第百十七話 富士ダンジョン攻略の鍵
○7月14日日曜日午前9時15分 探索者協会前○
う~ん、たかが侵入申請ごときで何時間食ってんだ、あいつ等。
探索者協会から出てきた女性陣の顔には、ちょっとした変化があった。
「どうしたんだ?そのサングラス。」
「ここの売店で売ってたぁ~。」
「はい、ダンジョン産ではないですが、探索者向けなので造りはしっかりしてますし、結構おしゃれなものも置いてました。」
まあ前に俺も見たけども。
「ここの10階層って雪ステージなんだってさぁ~。
賢斗も買っといた方が良いよぉ~。」
あ~、それでそんなもんがここで売られてたのか。
「はい、これを掛けてさえいれば、私達も既に10階層へ到達していると勘違いして貰えます。」
そんな思惑で買ったのか・・・
まあらしいっちゃらしいが。
「まあまあ賢斗君、買った理由はそれだけじゃないのよ。
だってほらぁ、私達ってここでは結構有名人になっちゃってるでしょ?
こういうのを掛けとかないとファンが殺到しちゃうかもだしぃ♪
まあ賢斗君の場合は全然大丈夫かもだけどぉ、うふっ♡」
人のデリケートな部分を弄るのは止めろっ!
先輩は今の台詞を言いたいが為だけの理由でこのサングラスを買ったに違いない。
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○午前9時30分 富士ダンジョン1階層入口付近○
本日は伊集院と一緒に探索を進める計画なのだが、先ずはうちの女性陣を2階層そして1階層のフィールドフロア入口ポイントへとご案内。
「じゃああとは皆好きにやってくれ。
緊急時は何時ものように念話連絡な。
あとこの信号弾を使っても別に料金は発生しないらしいから、危なくなったら躊躇なく使った方が良いぞ。」
「りょうかぁ~い。」
「そうさせて貰うわ。」
「はい、私達も受付で説明して貰いましたよ。」
っと、そうだ。
「桜ぁ、悪いけどまたエアホイッスル貸してくれぇ。」
「え~、なんでぇ~?」
「ああ、飛行中高速になると呼吸がし難くなるからな。
この新調したスキー用のゴーグルと合わせりゃ、もうちっとスピード上げて飛べるんじゃないかと思ってさ。」
結局俺も買ってしまった。
とはいえ俺のはサングラスではなく、ゴーグル。
目的もこいつ等に比べりゃ至極真っ当である、うんうん。
「そっかぁ~。おっけ~♪」
ピィ~~
「はい、賢斗ぉ。」
桜は首に掛けていたエアホイッスルをそのまま賢斗の首に掛けてやった。
「おっ、おう、サンキュ。」
う~ん、毎回笛の音確認を欠かさない先生・・・素敵です。
「それにしてもさっきの人大丈夫?
何か目が凄く怖かったけど。」
確かにね。
「ああ、あいつはあれが普通だから大丈夫ですよ、先輩。
特に問題ないです。」
「あらそうなの。」
「はい、それじゃあ俺はそろそろ行きます。
昼は一応コテージでみんな一緒に昼休憩。
その他何かあったら念話連絡って事で。」
「分かったぁ~。」
「はい、しばしのお別れです。」
「何も無くても少しは連絡入れなさいよぉ?
情報交換しておくのも大事なんだし。」
「はいはい、分かってますって。」
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○午前10時 富士ダンジョン2階層入口付近○
待たせていた伊集院と協会支部前で合流。
そこから2人で2階層入口付近へ移動するとようやく今日の賢斗のダンジョン探索は始まった。
「おい、多田。ここは本当に2階層の入り口か?
見た感じ1階層と何ら変わらん気もするが。」
確かに似た様な樹海フィールドだしな。
「まあ見た目は1階層と同じに見えるけど、ここは間違いなく2階層だよ。
そんなの魔物と戦ってみればすぐ分かるって。」
まっ、多分だけど。
「それより早くお前のあのステッキを使ってくれ。
方角さえ分かれば俺が3階層への通路を見つけて来てやる。
その間お前は一人でのんびりここら辺の魔物と戯れていてくれて構わないから。」
「ふふっ、この俺を随分ぞんざいに扱ってくれる。
しかし裏を返せばそれだけのモノをお前が持っているという事の証。
これは今すぐにでもお前の剣の実力を見せて貰いたくなったぞ。」
相変わらずだな、ホント。
「あのなぁ、お前だって強い魔物の出現階層に早く辿り着きたいだろう?
そんな暇ないっつの。」
「ふむ、まあそうか。
今はここのダンジョンの強者と会い見える事が許された貴重なチャンス期間。
お前との手合わせなど何時でも出来るからな。」
できねぇよっ!
・・・ったく、これだから戦闘狂は。
「いいからさっさとそのステッキで方角を割り出してくれ。」
「仕方ない・・・いやお前に出来ない事を俺がする、ふっ、何故か心が躍ってしまうな。
よし、引き受けよう。」
あ~一々面倒くせぇ~。
早くもこいつの相手するのがしんどくなってきた。
伊集院は薄ら笑いを浮かべながら方角ステッキの試行を繰り返し始めた。
5回、6回・・・
よし・・・取り敢えず3階層への通路の方角は掴めたな。
「それじゃあこっからは一旦別行動。」
「しかし多田、お前はどうやって3階層の通路まで行って来るというのだ?」
「そんなの決まってるだろぉ?」
「なっ・・・」
驚きのあまり絶句する伊集院。
フワリ、スゥ~
賢斗の身体はゆっくりと何もない空中を上昇していく。
「3階層への通路が見つかったら直ぐ戻って来てやるから。」
賢斗は樹海の上まで高度を上げると3階層の通路方面の空へと飛び去って行った。
キィィ―――ン
しばし呆然とその場に立ち尽くしていた伊集院の顔から笑みが零れる。
「なるほど、俺が夜通し探索しても辿り着けなかった2階層まであいつが辿り着けていたのはこういう事か。
全くお前という奴は何処まで俺を喜ばしてくれるんだ?
ふふっ、これではもう完全に惚れてしまったではないか。」
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○午前10時 富士ダンジョン1階層 入口付近○
「じゃあ先ずは皆一緒に行動しましょうか。
分散するのも良いけど、お昼くらいまでは皆でこの1階層の魔物と戦って様子見くらいはしておかないと。」
「そうですね。初めての富士ダンジョンですし、その方が安心できます。」
「じゃあどっちにいくぅ~?」
「待って、桜。その前にもうせっかちな狼さん達がいらっしゃったみたい。」
「あっ、ホントだぁ~。倒すぅ~?」
「勿論です、桜。」
「う~ん、でも狼型ってかなり素早いのよねぇ~。
円のキャットクイーンシステムの効果範囲もそんなに広くはないんだし、発動する前に急接近とか危なくないかしら?」
「ご心配には及びませんよ、かおるさん。
ちゃんと迎撃方法を考えてあります。
ストーンウォール・アンリミテッド・サークルステージ。」
ズゴゴゴゴゴ
3人の足元の地面がせり上がるとそこに出来上がったのは高さ3m程の円形簡易ステージ。
「あら良いじゃない、円。これってネズミ落としね。」
その形状は上部直径3m程のサークルステージとそれを支える直径1mの支柱部分からなっており、容易に下から登って来る事を許さない。
「はい、かおるさん。ストーンウォールを先日日本史の授業で習った高床式構造にしてみました。」
「これなら飛ばなくってもだいじょぶだねぇ~。」
程なくサークルステージの周囲に集まってきたホワイトワイルドウルフ達。
その1体がステージ上へ飛び乗ろうとジャンプを試みるが前足を掛けるのが精一杯、ギリギリ飛び乗るには至れない。
バシッ
その足を小太郎が横から払う様に殴ると狼型の魔物は落下していく。
「ちょっと高さが足りない気がするにゃ。」
「何を言っているのか分かりませんよ、小太郎。
あまり高くしたのでは狼さん達が諦めちゃいます。
このくらいが丁度良いのですにゃん。」
シュッシュシュッシュッ
「とうっ。」
バタバタ
ステージの周囲に狼達が集まるのを見計らいキャットクイーンシステムを発動する円。
カンストした彼女のシャドーボクシングの効果範囲は周囲15m。
その範囲に居た狼達は瞬間的に動きを止め霧散していく。
「円ちゃん、やるぅ~。」
「はい、有難う御座いますにゃん、桜。」
「うふっ、でもまだ気を抜いちゃダメよ、2人とも。
賢斗君が言ってた様にまたどんどん集まって来ているわ。」
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○午前10時15分 富士ダンジョン2階層上空○
キィィ―――ン
3階層への通路方面へと進路を取る賢斗、その顔にはオレンジ色のレンズで結構ゴツイタイプのゴーグルが装着されていた。
いやまあ10階層まで辿り着けるかまだ何とも言えない状況だが、高速飛行するにはこうしたアイテムは買って当然、うんうん。
少しでも有名人気分に浸りたいとかいう身の程知らずな事を俺が考えてる筈ないだろぉ?いやぁ~ホントホント。
それじゃあそろそろ始めてみますか。
賢斗はエアホイッスルを口に咥える。
ドキドキジェット、始動っ。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
ハイテンションタイムに入ると視覚以外の感覚を遮断し、その飛行スピードを限界まで上げて行く。
あ~早くしてくれ・・・
身体的な疲労の方は即時回復されるが、凄い勢いで体力が消耗するこの感覚は精神衛生上宜しくない。
それに長引けばHPダメージまで受けちまいそうだし。
早く早く・・・
『ピロリン。スキル『風圧耐性』を取得しました。』
待ってましたぁ、お目当てのスキルを見事にゲット。
ってあれ?う~ん、まあ少しは楽になった様な気もするが・・・レベル1だとこんなもんか。
とはいえレベルが上がりこの辺の問題が改善されるにつれ、俺の飛行スピードの限界点も上がる。
限られた時間の中この広大な富士ダンジョンに於いて猫女王様に最高のステージをプレゼントするには、この風圧耐性スキルのレべリングがかなり重要な鍵になっってくるのは間違いない。
それじゃあ早速・・・
キュィィ―――ン
うわっ、上げ過ぎ上げ過ぎっ。
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○午前10時30分 富士ダンジョン1階層 入口付近○
少女達の戦闘が続く1階層フロア。
ステージの縁に足を掛けた狼を小太郎が殴り落とす。
円はステージの周囲に狼が集まったタイミングを見計らって猫パンチ&猫キック。
近くの巨木から飛び移って来ようとする狼を桜が火の杖のファイアーボールで牽制。
かおるはクイーンキャットシステムの効果範囲外の個体をウィンドアローで狙い撃ち。
時間の経過とともに地上には多くの魔石やドロップアイテムが散乱していた。
「済みません皆さん。そろそろ私の土魔法の効果が無くなりそうですにゃん。
新しいステージを隣にご用意致しますので、そちらに移って下さいにゃん。」
「ちょっと待って円。
私もそろそろ矢を回収したいし、ここらで一旦この戦闘を終了させちゃいましょ。」
「そうだねぇ、どうやって終わらせるのぉ~?」
「それはほら、賢斗君が群れのボスを倒せば狼は逃げて行くって言ってたじゃない。
まあ2人はちょっと見てて頂戴。」
かおる100m以上先のボス個体を視線の先に見据えると弓を引き絞った。
転移っ。
ボス個体の後方斜め上。
こんにちは狼さん、悪く思わないでね。
突如空中に姿を現したかおるは音もなく弦から手を放す。
ヒュン、ドスッ
眉間から矢じりが突き出たボス狼の姿は静かに霧散を始める。
はい、お終い、ふぅ。
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○富士ダンジョン2階層入口付近○
上機嫌に樹海の中を歩き出した伊集院。
すると程なく腰に徳利を持った黄色い猿達が木々の上から彼を取り囲んだ。
ほう、こいつらが親父の言ってた酔っ払いモンキーか。
一斉に飛び掛かってくる魔物達。
シュパンッ
しかし彼の攻撃領域に入った途端、5体の猿は地上に垂直落下。
ふむ、親父への土産はこれで確保できたな。
伊集院はドロップした徳利型のアイテムを拾い上げると、何事も無かった様にまた歩き出す。
ドカ~~ン
ん、何だ?今の音は。
2階層フロアには地響きと共に轟音が鳴り響いていた。
次回、第百十八話 燃える飛行体。




