第百九話 悪い予感
○7月10日水曜日午前6時 拠点部屋○
朝の部出発前の拠点部屋。
そこではギルドメンバーが集まる中、少年が昨夜の出来事を説明していた。
「ふぁ~あ、・・・という訳で、尻尾巻いて逃げてきましたけど、ジョブを持ってる魔物が居たのは間違いないですよ。」
・・・まさか皆に1回殺されて来たなんて言えないしなぁ。
余計な心配かけるだけだし。
「それで何で賢斗君は今ジャージ着てんのよ。
まさかその如何にも強そうな魔物と一人で戦うなんて馬鹿な考え起こして、装備をボロボロにされちゃったんじゃないでしょうね?」
「えっ、すっ、直ぐ逃げて来たんだからそんな訳ないでしょ。
偶々洗濯しただけですって。ちょっと汗臭かったから。」
ホント先輩は何でも勘ぐってくるよなぁ・・・まあ心配してくれてんだから、文句言っちゃ罰が当たりそうだけど。
「ゆっ、勇者さまっ!なんて勿体ない事を。次は是非その洗濯は私にお任せ下さい。」
何が勿体ないのだろう?
「いっ、いや、大丈夫だから。」
「それで多田さん、その魔物のジョブはどんなジョブだったの?」
「侍って言うジョブでしたよ。
ジョブランクはRランク、関連スキルは長刀、見切り、居合の3つでしたね。」
「あっ、そのジョブならそこの躑躅ケ崎ダンジョンが取扱ダンジョンになってますぅ。」
ふ~ん、躑躅ケ崎ならそのうち攻略認定取れそうだけど・・・最下層は7階層でもう既に4階層まで辿り着いてるし。
「あら魔物が持っているジョブも人間が取得出来たりするのね。
まあ一概には言えないでしょうけど、これでまた新たな事実が判明したわ。」
「賢斗ぉ~、ジョブを持った魔物って強かったぁ~?」
「う~ん、どうだろうな。
まっ、確かに滅茶苦茶強かったけど、あいつは恐らく特異個体だったと思うしジョブを持っていたから強かったとは現時点で断定出来ないと思うぞ。」
「あれれ、何で戦っても居ない賢斗君が滅茶苦茶強かったとか言っちゃうのかな?」
あっ、やべっ。
「やっぱりその特異個体と自分一人で戦って来たんじゃない。
私の目をごまかそうとしても無駄よ。
全くもう賢斗君は心配ばっかり掛けるんだから。」
「わっ、分かってますって。でもほら、俺の場合勇者オーラで3分間無敵になれますし、長距離転移でいつでも離脱可能でしょ?
どんなに強い相手だとしても小手調べくらいは平気なんですって。」
まっ、ホントは全然平気じゃなかったが。
「ふ~ん、そういえば勇者ジョブのスペシャルスキルってそんな感じだったわね。
あ~私も早くスペシャルスキルのあるジョブを取得したいわぁ。」
それを今俺に言われましても・・・
「風弓の天女を取ればきっとスペシャルスキルもついてるよぉ~。」
確かに同じSSRランクジョブを取得すればついてそうだよな。
「賢斗さん、私の獣姫ジョブにもスペシャルスキルはあるでしょうか?」
「う~ん、獣姫はSRランクだしなぁ、でもあっても不思議じゃない気もするけど。
どうなのその辺、茜ちゃん。」
「はい、高ランクのジョブになる程スペシャルスキルがあるものは多いそうですぅ。
でもない場合も勿論ありますので、それは実際に取得した時のお楽しみというものですよぉ、勇者さま。」
そっか、じゃあSRランクあたりならスペシャルスキルくらいありそうだな。
「ならやっぱり北山崎の攻略が済んだら襟裳岬を攻略しましょ。
次は私がSRランクの風弓の射手を取得する番よ。」
「いやまだ俺達Dランクにもなってないですよ、先輩。」
「そんなの中川さんがマジコン終わったらDランクになってるって言うんだからなってるわよ。
もうちょっと賢斗君もうちのボスを信頼しなさい。」
あっ、先輩、今中川さんを口に出してボスって言っちゃってます。
「うふふっ、何かあんた達見てると拍子抜けしちゃうわねぇ。」
あっ、ボス笑ってる・・・俺も今度ボスって呼んでみようかな。
「話が逸れちゃってるけど魔物がジョブを持っていたなんて事実は、今後の探索者業界全体を揺るがしかねないビッグニュースだというのに。」
まあ確かに俺目線で言えばスケルトン師匠は恐ろしく強かったけど・・・
「多田さんが見たそのジョブ持ちの特異個体がその1体だけって考えるのは楽観的に過ぎるわ。
他にもそういった特異個体が出現しているかもしれないし、今後出現する特異個体がジョブを持ってるなんて可能性も十分考えられる。」
・・・まっ、それは普通に有り得そうだな。
「そしてまだこの段階でジョブを持つ魔物が特異個体に限定されていると考えるのもどうかしら?」
えっ、それって・・・
「通常の個体も今後ジョブを持って出現してくる可能性。
仮にこの悪い予感が当ってしまえば、自ずと全てのダンジョンの危険度が更に上昇する事態を招いてしまうわ。」
あ~つまりボスが探索者業界全体を揺るがすとか大袈裟な言い方してたのはこの可能性を危惧しての事か。
確かに現状俺が確認したジョブ持ち個体は特異個体と思しき師匠だけ。
しかしこの情報だけで今後通常個体がジョブを持って出現する可能性を否定する事は出来ない。
「緑山さん、その辺の情報詳しく神様に聞く事は出来ないかしら?」
おっ、そうか、茜ちゃんの神様情報なら・・・
「はい、中川さん、それじゃあちょっと聞いてみますぅ。
来てます来てます・・・
えっとですねぇ、今後は特異個体に限らず強い魔物から徐々にジョブを持った個体が増えてくみたいですよぉ。
人間の間にジョブが広まって行く様に、魔物にもそれが広まっていく感じで。
理由としてはダンジョンの難易度調整だそうですぅ。
ジョブ導入で人の方ばかりが強くなるのはバランスが崩れちゃうみたいな事を仰ってましたぁ。」
なっ、見事にボスの悪い予感が的中しちゃってるな。
こいつは早めにダンジョン攻略を進めとかないと新たなジョブを獲得するのがどんどんしんどくなっていく予感。
いやもう手遅れか?
「光、ちょっと今現在の特異個体情報を調べて来てくれる?
場所はそうねぇ、富士ダンジョンについての情報だけで良いわ。」
ふむ、強い魔物から徐々にというのであれば、日本で唯一のAランク富士ダンジョンでそれが一番顕著に表れている可能性が高い。
指示に従いインターネット環境が整った拠点部屋へ戻る水島さんと同行した桜が戻って来たのはこの10分後。
「先生、お待たせしました。
ありましたよっ、特異個体の目撃情報が12件も。
けどちょっと可笑しいんですよねぇ、階層を移動しない特異個体というちょっと変わった情報が殆どで。
しかもこれ全部が同一個体とはとても考えにくい感じだったんですよ。」
・・・それってつまり通常個体がジョブ持ち個体となり、探索者さん達に特異個体と思わせてしまう程強くなっちゃっているのでは?
不味い事になったな・・・もう既に富士ダンジョンでは通常個体のジョブ持ち化が進んでいる可能性が高い。
そしてその富士ダンジョンに週末赴く俺達ってどうよ?
「そう12件も、となると思った以上に私達の知らないジョブ取得者が増えているのかもしれないわね。」
まあネットオークションに出品されてたくらいだしな。
「といっても日本のトップレベルが集うマジコン大会が特異個体の出現情報が多いくらいで中止にはならないだろうし。」
そうそう、いっそ中止になってくれたら良いのに。
「ねぇ、ボス、この際こちらから出場をキャンセルしましょう。
俺達の様な実力が足りていないパーティーが今回出場するのはかなり危険な気がしますし。」
やったっ、俺もボスって呼んじゃいましたよぉ。
この程度で怒らないですよね?寧ろボスは喜んで・・・
「何馬鹿な事言ってるの?多田さん。」
あっ、怒られちゃった・・・俺がボスって呼んじゃ駄目なの?ボス。
「ジョブにより魔物が強化されたのは、人がジョブを持つ事に対抗しているって話だったでしょ。
確かにこの状況はまだジョブを取得していない探索者にとっては不利と言えるものだけど、SSRランクジョブ取得者がもう既に2人も居るうちとしては寧ろ有利な筈だもの。」
何だそっちか。
とはいえそっちに関しちゃ折角のアドバンテージが縮まってしまった感じしか俺はしませんけど。
「ほら多田さん、今回のマジコン出場者にしたってまだジョブを取得していない人の方が多いわよ、きっと。
これはつまりうちに神風が吹き荒れてちゃってるのよぉ♪
どうかしら?10位入賞くらいイケそうな気がして来ない?
ボスからのお願い。」
ニコリッ
俺は今ボスと呼んだ事への仕返しでもされているのだろうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午前6時30分 北山崎ダンジョン1階層○
少し長かったミーティングを終えると北山崎ダンジョンへと移動した面々。
上半身裸となった少年の脇には、その少年が脱いだTシャツを両手で自分の鼻に宛がい深呼吸を続ける少女の姿。
スゥ~ハァ~
「少し羨ましいですねぇ。」
それを眺める金髪の少女がポツリと呟く。
お嬢様にも病気がうつっちまいそうだな。
「先輩、これはOKですか?」
「うん、まあ茜の変態行動の中では一番許せるレベルね。」
そっすか。
「はぁ~、ようやくチャージ完了ですぅ。このTシャツ貰って良いですか?」
「それは駄目です、茜さん。
そのTシャツはもう既に私が予約済みですから。」
えっ、聞いてませんけど?
と15分ほど掛かったキュンキュンチャージを終えるとお次は定例ジョブ診断。
茜ちゃんが出した診断結果を聞いた水島さんがノートパソコンに打ち込むと、それをプリントアウト。
そのプリントを最初に受け取った少女が少年の元にやって来た。
「ほら、どうですか?勇者さまぁ。」
ん?
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≪選択可能ジョブ≫
【ランク R】
『キュンデレラ』 必要スキル:吸血キュンキュン契約 地元 緑山ダンジョン(Eランク)
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「うちのダンジョンRランクジョブも取り扱っちゃってますぅ。褒めて下さい、ついでに私も。」
ほう、あのスキルにも取得可能ジョブがあったのか。
「あっ、うん、凄い凄い。」
確かに緑山はEランクダンジョンではあるが何気に良いジョブ扱ってる気がするな。
まっ、ラインナップに関しちゃ実にアレだが。
また少年の隣では一枚のプリントをプルプルと震わせている一人の少女。
チラッ
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≪選択可能ジョブ≫
【ランク R】
『女悪戯小僧』 必要スキル:小悪魔の悪戯 新潟県 佐渡島ダンジョン(Dランク)
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ふむ、奈良時代から江戸時代にかけ流刑地となっていた佐渡島か。
なんかこの犯罪者スキルの取扱ダンジョンとして妙にシックリくるところだな。
「桜、この紙燃やして頂戴。」
「おっけ~、かおるちゃん、イグニッションっ。」
メラメラメラ
先輩、そんな事しても事実は消えたりしませんよ。
「はい、多田さんのはこちらです。」
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≪選択可能ジョブ≫
【ランク R】
『浮遊霊』 必要スキル:幽体離脱 長野県 セリーヌダンジョン(Dランク)
【ランク N】
『保育サポーター』 必要スキル:おんぶ 地元 白山ダンジョン(Eランク)
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ふ~ん、保育サポーターは直ぐに取れそうだな。
見切りにジョブが無かったのは残念だったが。
「セリーヌダンジョンは有名な心霊スポットである廃業したホテルの中にダンジョンの入口が出来ちゃってるそうです。
そしてこのダンジョンにもリアルな幽霊系の魔物が出現しちゃうそうですよ。」
ふ~ん、まっ、態々この辺のスキルをダンジョン攻略してまで取得するつもりも・・・
「多田さん、これはチャンスですねぇ。
ダンジョン攻略にかこつけて美少女達と肝試しなんて、これぞ青春の夏の思い出の定番、あはっ。」
ったく、良いですか?水島さん。
普段から魔物相手に戦ったりしてる探索者少女達が今更幽霊系の魔物だからと言って必要以上に怖がったりする訳ないでしょ~?
まあ怖がる美少女達にしがみ付かれる様なイベントは大好物ではありますけど。
「皆さん、多田さんが夏休みに是非皆でセリーヌダンジョンに行ってみたいと言ってますけどぉ。」
なっ、水島さん、何を勝手に。
「そっ、そんなとこ絶対行かないよぉ~。」
「私もパス。誰が好き好んでそんなとこ行くのよ。」
「私は賢斗さんがずっとおんぶして下さるなら別に構いませんよ。
それでしたら周りの事など気になりませんし。」
ほう、こいつは意外・・・普通に幽霊系の魔物は苦手なんだな。
でもまあ一人条件付でOK出してる変わり者もいるが、この分じゃ真夏の肝試しイベント自体発生しそうもない。
「そういう事でしたら勇者さまぁ、私を是非お連れ下さい。
こう見えてお化けさんにはよくお会いしますし、護符でのお化け退治も得意ですぅ。
これは2人っきりになる大チャンス到来の予感。」
確かに茜ちゃん家は神職の家系だし霊感も強そうだな、まあイメージでしかないけど。
でも茜ちゃんの場合幽霊を全然怖そうにしてないし、これはこれで嬉しい展開は期待できそうもない。
「あっ、そうなんだ。じゃあもし行く事になったらお願いしようかな。」
「ちょっと茜、神社の娘だからって営業トークも程々にしておきなさい。
私が見て無かったらあんた何しでかすか分かったもんじゃないんだから。
賢斗君も茜を誘って2人っきりでそのダンジョンに行こうなんて考えちゃダメだからね。」
おおっ、何という信用の無さ。
「いいえ、これはお化けの苦手なかおるお姉さまには関係の無い話ですぅ。」
そうだそうだぁ~。
「ほらあんた達、夏休みの計画はまた後にしなさい。
時間もないし、そろそろハイテンションタイムを消化しましょ。」
うぃーっす。
次回、第百十話 探索者アイドルの御訪問。




