第百十二話 水中装備の御用命
○7月11日木曜日午後4時20分 クローバー拠点部屋○
リトルマーメイドの操舵輪というユニークアイテムの予想外の可能性。
それはナイスキャッチメンバー全員のやる気を一気に駆り立てる結果となっていた。
「こうなったら北山崎の海中探索を進める必要があるわね。
水島さん、私エアホイッスルを予約します。」
「はい、有難うございます、紺野さん。」
「じゃあ私は小太郎の分と合わせて2つお願いします、水島さん。」
「了解です、蓬莱さん。」
「あっ、ちょっ、次の入荷分は俺の分だろぉ?」
「すいません多田さん、予約のお客様が先になっちゃいますぅ。
それに小田さんの好意を無にするのも悪いですよ?」
うんうんと頭を縦に振る桜。
まっ、確かにまだ50万円もする様なアイテムを買える余裕はないし、桜がそれで良いなら助かりますけど。
にしても予備を買って俺に貸すくらいなら、それを俺に譲ってくれたっていいだろぉ?ったく。
「分かったよ、じゃあ取り敢えずまだ桜の好意に甘えとくよ。」
「ええ多田さんにはそうして頂いた方がこっちも何かと助かります。」
う~ん、水島さん的には売上あがった方が助かるんと思うんだが。
「ところで皆さんエアホイッスルばかり注文してますけど、他に海中装備の御用命は御座いませんか?
本格的に海中探索するならそれなりの装備を整えた方が良いんじゃないかと。
今着てる防具類なんかは濡れると重くなって海中では泳ぎにくいだけですし、武器だって水の抵抗で陸上の様な効果は発揮されない場合が多いです。
そして皆さんお得意の魔法攻撃だって、水中じゃ思う様に発動しないって聞きますよ。」
まあそれはそうだな。
この間はエアホイッスルと普通の海パンと言う出で立ちだったが、それは戦闘を想定していないから出来る芸当。
海中探索しようと思ったら海中戦闘も視野に入れる必要は当然出て来るし、それなりの武器なんてのも必要か。
水島さんの言う様に水の中で雷魔法なんて放ったら、自分まで感電しそうだし。
「もしお時間の方が宜しければ、今から店舗の方で詳しくご説明させて頂きますけど。」
とそんな水島さんの言葉で、俺達はみんな揃って店舗フロアへと移動した。
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○クローバー店舗○
一同が店舗フロアに移動すると丁度そのタイミングで店の自動ドアが開いた。
ウィーン
「たっださぁ~ん、やっほ~う。今日はバッチタイミングでしたねぇ~。」
「あら今日は丁度良かったですね、蛯名さん。
それじゃあ私は皆さんに海中装備の説明をしておくので、多田さんは蛯名さんのお相手をお願いします。」
「いや俺にも海中装備の説明を・・・」
「いいえ、多田さんが居ない方がきっと説明も上手く行きます。
これは多田さんの為でもありますし、ここは大人しく従って下さい。」
俺の為とはどういう事だ?
そしてその間こいつの相手って・・・う~ん、色々納得が行かない。
とほどなく商談コーナーに腰を掛けた御両人。
ゴトゴトゴト
「ほら、これが今ある分の魔石だ。
俺はこれでも今忙しいんだからそれ飲んだらとっとと帰ってくれ。」
チュ~、ジュゴゴゴゴゴ
「はぁ~、生き返るぅぅぅっ!多田さんに入れて貰ったオレンジジュースは最高ですぅ、もう一杯っ!」
ったく、まっ、態々魔石の買取に来て貰ってるんだし、余り無碍にするのもアレなんだが。
「ほらよっ。」
チュ~
「時に多田さん、マジコン出場おめでとう御座いますぅ~、パチパチ~。
そしてなんと私の予想通りナイスキャッチは人気投票で48位でしたよぉ。
これはもう私、大予言者かも知れません。」
あっそ。
「そこで見事予想を的中させた私にご褒美が欲しいのですが、ナイスキャッチファンクラブ設立の許可を頂けないかと。」
「ん、ファンクラブ?
そんなもん作って一体何やらかすつもりだよ。」
「それは会報を作ってナイスキャッチがやるイベントの報告や普段の活動報告、今回の様な人気投票ともなれば有志を集めて街に繰り出し街頭アピールとかもやっちゃいます。」
あれ、意外と真面な感じ?
まあ普通のファンクラブってのが何をやる団体なのか良く知らんけど。
にしても・・・
「お前よくそんな事やる気になるな。
俺なら面倒だし絶対ゴメンだぞ。」
「これは多田さんともあろうお方が異な事を。
ナイスキャッチ愛が足りないんじゃないですか?
私がこのナイスキャッチファンクラブを設立した暁には、ナイスキャッチファンクラブ会長に就任できますし、当然会員番号1番の栄誉を預かることが出来ます。
ああもう想像しただけで鼻血出そうです。」
ああ、そうかい。
「でも言う程ファンなんて集まらないんじゃないか?
それにファンクラブを作るなんて案件俺一人で返事出来ないし。」
「あら、私は賛成よ、多田さん。」
何時の間にやらテーブルの脇に立っていたうちのボス。
そしてこの話はもう既にお耳に入っていた御様子。
「節度のあるファン集団はこちらとしてもメリットが結構あるのよ。
ナイスキャッチがやる一般のイベントに協力して貰ったり出来るし、ファンイベントのお仕事依頼をくれたりもする。
新しいグッズを考案しようなんて時だって直ぐファンが求める物をリサーチ出来たり。
これはナイスキャッチリーダーとしては二つ返事で頷く案件よ。」
まあボスがそう言うんならそうなんだろうけど。
「そうです多田さん。仮にナイスキャッチが街でファンに取り囲まれる場面を想像して下さい。
我々ナイスキャッチファンクラブのメンバーは身を挺して皆さんをお守りする事でしょう。」
まっ、そんな場面に出くわした覚えはこれまで無いし、俺に寄って来るのはお前くらいだろうけどな。
とはいえ勝手にやってくれるってんなら別に断る理由も無いか。
「ああじゃあ後で皆に相談しといてやるよ。」
「わっかりましたぁ。
それでは私、早速会員証と会員バッジの作成に取り掛かりますので、今日のところは失礼をば。」
「おい、待て待て。
正式な返事は後になるって言ってるだろぉ?
それにお前は今日何しにここに来たんだよ。
帰るのは魔石の買取が終わってからにしてくれ。」
「そうでした、肝心の魔石の買取を忘れるとは、あまりの嬉しさに私ついつい浮かれポンチになっちゃってましたかねぇ~。いや~、お恥ずかしいっ!
あっ、それでですね、多田さん。
会員番号1番の人には入会特典として多田さんとの1日デート券をプレゼントしようかと今企画中なんですけど、どうですか?この企画。」
「却下。」
会員番号1番ってオメェだろ、ったく。
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○30分後 クローバー拠点部屋○
蛯名っち退治を終えるともう店舗フロアには皆の姿は無くどうやら拠点部屋へとまた移動した様だ。
ガチャリ
なっ!
拠点部屋の扉を開けた賢斗の前には驚きの光景が広がる。
「はぁ~い、皆さん最高に良くお似合いですよぉ~。」
今この瞬間を脳裏に焼き付けるんだっ!俺。
部屋の中には満面の笑みを浮かべる水島とド派手なサンバダンサーが3人。
「けっ、賢斗君っ!あんまりジロジロ見るんじゃないわよっ!」
かおるは両手で胸を隠しながら照れた口調で言い放った。
そう言われましてもそんな大きな生乳をこうして露わにされたんじゃ・・・
水島は賢斗の手を取ると強引に部屋の隅へと誘った。
「いいですか?多田さん。
紺野さんはかなり手強かったんですから、あんまり彼女の羞恥心を煽る様な事は慎んでください。
そして今後も彼女達のこの姿が見たかったらここは何事も無いかのような普通の態度で務めて下さい。」
なるほど・・・先輩にこんな破廉恥な恰好させるのはさぞ至難の業だったでしょう。
つか水島さん凄ぇな・・・俺なら絶対無理だし。
「わかりました。」
ニヤリ
「光ちゃん、やっぱりこれちょっと派手過ぎないかなぁ~?」
あっ、それちょっとどころの騒ぎじゃないですよ、先生。
ダンジョンで露出度7割を超えるそんな装備着てたら、即行で男性探索者に取り囲まれちゃいます。
「まあほんのちょっぴり派手さはありますが、その装飾の付いた衣装一式からは見た目以上の防御力の他、水圧保護膜を作りだして水深100mまでの水圧から着用者の身体を守ってくれます。
また頭と背中の羽は水中での推進力を生み出し、まるでお魚の様な泳ぎを実現してしまうんです。
先程の人魚パンツ以上の遊泳能力がありますし、これはこの夏大人気間違いなしのアイテムなんですよぉ。」
ほほう、こうやって丸め込んだのか。
つか見た目はアレだが、機能は結構優れてるのな。
これなら敢えて泳ぐ系のスキルを取得する必要もなさそうだし。
「それにピンク色で小田さんによくお似合いですし、それを着けるのは北山崎だけですよね?
この可愛い小田さんの姿が見れる男性は多田さんくらいのものですからご安心ください。」
うんうん、俺もこの姿の先生を他の男共に見せたくない。
「そっかぁ~。賢斗ぉ~、これどお~?
派手じゃないかなぁ~?」
クルッ
少女は身体を一回転して見せた。
いえ聞くまでも無く派手ですとも。
しかしここでそんなバカ正直に答えちゃ水島さんに怒られちゃいます。
にしても女子のTバック姿なんて生で初めて見たな。
そしてこれからは先生のこのプリッとした小さなお尻を堪能する機会に恵まれるのか・・・よし、頑張ろう。
あと先生もちゃんと胸の谷間が出来てますのでご安心を、うんうん。
「いっ、良いんじゃないかな。
俺は可愛いと思うぞ。ハハ。」
「そっかぁ~、エへへ~。」
こんなもんで良いっすか?水島さん。チラッ。
パチリ
水島は賢斗の視線にウィンクで応える。
「けっ、賢斗さん、私はどうでしょうか?
少し大胆過ぎると思うのですが。」
クルッ
うん、だから少しどころの騒ぎじゃないですって、お嬢様。
白い衣装に負けない程の透けるような白い肌と華奢な体つき。
しかしその細い腰のくびれからは想像できない程の豊かな胸の膨らみ。
あ~やっぱあそこには夢が詰まってるに違いない、うん。
「円ちゃんもとっても綺麗。何か神々しさまで感じちゃったよ。ハハ」
「そっ、そうですか。どうも有り難う御座います。」
円は少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。
どうっすか?今の?水島さん。
うんうんと頷きを返す水島。
さて残すは問題児だけなんだが・・・チラッ。
「わっ、私は別に君の感想なんて欲しくないわよ、賢斗君。」
「なに恥ずかしがってんですか?
先輩はグラビアアイドル顔負けのプロポーションなんですからもっと自信を持ってください。
そんな姿見せられたら、世の男共が放っときませんよぉ。」
「ふっ、ふ~ん。
じゃあやっぱり君の感想も言ってみても良いわよ。」
「ええまあ俺的にはこんな先輩を見れて最高に幸せって感じですね。」
あ~あのアルプスに顔埋めてぇ~。
「そっ、そうなんだ。ふ~ん。」
頬を染めるかおるの姿に満面の笑みを浮かべる水島。
「それじゃあ夏の新作スイムウェアセット『サンバカーニバル』は皆さん揃ってお買い上げと言う事で宜しいでしょうか?」
「ほ~い。」
「はい、購入させて頂きます。」
「しっ、仕方ないわね。海中ではこういうのが絶対必要なんでしょ?水島さん。」
「ええ勿論ですよ、紺野さん。
私は皆さんの安全の為にこういった遊泳補助アイテムをお勧めさせて頂いたんです。」
ふむ、見事なお手並み確と拝見させて頂きましたよ、水島さん。
とはいえ見た目はアレとして性能的にも結構優秀なこの装備、俺もこんなの着けないと海中じゃ危なかったりするのかな?
と言っても結構お高そうなんだが。
「水島さん、皆の装備って幾らくらいするんですか?」
「はい、このサンバカーニバルシリーズは大体180万円程です。
今懐の寂しい多田さんはちょっと無理かもしれませんけど。」
はい、どうもその通りで御座いますよ。
まっ、こんなド派手なサンバ衣装なんてこっちも着けたくないっつの。
「あっ、でもご安心下さい。多田さんは水圧耐性スキルを取得したって仰ってましたから、サンバカーニバルは元々少しオーバースペックです。
丁度中古の強化フィンセットがお店にあったと思うので、お値段10万円ってところでどうでしょう。」
う~ん、中古かぁ。
履物の中古はちょっとなぁ。
「それ新品って幾らです?」
「新品ですと20万円ですけど。」
かぁ~、足りない。
「はい、じゃあその中古で。」
「ふっ。」
あっ、今笑いましたよね?
この貧乏人を見下す様にっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「じゃあ次は武器の方なんですけど、皆さんが今お使いの武器ではちょっと海中戦闘に向いているとは言えないですね。」
「剣は使えないんですか?」
「使えない事も無いですけど、水中での斬撃ってその威力も落ちると思いませんか?
槍の様な突き刺す系の武器であれば、水中でもある程度適応可能なんですけど。」
「ああ、それなら大丈夫ですよ、水島さん。
俺にはオーガの槍が5本もありますから。」
いやぁ、取っといて良かった。
ちょっと重いけど、その方が寧ろ水中なら使い易そうだ。
「みんなも使うか?
結構重いから厳しいかもだけど。」
「多田さん、ちょっと邪魔しないで下さい。」
えっ・・・水島さんの目が怖い。
さっきまで味方だったのになぁ。
「はぁ~い、小田さん。
小田さんには水中魔法銃がお勧めです。
弾丸に魔法を込めて撃つと着弾時にその威力が敵の内部で炸裂します。
これなら水中でも小田さんの魔法の威力を十二分に発揮できますよぉ?」
おおっ、良いねぇ。
それなら俺も欲しかったり・・・まっ、もうお金ないけど。
「光ちゃんそれって幾らぁ~?」
「はい、下は120万円からありますので、後でお店の方で色々お見せしましょうか。」
「うんっ。」
いいなぁ。
「水島さん、私は?」
「えっと、紺野さんの場合ですとボーガンタイプの武器がお勧めですね。
水中用という訳ではありませんが、あれなら水圧に負けない威力を発揮できますし、地上戦でも遠距離射撃が可能になります。」
「あ~やっぱりそうなっちゃいますよねぇ。
まあ何れ買いたかったし良い機会かな。」
「はい、では紺野さんも武器を後でお見せしますね。
お値段もピンキリですし。」
「私にはお勧めはないのですか?水島さん。」
「蓬莱さんですと武器はグローブという事で宜しいのですよね?
それでしたらシャークヘッドグローブという海中ではかなり優れた威力を発揮するタイプがありますよ。
パンチが当った瞬間敵の身体に噛み付いて攻撃するので海中でもその威力は衰えません。
まあその分お値段の方も結構しまして350万円程になっちゃいますけど。」
「そうですか。
海の中に入ってかおるさんのグローブを着ける訳にもいきませんし、一度それを見せて下さい。」
「はい、それじゃあ皆さん早速店舗の方に行きましょうか。」
「ほ~い。」
「お値段ピンキリかぁ。
でもここは奮発しちゃうべきよねぇ~。」
「かみつきグローブとは一体どんなグローブなのでしょう。」
水島と少女達は賢斗を残し、部屋を出て行く。
「ちょっと待ったぁっ!」
「なにぃ~?賢斗ぉ~。」
「どうしたの?賢斗君。急に大きな声出して。」
「そうですよ、余りビックリさせないで下さい。」
「多田さんも懐事情が寂しいからって八つ当たりするのは、大人げないですよぉ?」
そんなんじゃないっつの。
「お前等、店に出る前にその恰好着替えた方が良い。」
「「「「あっ。」」」」
次回、第百十三話 カフェラッチョフリーク。




