第百十四話 マジコン下見期間突入
○7月13日土曜日午前8時 クローバー駐車場○
マジックストーンコンペティションの下見期間初日。
水島の車を前に一行はいよいよ富士ダンジョンへ向け出発しようとしていた。
「皆さん、今日は焼きおにぎりとどら焼き、それに小太郎ちゃんには焼きとうもろこしをお持ちしました。
これを食べて大会も頑張って来て下さい。」
茜は車に乗り込む面々に紙包みを渡していく。
「ほ~い。」
「悪いわね、茜。」
「有難う御座います。」
「勇者さまの分はこちらです。
道中私だと思って食べてください。」
「えっ?あっ、うん。ありがと。」
う~ん、一々返答に困る。
「みんな、無理は禁物だけど精一杯頑張ってきて頂戴。」
「「「「は~い。」」」」
「光、後は頼んだわよ。」
「はい、お任せください先生。」
「あっ、それと多田さん?」
ニコリッ
えっ、名前呼んどいて笑うだけって・・・何か色々含まれてそうな笑顔だな、おい。
バタン、ブロロロロロ・・・
走り出す車を中川と茜が手を振って見送っていた。
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○車中○
「はい、光ちゃん、あ~ん。」
「あ~ん、パク、モグモグ、有難う小田さん。
運転中なので助かります。」
桜はその言葉に満足げな笑みを浮かべた。
「それじゃあ皆さん道中長いですし、食べながらですが今回のマジコンのルールのおさらいでもしていきましょうか。モグモグ」
おっ、そいつは助かります。
意外と分からない点もあるし・・・モグモグ
って、何だろう・・・この焼きおにぎり何かハートの形してる様な。
「まず基本的な事ですが大会は16日の正午スタートで18日の正午に終了、三日に渡って行われますが時間的には48時間ですね。
そして17日の正午には中間発表として魔石の買取を一度済ませる必要もありますし、睡眠や食事休憩なんかも必要。
となると実際にダンジョン内で過ごす時間は30時間強くらいでしょうか。」
はいはい、分かってますよぉ・・・モグモグ
「次にマジコンでは往還石の携帯が義務付けられています。
この最大の理由は緊急時の脱出方法の確保ですが、先程言った通りダンジョンに入り浸る様な形を取らないこの大会ではコレが無いと勝負になりません。」
そだね・・・まっ、元より勝負にならんけど。
「皆さんにも今回ちゃんと本物を一つお渡ししてありますよね?」
「はい、それは私が所持しています。」
円ちゃんは転移が使えないからなぁ。
「そんな訳で往還石の使用が認められている都合上、富士ダンジョン経験者がかなり有利。」
まっ、そうだわな。
一気に深場の階層で強い魔物を討伐出来る訳だし。
「そこでその有利不利を緩和するために設けられているのがこの下見期間という訳です。」
まあ三日程度の下見期間を貰おうが、俺達にとっちゃ焼け石に水。
とはいえ別に優勝目指す訳でも無し、その間魔石稼ぎが出来るんだから有難かったりするけども。
「ですから富士ダンジョンを初めて探索する皆さんにとってはこの下見期間の間にどれだけ探索範囲を広げておけるかはとても重要になると思いますよぉ。」
確かに目的は違えど猫女王様に最高の舞台を用意するという重要な任務が俺にはあるからな。
「一応このくらいにしておこうかと思いますけど、他に何か質問がある方はいらっしゃいますか?」
「はい水島さん、個人とパーティーが同時参加形式って聞いてますけど、どっちが有利とかってありますか?」
「おお、実にいい質問ですよ、紺野さん。
前提として競う対象となる魔石の買取額ですが、パーティーの場合はそのメンバー数に割られた額になります。
そう考えると個人の場合魔物とのエンカウントを稼ぎやすいといったメリットがありますし、少人数パーティーの方が有利な傾向があるかもです。
でもその反面個人や少人数でダンジョンの下層へ進む難易度はより高くなるという見解やどういった構成でこの大会に臨むかも自由になっている。
そんな訳で特にこの点に異を唱える人はいない感じになってますね。」
まあ確かにルールの簡略化という面も考えれば妥当な形だし、他に良い感じの形式もなさそうだからなぁ、パクパク
って、おや、こっちのどら焼きにはハート型の焼き印が・・・ふふっ、この差し入れには茜ちゃんの愛情がたっぷり詰まってましたなぁ。
車は富士ダンジョンに向け走り続ける。
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○午後1時30分 富士ダンジョン到着○
5時間の長旅を終えると遊歩道の入り口で下車、4人は水島と一旦別れると一路富士ダンジョン協会支部を目指した。
少し疲れた顔を覗かせつつ樹海の中を歩いていた面々、しかし富士ダンジョン入口前広場まで辿り着くとその目にも生気が戻る。
広場を取り囲むように立ち並ぶ出店と賑わう人々。
あちらこちらに有名探索者にサインや握手を求めている光景も見られる。
また右側の一角に目をやれば、以前には無かった巨大スクリーンが2基とその他にもややサイズが小さいスクリーンが10基。
そのスクリーンの前にはステージが設置され、更にその前に100を超えるパイプ椅子。
さながら野外ライブ会場といった様相である。
今現在映像は映し出されていないが、本戦が始まればここに出場者達のドローン映像がライブで流され、会場を訪れた観客達を大いに盛り上げる趣向なのだろう。
下見期間でこれかぁ。もう既に結構な熱気だな。
「人が一杯だねぇ~。」
「早く私達も荷物置いて出店巡りに繰り出しましょう。」
「そうね。賢斗君、早くチェックイン済ませて来て。」
へいへい。
まっ、早くダンジョンに入りたい気持ちはあるが、まずは腹ごしらえだよなぁ。
と協会支部の受付でチェックインを済ませると早速宿泊施設へと向かう。
「またおんなじとこかぁ~。」
「いや幾つか選べたけど、丁度空いてたからな。
同じ所の方が、勝手が分かってて良いだろぉ?」
「何を言っているのか分かりませんよ、賢斗さん。
色々な宿泊施設を体験してみたくはないのですか?」
はあまあ別に・・・大体何処も一緒の造りっぽいし。
「まあ良いじゃない、円。
結構ここ気に入ってるわよ、私は。」
「んじゃ部屋割りも前と一緒って事で。」
その後ダンジョン前広場に繰り出した一同は、思い思いの品々を買い込み帰還。
コテージのリビングにあるロッキングチェアに座ると早速パクつき始めた。
「何か有名人になっちゃった気分だったわね。モグモグ」
「私達をご存じの方も大勢居る様でしたね。モグモグ」
「うん。3回も写真お願いされちゃったしねぇ~。モグモグ」
その3回ともカメラマンは俺だったけどな、フンッ。
「まあ一般人っつってもこんなとこまで来てる時点でそれなりに有名探索者に興味がある人間って事だしな。モグモグ」
「またこれ食べ終わったらもう一回広場巡りに行って来ようかなぁ。
こういう時にナイスキャッチのファンを増やしておかないと。」
「あっ、そうだねぇ~。」
「ファン獲得も大事なお勤めですね。」
「ああそうしろそうしろ。
俺は一人で富士ダンジョンの下見に行ってくるから。」
もうカメラマンは御免だしな。
「え~、何でぇ~。」
「付き合い悪いわよ、賢斗君。」
「賢斗さん、三日もあるのだしダンジョンの下見は明日からでもいいのではありませんか?」
「三日もじゃなくて三日しかだよ、円ちゃん。
まあファン獲得もプロ探索者としては大事な事かもしれんが、ここに来た俺達の最大の目的、それは円ちゃんの猫女王様による高レベル魔物の大量討伐を成功させる事だろぉ?
その為にはこの下見期間の内に円ちゃんのレベルの倍、レベル28の魔物が出現する階層まで辿り着き、何時でも転移可能な状態にしておかなければならない。
と言ってもここは言わずと知れた日本の聖地だし、そう簡単にそんな階層まで辿り着けるか怪しいところ。
何せ俺達よりずっと高レベルの探索者パーティーが長年攻略に挑んでも中々攻略認定に至れない程のところだしな。
という訳でお膳立て担当の俺としては、ファン獲得は皆に任せこっちを優先すべきなの。」
うむ、適材適所。
「またぁ、そんな尤もらしい事言ってホントはカメラマンやらされるのが嫌なだけでしょ?」
よくお分かりで・・・じゃないっ!
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○一人ダンジョンの下見に出かけた少年 協会支部の窓口○
「すいませ~ん、侵入申請お願いしまぁ~す。」
「あっ、はい、えっとナイスキャッチの多田賢斗さんですね。
今日からマジックストーンコンペティション大会出場者には探索者ランクに関係なく特別侵入が許可されてますね。」
うん、普段は入れないけどね。
「ではこちらをお持ちください。」
受付嬢が差し出してきたのは、30cm程の長さの筒。
「それはAランクに満たない探索者の方に無料でお貸ししている信号弾です。
危険を感じた際にはその筒を上に向け下に付いている紐を引っ張って下さい。
10階層までならフロアの各ポイントで待機している救援係の探索者が駆け付けてくれますから。」
へぇ、SOS信号弾って訳ね。
にしても・・・
「使うと料金発生しちゃいます?」
「ふふっ、ご安心下さい。
捜索隊の様な料金は発生しませんから。」
なるほど・・・いやまあ元よりこの大会の為にもう既に救援係を雇っている訳だからな。
「とはいえEランクの探索者にとっては大変危険かと思いますので十分気を付けてくださいね。」
「はい、どうも。」
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○協会支部前○
侵入申請を済ませた賢斗が建物を出ると・・・
ドンッ
出会いがしらに出口で人にぶつかった。
「あっ、済みません。」
「ん?お前のその顔・・・何処かで・・・」
あれ?何かこの声聞き覚えが・・・チラッ
「ああ、お前は確か前回のモンチャレパーティー部門で優勝した多田とかいう雷剣使いだろう?」
ゲッ、伊集院さんじゃないですか。
にしてもこの様子・・・もしかして精神洗浄で俺の記憶ごとリセットされてるのか?
「あはは~、気のせいじゃないですかぁ?
こんな顔した奴は良く居ますから。」
「そんな訳ないだろう。
この間白山ダンジョンでも顔を合わせているしな。」
・・・されてないじゃん。
「ああ、そういえばそうでした。
伊集院さんもマジコンに出場するなんて知りませんでしたぁ。」
「そりゃあ強い魔物と戦うこんなチャンスを見逃す手はないからな。」
・・・相変わらずの戦闘狂か。
「アハハ~、そうですよねぇ。それでは失礼いたしますぅ~。」
そそくさと立ち去ろうとする賢斗。
「おい、ちょっと待て。」
「へっ、あっしに何か御用でも?」
「見たところお前もこれから一人でここの下見に行くのだろう?
丁度良いから俺に付き合え。
この間俺のスピードに付いて来たお前なら足手纏いにはならんだろうし、俺の実力とタメを張るお前となら偶にはパーティーなんてものを組んでみるのも悪くない。」
えっ、何言い出してんだ?こいつ。
俺の実力を買い被り過ぎだっつの。
にしてもこの孤高の高校生最強はホントは誰かとパーティー組みたい感じ?
う~ん、傍迷惑な事案だな。
「いやぁ、あっしなんて滅茶苦茶足手纏いになりますって。」
ここは迷う事無く丁寧な拒否作戦一択。
「ほう、断るのか?
お前にはあの時の道先案内の対価をまだ貰っていないというのに。
となれば別の方法で頂くしかない訳だが・・・」
ちょっとちょっと、それってまた剣の手合わせとか言い出すつもりじゃ・・・
う~ん、そして相変わらずのしつこさ。
「分かりました、伊集院さん。
是非伊集院さんの下見にお付き合いさせて下さい。」
・・・これが苦渋の選択という奴か。
「ふむ、最初からそう素直に返答すればよいものを。」
いや、最初のが俺の素直な返答なんだが。
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○富士ダンジョン1階層通路○
富士ダンジョンの入り口から入ると巨大通路が2km程続く。
その通路をもの凄い速さで走り出した伊集院、それに並走する賢斗の顔にもまだ余裕が伺える。
「ほう、やはりお前のそのスピードは大したモノだな。
お前も俊足スキルをカンストさせているのか?」
「えっ、いやぁまあそんなところです。」
シュパンッ
前方から飛び掛かった野犬型の魔物を一刀両断する伊集院。
その走りに微塵の遅れも感じさせない。
凄っ、やっぱこいつの剣術ってスケルトン武者師匠級だな、うん。
「あのぉ・・・魔石拾わなくて良いんですか?」
勿体ないですよ?
「あの程度の魔石等今はどうでも良い。
少しでも早く下層へと向かわねばならんからな。」
そっすか・・・じゃあ俺が貰っても良いのかな?
転移っ。
「ん、多田。お前今魔石を拾って来たのか?
これでも8割くらいで走っているというのにこれはもう少しギアを上げてやらねばならんな。」
おっと、これはいけない。
この人にはもうちょっと不甲斐ない俺を演出しなければ。
2人はほどなく光が差し込むフィールドフロアの手前まで辿り着く。
「いやぁ、伊集院さん、速過ぎですよぉ。
俺なんてついていくのが精一杯って感じでした。」
「嘘を言うな、多田。
とてもそんな風には見えんし、お前息の一つも上がってないだろ。」
あっ・・・心拍数が上がると勝手に疲労が回復しちゃうこの体が恨めしい。
次回、第百十五話 かけがえのない逸材。




