第百六話 清川ダンジョン購入計画
○7月7日日曜日午後5時 拠点部屋○
忙しく来れなかった巫女少女を除くギルドメンバー達が顔を揃えた拠点部屋。
「・・・それで森下探索者カンパニーって所の人達が、清川ダンジョンが俺達の物になるとか言ってたんです。」
少女が事の顛末を一通り説明した。
「あ~、それはきっと清川ダンジョンをその森下探索者カンパニーの人達が入札申請したって事ですよぉ。
勝手に人様のプライベートダンジョンに入るのは不法侵入になっちゃいますから。」
ふ~ん、清川さんが人手に渡っちまいそうだって話だったか。
まあ確かに重要案件だが・・・もうちょっと遅れても全然構わない内容だった気がする、うん。
「じゃあかおるちゃん、もう清川行けなくなっちゃうのぉ~?」
「まあ彼らの言ってた事が本当なら、そうなっちゃうのかなぁ。
とても嘘を言ってる風にも見えなかったけど。」
「残念だわぁ、あそこの入り口でコーヒー飲むのが好きだったのに。」
「何とかなりませんか?賢斗さん。あそこには私達の思い出が一杯詰まってるんですよ。」
「俺に言われてもなぁ・・・」
俺だって清川さんが人手に渡るのを良しとする訳では無い。
がしかしこれってそいつ等が清川ダンジョンをプライベートダンジョンとして購入するって話だろぉ?
資金も資格も無い俺達がどうにか出来る話じゃない。
「まあどの道こうなるんじゃないかと思ってたけど・・・光、ちょっと調べて頂戴。」
「はい、先生。」
カチカチカチ・・・
「入札申請は今月の1日。確かに森下探索者カンパニーってところが申請しています。
入札申請から1か月間は公示期間になりますから、8月1日には彼等の所有ダンジョンになっちゃいますねぇ。」
あらまああっさりと・・・これで清川が人手に渡る事が確定しちゃったな。
「それで入札提示額はどのくらい?」
「はい、今回森下探索者カンパニーが清川ダンジョンに提示した入札額は5億5000万円です。
清川のダンジョン評価額は5億5000万円ですから、入札額としてはこれが最低ラインって所ですけど。」
「そう、まあ他に入札申請者が居ない状況じゃそうなるわね。」
ひぇ~、ダンジョン相場なんてものは知らんが、あの資源に乏しい清川さんですら5億を越えとる・・・ハハッ、やっぱりこりゃどうにもならんわな。
パチンッ
女性が柏手を一つ打つと皆が彼女の方を見る。
「ここで一つ皆の意見を確認したいのだけど、清川ダンジョン・・・みんなは欲しい?」
欲しいと聞かれりゃそりゃ欲しいに決まってるが・・・
「当り前だよぉ~、京子ちゃん。」
「そんな事は聞くまでも有りません。」
「まあ欲しいかどうかと聞かれればそりゃ欲しいですけど。」
「もしかして何とかなるんですか?中川さん。」
「多田さんは?」
「まあ俺も気持ち的にはみんなと一緒ですけど、ダンジョンを購入するのはBランクの探索者資格が必要でしたよね?
仮に資金があったとしてもどうにもならないと思いますけど。」
「あっ、ダンジョン所有資格の方は気にしなくて大丈夫よ。
今回のギルド制度で唯一ギルド登録して役に立ちそうな特典がギルド法人にはダンジョン所有資格が認められるって事だし。
だからもし私達が清川ダンジョンを購入する方向に舵を切るなら、今回のギルド登録も無駄ではなかったってとこかしら。」
あっ、そう・・・ギルドとしてなら購入可能だったのか。
「じゃあみんなの意見としては、私達ギルドクローバーが清川ダンジョンの購入に乗り出す事に賛成で良いわね。」
メガネを掛けた女史の言葉に黙って頷く一同。
「うふっ、ならその方向で動くとしましょうか。」
ねぇ、ボス。なんか簡単に言っちゃってますけど・・・
「今回我々が清川ダンジョンを手に入れる為には、うちも入札に参加して見事落札しなくちゃならない。
それには当然資金が5億5000万円以上必要になるわ。」
そうそう、そこが大問題でしょ。
「もしかしてその資金はクローバーって会社が出してくれるんですか?」
「いいえ、椿さん。
確かにうちのギルドは株式会社クローバーの系列だけど、まだ何の実績も無い部門である我々に多額の資金援助なんてしてくれないわよ。
だから今回のダンジョン購入資金は手に入れる清川ダンジョンを担保にお金を借りるのよ、銀行からギルドクローバー名義で。
と言っても銀行が貸してくれるのは頑張ってもきっとダンジョン評価額である5億5000万円まででしょうけど。」
「えっ、それじゃ落札できないんじゃ・・・」
「そう、問題はここからね。
入札申請者が多数の場合はもう一度改めて入札額を申請して落札者が決められる。
だから我々としてはこの銀行からの借入金とは別に入札で跳ね上がるであろう金額をこれから今月中に何とかする必要があるって訳。
そしてナイスキャッチが所属するうちが入札申請したとなれば、相手は清川に4階層があると確信しちゃうだろうし、目くじらを立てて入札額を上げてくる可能性が高いわねぇ。
まっ、その辺は対策するつもりではいるけれど。」
だろうなぁ・・・相手はナイスキャッチの秘密に釣られてダンジョン購入に動いた輩だし。
「とまあそんな諸々の状況を踏まえると、私の見立てでは清川を私達が落札するのに必要な資金は大凡1億2000万円ってところかしら。」
いやそんな高額資金を今月中にって、一体どうやって?
「そこでお願いなんだけど、ねぇ多田さん。
マジコン優勝何とかならない?」
ブゥーッ!なる訳ねぇだろっ!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○7月8日月曜日 お昼休み 教室内○
チュ~
う~ん、偶のカフェラッチョも良いが、やはり最終的にはコーヒー牛乳に戻ってしまうな。
「ふっふっふ、流石モンチャレ優勝者様は一味違うな、多田。
マジコン大会に出場するそうではないか。
今週の探索者マガジンのマジコン出場者名簿にお前達の名前を見つけてビックリしたぞ。」
「もう内緒にしてるとか、賢斗っちも水臭いっしょー。」
「ああ、お前等の喜ぶ顔が見たくなかったからな。」
「何を言う、級友の晴れ舞台を心から祝福している僕にそんな台詞を吐くとは、相変わらず失礼な奴だ。」
「でもこれであの金髪の娘もテレビデビューするし、もしかしたら逆に人気が出ちゃう可能性も十分残されてるっしょ~?」
まあマジコンも毎年テレビ放映されるもんな。
ドローンカメラで撮った映像を編集するから放送は日曜日のゴールデンだけど。
「それは無いと思うぞ、モリショー。
多田達の様な浅い階層で遊んでいる様な連中は映っても一瞬。
映画のエキストラ張りに出ていたかどうかも危ぶまれるレベルが関の山だ。」
言っとけ・・・つっても逆にこっちも撮影なんかされたかないけどな。
特に猫女王様降臨の瞬間なんて撮られたら、それこそ大騒ぎになりそうだし。
でもあれだなぁ。
これが至って普通の反応、高校生探索者のトップパーティーとはいえ日本のトップレベルの高ランク探索者パーティー達が出場するマジコンとなればその実力は最底辺。
優勝賞金1億2000万円、俺達に優勝して欲しいなんて考えるのは、やっぱ無茶振りが過ぎますよ、ボス。
「でも羨ましいぞ、多田。
来週3日間堂々と学校を休めるんだからな。」
まあそれはそうだが・・・
あっ、そういや早めに担任に言っとかないと。
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○午後4時30分 北山崎ダンジョン○
さて、今日の夕方の部は昨日に引き続きここ北山崎ダンジョンの2階層にある島山の山頂から件のお膳立ての続きをするつもり。
とまあそんな訳でまた円ちゃんに大岩を破壊して貰うとそこに現れた通路に入り、先に進んでいたのだが。
おっかしいなぁ。
通路の先で見つけたのは3階層への出口ではなく、小さな泉が在っただけ。
「可笑しいですねぇ、これではもう先に進めませんにゃん。」
背にしがみ付く幼女が少年に声を掛ける。
確かに見た目上通路はここで終了している様に見える。
しかし円ちゃんも分かってるみたいだが、この泉の先にはまだ通路が繋がっていると脳内マップが示していたり。
となると・・・
ペロリ
少年は泉の水に手を濡らすとそれを舐めた。
しょっぱ・・・思った通り海水か。
やはりこの泉の中の何処かに先へと続く通路があり、それが恐らく3階層の海に繋がってるのだろう。
にしてもどうすっかなぁ。
何の準備もしてない現状、このままこの泉に潜って3階層への出口を探すってのは少し無謀な気がする。
3階層の海面に出れるまでどのくらい海中活動を強いられるか目途の立たないこの状況、最低限ある程度の時間呼吸を確保できる準備をしてから臨みたいし。
となれば今日はちょっと素潜りして通路の先を確認する程度にしておくか。
でもその程度であれ海中に円ちゃんを背負って潜る訳にもいかないし・・・
「円ちゃん、今日はもう桜の所に戻っててくれる?
今日は下見として服でも脱いでこの泉の中をちょっと調べてみようと思うからさ。
流石に海中探索をおんぶでって訳にもいかないし、桜のところへは今から転移で送って行くから。」
そう言って少年は幼女を地面に降ろした。
いや~、でも海パンくらい準備しとくんだったなぁ。
まあこのダンジョンなら誰も来ないし問題ないとは思うけど。
「それでは仕方がありませんねぇ。
でも送ってもらうには及びませんよ、賢斗にゃん。
今念話で2人をここにお呼びしましたにゃん。」
あっそ、俺が送った方が話が簡単なのに・・・
それに何で2人とも呼ぶ必要が?
う~ん、まっ、いっか。
そういう事なら2人が来る前に・・・
少年は徐に上半身の衣類を脱ぎ出し、ほどなくベルトに手を掛ける。
じと~
幼女は少年の方を向き立っているだけ。
しかしその視線の高さはまるで・・・
「あっ、あの円さん。ちょっとあっちを向いていて貰えますか?
アハハ、これでも少し恥ずかしいので。」
「大丈夫です、賢斗にゃん。
今の私は小さな童、気にする事などありませんにゃん。」
いや、中身は女子高生だよねっ!
とそこに通路を浮かんで進み来る少女。
「円ちゃん、来ったよぉ~。」
あっ、先生、もう来ちゃったの?
こんな通路を飛んでくるとはかなりの本気さが伺える。
空中遊泳のレベルアップで飛行速度も少し上昇してるみたいだし。
「賢斗がストリップを始めてるんだってぇ~?」
なっ、誰が何を始めるって?
ビュゥ~タッタッタッタッタッタ・・・
そしてまたそこに風をその身に纏い猛スピードで駆けてくる少女。
シュタッ
「ふぅ、どうやら間に合ったみたいね。
有難う円、助かったわ。」
先輩、今日は緑山でしたよね?
長距離転移があるとはいえこの速さ・・・ちゃんと帰還申請して来たのか?この人。
にしても何だろう、この5分と掛からぬスクランブル性能。
これだけは他に絶対負けない気がする。
「さあ私達が来たからには安心よ、賢斗君。
君を犯罪者になんてするもんですか。
しっかり他の人が来ない様見張っておいてあげるから、安心してスッポンポンになって頂戴。」
いやここって俺達以外殆ど誰も来ないダンジョンですけど。
しかもおパンツくらいは残す予定でおりましたが?
「賢斗ぉ~、タオルあるけど隠すぅ~?」
どこをですか?先生。
「これで準備は万端ですにゃん。
心置きなく全ての衣類を脱ぎ捨て、どうぞ泉に入って下さいにゃん。」
「まっ、また・・・今度にしようかな。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○午後10時 クローバー執務室○
「先生、本当に清川ダンジョンを購入しちゃうんですか?
私には何億円も借金してまで購入する意図が良く分かりませんけど。」
「そう?まあ借入金の利子だけでも馬鹿にならないのは確かだけど。
でも今後は何処のギルドも清川に限らず安全性に優れたダンジョンを所有する方向で動くはずよ。
となれば当然それらの条件を満たす管轄外ダンジョンの評価額も上がって行くわ。
まあこれも多分探索者協会の狙いだったんでしょうけど、それを見越して今回のギルド制度でダンジョンの所有資格なんて物を態々与えていたのよ。
あ~、言ってて何かまた腹が立ってきたわね。」
「今一まだよく分かりませんけど。
どうしてギルドがプライベートダンジョンを所有する方向に動くんですか?」
「それはメリットが大きいからに決まってるじゃない。
ギルドはサポート人材の育成機関という性格を持たされてるけど慈善事業じゃない。
この育成とギルドの利益という相反する2点を両立させる方法を考えた場合、一番効率良く解決できる手段がプライベートダンジョンの獲得なの。
安全性に優れたプライベートダンジョンがあれば、ダンジョン内にお客様を招き入れステータス鑑定をしつつスキルのレべリングも可能でしょ。
他にもギルドで恩恵取得講座を開いたり、講師を呼んで様々なスキル習熟講座なんてのも開けたり。
だから今後のダンジョン評価額の高騰も鑑みた場合、ギルドにとってプライベートダンジョン獲得への投資は早いに越したことがないって訳なのよ。」
「ああ、そういう事だったんですね。
でもあれはどうなんですか?
購入資金の一部を多田さん達のマジコンの優勝賞金を当てにしちゃってるみたいな話でしたけど。
あの時多田さん凄い顔してましたよ。」
「あら光もあの冗談を真に受けちゃったの?
あれは多田さんへの激励として言ったまでよ、彼は反応が面白いしプレッシャーを掛けないと頑張らないタイプでしょ。」
「あっ、それは良く分かります。
常に降りかかる火の粉をどう避けるかばかりに頭を使ってる感じですし。
追い込まれないと実力を見せてくれないタイプですもんね。」
「うふっ、そもそも相手の入札額を予想するなんてもっと向こうの資金力を調べてからじゃないと確かな事は言えないのよ。
今から1億2000万円なんて明確な額を言える訳ないんだし、光だったらそこで気付いてくれなくちゃ困るわ。」
「えっ、いや、薄々そうじゃないかと思ってましたよ、はい。」
「まあでも必要額はこれから調べるとして上乗せ金をどうにかしなきゃってのは確かよ。
だからそれに関してはホントの所、今私が住んでるマンションや実家の土地を担保にある程度纏まった額を銀行から借りるつもりでいるわ。
それでも足りなきゃ蓬莱さんのご両親の所にでも行って頭を下げたりするつもりだし。
結構凄いのよ、私の土下座って。」
「先生がそこまでされるんですか?
私には先生があの清川ダンジョンに拘る理由が今一ピンと来ませんけど。
今ならもっと安い管轄外ダンジョンも探せば有りそうですし。」
「まあねぇ、でもどうせならみんなが喜ぶところの方が良いじゃない。」
「あれ、お金が絡んだ話になると先生は感情で判断しない人だと私は勝手に思ってましたけど、何か嬉しいです。」
「まあ、これでも結構優しいのよ、身内には。
それに元を回収するにもあの子達の今後の頑張りが欠かせないしね。」
次回、第百七話 『小悪魔の悪戯』。




