもそういやうちのメンバーとツーショットで写真というのは今まで無かった気もするなぁ。
かおるは桜にスマホを渡すと賢斗の腕を自分の肩にクルリと回す。
って嘘・・・いつも皆ファンとツーショット写真を撮る時はここまでしてませんでしたよね?
「おっけ~。」
コテッ
かおるは賢斗の肩に頭を倒す。
あ~いい匂い・・・何この幸せ。
パシャ
「うふっ、中々よく取れてるじゃない、ありがと、桜。」
嬉しげに自分のスマホを見つめるかおる。
これで青木君対策は万全ね、ウフ♡
その写真には甘えた表情で少年に寄り添い、まるで仲の良い恋人同士を思わせる男女の姿が写っていた。
「どう?こんな美人の先輩と大サービスのツーショット写真を撮ったんだから、これからどんな綺麗な女性ファンから写真をお願いされたって緊張しなくなるわよ、きっと。
良かったわね、賢斗君。」
大きなお世話だっつの。
がしかしそれはそれ。
何この先輩の顔・・・この写真俺も滅茶苦茶欲しいんですけど。
「先輩、済みませんけど今の写真、俺にも送って下さい。」
「あらそう?賢斗君も私とのツーショット写真が欲しかったのかぁ。
うんうん、仕方ないから送ってあげる。
ちゃんと待ち受けにしておくのよ。」
こんなの待ち受けにしてたら学校で妙な誤解を生むだけだっつの。
「賢斗ぉ~、次は私と撮ろぉ~。」
えっ、先生とも?良いですねぇ。
「おう、撮るか。」
賢斗は桜の肩に手を回す。
「賢斗ぉ~、抱っこぉ~。」
へっ、何故に抱っこをご所望で?
そこまでファンにサービスするツーショット写真は中々お目にかかりませんけど?
「だってお隣写真はかおるちゃんが一番だったでしょ~。
だから私は抱っこ写真の一番になるぅ~。」
う~ん、先生は何と戦っているんだろう?
まっ、別に良いけど。よいしょっと。
「じゃあかおるちゃん、お願~い。」
「ええ、任せといて。」
パシャ
その写真にはまるで仲の良い兄妹を思わせるほのぼのとした姿が写っていた。
「賢斗にも送ってあげるねぇ~。」
不出来な兄と美少女妹の図って感じだな、これ。
「おっ、おう、サンキュ。」
「それでは次は私の番ですよ、賢斗さん。
先ずはうつ伏せに寝そべって下さい。」
へっ、何で?
相変わらずこのお嬢様は俺の想像の斜め上だな。
賢斗は怪訝そうな表情を浮かべながらもそのオーダーに応える。
にしてもこれはどういう状況なんだ?
すると円は彼の背中に跨る。
ぐへっ。
「かおるさん、今です。」
パシャ、ガチャリ
「皆さぁ~ん、ピザを買ってきま・・・
多田さんにそんな趣味があったなんて。ニヤリ」
ちょっと待てぇ~いっ!
その写真には少年に馬乗り状態、右手を掲げ勝ち誇った笑みを浮かべる乙女の姿が写っていた。
「賢斗さんにも送ってあげますね。」
要らんわっ!
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○ツーショット写真と火の玉マン その3○
水島も交えリビングで昼食をとり始めた面々。
「にしてもビックリしましたよぉ。
まさかあそこで多田さんの姿が映るなんて、あれはもうテレビでも放送されちゃうでしょう。
正に衝撃映像って感じでしたし。」
確かにあの映像見ると謎の飛行物体が空飛んでる感じだもんなぁ。
まるで巨大変身ヒーローが出てくる特撮映画のワンシーンみたいだったし。
「でも火の玉マンは無いよねぇ~。アハハ~。」
先生、笑い過ぎです。
「うんうん、最高のエンターテイメントを忘れた頃にお届けっ!流石私の賢斗君よ。」
あんたにだけはお届けしたくなかったよ。
「私は高評価を付けさせて頂きましたよ。火の玉マンは85点です。」
その評価基準を教えてくれ。
「ああ、でもその火の玉マンなんですけど、実は最初は火の玉ボーイだったんですよぉ。」
なんとっ!
「それがあれよあれよという間に途中から火の玉マンになっちゃって。
何でもルーキーに火の玉ボーイなんて二つ名、カッコ良すぎるだろって言い出した人が居たみたいです。」
・・・そいつ殺す。
「まあどっちも似たり寄ったりな感じなんですけどねぇ。」
いや全然火の玉ボーイの方がカッコイイでしょっ!音的に。
「火の玉まぁ~ん。」
「五月蠅いっ!そこっ。」
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○獣姫ジョブ○
コテージ前の丸テーブルで食後のホットコーヒーで寛ぐ面々。
あ~、森の中のコテージで熱いコーヒーとか何とも贅沢ですなぁ。
チラッ
にしてもさっきから熱い視線まで感じちゃってるんですけど・・・
チラッチラッ
そんなに視線を送られると勘違いしちゃいますよ?ってそんな訳ないわな。
じと~~~
あっ、もう限界が近そうだな。
美少女に見つめられる幸せは名残惜しいが、あんまり焦らすとまたこのお嬢様拗ねちまうからな。
「そういや円ちゃん、お目当ての獣姫ジョブは取得出来たの?」
「はいっ♪これでまた一段と皆さんのお役に立てそうです。」
「それじゃその獣姫ジョブ解析させて貰って良いかな?」
「勿論です、賢斗さんに解析して貰うのを楽しみにしておりました。」
まあ、円ちゃんの解析スキルのレベルじゃ詳しい解析はまだ無理だろうしな。
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『獣姫LV1(0%)』
ランク :SR
ジョブ効果 :なし
【関連スキル】
『限界突破LV5(68%)』
『ライク ア ビーストLV1(15%)』
『ヒッププッシュLV2(75%)』
『マーキングLV2(78%)』
【スペシャルスキル】
『獣纏』
効果1 :コピーストックした獣の能力をその身に纏う事が出来る。
効果2 :獣に触れる事でその能力を最大3つまでコピーストック出来る。入れ替え可能。
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へぇ、基本のジョブ効果は無いものの、結構良さ気なスペシャルスキルがあるなぁ。
解析を済ますと賢斗はその結果を告げた。
「ついに私もスペシャルスキルが手に入りましたね。」
「円ちゃん良かったねぇ。」
「はいっ♪」
「でもこのコピーストック出来る獣って、どんな生物に対しても有効なのかしら?
ダンジョンに出る魔物に対してもコピー出来たら凄いと思わない?」
「獣系の魔物ならコピー出来そうな気はしますね。」
「ドラゴンも獣ぉ~?」
「いいえ、辞書的な意味として獣の定義は全身から毛が生えた四足歩行の動物ってなってますよ。」
「そっかぁ~。じゃあ無理だねぇ~。」
「いやでも試してみる価値はあるんじゃないか?
獣って言葉を辞書的な意味で使ってるかは分からんし、鳥とか爬虫類とかにも。
あっ、そうだ、円ちゃん。
2階層に凄い速度で飛ぶゴールデンイーグルっつー魔物が居るんだけど、後でどうかな?」
円は賢斗をキッと睨む。
・・・これはばれてる。
って何すか?先輩。
かおるは円の手を取り賢斗の肩に乗せるとヒソヒソと耳打ちしている。
「どう?円。この獣の力はコピー出来そう?」
誰が獣やねんっ。
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○ツーショット写真と火の玉マン その4○
午後に入って順調に風圧耐性スキルのレベルアップを重ねつつ探索を進めた賢斗。
そのスキルレベルはレベル5にまで上がり、それに伴い彼の飛行スピードは時速200km近辺にまで上昇。
夕方には探索2日目にして富士ダンジョン5階層スタート地点到達という結果になっていた。
ちなみにこの攻略スピードは記録として残っておらず決して公になる様なものでは無いのだが、普通なら考えられない程の速さであり、この富士ダンジョンで嘗て乗り物系アイテムを駆使せずここまでの短期攻略を成し得た探索者は存在していない。
一方彼を出迎えた5階層の様子はこれまでと同様の樹海エリア。
そして辺りが暗くなった時分5階層出口通路に辿り着いた彼が見たものは、これまでの様な横穴ではなく、絶壁の岩壁に囲まれた地形とその先の行き止まりにあった半円形の大穴。
その前には美しい銀色の毛並を持ち2mを超える巨躯の狼達が横たわっていた。
そして今現在、一旦スタート地点に戻った賢斗は伊集院を引き連れ、その5体のボス狼達の元へと彼をご案内といった次第である。
「はい、伊集院さん、あれがここの階層ボス、シルバーワイルドウルフさん、レベル18です。
私的には今回は結構良い娘ばかりが揃っていると思うんですけど。
どうっすか?旦那。全部お任せしますけど。」
何気に俺が決勝で戦った奴よりレベルが高いんでやんの。
しかも5体とか・・・こういうのは戦闘狂のこいつに任せるに限るな、うんうん。
「ふっ、何を言ってるんだ?多田。この狼はお前の得意分野だろう。
俺はレベル18程度の魔物じゃなんとも思わんし、こいつ等は全部お前に譲ってやる。
お前には今回随分お世話になってるしな。」
このバカは何を言っているのだろう。
俺に気を使ってる感出しちゃってるけどお門違いにも程がある。
それにお前から戦闘要員の役目を取ったら何が残るんだ?
ちっとは仕事しろっつの。
「さあどうした、多田。思う存分戦って、お前の剣の腕でも少しは俺に見せてみろ。」
にしても困った。
そうは言っても俺には拒否権がない。
一人であんな強敵5体も相手にするのは真っ平御免だし・・・う~ん、この状況、どうやって切り抜けよう。
「あっ、UFOだっ!」
「なにっ!」
伊集院は上空を見上げる。
「何も居ないではないか。」
視線を戻せどそこにはもう賢斗の姿は無かった。
「どこへ行ったっ!火の玉マンっ。」
次回、第百二十話 その真相は暴かれる。




