第百八話 予期せぬ強敵
○7月9日火曜日午後11時30分 躑躅ヶ崎ダンジョン2階層○
夜の帳が降りた江戸時代風の街並み。
剣術修行に訪れた少年はその大通りのど真ん中、月明かりに照らされ抜き身の剣を肩に乗せながら歩いていく。
すると突如建物の陰から斬りかかって来るスケルトン。
キーンキーンキーン
それをまるで予測していた様に三合打ち合うと態勢を屈めて横薙ぎの斬撃を浴びせる少年。
グシャァ、ガラガラ
「いや~このレベル8の辻斬りスケルトンさんでも剣術練習のお相手にはちょっと物足りなくなって来た今日この頃。
そろそろ次の階層に行ってみよっかな。」
少年は上空に舞い上がると町を一望、町で一番大きな屋敷を見つけるとそこへ進路を取った。
キィ――ン、シュタッ
おっ、あったあった。
屋敷の敷地内、建物の外にある井戸の傍に下り立つと少年はその中に躊躇なく飛び込んだ。
○躑躅ケ崎ダンジョン3階層○
一旦井戸の底に下りてから上がってみるとあら不思議。
そこは長屋の一角にある共同井戸といった場所。
やはりこのダンジョンは井戸の中の転移トラップが下層へ行く方法になってるな。
1階層から2階層へ行く時には結構悩んだけど。
少年はまた町の大通りまで出ると歩き出す。
するとほどなく複数のスケルトン達にとり囲まれた。
長い棒を持つ個体、投網の様なものをクルクルと回している個体、そして十手を持つ個体のもう一方の手には『御用』と書かれた提灯。
何だ、こいつ等・・・え~っとなになにぃ、岡っ引きスケルトン?
まあ確かにレベル10だしちっとは強くなってるんだろうが・・・刀持ってる奴が居ない。
う~ん、これじゃ剣術の練習にならないだろぉ?
少年はその包囲網を上空に逃れるとまた一番大きな屋敷へと進路を取った。
キィィ――ン
○躑躅ケ崎ダンジョン4階層○
階を下り進める毎に少しずつ立派になって行く町並み。
その大通りの真ん中を歩く少年の反対方面からは異様な雰囲気を纏った1体の魔物が近づいてくる。
距離が10m程に詰まったところで少年が立ち止まると、魔物もそこで動きを止めた。
おっ、よしよし、刀を持った奴が出て来てくれたなぁ。
って待て・・・そんな悠長な事言ってる場合じゃない。
いきなりこんな奴が出て来るなんて、ちょっと強過ぎだろっ!
~~~~~~~~~~~~~~
名前:スケルトン武者
種族:魔物
レベル:20(6%)
HP 50/50
SM 45/45
MP 23/23
STR : 30
VIT : 30
INT : 20
MND : 21
AGI : 29
DEX : 31
LUK : 19
CHA : 20
【ジョブ】
『侍LV1(0%)』
【強属性】
なし
【弱属性】
なし
【ドロップ】
『名刀(ドロップ率(35.0%)』
【レアドロップ】
なし
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3階層の岡っ引きはまだレベル10程度だっただろぉ?
4階層に入っていきなりレベル20とか・・・ゴクリ。
となるとこいつは恐らく特異個体。
そんな情報無かった筈なんだけど、もしかして俺が第一発見者だって事だろうか?
う~ん、特異個体と出くわすなんて今の俺相当ついて無いな・・・明日茜ちゃんにお祓いでもして貰おうかな。
ってあれ?・・・嘘だろ。
こいつジョブまで持ってやがるっ!
何で魔物が・・・ってそんな事今考えてる場合じゃないな。
今はとっととこの戦場から撤退しなければ・・・
いやでも待てよ・・・こいつが幾ら強かろうが俺には勇者オーラがある。
無敵の3分間ならこいつに俺の剣術修行のお相手を務めて頂く事も可能ではなかろうか?
逃げるだけなら何時でも出来るし。
それに週末には恐らくこんな局面が手ぐすね引いて待ち構えてる。
その時ぶっつけ本番になるよりは、今ここで勇者オーラの効果検証を済ませておくのも悪くない。
よし、となれば急ではあるが早速勇者デビューと行きますか。
いやぁ~ホントは早く勇者オーラを使ってみたかったんだよねぇ~。
行くぞっ!発動、勇者オーラ。
ボファッ
少年の身体を上空へ立ち昇るかのような金色の光が覆うと彼の脳内には効果時間終了までのカウントダウンがイメージ表示された。
おおっ、何これかっこいいぃ~♪
効果時間のお知らせ機能まで付いているいるなんて、ムフッ・・・アゲてくれますねぇ~♪
何か制限時間内に敵を倒さなければいけないなんてかなりヒーローチックじゃないですか。
でもこのビデオの再生と一時停止みたいな表示はなんだろう?・・・う~ん、それ。
あっ。
少年が一時停止をイメージすると金色のオーラは消失した。
となると・・・
ボファッ
なるほど、効果時間を一時停止できるのか。
う~ん、なんかヒーロー感がちょっと希薄になっちまったな。
とはいえ3分という短い効果時間をこれなら攻撃を受ける時だけ発動する様な形で有効活用出来る。
いやぁ、こんな機能まで付いているとは流石勇者ジョブのスペシャルスキル様だな。
よし、それでは早速こちらから攻撃を仕掛けてみましょう。
フハハハッ、魔物よっ、覚悟は出来たか?
貴様の攻撃などまるで歯が立たん事を思い知るがいいぃ~♪
「そりゃあーっ!」
上段の構えを取りつつ金色のオーラに包まれた少年は魔物に飛び掛かった。
シュパ―――ン、カチャ。
魔物は刀を抜くとそのまま弧を描く様に一閃、柄をクルリと持ち替え再び刀身を鞘に収める。
すると少年の身体は物凄いスピードで真横に飛んで行く。
ドカッ、バキバキィー、ガラガラガラ
破壊された木造建築の中、瓦礫の下敷きになりながらブルブルと震えている少年。
なっ、なっ、何だよあれ。
いっ、今俺が真っ二つにされたビジョンが明確に脳裏に焼き付いたぞっ。
怖い怖い怖い怖い・・・
あっ、あんな奴に絶対、かっ、かっ、勝てっこねぇ。
ダメだ、早く逃げないと、こっ、殺される・・・
バキッ、バキッ・・・
きっ、来たぁ・・・転移っ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午前1時、ハイツ令和、201号室○
ふぅはぁ、ふぅはぁ、たっ、たた、助かった。
ガクガクガクガク・・・
いやぁ、まだ身体の震えが収まらん。
もうあんなとこに行くもんか。
ってくそっ、焦り過ぎてアパートまで戻っちまってる・・・帰還申請まだしてないのに。
しかし躑躅ケ崎の協会支部にだってもう行きたくないんだが・・・
ええい、こんな時は・・・精神洗浄っ!
あれ?俺は何故躑躅ケ崎に悪いイメージを持ってたんだろう。
世の中自分より強い魔物なんて腐る程居るだろうに、一々ビビってたんじゃ探索者なんてやってらんないだろぉ?
ってそっか・・・さっきスケルトン武者の死を予感させる一撃を前にメンタルをボロボロにされ精神洗浄使ったんだったな。
そしてその甲斐あってあの魔物に対する恐怖心や苦手意識も見事に克服。
まっ、色々問題もある特技だが、使用上の注意を守ってお使い頂ければ至ってその効果は有用・・・ふっ、あの副作用もこういう時には実に良い仕事をする、うんうん。
それに引き換え勇者オーラの性能に関してはちょっと期待外れな印象だったか。
全ての攻撃を防ぐなんて言われれば、相手の攻撃を弾く様な完全遮断系をイメージしてしまうだろぉ?
まさか吹っ飛ばされるとは思わなかったし、自発的に生じたメンタルダメージには効果なし。
とはいえあれだけの攻撃を喰らって身体的には怪我も無くダメージは皆無。
装備も全く消耗していない点については流石と言わざるを得ないところだったり。
しかしであればだ。
俺だって格上相手にあんなどうぞ攻撃して下さいみたいな感じで突っ込んで行ったりしない。
あんな風に勇者オーラごと吹っ飛ばされるのが分かってたんならな。
これというのも勇者ジョブというネームバリューに踊らされそのスペシャルスキルである勇者オーラに過度な期待をし過ぎていたのが原因。
ってあれ?可笑しい・・・なんかこの失態の原因が俺の浮かれ過ぎによる判断ミスみたいになっちまってる。
う~む、まあ確かに・・・
よぉ~し、分かった。
そういう事なら折角の勇者デビューをこんな黒歴史事案に終わらせる訳にもゆくまい。
現状身体ダメージは皆無だしメンタル面も完全回復。
一時停止機能のお蔭で勇者オーラの効果時間もあと残り約半分。
少しは剣術修行の成果を上げとかないとな。
転移っ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○躑躅ケ崎ダンジョン4階層○
再びスケルトン武者の前に舞い戻った少年。
その姿に魔物は腰の長刀に手を掛けた。
勇者オーラ、発動っ!
ボファッ
すぅ~はぁ~、今度はこっちもちょっと真剣にやらせて貰いますよ。
ドキドキジェット、発動っ!
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
擦り足で少しずつ距離を縮めて行く少年、魔物の攻撃範囲に入った瞬間横薙ぎの一閃が放たれた。
シュパ―――ン、キーン、ズズズズズゥー
その太刀を両手で剣を支えながら何とか受けるも少年の身体はそのまま5m程スライド移動、魔物の攻撃範囲から弾き出された。
凄ぇ速いそして重い一撃だな・・・ハイテンションタイム中じゃなきゃまた最初の時みたいになるとこだった。
とはいえ真面に受けたらこっちの攻撃なんて出来やしない。
紙一重で避けられれば一番なんだが、ここはそれとは別に奴の剣戟を受けつつそのベクトルを逸らす感じの技術も身に着けたいところ。
まあ何れにしろ今は奴の剣筋をより正確に見極める事に集中して・・・
キーン、キーン、ズズズズズゥー
まだまだぁ。
キーン、キーン、キーン、ズズズズズゥー
『ピロリン。スキル『見切り』を獲得しました。』
よしっ、良いのが取れた。
『ピロリン。スキル『片手剣』がレベル5になりました。特技『五月雨スラッシュ』を取得しました。』
おっ、やったね。
これで俺の勇者デビューの黒歴史も回避されたぞぉ~♪
って、あっ、しまった、勇者オーラが・・・
うわっ、ヤベッ!
シュパ―――ン、カチャ。
少年の首が吹き飛ぶと直立したままの身体から鮮血が噴き上げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○15分後 ハイツ令和、201号室○
血だらけの衣類を洗濯機に放り込むとレザー系の装備はお風呂場で優しく手洗い。
チャプチャプ
確かシャンプーとリンス使って後は陰干しするんだったよなぁ。
と洗濯を済ませると今度はシャワーを浴びて身体についた血糊を洗い流す少年。
シャー
ふぅ・・・いやぁ~ビックリしたなぁ、さっきの首ちょんぱ。
頭を失った俺の身体から自分の頭が生えて行く光景を地上20cmの高さから見上げてるってどうよ?
あれ九死一生が無かったら完全にアウトだっただろ。
まっ、父さんも母さんも元気そう・・・ってそんな事言ってる場合じゃないな。
あのさっきの体たらくは何やってたんだ?って話だ。
あれだけ気を引き締めて臨んだ筈だったのに、結局はまたしても俺の気の緩みが原因で・・・
折角効果時間のお知らせ機能まで付けて貰っているのに我ながら呆れてものが言えない。
でもまあこうして冷静で居られるのも、最初の経験が生きている証左。
あの発狂寸前の状況下、兎にも角にも真っ先に精神洗浄を使っていた点にはある意味少し俺の成長も伺える。
それにまあ望外ではあったがいい経験になった。
九死一生の効果検証なんて普通なら絶対やらんし。
そしてその九死一生に関しては過信は禁物。
スケルトン武者師匠の様なかなりの格上相手にとって俺を2度屠る事などいとも容易い。
復活後師匠は直ぐ気付いて鞘に手を掛けてたし、もし俺があの時冷静さを取り戻せていなければ、今頃家族揃って楽しいあの世生活が始まって居るところだった。
チャポン
少年は湯船に浸かると瞼の上にタオルを掛けた。
あ~、生き返るぅ~。
あっ、そういやあのパニックに陥ってた時、何かスキルを取得していた様な・・・ソレッ。
おおっ、なんとっ!
これは一度死んだ甲斐があったかもしれない。
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『幽体離脱LV1(2%)』
種類 :アクティブ
効果 :幽体離脱が可能。効果時間スキルレベル×1分。クールタイム24時間。効果時間を過ぎた場合、身体に戻れなくなります。
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男の夢スキルランキング第2位、まさか本当に存在していたとは。
そしてこれさえあれば近々予定されている那須ダンジョン温泉ツアーで最高の思い出を残せるかもしれない・・・ふっ、ふふっ、これは楽しみになって参りましたよぉ♪
とはいえ不吉な事も書いてあるな。
身体に戻れないって・・・もしかして浮遊霊にでもなんのか?
ついうっかり忘れてましたとか、今度はホント洒落にならんぞ。
う~む・・・ってあれ?
なぁ~んか今大事な事を忘れてる様な・・・あっ、帰還申請っ!
ザパァッ
こうしちゃおれん。
次回、第百九話 悪い予感。




