第百十話 探索者アイドルの訪問
○7月10日水曜日午前9時 クローバー執務室○
「バイリンガーリングの方も結構予約が入ってますよ。」
アイテム鑑定証とオリジナルアイテム効果保証書の入ったA4サイズの茶封筒を手渡しながら部屋の主が声を掛けると・・・
「いやぁ、それは有り難い話ですね。」
対面のソファに座る青年は笑顔で応えた。
「ところで霧島さん、あなたのところの工房ってプライベートダンジョンをお持ちでしたよね?
一つ折り入ってご相談があるんですけど。」
「えっ、どんな内容ですか?」
「実はちょっと込み入った事情がありまして斯く斯く云々・・・という訳でうちの代わりにダンジョンの入札に参加して欲しいの。
勿論相応の手数料は払うつもりだし、事前に購入後のダンジョンについての買取り契約も結んでおくから、資金面に関しては安心して欲しいのだけど。」
「ああなるほど、徒に落札額が高騰しない様にって事ですか。
中川さんの頼みなら私も協力したいところなんですが、うちのダンジョンって親父が探索者を引退する前に購入した物なんで、今はもううちにダンジョン購入資格は無いんですよ。」
「あら、そうだったの。」
「お力になれず済みません。」
「いえいえ、こちらが勝手に勘違いしていただけなんだから、気になさらないで頂戴。」
う~ん、霧島さんなら丁度良い感じだと思ってたんだけど・・・
Sランクの中山さんじゃ向こうが張り合いかねないし、これじゃまた他に条件に合いそうな人を捜さなきゃだわ。
「でもそういう事なら多分持って来いのBランク探索者を知ってますよ。」
「あら、それ本当?どういった方かしら。」
「まあ中川さんもきっと御存じの方だと思いますけど・・・
なにせ今大人気の探索者アイドルですから。」
「それってもしかして三角桃香さんの事?
彼女ってBランク探索者だったかしら。」
「いやほら、彼女今年探索者協会のイメージキャラクターを引き受けたんでその契約料がそのままランキングに反映されたみたいですよ。
本人は実力も無いのに恥ずかしいとか言ってましたけど。」
「あらそうだったの。」
新たな入札者の条件として一番大事なのが清川へのこだわりが高いと思われない事。
その点彼女なら人目に晒される事の多い探索者アイドルが誰も来ないプライベートダンジョンを単に欲しがっていると相手に思わせる事が出来そう。
それに幾ら人気の探索者アイドルとはいえ個人資産がそこまである様にも思われない。
加えて有名人という事であれば下手なマネはできないだろうし、霧島さんの知り合いという点も含めて信頼も十分。
・・・確かに彼女なら適任だわ。
「それなら是非ご紹介して頂きたいわ。」
「では後で彼女にここに電話するように言っておきます。
詳しい話はその時にでも彼女と直接して下さい。
と言っても彼女がうんと言うかはまだ分からないので、電話が無かったら諦めて下さいね。」
「ええ、分かったわ、有難う霧島さん。恩に着るわね。」
ホ~ントこの人、うちに入ってくれないかしら?
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○午前10時 女子高 授業中○
「ねぇ桜ちゃん、その首から下げてる笛はなぁ~に?」
「えっとねぇ、これは水の中でも息が出来るマジックアイテムなんだよぉ~。私の宝物なんだぁ~。」
「へぇ~いいなぁ、そんなの持ってるなんてやっぱり桜ちゃんは凄いねぇ。
あ~私も探索者になりたくなっちゃったぁ。」
「えへへ~、光代ちゃんだって頑張れば直ぐになれるよぉ~。」
「そうかなぁ。」
「じゃあ今度一遍ダンジョンに連れて行ってあげよっかぁ~?」
「ほんとぉ?」
「ほら小田さんに榎本さん、今は授業中ですよ。私語は慎んでください。」
「「はぁ~い。」」
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○お昼休み 社会科準備室○
「なぁ、蒼井、卒業したら俺はギルドを立ち上げようと思うんだがお前もどうだ?一緒に。
俺達みたいな中途半端なレベルじゃ何処の探索者ギルドも拾っちゃくれないし、次のモンチャレで決勝進出なんて夢を見続けるのも楽じゃない。
お前も探索者の夢を捨てきれずに進路悩んでただろ?」
「残念、私は卒業後かおるのとこのギルドに正式に入れて貰える約束なの。
だから最近学校終わってからは、ギルド直営甘味茶屋でお手伝いしてるのよ。
心配してくれたみたいで申し訳ないけど。」
「そうか。折角最初に声掛けたってのに、これは無駄骨になっちまったな。」
「えっ、声掛けたのって私が最初だったの?」
「ああ新規にどこぞの底辺探索者を集めたギルドを立ち上げたってそう上手くは行かないだろ。
協会からの依頼なんて先ず貰えないし、普通にやったって一般からの依頼が来る筈ないだろうしな。
そこで俺が考えてるのが、一般人や若い探索者相手に色んなスキルを格安で取得させてやる仕事って訳だ。
そしてこれを実現するには先ずスキルの情報に長けた人材、スキル研でずっと一緒だったお前や紺野辺りの協力があれば言う事無し。
まっ、傍から見てもえらい事になっちまってる紺野は無理だし、もう最初に声を掛けるのはお前しか居なかったって訳だよ。」
「ふ~ん、ちょっと残念な理由ね。
古谷君はこういう話をする前にもうちょっと乙女心の勉強をした方が良いわよ。」
「そっ、そうか?そいつは・・・」
「でもいいわ。その話乗ってあげる。
岩下君や芥川君なんかも誘えば何となく上手く行きそうな気もするしね。」
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○午後4時 クローバー駐車場○
少年が何時もの様に自転車を止めると、駐車場にはカーテンで閉ざされ外部からは中を垣間見ることが出来ないワゴン車が一台。
ガラガラガラ
スライドドアが開くと出て来たのは、白いニット帽にロングコート、濃い目のサングラスにマスクをつけた女性。
「時間は10分だけですからね、それ以上は不味いです。」
「分かってますって、進藤さん。」
何だ、アレ?この暑いのに変質者か?
う~ん・・・はっ!これはもしやクローバーを狙った強盗なのではっ。
はっ、早くボスにこの事をお知らせせねば。
○クローバー執務室○
コンコン
「先生、お客様がお越しになられました。」
執務室内では来客とその部屋の主がソファに腰を掛ける中、トレイを持った女性が高級茶葉を使った緑茶をテーブルに置いて行く。
「お忙しい中御足労頂き済みません。」
「いえいえ、話は伺ってますので早速契約の方を進めちゃって下さい。」
「有難う御座います、では早速ですが・・・」
ガチャリ
「ボッ、ボスッ!大変です。今駐車場で可愛い声した強盗が・・・」
「どうしたの?多田さんノックもしないで。今来客中なんだからあんまり恥をかかせないで。」
あれ?
「クスッ、ねぇ君、それってもしかして私の事?」
開いた口が塞がらない少年。
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○午後4時20分 クローバー拠点部屋○
ケラケラと笑い声が渦巻く拠点部屋内、仏頂面で只々その場を耐え凌ぐ一人の少年が居た。
「いやぁ、今年に入って一番笑わせて頂きましたよぉ。
まさか大人気アイドルを強盗と間違う人なんて早々居ませんよぉ。」
そいつぁ悪ぅ御座いました。
「アハハ~、うんうん流石賢斗君、私が見込んだだけの事はあるわ。やっぱり君とパーティー組んだのは大正解。」
もっとマシな理由でパーティー組めよ。
「賢斗君はもっとしっかりした子だと思ってたんだけどねぇ、アハハ。」
むぅ、椿さんからの厚い信頼を裏切る形になってしまうとは。
「賢斗はねぇ~、そそっかしいとこもあるんだよぉ~。」
いやここまでの赤っ恥を皆の前でかいた覚えはないぞ。
「大丈夫ですよ、賢斗さん。
勘違いなんて良くある事ですから、あまり気にしちゃいけません。」
それはそうなんだが、お嬢様にはもうちょっと気にして頂きたい。
ガチャリ
入室して来たメガネの女史はパンパンと柏手を打つ。
「ほぅら、皆多田さんをあんまり苛めないの。
彼も悪気があってした事じゃないんだから。」
ああ、なんとお優しい・・・やっぱりボス大好きっ!
「それで中川さん、何で大人気の探索者アイドルさんがうちの店に来ていたんですか?」
おお、やっと話題が切り替わってくれた。
つか先輩、ボス呼びを元に戻してる・・・その場その場で使い分けるとは中々やるな。
「それは彼女に清川ダンジョンを代理購入して貰う為よ。」
「何で態々そんな事するんですか?」
「それは前にも言ったと思うけど、クローバーの名前で入札すると相手が変に意識して必要以上に入札額が跳ね上げる可能性が高いからよ。
その点彼女の名義を貸して貰えば、探索者アイドルの個人資産なんてたかが知れていると相手は思うだろうし、代理をお願いするにはピッタリって訳。」
流石ボス、見事な作戦であります。
「そんな事より紺野さん。
何か蒼井さんが甘味茶屋のバイトを辞めたいって言って来たんだけど何か聞いてないかしら?」
「えっ、そうなんですか?
それはちょっと初耳ですけど。」
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○午後4時50分 北山崎ダンジョン3階層○
3階層の島山、といってもその高さは海抜30m程度であり、島の周囲も500m程の小さな島。
溶岩質の山肌と瓦礫に覆われたそこには、背の低い植物が僅かに生える程度で島全体を見渡しても魔物の姿はない。
島の頂付近にあった大きな岩の上に腰を下ろした少年は遠く海を眺める。
ここは平和で良いねぇ。
特異個体なんてまるで出現する気がしない。
ザップ―ン、ザップ―ン
おっ、何だあれ。
200mほど離れた海上、イルカ型の魔物に乗った人型の魔物が三つ又の槍を掲げて海の中から飛び出した。
へぇ~、魔物の姿が見当たらないと思ったら、やっぱ海の中に居たんだなぁ。
で、3階層のシーゴブリンさんはレベル10と。
にしてもあいつ等どんどんこっちに向かって来てないか?
「円ちゃん、ちょっと急いでこの大岩壊してくれる?」
「もう仕方がありませんねぇ、賢斗にゃんは人使いが荒いですにゃん。」
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○午後4時30分 緑山ダンジョン1階層 湖畔○
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル5になりました。特技『水面ダッシュ』を取得しました。』
ふぅ、ようやくレベル5ねぇ。
「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、紺野、お前俺達を殺す気か?」
「ぜぇはぁ、そうですよ、紺野先輩。僕はこういう体育会系のノリは嫌いなんですから。」
「ぜぇはぁ、ぜぇはぁ、俺ももう限界だよ。」
「はぁ、はぁ、ちょっとかおる、あんた何の恨みがあってここまでさせるのよ。」
だって私を除け者にしてギルドを立ち上げるとか・・・ちょっと気分悪かったし。
「賢斗君は2日でダッシュスキルをレベル10まで上げたって言ってたわよ。
そんな甘い考えじゃ、そのギルドだって上手く行きっこないでしょ。
はい、あと20本。」
「おい、芥川、ここに鬼が居るぞっ。」
「そっ、そっすね、古谷さん。」
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○北山崎ダンジョン2階層○
岩場海岸を歩いていた少女の行く手にそそり立つ大きな岩山。
その前まで辿り着くと少女は上を見上げた。
おっかしいなぁ~。
あの辺りに宝箱が在る筈なのにぃ~。
視線の先は20m程上のまるで何もない只の岩肌。
フワリ
ゆったりと上空へ昇って行く少女は先ほどのポイントの前でピタリと止まった。
「ファイアーボール・アンリミテッドぉっ!」
ドォ~ン
火球を岩肌に撃ち込む少女。
すると何もなかった岩肌にぽっかりと空いた空洞が姿を露わした。
「あっ、やっぱりぃ~♪」
少女はその空洞の中に佇む銀色の宝箱に歓喜の声を上げた。
銀色の宝箱はお久しぶりさんだよねぇ~。
これみんなに知らせた方がいっかなぁ~?
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○北山崎ダンジョン 3階層からの通路内○
う~む、通路に入った途端に浸水状態。
もうこっから先は泳いで行くしかなさそうだな。
「円ちゃん、悪いけどまたこっから先は俺一人で行くよ。」
「そんな必要ありませんよ、賢斗にゃん。
この間私が水中おんぶをご提案した筈ですにゃん。」
いや円ちゃんが俺の首にしっかり手を回すから大丈夫って言われても、呼吸はどうすんだって話だし。
「でもほらエアホイッスルは桜から借りたこれ1個しかないだろぉ?」
「あっ・・・そうですねぇ。それはちょっとうっかりしてましたにゃん。」
(やっほ~、賢斗ぉ~。)
(ん、どうした?桜。)
(今2階層で銀色の宝箱見つけたんだけど、見に来るぅ~?)
(えっ、嘘っ!ホントか?行く行く。)
(おっけ~、じゃあ開けずに待ってるねぇ~。)
「円ちゃん、今桜から銀の宝箱を見つけたって念話があったぞ。
面白そうだから行ってみようぜ。」
「はいっ、了解ですにゃん。」
次回、第百十一話 ユニークトレジャー。




