第百五話 清川の不穏な人影
○午後3時30分 北山崎ダンジョン1階層 島山の頂上○
島山の天辺付近にぽっかりと空いた空洞、その脇に立つ幼女を背負った少年。
はてさて、このままでは本当に俺と茜ちゃんのウィンウィンな関係が志半ばで強制崩壊されてしまう。
何とか一計を案じなければ・・・
「こっから中に入るのぉ~。」
並び立つ小柄な少女が少年に問いかける。
おっと、いかんいかん。
今はそれどころじゃない・・・この件はまた後で考えるとするか。
「ああ、恐らくな。この1階層には他に目ぼしいところは無かったし。」
3人がその空洞に足を踏み入れると中は鍾乳洞の様な下へと伸びる通路。
10分程掛けその通路を下りて行くと出口と思しき明かりが見えて来た。
○北山崎ダンジョン2階層○
ザッパァー
2階層に下り立つとそこはゴツゴツとした岩場の上。
20m程先には打ち寄せる波飛沫が舞い、その遥か向こうにはまたしても大きな島山が一つ。
へぇ~、また海フロアか・・・このダンジョンのフロアは総じてこんな感じなのかね。
まっ、1階層の島が沢山あるフロアと違い、この2階層フロアは延々と続いてそうなこの岩場海岸と、後は海の向こうの島山。
そして恐らく3階層へ向かうには、あの島山の頂上あたりに下へと続く通路がありそう、うん、分かり易くて助かります。
「賢斗ぉ~、でっかい蟹が居るよぉ~。」
少年達の30m程離れた海岸線を横移動する魔物。
あっ、ホントデカいな。体高1m横3mってところか。
「あれはポイズンバブルクラブっつーレベル8の魔物だな。
この辺探索するなら毒持ってそうだから気を付けた方が良さそうだぞ。
桜は飛んで移動するだろうし大丈夫だとは思うけど、万一毒を貰っちまったら回復手段を持ってないだろぉ?」
「え~、ちゃんと毒消しポーション2本持ってるよぉ~。」
あっ、そう・・・椿さんが作ってくれたのかな。
「じゃあ後は索敵系のスキルを取得しておくと良いぞ。
これからは桜一人で探索する機会もあると思うし、ああいったスキルがあると探索が捗るからな。」
「あっ、そうだねぇ~。じゃあ今回のハイテンションタイムでパーフェクトマッピングを取ってみるぅ~。」
うんうん。
「じゃっ、そういう事でまた後でな、桜。何かあったら念話で連絡してくれ。」
「おっけ~。」
幼女を背負った少年は島山へ向けて飛び立った。
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○清川ダンジョン1階層 通路○
シュタッタッタッタッタ・・・
一人メンバーとは別のダンジョンで通路を駆ける少女。
『ピロリン。スキル『ダッシュ』がレベル2になりました。』
ふぅ、良かった・・・何とかハイテンションタイムを無駄にしないで済んだみたいね。
でもホントにだぁ~れも人が来なかったし、やっぱり以前の清川ダンジョンに戻ってくれたのかしら。
とそこへ入口付近で一息入れた少女にダンジョンの外から探索者装備の男性が声を掛けて来た。
「あれぇ、そこに居るのはナイスキャッチの紺野さんっすよねぇ?」
えっ、誰?どう見ても私達のファンって感じはしないけど。
「おっかしいなぁ、ずっとここの入口で張ってたってのに、一体何処からここに入ったんですか?」
張ってたってどういう事?
いえそれよりこの状況・・・ちょっと不味いかも。
「潜伏スキルを使って気付かれない様に入っただけです。
これでもちょっとした有名人になっちゃってるし、ダンジョンに入る時は色々と気を使いますので。」
「ふ~ん、ホントかなぁ。」
なんか嫌な感じの人に絡まれちゃったわねぇ・・・まだここに来るんじゃ無かったかも。
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○北山崎ダンジョン2階層 スタート地点の岩場○
『ピロリン。スキル『パーフェクトマッピング』を獲得しました。』
うぉ~、すっご~い。
なんか頭に地図が映っちゃったぁ~。
よぉ~し、これで準備おっけ~だねぇ~。
フワリ
少女は身体を浮かせると海岸沿いを飛行して行く。
やっぱり蟹さんいっぱい居るねぇ~。
少女の眼下には、20を超える蟹型の魔物の群れ。
ちょっと試してみよっかなぁ~♪
「へんし~ん。」
ピカ―――
「からのぉ~、ぶんし~ん。」
眩い光の中から現れたのは7人の魔法少女。
「「「「「「「いっけぇ~、ファイアースコールぅ~!」」」」」」」
ドンドンドドンッドドドド~ン
上空から降り注ぐ無数の火球。
その威力にポイズンバブルクラブ達は見る見るうちにその姿を消滅させて行く。
「うぉ~、何か甲羅のアイテムもいっぱい落ちてるよぉ~。
みんな拾うの手伝ってねぇ~。」
「「「「「「ほ~い。」」」」」」
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○北山崎ダンジョン2階層 島山の頂上付近○
キィィィ――――ン、シュタッ
山頂に移動した少年はそこからの景色を眺める。
この2階層の島山は1階層のそれと比べてかなりの急勾配。
本来この山頂まで来るのはもっと苦労するはずなんだろうな。
にしても俺の予想では、この辺にまた空洞が在る筈なんだが・・・う~ん。
ドーンドーン
ん、今遠くで凄い音がしたんだが・・・まっ、今は良いか。
「賢斗にゃん、今マーキングがレベル2になりましたにゃん。」
「あっ、そう。んじゃ円ちゃんは桜のとこにでも戻っとく?」
居ない方が少しはお膳立ても捗りますし、うんうん。
「何を言い出すのですか、賢斗にゃん。
私にはまだ賢斗にゃんのおんぶスキルのレべリングに協力するという大事なお役目が残ってますにゃん。」
・・・でしょうね。
とはいえそういやまだドキドキジェットも発動してなかったな。
まっ、ドキドキ星人所持者の俺としては、焦ってハイテンションタイムをする必要も無いんだけど。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
ほどなく少年の脳裏に響くアナウンス。
『ピロリン。スキル『おんぶ』がレベル2になりました。特技『おんぶへの誘い』を覚えました。』
おっ、特技まで覚えんのか、このスキル。
にしても何だろう、このおんぶへの誘いって・・・
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『おんぶLV2(18%)』
種類 :パッシブ
効果 :おんぶ時の負担軽減。
【特技】
『おんぶへの誘い』
種類 :アクティブ
効果 :おんぶどうぞ姿勢を取る事で相手のおんぶ衝動を掻き立てる。
~~~~~~~~~~~~~~
おおっ、こんな素晴らしい特技があったとは・・・何やら夢の広がりを感じてしまいますなぁ。
それでは早速試してみましょう。
「円ちゃん、悪いけど一回降りてくれる?ちょっと試したい特技があるんだ。」
「嫌ですにゃん。」
おい、おんぶスキルのレべリングに協力するという大義名分はどうした。
「いやまた直ぐおんぶしてあげるから。」
「う~ん、仕方ありませんにゃん。」
う~ん、一々面倒臭い。
少年は幼女を地面に降ろすと再び何も言わずにおんぶどうぞ姿勢をとった。
発動っ、おんぶへの誘いっ!
ピョコンッ
幼女は間髪入れずに少年の背に飛び乗る。
う~ん、これはどうなんだろう・・・相手が元々おんぶ大好き円ちゃんだと、特技の効果なのか判断がまるでつかん。
「賢斗にゃん、良く見たらあんなところに怪しさ満点の岩がありますにゃん。
もう私を追い返そうとする馬鹿な考えは捨て、早くあの岩を調べましょう。」
「えっ、ああ、うん。」
別にそれ程追い返すつもりがある訳でもないんだが・・・ふっ、かなり警戒していると見える。
まっ、それはそれとしてあの大岩が怪しい事は分かってる。
脳内マップによれば、あそこに通路がある事になってるし。
でもどうすっかなぁ・・・あんな岩を剣で切るとか、刃こぼれしそうで嫌なんだが。
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○清川ダンジョン1階層 通路○
「おい石田、どうした?」
「あっ、北村さん。
いつの間にかこの女がこのダンジョンの中に居たんですよ。」
「おや、これはこれは紺野かおるさんじゃないですか。
ようやくナイスキャッチのメンバーがこの清川に姿を現してくれましたなぁ。」
「それが可笑しいんですよ、潜伏使ってこっそり入ったなんて言ってますけど、ここには俺達の車しか見当たらないし、清川まで歩いて来たとでも言うつもりですかね?」
「ふむ、そいつは確かに妙な話だな。
こいつ等の拠点はここから40kmも離れたクローバーっつうダンジョンショップだったはずだ。
普通に考えて徒歩でここまで来るなんて正気の沙汰じゃねぇ。」
「そっ、そんなの事務所の人に車で送って貰ったに決まってるじゃないの。
変な事言わないで下さい。」
「まっ、優等生の嬢ちゃんが答えるとしたら、それしかないわな。
でも俺の推測をちょっと聞いてくれるかい?
ホントはこの清川には知られざる第二の入り口なんてものが存在し、嬢ちゃんの乗って来た車ってのはそこに止めてあるとか。
またそっちの入り口からなら、この清川ダンジョンの4階層への道も開かれてるんじゃないかってね。」
ふぅ、良かった・・・空間魔法の事は疑ってなかったみたいね。
でもホントなんなのかしら?この人達・・・全然的外れな事言っちゃってるけど。
「う~ん、どうやら他に入口があるって線は無さそうだな。
やっぱり3階層辺りに何か絡繰りがあるとしか・・・
なあ嬢ちゃん、どうせここは俺達のものになっちまうんだ。
ここは快く4階層への行き方を教えてくれないか?
今ここで教えてくれれば俺達森下探索者カンパニーは即金で500万円まで出してやるぜ。
高校生探索者の君等からしたら大金だし、良い話だろぉ?」
う~ん、どうやらこの人達は清川の4階層への階段を探してるって事かしら?
でも清川が俺達のものになるってどういう事?
まあ何にしても4階層への行き方なんて知らないし、どうしようもないけど。
「何を聞いたか知りませんけど、私達が4階層への行き方を知ってるなんて話はデマですから、踊らされるのも程々にしておいた方が良いですよ。」
「まっ、そりゃあ魔法のスキルスクロールが手に入る情報をそう簡単には手放さないか。
でもさっきも言ったが、そのうちこの清川ダンジョンには俺達以外の人間は自由に入れなくなる。
そんなダンジョンの情報を持ってても宝の持ち腐れって奴だと俺は思うんだけどな。」
「お生憎様、知らないものは教えようがありません。」
「まっ、良いさ。その気になったら何時でも連絡してくれ。
その時にまだ俺達が4階層への行き方を見つけて居なかったら、さっきの半分くらいの情報料は出してやっても良い。」
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○午後4時45分 北山崎ダンジョン2階層 島山の頂上付近○
「もう賢斗にゃんはだらしがないですにゃん。
いきますよぉ、見てて下さいにゃん。えいっ!」
ボンッ、ピキッ
猫幼女がお尻を突き出すと、大岩にヒビが入った。
「もう一丁っ。」
ボンッ、ピキピキッ
「ラストにゃんっ!」
ボンッ、ガラガラガラ・・・
えっ、嘘・・・何この威力。
「さあ賢斗にゃん、道は開けました。早くしゃがんで下さいにゃん。」
うむ、何か知らんが円ちゃんが居て良かった。
少年は再びおんぶどうぞの姿勢を取ると猫幼女は喜々としてその背中に飛び乗る。
ムニュ
えっ、これはっ!
ピンポンパンポ~ン、お答えします。この反応はドリームボール1号2号と確認されました。
うむ、やはりっ!
って・・・円ちゃん?
クンクン、スリスリ・・・
こっ、これは何という絶妙なタイミングッ!
円ちゃんは今マーキング作業に夢中になる余り、猫人化が解けているのに全く気付いていない。
そしてそこから見事誕生したのは、美少女に豊かな胸を押し付けられつつ甘えた様に顔をスリスリされるという奇跡の瞬間っ!
ふっ、ふふっ、ふっふっふ。
紳士な俺にこの美少女の羞恥心を徒に刺激する様なマネなど出来る訳ないじゃないですかぁ♪
ここは心行くまでじっくりと・・・
(賢斗君、悪いんだけど、今直ぐ拠点部屋に戻って来てくれる?
ちょっと大変な事になっちゃってるのよぉ。)
えっ、何だろう、この迷惑念話。
チューチュータイム禁止令が敷かれた今、こんな偶然の産物くらい最後まで味わわせてくれても良かろうに。
でも緊急連絡するくらい大変な事って、これはやっぱり普通じゃない気も・・・う~ん。
ええい、仕方ない・・・大した事無かったら承知しませんからね、先輩。
次回、第百六話 清川ダンジョン購入計画。




