第百十五話 かけがえのない逸材
○7月13日土曜日午後3時30分 富士ダンジョン1階層○
通路を抜けフィールドフロアに入った2人。
そこで待ち構えていたのはまるで深い富士の樹海を再現したかの様な光景。
ふ~ん、何か今朝歩いた遊歩道から外れて道に迷ったって感じか。
にしてもこのフィールドフロアに入った途端・・・8、9、10、どんどん増えて行きやがる。
ったく大層な歓迎ぶりだな。
「ふっ、多田、お前も既に気付いてるみたいだな。
取り敢えずこいつ等を討伐しないと何処へ向かうか考える余裕すら与えてくれないらしい。」
「へっ、何の事です?伊集院さん。
もしかして俺達もう魔物に取り囲まれちゃってるとか。」
不甲斐ない俺アピール、発動。
「お前その三文芝居を何時まで続けるつもりだ?
ふっ、まあいい。
お前は雑魚を請け負え。
俺はあのリーダー格の奴だけで良い。
ほら、とっとと片づけるぞ。」
いえいえそんな気を遣わなくても全部お任せしますけど?
2人を取り囲むホワイトワイルドウルフの群れ。
その後方には群れのリーダーと思しき一際大きな体躯を誇る個体が1体、そいつに向かって走り出した伊集院は飛び掛かってくるホワイトワイルドウルフ達を一刀両断しながら突き進む。
ふむ、入って直ぐにこれだけの数、雑魚といえどもレベル11であのリーダーに至ってはレベル13。
しかもそれなりに毛皮のドロップまで。
日本の聖地は稼ぎの方も超一流だな。
賢斗は伊集院が通り過ぎた後を追って魔石やドロップ品を拾って歩く。
にしてもやっぱあいつ可笑しいよなぁ。
ずっと普通に話し掛けて来てるけど、こっちは潜伏&忍び足をダンジョンに入ってからずっと使用中だっての。
狼さん達にはちゃんとその効果が発揮されているというのに、これでは隙をついて姿を晦ますことすら出来やしない。
う~ん、やっぱり自分のレベル以上の相手には効きにくかったりするのかなぁ。
ワォーン
リーダー格の個体が断末魔の叫びを上げると取り囲んでいた雑魚達は逃げる様に姿を消していく。
「いやぁお見事です、伊集院さん。
はいこれ。魔石とドロップ品を回収しておきました。」
「ああ、悪いな。いや俺の取り分はあのリーダー格の奴だけで良い。
残りはお前の分だ。そういう約束だし、ふっ、これがパーティー戦ってもんだろぉ?」
う~ん、良いのかな?
俺は1体も倒してないけど・・・いやでも魔石拾いも立派なお仕事、本人も何か満足そうだし、まっ、いっか。
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○戦闘終了後○
富士ダンジョンの1階層の広さは数百キロ四方とも言われる広大なフロア。
俺的な探索手法で言えば、ここは上空からの全体像をまずは確認したいところなんだが・・・
こいつの前でフライを披露するのは嫌だし、空の上に転移なんてしたら往還石を使ったという言い訳ができない。
となると、う~ん、ここはまたあれを使ってみるか。
レべリングもしとかないとだしな。
「伊集院さん、ちょっと1分お時間頂けますか。
俺のスキルで周囲の状況を確認してみますんで。」
「ほう、お前のスキルをここで見せてくれるのか。
なるほど、パーティーというのは 斯くも心躍るものなのだな。」
何か妙な事言ってるが、ここはこいつに構ってる場合じゃない。
早く状況確認程度は終わらせておかねば。
ハイテンションタイムスタートっ、からの幽体離脱、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
スゥ~~
身体から抜け出した賢斗の幽体は上空へと上昇していく。
にしても木が高いから周囲を見渡すには結構な高さが必要だな。
こちとら1分しか時間がないってのに・・・急げ急げ。
キョロキョロ
ああもう良く分からんが、そろそろ戻らなくてはっ。
ビクンッ
ほっ、ちゃんと戻れたなぁ。
『ピロリン。スキル『幽体離脱』がレベル2になりました。』
おっ、よしよし・・・ふむ、離脱時間が2分に延長されたか。
次からは少し余裕が出来たぞ。
にしてもこの幽体化時は時間の確認方法がないから困る・・・毎回何かヒヤヒヤするし。
まっ、それはそれとして肝心の周囲の状況はと言えば、見渡す限りの大森林地帯といった感じで、2階層への糸口なんかまるで掴めなかったなぁ。
あの高さであの一瞬じゃあ贅沢言えない訳だけども。
「伊集院さん、何か何処まで行ってもこの森林地帯は変わらなそうですよ。
どうしましょう、これから?」
本来であればここもフライを駆使してパーフェクトマッピングの表示範囲を広げて行きたいところなんだが、こいつにそんな姿をお見せする事は出来ない。
はてさて、早くこいつとの下見を終わらせる方法を考えなくては。
「そうか、となるとこの先探索を進めるのも結構苦労しそうだな。
ところで今のは瞑想系のスキルか?
上空に自分の意識を飛ばし周囲の状況を確認したのだろう?
ふっ、ひょっとすると俺は今かけがえのない逸材という奴に出会っているのかもしれないな。」
助けてぇ・・・図らずもこいつの中の俺の株が何処までも上昇中でござる。
「またまたぁ、結果的にどっちに進めばいいのやらまるで分っていませんし、そんな大した事していませんよぉ。」
折角こうして随所に不甲斐ない俺アピールを挟んでやってるというのに。
「ふっ、気にするな。他のメンバーが出来ないところをカバーし合うのがパーティーってものなのだろう?
俺がこれから俺達の進むべき方角を示してやるから安心して見ていろ。」
ん、何する気?
伊集院は収納石の指輪からステッキを取り出した。
「このステッキは優れものでな。
こうして地面に立ててから・・・2階層への通路っ。」
パタン
伊集院が手を放すとステッキは倒れる。
ほほう、このステッキは行き先を示してくれるマジックアイテムか何かか?
結構良いな・・・俺も欲しい。
「凄いですね、伊集院さん。じゃああっちに向かえば2階層への通路があるんですね。」
「いや待て、多田。
これの精度は50%、もう少し試さないと間違った方向を選択してしまう恐れがある。」
再び伊集院がステッキを倒すと今度は違う方向にステッキは倒れた。
その後もそれを数回繰り返すと・・・
「よし、あっちが4回で一番多いな。
2階層への通路はこの方角で間違いない。」
なるほど、正解は50%の出現率だがハズレの時は一定方向じゃない。
回数を重ねれば、自ずと正しい方角が分かるって事か。
にしても結構有用なんだが、無駄に面倒な仕様だな。
「それじゃあ早速行くぞっ。
ついて来い、多田。」
伊集院はステッキの指示した方向へと歩き出した。
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○1時間後 探索中○
僅かに差し込む光とひんやりとした空気。
鬱蒼と生い茂る木々の根元には苔植物が散見されその1本1本は幹の太さからすれば通常数千年の樹齢を誇るのではないかと思わせる。
流石富士ダンジョンは生えてる木々を取ってみてもスケールが違いますなぁ。
そこかしこに倒木も多く起伏に富んだ地形。
落ち葉が敷き詰められた地表はクッションが利いているが殊の外滑り易い。
また樹木以外の植物も多く、それが遠くへの視線を遮り更には容易に前に進む事を許さない。
伊集院は抜身の長刀を手にその植物を切り落としながら先に進む。
なるほど流石Aランクダンジョン、確かにこりゃあ大変だし危険だわ。
この1時間の間にこれまで経験した事がない数のトラップが脳内マップには表示されてた。
またそれに加え、ずっと俺達の周りには狼型と思しき魔物の反応がついて来ている。
さっき一瞬開けた所に出た途端一斉に襲ってきたけど、それを伊集院が一掃した10分後にはまたこれだもんな。
う~ん、どうして俺はこんなとこ歩いてんだ?
あ~、空飛んで楽したい。
「はぁはぁ、中々目的地までは遠い様だな。
方向は合っている筈なんだが、この悪路では流石の俺もいい加減うんざりだ。」
ふむ、この伊集院を1時間の探索でここまで疲労させるとは・・・
やはりここの攻略はあらゆる面で難易度が高そうだ。
「う~む、仕方ない、ここは一旦戻って仕切り直しと行くか。
多田、お前も疲れただろう?」
えっ、ホント?やったぁ♪
「はい、とっても♪」
その後更に1時間程2人の探索は延長された。
疲れてるって言ったのにぃ。
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○午後6時 富士ダンジョン協会支部前○
伊集院との探索者協会支部前での別れ際。
「うむ、実に有意義だったぞ、多田。
何かお前は俺と同じ匂いがするな。」
えっ、嘘、クンクン・・・そんな匂いしませんけど。
「で、夜はどうする?
どうせ飯を食ったらまたダンジョンに入るのだろう?」
なっ、嘘、まさかの夜のお誘い・・・おいおいもう勘弁してくれ。
「いや、夜はパーティーメンバーと作戦会議でも開いてますよ。」
「そうか、そういった交流もまたパーティーの醍醐味やもしれんな。
よしわかった。また偶然出会う事があったら、誘ってやるから楽しみにしていろ。」
いえ結構です。
足早に去っていく伊集院を見送る賢斗。
ふぅ、これはもう二度とお会いしない事を願うのみだな。
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○午後6時30分 4番コテージ○
賢斗が協会支部から戻ってみると既に女性陣もコテージに戻ってきていた。
そして既にバーベキューの準備は整えられており、ほどなく夕食を取りつつの語らいの時間が始まった。
「美味しいねぇ~。」
桜は右頬を膨らませながら嬉しそうに言う。
「そうですねぇ、塩加減も丁度良くて堪りません。」
ふっ、馬鹿な奴等め、海老焼きも良いが、ここのバーベキューでは牛肉の方が上、先ずはこっちからだろう・・・ムシャムシャ
「って、先輩。何タン塩ステーキ独り占めしてんすか。
俺の分も取って置いてください。」
「あら、見つかっちゃったぁ。ゴメンゴメン。」
ったく、油断も隙もないな、この人。
「でも昼間は円の名前まで憶えている人も大勢居たわねぇ。」
そしてしれっと話題を変えてきやがる。
「ええ、私もビックリしました。」
それはそうともう既に人気面で円ちゃんに抜かれている気がするな。
いや、元々先行していた事実など存在していなかったか・・・見栄は張るまい、うん。
「あと賢斗君これは朗報よ、私達のファンクラブが出来たら入会するって人が5人も居たわ。」
へぇ、ファンクラブに入会って事は俺達のかなりのファンって事だよな。
あっ、そういえば・・・
「あれ、ファンクラブの件ってまだ皆に言って無かった気が・・・」
「それならもう昨日の内にボスから聞いたわよ。
大事な事なんだからしっかりしてよね、賢斗君。」
「へいへい、ついうっかりしてました。」
う~む、あんな蛯名っち案件を頭が大事な事として認識する事を拒否した結果だな、こりゃ。
「賢斗ぉ~、またロシアンたこ焼き屋さん見つけたよぉ~。」
おうっ、だからなんだよっ。
つか先生はファンそっちのけでそんな店探してたってのか?
とそこへ風呂敷飛行をする子猫がテーブルの上に着地。
お皿にのった焼き立て牛肉を貪り始める。
「あにきぃ、これ食べて良いのかにゃ?ニカッ」
食い始めてから聞くんじゃないっ!このバカ猫がぁっ。
にしてもそういやこいつ何処行ってたんだ?
「円ちゃん、昼間小太郎と一緒じゃなかったの?」
「ええ、もう最近は言う事をちゃんと聞いてくれますし、夕ご飯時には戻って来る様躾けてありますので、日中は自由にさせちゃってました。」
ふ~ん、そりゃまた随分賢くなったもんだな・・・行儀は悪いままだけど。
でもこんな空飛ぶ忍び装束着た猫、他の誰かが見たら捕まえようとか・・・いやこいつの戦闘力は首輪無でも普通じゃないし大丈夫か。
「で、お前昼間は何してたんだ?」
「修行してたに決まってるにゃ。まあ食いもんのお礼に兄貴にはこれを上げるにゃ。」
子猫は懐から魔石を3つ出した。
おっ、これはワイルドドックの魔石・・・こいつはじゃあ昼間富士ダンジョンの通路内で野犬型の魔物相手に戦闘してたって事か?
う~ん、勝手に魔物を倒して魔石を持ち帰ってくる子猫か・・・イケるな。
「なあ、小太郎。それなら毛皮のドロップとかも無かったか?」
「あんなの持てないし、そのまま置いて来るに決まってるにゃ~。」
これは小太郎にも収納石の指輪を持たせるべきだろうか?
「それで賢斗君の方はどうだったの?
一人で入ってみたんでしょ?富士ダンジョンに。」
う~ん、実際2人でだったが、別にあいつの事を取り上げる必要もないか。
「まあかなり危険ってのは分かりましたよ。
流石Aランクダンジョンってところですかね。
罠の場所とかが分からないと話になりませんし、先輩も富士ダンジョンで単独行動を取りたいんならパーフェクトマッピングを取得しといた方が良いです。」
索敵スキルじゃ罠の場所までは分からん様な事言ってたし。
「ふ~ん、そう。じゃあ夕食終わったらスキル共有して1階層の通路にでも行ってこようかしら。」
「じゃあ私も一緒に行くよぉ~。
今日はまだハイテンションタイムしてないしぃ~。」
「それなら私も付き合います。」
俺はさっきドキドキジェット使っちまったしなぁ。
「ああ、じゃあ俺は早めに風呂でも入ってのんびりしてるわ。」
今夜はもう協会支部に近づく訳にはいかない。
何故か伊集院とバッタリなイメージしか湧いてこんし。
ハーックション
その頃協会支部前では長刀を背に腕組みをした男のクシャミ声が響いていた。
次回、第百十六話 『大気圏再突入プロテクト』。




