第百三話 青いバラの奇跡
○7月7日日曜日午前6時 北山崎ダンジョン○
早朝、北山崎ダンジョンの入り口の断崖の上。
ギルドクローバーの面々が今日もまた集合しているのだが、一つ事件が起こっていた。
「緑山さん、それホント?
ジョブ診断が出来なくなったって。」
「はい、何故かキュンキュンパワーが貯まらなくなっちゃいまして。」
試に何時ものキュンキュンチャージにチャレンジしてみると・・・
スリスリ
「済みません、中川さん。やはり無理でした。
本当に何で多田さんの手に頬ずりする事なんかで私のキュンキュンパワーが貯まっていたのでしょう。」
う~ん、やはり茜ちゃんの様子がおかしい。
しかも昨日まではまだ勇者さま呼びだったのに多田さん呼ばわりに。
まあこれが寧ろ普通なんだろうけど、茜ちゃんに言われるとなんかグサッとくるな。
「困ったわねぇ。
まあ今日の所は新たにスキルを取得した人も居ないから良いけど、今後もずっととなるとそうも言ってられないし。
多田さん、何か心当たりはあるかしら?」
う~ん、あっしに聞かれましても・・・タラリ。
「いっ、いえ、特に心当たりはありませんけど・・・」
「可笑しいわねぇ、多田さんが緑山さんに嫌われるような事でもしなきゃ、こんな事態にはならない筈なんだけど。」
やっぱりそういう結論になっちゃいます?
まあこれまでの茜ちゃんの態度からすれば、彼女のキュンキュンパワーの源は恐らく俺への好意だったと考えるのが自然だしなぁ。
「京子ちゃん、今賢斗嘘吐いてるよぉ~。」
こら先生、ばらすんじゃない。ってか何故わかる?
「全くぅ、私達が居ない間に何しでかしたの?賢斗君。
早く白状しちゃわないと、お土産あげないぞ。」
しでかしたとか失敬なっ。
人を犯罪者みたいに言わないで頂きたい。
あれは救命活動の一環、疾しい事等微塵もありませんでしたぞ。
「私は賢斗さんの味方ですよ。
つい嘘を吐いちゃう事って良くありますもんねっ♪」
こらこら、お仲間発見みたいに喜ぶんじゃないっ。
俺にはお嬢様の様な虚言癖はありません。
にしてもこの事態どう切り抜けけてみたものか。
俺がダンジョンで居眠りしていたら、何時の間にやら茜ちゃんが俺の上に覆いかぶさり気を失っていた。
そこで俺は彼女の胸の柔らかな感触を確かめつつも早々にそれを切り上げ身体を抱え起こしてやると、小さな口から零れる色っぽい吐息に翻弄されながらも寸での所でその唇を奪う事なく容態の確認作業に移行。
そしてSM値の低下と放心の状態異常だと診断を下した俺はハイテンションタイムに突入し・・・
う~ん、この辺までの説明は端折って良いよな?
言いたくないとこ満載だし、うんうん。
要は・・・
「多田さん、私は別に貴方が何を隠していようが一向に構わないわよ。」
へっ、そっすか?いやぁ~話が分かりますなぁ、ボス。
流石、こんな小娘共とは器が違いますよぉ。
「でも責任を持ってちゃんと元の緑山さんに戻してあげて頂戴。
これはきっと多田さんにしか出来ない事だと思うし。」
えっ、そう言われましても・・・
「中川さん、賢斗君に茜を元に戻すなんて無理ですよ。
元々こんな可愛い美少女が賢斗君を好きだった事自体が超常現象みたいなものだったんですから。」
先輩、世の中正しければ何を言っても良いというモノではありませんぞっ。
確かに同意はするけども。
「あっ、そうだねぇ~、かおるちゃん。」
おい、傷口を広げるでないっ。
「確かにこれ以上賢斗さんの婚約者が増えるのは私も反対です。」
これ以上も何も、現状一人もいませんが?
「ならどうしてあなた達みたいな美少女が3人も多田さんとパーティーを一緒に組んでいるのかしら?
彼にまるで魅力が無いのなら、こんな事にはなってないでしょうに。」
おおっ、何と有り難いお言葉・・・ボス大好きっ!
「ほら、お前等、今の聞いたかぁ?
ここは俺の魅力について君達一人一人に発言権をやろうではないかっ。」
プイッ、プイッ、プイッ
おい、お前等の口は罵声を浴びせる為だけの代物かっ!
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○午前10時 緑山神社 本殿前○
緑山神社本殿前の広場、箒を片手に敷地のお掃除をする巫女少女。
やって来た少年は社の階段に腰を下ろすと頬杖をつきその光景をぼんやりと眺める。
う~ん、何とかしろって言われてもなぁ。
ボスの命により本日の俺は皆とは別行動、何とか茜ちゃんの失われた感情を取り戻させるべく、取り敢えずは彼女の傍でその行動を観察してみる事になった訳だが。
まあこうなった原因なら分かっている。
これは恐らく精神洗浄を使った副作用・・・
でもまさか対人使用すると俺に対する好意的感情までフラットになっちまうとは考えてもみなかったな。
悪感情だけ綺麗さっぱり消してくれるもんだと都合よく考えてたのだが、う~む。
あれは今後知り合いに対しては封印しといた方が良いだろう。
まっ、それはそれとして今はこの茜ちゃんの失った感情をどうやって取り戻してやるかって事が問題だ。
俺の時は丸1日くらいで・・・いやあれは夢の競演を見たいという欲望を取り戻したわけじゃなかったな。
自分の行動の可笑しさに気付いただけの話だし。
う~む、それを踏まえて考えてみると、今回の茜ちゃんの感情喪失を時間経過による自然治癒に期待する訳にもいかない。
放っときゃ回復するなんて保証はどこにも無いし、下手すりゃ永久にこのまんまなんて事まで考えられる。
となると現状残された彼女の回復手段は一つだけ。
俺に思いつくのは彼女に改めて俺に対してキュンキュンしてしまう程の好意を抱いて貰う事くらいである。
しかしこれ、難易度激高だろぉ?
こんな美少女を俺に惚れさせるとか・・・先輩曰く今迄が超常現象だった訳だし。
あん時の様なカラスからのお助けイベントが都合良く発生してくれたらワンチャンあるかもだが・・・そんな旨い話早々ある訳ねぇよな。
う~ん・・・まっ、やるだけやってみるかぁ。
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○少女の元に近づく少年○
「やあマドモアゼル、俺もここのお掃除を手伝うよ。」
好意を抱いて貰うには、先ずこうしたお手伝いで距離を縮めるところから。
「うふ、多田さんもボランティアに加わってくれるんですか?どうも有難う御座いますぅ。
この分なら今日はお掃除が早く終わっちゃいそうですね。」
へっ、ボランティア?
少年が辺りを見回すと敷地のあちらこちらに箒を持った5人の若い男性諸氏の姿。
なっ、あいつ等は一体・・・いや考えるまでも無かろう。
これだけ可愛い巫女さんがお祭りであんな見事な神楽舞を披露すればこの様な事態にも頷ける。
でもそうかぁ、俺の他にもライバルが存在しているとなるとこのミッションの難易度が更に上がっち・・・
いや待て・・・これはそんな単純な話ではない。
あまり考えたくはないが、このミッションの失敗はそれイコール茜ちゃんが他の男にキュンキュンしてしまう結果になっちまうんじゃないか?
それはそれでキュンキュンパワー問題自体は解決されるかもしれないが、何とも切な過ぎる未来絵図・・・
むぅぅ、こうしちゃおれん。
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○緑山神社付近の花屋 フラワーショップ立花○
神社近くにあるお花屋さんまで足を運んだ少年。
ふっ、犇めくライバル達を出し抜き、俺の存在を彼女に強烈にアピールする為の秘策と言ったら、それはもうプレゼント作戦しかない。
「いらっしゃいませ~。」
客の来店に涼やかな声を弾ませ笑顔を作る30代後半といった少しふくよかな女性。
そしてどんな女性が貰っても喜ぶパワーアイテムと言えばそれは勿論お花、間違いない。
安直に思われるかもしれないが、俺に思いつくのはこの程度でござ候。
「お客様、どんなお花にしましょうか?」
どんなと言われましても、そこまでお花に詳しく無かったり・・・
「あっ、あの女性に好かれるようなプレゼントをしたいんですけど・・・」
うっ、自分で言ってて何だが、鳥肌が立つほど恥ずかしいな。
これじゃまるで俺が告白用の花でも買いに来たみたいだし。
「あんちゃんこれから女落としに行くのぉ~?」
ブフォッ!
投げかけられる無邪気な男の子からの問いかけ。
くっ、この店のまだ小学生と思しき子供の目には今の俺がチャラ男そのものに映っているのかもしれない。
「こっ、こらっ、匠っ!余計な事言わないのっ。
すいませんねぇ、お客さん。」
このマセガキは匠君かぁ・・・憶えておこう。
「それで好きな女性に愛を伝えるお花という事で良かったかしら?お客さん。」
おい、随分俺のオーダーが飛躍しちまってねぇか?それ。
まっ、方向性はあってるし相手は知らない花屋のおばちゃん、この際良いか。
「ええ、まあ、そんな感じですけど。」
「お相手はどんな方かしら?。」
「ああ、はい、巫女姿が良く似合う清楚な感じの黒髪美少女です。」
「あらまあぁ、それってもしかしてお客さんも茜ちゃん狙い?
あの娘ほぉ~んと最近とっても別嬪さんになっちゃったもんねぇ。
誰かに恋でもしちゃってるのかしら?
それもあってかこの間のお祭りで神楽舞を見た男性が何人もうちにお花を買いに来てくれてるんですよぉ。」
何だろう・・・即行で贈る相手が茜ちゃんだってバレちまったな。
まあ神社の近くの花屋のおばちゃんだし、そこの娘の事くらい知ってて当然だったか。
つかライバル達はもう既にこの花屋に来店済だと?
こっちの方が大問題だな。
「だったらやっぱりこのピンクのバラが良いかしら?
ピンク色のバラには上品、可愛い、愛を誓うといった意味がありますから、他の皆さんは全員これにしてましたよぉ。」
ほう、確かに茜ちゃんにピッタリだな。
がしかし他のライバル達と同じというのも・・・
「あんちゃんは何本にするのぉ~?
けちんぼだと茜お姉ちゃんに嫌われちゃうぞぉ~。」
なんだ、この失礼なマセガキも茜ちゃんの知り合いなのか?
「済みませんねぇお客さん、バラの本数にも意味があったりするんですよ。
本数が1本の時は「あなたに一目惚れしました」、2本は「世界にはあなたと私だけ」、3本になると「愛している」なんて。」
ふ~ん・・・重いな。
「ちなみに他の人達は何本購入されたんですか?」
「そうですねぇ、12本ご購入された方が一番多かったですねぇ。
12本の意味は「日々あなたへの想いが募ります、私とお付き合いしてくれませんか?」なんて、まっ、恥ずかしい。」
いや別にあんたが贈られた訳じゃねぇだろ。
にしてもこんな意味を知ってしまうと、ちょっと俺的に行き過ぎ感が否めん。
「あのぉ、俺としては感謝の印程度の意味合いで十分何すけど。」
「あらそう、だったら8本くらいが丁度いいかもね。
意味は「いつも励ましてくれてありがとう」って感じになりますし。」
おお、その意味俺的にピッタリじゃん。
「ああ、だったら8本でお願いします。」
「はい畏まりました、では御代が1600円になりますけど良いですかね?」
少年が了承すると女性は8本のバラの花束を造り始めた。
「あんちゃん、他より数を少なくしてどうすんだぁ?
そんなんじゃライバルに負けちまうぞぉ。」
うっせぇ、ガキ。
バラを贈るなんてキザなマネをしてるだけでも、俺としてはもう随分無理してんだよっ。
「だったらこっちの1本700円のブルーローズも買って行きなよぉ。
青いバラには奇跡っていう意味があるんだぜ。」
ふ~ん、まっ、それは中々良い感じの花言葉だな・・・何気にちょっとお高いけど。
「あんちゃんみたいな冴えない男が茜お姉ちゃんの心を射止めるには、これくらい買わないと絶対無理だかんなぁ~。」
おや?これはどうした事だろう・・・
「ああ分かった。それも買ってやるから少し黙っとこうか、お坊ちゃん。」
こんな子供に殺意が湧くとは。
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○午前10時30分 緑山神社 本殿裏○
胸には青い一輪のバラ、手にはピンク色のバラの花束を持った少年が本殿の裏手で掃除をしている巫女少女へと近づく。
「やあマドモアゼル、ご機嫌麗しゅう。
このバラは俺からの親愛の証。受け取ってくれるかい?」
「どうしたんですか?多田さん、そのお花。
バラは好きですし嬉しいですど、ホントに貰っちゃって良いんですか?」
う~ん、折角花を用意してみたが、相変わらず茜ちゃんの対応は普通だな。
「あっ、この花はだから、その、なんつーか、何時もたい焼きの差し入れしてくれるし、感謝の印みたいな感じで。」
「そうですか。なら他の皆さんのお花と一緒にお店に飾らせて貰いますね。」
くっ、他の皆さんと一緒にか・・・
つまりこの花束一つ贈ろうが、少しのアドバンテージにもなっちゃいないという事。
参ったな、何とかこの状況を打破したかったんだが、まっ、そう旨く行く筈ないよなぁ。
あっ、ついでにこいつもお店に飾って貰っとこ。
「茜ちゃん、店に飾るならついでにこの青いバラも・・・痛っ!」
胸に刺した一輪のバラを引き抜き少女の前に差し出す少年、その笑顔が一瞬曇る。
あっ、血が・・・美味しそう。
バラの棘が刺さった少年の指先をじっと見つめる少女。
えっ?どうしたの私。身体が勝手に・・・
少女は不可解な表情を浮かべながらも少年の右手を両手でそっと包み込むと口元に寄せた。
チロチロ
はっ!
舌先が少年の指に触れた瞬間、彼女の目が見開かれた。
最初は遠慮がちだったその舌先は次第に積極的になり、少女の顔も次第に至福の表情へと変化していく。
ペロペロレロレロ・・・
はぁ~、来てます来てます。
キュンキュンパワーの高まりを感じますぅ~。
う~ん、見方によってはかなりエロいよな、これ・・・嬉しい反面ここでは人目が多過ぎる。
「あっ、茜ちゃん、こっ、こんな傷くらい大丈夫だって。」
「いいえ勇者さまぁ、切り傷はこうするのが一番なんですぅ~。」
えっ、勇者さま?これってもしかして・・・
パクッ、チュ~チュ~
へっ、何してんの?
少年の指を咥えると舌先で血を味わいながら、吸引行動を繰り返す巫女少女。
う~む・・・昨日ダンジョンで見た夢は正夢だったのだろうか?
つかいい加減周囲に殺気が漂い始めたぞ。
チラッ
この光景に憤怒の表情を浮かべている5人の男性達。
ほらやっぱり。
「ちょっと茜ちゃん。周りの目もあるからこの辺にしとこう。」
少年は少女の肩にそっと手をやるとその身体を離した。
「もうちょっともうちょっと・・・はっ!
これは大変失礼しました、勇者さまぁ。
急にキュンキュン衝動が抑えられ無くなっちゃいましたぁ。」
あ~、やっぱこれは何時もの茜ちゃんに戻ったっポイな。
って、あれ・・・傷口が治ってる。
「「「「「茜さん、僕の指からも血が出てしまいましたぁ。」」」」」
おっ、こいつ等行動早過ぎだろっ。
ってまさか茜ちゃん?
「まあそれは大変ですね。今救急箱をお持ちしますぅ。」
ほっ、どうやら見境なくというモノでもないらしい。
スタスタスタスタ・・・
「「「「「なっ!俺にもチュ~チュ~してくれよぉぉぉ~。」」」」」
少年は手に残された一輪の青いバラを見つめる。
何か知らんが今回のミッションは無事達成された様だなぁ。
これも単に・・・ふっ、青いバラの奇跡ねぇ。
よし、帰りにあの匠坊ちゃんにアイスでも買ってってやるか。
次回、第百四話 チューチュータイム。




