第百十三話 カフェラッチョフリーク
○7月11日木曜日午後6時 クローバー執務室○
トゥルルルル
「はい、お電話有難う御座います。ダンジョンショップクローバーです。」
「え~初めまして。私株式会社ドリンクカムカムの営業部長をやっとります飯田と申します。」
「ああはい、これはご丁寧に恐れ入ります。
それでどういったご用件でしょう。」
「はい、実は本社の販売しているカフェラッチョの懸賞にそちらに所属の多田賢斗さんからご応募があった様でして。」
「あらそうですか。
それは存じ上げませんでしたが多田賢斗なら確かにうちの事務所、いえギルドに在籍しております。」
「え~、ではその応募者が御本人かどうか確認が取れる様であればですが、うちとしては今後ナイスキャッチさんとのスポンサー契約を前向きに考えてみようかと思っておりまして。」
「えっ、それは本当ですか?
有難うございます。」
「いえまだ本決まりという訳でもないのですよ。
少し調べましたところ、来週のマジコン大会に出場が決まっているとか。」
「ええ、まあ。」
「それでその申し上げにくい事なんですが、出場を辞退して頂く事はできませんか?
何でも高校生探索者パーティーがあの大会に出場する事はかなりのイメージダウンに繋がるという過去の実績がある様なので。」
う~ん、中々悩ましい事を言ってくれるわねぇ。
確かに過去の探索者パーティーの結果を見れば、スポンサーにこれからなろうとする企業が否定的になるのもわかるわ。
でもこっちにも事情ってものがあるのよ。
う~ん・・・
「とても良いお話を頂いて恐縮ですが、そういった条件付きでしたらお断りさせて頂きますわ、飯田さん。
確かに仰る内容も理解しますが、決してイメージダウンになる様な結果にならない事を私は信じております。
そしてこの度のマジコン大会が終わった折には、御社がまたこうして良いご連絡をして下さる事を心より願っております。」
「そうですか。まあこればっかりは私の一存では決められないので何とも言えませんが、そう言う事なら私も今回のマジコン大会をテレビの前で応援させて貰う事に致しましょう。」
「はい、ご縁がありましたらその節は宜しくお願いします。」
ガチャリ
「良かったんですかぁ?先生。
そりゃあ富士ダンジョンで魔石を稼いでナイスキャッチのランクを早く上げるのも大事ですけど、目の前に大金がぶら下がってたんですよ?」
そんな事言われなくても分かってるわよ。
清川の入札だってあるし、お金は今喉から手が出るくらい欲しいに決まってるじゃない。
「何言ってるの光。
そんな一時のはした金欲しさに予定を狂わせられるもんですか。
といってもこのままこの話をふいにしちゃうつもりは毛頭ないわ。
ここは一か八かあの子達には何としてもイメージダウンにならない結果を残してもらって、スポンサーのお話ももぎ取るしかないのよ。」
「そういう事すると失敗するって諺私知ってます。」
「黙らっしゃいっ!」
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○7月12日金曜日午後3時40分 教室内 授業中○
結局昨日の夕方は水中装備の購入後、小型潜水艇の捜索とはならなかった。
皆やる気満々ではあったのだが、エアホイッスルが人数分揃ってない現状、これも致し方がない。
まあそんな訳で昨日の俺は北山崎攻略を継続。
そして4階層への出口といえば、3階層同様の海中。
そこから海上に飛び出してみれば見渡す限りの大海原といった具合。
島山が見えない状況に簡単には5階層への通路が見つからないと判断した俺は、そこで昨日の探索を切り上げている。
そして今日こそは学校を休み、日中北山崎のお膳立てを終わらせ、夕方には皆と北山崎のボス討伐なんて筋書を描いていたのだが・・・
「学校を休んで探索するなんてとんでもない。
貴方は良くても多田さんの叔父様に私が申し訳が立ちません。」
とまあこんな釘をボスに刺されたのが今朝の話。
ボスが北山崎攻略をマジコン前までに終わらせろと俺にオーダーして来たのに、なんともはやな感じである。
ちなみに公欠扱いになるマジコンを理由に学校を休むのは有りなんだと、ったく。
とはいえその結果、元より休む予定だった学校にもこうして来ざるを得ない事態となっている。
キーンコーンカーンコーン
終わったか。
さて、問題はどうやってこの教室から脱出するかなんだが。
賢斗が席を立つと・・・
「出入口封鎖っ、急いでっ!」
委員長の指示により女生徒が出入口を固めた。
まっ、そう来るわな。
しかし毎度毎度もうその手は食わん。
賢斗は何食わぬ顔で窓に向かって歩き出す。
「委員長悪い。大会で活躍でもしたら付き合ってやるから。」
まあ実際1年の教室は1階だし、こっちのルートを使えば簡単に・・・なっ!
窓の鍵はガムテープでぐるぐる巻きにされ、簡単には開錠出来そうにない。
これではもう完全なる密室じゃねぇか。
「うふっ、今回も私の勝ちね、多田君。
そして敗者には大人しくこれから始まるマジコン出場クラス激励会の主役になって貰うわよ。」
「いやそんなもんして貰わなくて結構だって言っただろぉ?
ホントにマジコンで活躍して欲しいなら少しはそっとしておいてくれよ。」
「あら、勘違いしてる様だけどこれは何も多田君の為だけにやってるんじゃないわよ。
一番は多田君との交流を深めたいクラスの皆の為にやってる事なの。
だから敗者が何言っても通じないの。」
なんだよっ、その理屈。
他人の為にあるのか?激励会ってのはったく。
「ああもう分かったよ。で、一体これから何をするんだ?」
「うん。じゃあ先ずは教壇で今回の大会に向けての意気込みを多田君に10分くらい語って貰おうかな。」
・・・最悪だ。
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○午後4時50分 北山崎ダンジョン4階層○
まるで何もない大海原のダンジョンフロア。
くそっ、あんな寄せ書き渡すくらいなら最初っからみんなに書かせときゃよかっただろぉ?ったく。
転校する生徒じゃあるまいし、やる事が一々地味だっつの。
キィィーン
賢斗はその海上3m程の高さを飛び周っていた。
にしてもやっぱこのフロアにはもう島山なんて無さそうだ。
う~ん、おっ、あれは?
その眼差しの先には、まるで海面に置いてあるかの様に見える一つの大岩。
そこに降り立つと賢斗は腕組みをしてしばし熟考を始めた。
このだだっ広い海フロアで唯一海上に飛び出しているこの大岩の怪しさっぷりは半端ない。
しかし俺の探索に最近付き合い過ぎてた円ちゃんのシャドーボクシングレベルはまだカンストしてなかったし、マジコン行きを明日に控えた今日彼女をここにお連れする訳にもいくまい。
その一方ボスの横槍が入ったこの状況で俺としてもマジコン前にここの攻略を終わらせるつもりは最早無くなってる。
となればこの大岩の底に5階層への通路が開かれているという確認さえ取れれば、もう今は十分という気がしているのだが・・・う~ん、あれを使ってみるか。
よいしょっと。
賢斗は大岩の上に腰を下ろして胡坐をかくとスキルの発動をイメージした。
発動っ、幽体離脱っ!
ガクンッ
頭を垂れる賢斗の体からはスゥ~っと幽体が抜け出す。
おおっ、こんな感じか。
そして幽体と化した今なら・・・
スゥ~~~
幽体化した状態で岩の上から中に入ると真下まで見事にすり抜けた。
ふむ、やはりこの状態ならすり抜けはお手の物。
そして思った通り、この大岩の下には通路が存在していた・・・ふふっ、中々冴えてますよぉ、賢斗さん。
っといけない。早く体に戻らないと洒落にならないからな。
ビクッ
おっ!よしよし、これで戻れたかな?
賢斗はしばし手を開閉させるとその感触を確かめる。
うむ、大丈夫そう。
じゃあ予定終了って事で、今日のところは・・・いやもう一つ検証しておくか。
転移っ。
フッ
イメージ通り先ほどの通路内への転移が成功。
おおっ、出来たか、ふっ、これは助かる。
このシステムは色々使い道がありそうだしな。
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○午後5時40分 クローバー拠点部屋○
フッ
突然拠点部屋に姿を現した賢斗に桜が早速声を掛ける。
「おっそい、賢斗ぉ~、もう緊急特番始まってるよぉ~。」
拠点部屋内ではソファに腰を掛けたギルドクローバーの面々がお菓子を摘まみながらテレビを眺めていた。
「おっ、そうか?悪ぃな、桜。ちょっと詰めてくれ。」
ソファの隅の隙間に無理やりお尻をねじ込んでスペースを作る賢斗。
「椿さんが夕方来るなんてどうしたんですか?」
「何よ、また私を暇人扱いするつもり?
みんなが明日から富士ダンジョンに行くっていうから、これを持ってきてあげたんじゃない。」
と椿はトートバックからポーション類を取り出していく。
「あ~、どうもすいません。」
回復ポーションが10本にMP回復ポーションと毒消しポーションが5本ずつか。
やっぱり毒消しポーション作ったのは椿さんだったんだな。
「味の方も少しは改善してみたから、使う時は味わってみて頂戴。」
ほう、あの不味い味がどうなったか、多少気になるな。
「ってあれ?このたい焼きって、もしかして茜ちゃんも来てたの?」
「うん、でもあの娘今新しいバイトの娘を教育中で忙しいらしいからすぐお店の方に送ってってあげたわよ。」
ほう、もう新たな人材が。
「そんな事より賢斗さん。お約束通りシャドーボクシングをレベル10にして参りましたよ。
こんな頑張った私に何か言う事はないのですか?」
「えっ、ああ、うん。お疲れ様、円ちゃん。」
「もうこう言う事は催促される前に言うものですよ、賢斗さん。」
「アハハ~、以後気を付けます。」
ふぅ、やっと落ち着いてテレビが見れるなぁ。
一応出場する訳だし、少しは情報収集しておかねば、うんうん。
『いや~、中山さん。
今回のマジコンどう見ます?
私的には結構な猛者が集ったと思うんですけど。』
おっ、丁度中山さんが出てるところか。
『ん、何だかんだ言って結局レッドライオンの一強なんじゃないか?
まっ、実力的には拮抗している様でも富士ダンジョンは奴らのホームだし、ダンジョン内を知り尽くしている地の利ってのはこういう大会においては相当デカい。
効率の良い狩場ってのも良く頭に入ってるだろうからな。』
かぁ~、俺も将来こんな風にテレビ出て、カッコイイ事言ってみたいもんだ。
『まあそうですねぇ。
富士ダンジョンの攻略階層的にレッドライオンは18階層にまで達しています。
やはりこの差は埋まりませんか。』
ふ~ん、Aランクパーティーの攻略最前線は18階層辺りねぇ。
『だろうな。富士ダンジョンの15階層以降はレベル30超えの恐竜型が出現してくる。
あいつらを倒せばもう魔石の大きさは特大サイズ。
買い取り額も跳ね上がってくるし、それをどれだけ獲得できるかってのがこのマジコン大会の基本戦略ってもんなんだよ。』
ふむふむ、レベル30越えの恐竜型の大量撃破が優勝への王道パターンと。
『なるほどぉ、過去5連覇を成し遂げた中山さんの言葉だと流石重みがありますね。
あっ、それではここでちょっと今現在の富士ダンジョンと中継が繋がっている様です。
富士ダンジョンの桃香ちゃぁ~ん?』
『はぁ~い、今日はこちら来週から始まるマジックストーンコンペティションの会場富士ダンジョンにやって来ましたぁ。』
『どうですか?そちらの様子は。』
『ええ、もう既に明日から下見期間が始まるという事でこの入口前広場では沢山の出店が立ち始めています。
そして出場する探索者パーティーの方達も既にここで何人もお見かけしましたよ。』
『へぇ~、それなら誰かのお話なんかも伺ってみたいですね。
どうですか?桃香ちゃん。
掴まりそうな人は居ませんか?』
『はい、実はそう言われちゃうと思いまして、今ここに探索者パーティーレッドライオンの赤羽浩一さんに待機して貰ってますぅ。』
『おおっ、何と。
じゃあ早速赤羽さんにマジコン出場の意気込みなんかをインタビューしてみて貰えますか。』
何だろうなぁ、この三文芝居的な流れ。
台本通り過ぎてつまんない。
『分かりました。それでは赤羽さん。
どうですか?今回のマジコンへの意気込みの方は。』
『そうだねぇ。まあこれに出るのはもう毎年恒例みたいになってるんで、改めて意気込みってのは無いかな。
でも今大会は悪条件や不確定要素が重なってるし、優勝出来るなんていう絶対の自信は無いというのが正直な感想だよ。』
『へぇ、悪条件って何ですか?』
『ああ、それはまあ一つとしては今この富士ダンジョンで特異個体が数多く出現しているって事かな。
倒せない事も無いんだが、そんなの相手にしてると時間効率が落ちてしまうだろ。』
流石にこの辺の情報はマジコンに出るパーティーなんかは掴んでるよな。
『じゃあ不確定要素ってどういった事を仰ってるんですか?』
『そっちはまあ可能性の話として、もう桃香も知ってるだろうけどジョブというモノの存在さ。
あれに俺は底知れない可能性を感じるし、もし仮に他の大会出場者がこれまでのレベルやスキルなんてものを凌駕する様な凄いジョブを取得していたとしたら・・・なっ、どうなるか分からないだろ。』
う~ん、これはジョブに関しても結構知ってそうな口ぶり。
まあ多少は知れてるだろうとは思っていたが、俺の想像以上かもしれないな。
『またまたぁ、そんな事言って自信満々の顔してるじゃないですかぁ。』
『そりゃあこれでも今回3連覇が掛かってるし、恥をかく為に出場するわけじゃないからな。』
そしてこんな自信たっぷりなコメントが出来るって事は、恐らくもう既にこの人も何らかのジョブを取得してそう。
『あはは~、それじゃあ私もレッドライオンの優勝を応援してますので、頑張ってくださいね。
それでは中継お返ししまぁす。』
『赤羽さん、わざわざ有難う御座いました。』
こんなAランクのトップクラスまでジョブを取得している様じゃ、この前ボスが言ってた神風なんてものはほぼ無風状態。
俺の見立てじゃこの大会、あらゆる面が上手く行ったとして中の下くらいの順位が関の山って感じか。
ガチャリ
探索者チャンネルの緊急特番が終わると部屋のドアが開いた。
ツカツカツカ
なっ、ボス、何すか?急に。
中川はソファに座る賢斗の頬を両手で押さえると強引に見つめ合った。
「ねぇ多田さん。
マジコンで半分から上くらいの順位ならどうにかならない?
もし達成出来たら、カフェラッチョ1年分プレゼントするわよ。」
何故俺がカフェラッチョフリークだと?
次回、第百十四話 マジコン下見期間突入。




