第百二話 合同探索と吸血の巫女
○7月6日土曜日午前10時 緑山ダンジョン1階層○
緑山ダンジョンの1階層、薬草採取ポイント近くの草原で寝転がる少年が一人。
うちのメンバーは今頃みんな仲良く空の旅。
転移ポイント確立の為、北海道の襟裳岬ダンジョンまで俺抜きで行って来てくれるそうである。
はぁ~、俺もこんなクラスの合同探索なんてものに駆り出されていなければ。
にしても・・・なぁ~んか長閑だなぁ。
今の俺のレベルならこの緑山ダンジョン1階層に出現するアタックフラワーなど気にもならない。
クラスメイト達が採取班と探索班に別れ、それぞれ新人さんを引き連れての別行動。
この集合ポイントで何かあった場合に備え待機するという大任を委員長様より仰せつかった訳だが・・・ふぁ~あ。
ピリピリ
ん、何か痛ってぇな。
少年が起き上がり痛みの元に視線をやれば、右人差し指から血が出ている。
あ~、さっき寝転がった時、葉っぱの角に擦れて切っちまったみたいだなぁ。
う~む、この雑草、アタックフラワーより強敵に違いない、うん。
まっ、こんな傷大した事ないし放っておくか。
心地いい風に吹かれた少年は再び仰向けに寝転がると眠気が襲うままに目を閉じ、5分後にはその意識を手放していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○手に紙包みを持った少女○
スタスタスタ・・・
緑山ダンジョン1階層の入り口から一直線に少年へと突き進む影。
学校のご友人と合同探索とのお話でしたが、今勇者さまの元へ向かえば何と御一人で草原にいらっしゃるとの事。
ここは不肖私緑山茜が差し入れを持ってお伺いしちゃいましょう。
あっ、やはりいらっしゃいました。
草原で寝そべる勇者さまぁ・・・実に絵になります。
流石は神様の言った通りですね。
カサカサカサ
こっそり、こっそりですよぉ、茜。
ここは大事なビックリイベント。
うたた寝中の勇者さまを起こしてしまっては台無しですぅ。
少女は少年まで辿り着くとその横に腰を下ろす。
おやぁ、おやおやぁ、おやおやおやぁ。
これは大事件発生ですぅ。
勇者さまの指から血が出ちゃっているではないですかぁ。
チロチロ
少女は小さな舌で少年の指の傷口を舐めた。
やはり切り傷はこうして治すのが一番。
って何でしょう、これはちょっとキュンキュンしちゃいますぅ。
チロチロペロペロ・・・
はっ!これは頬ずり以上かもしれません。
パクッ
少女は少年の指をその口に咥えこむ。
はぁ~これはもうキュンキュンの高まりが止まりません。
『ピロリン。スキル『神界キュンキュン通信』がレベル2になりました。』
ペロペロレロレロ・・・
何でしょう、身体の芯が疼いて、頭の中が真っ白に・・・
『ピロリン。スキル『神界キュンキュン通信』がレベル3になりました。特技『神界キュンキュン憑依』を取得しました。』
ペロペロレロレロ・・・
はぁ~、もう限界ですぅ。
パタリ
少年に覆いかぶさるように倒れ込む少女。
しかしその身体は仄かに光を放ち始める。
この娘も無茶をしおる。
スクリと立ち上がった少女の身体は両掌を見つめる。
こんなレベルでこの妾をその身に降臨させてしまうとはな。
これもこの娘の潜在能力の高さ故か。
さて折角だ、これから・・・なっ!
もう戻らねばならぬ時間なのか?
・・・これはあまりにも短すぎるぞ。
久方振りの地上だというのに・・・フム。
この娘の力の源は・・・なるほど。
ならば一つ細やかな置き土産でもしておくとしよう。
『ピロリン。スキル『吸血キュンキュン契約』を取得しました。』
ドサリ
少女の身体は再び少年の身体に覆いかぶさった。
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○夢見心地の少年○
あ~何だろう、この指先に感じる小さな口に収められたかのような艶めかしい舌使いの感触。
ダンジョンで居眠りするとこんなご機嫌な夢が見れるのか?
ムニュ
うっ、何この広がる柑橘系の甘い香りと至高の柔らかさ。
俺はこのままこの夢に溺れて居たい・・・
いや待て待てっ!これはまさか噂に聞くサキュバスとか言う夢魔の仕業!?
パチリッ
少年が目を開くと眼前には美少女の寝顔。
えっ、サキュバスが茜ちゃんに・・・ってそんな訳ないか。
少年は少女の両肩を掴むと、そのまま上半身を起こす。
胸の感触は名残惜しいが、やはりここは現状確認しておかないと。
「茜ちゃん、大丈夫ぅ?」
「うっ、ううん。」
何か色っぽいな・・・
こんな甘い吐息を漏らすいけないお口は俺のお口で塞いでしま・・・っといかんいかん。
何か良く見りゃ衰弱してるっポイし・・・
あ~、やっぱりか。
SM値が5/17まで減っちゃってるし、放心の状態異常まで付いてる。
精神洗浄っ。
ふぅ、よしよし、これで放心は何とかなったな。
でもどうすっかなぁ、SM値を回復させるにはドキドキエンジンを使えば一発なんだが、先輩の居ない現状それも出来ない。
となると・・・あっ、そういや水魔法のウォーターヒールでも回復させられたっけ。
でも俺の水魔法はまだレベル4だし・・・あれはレベル5で覚える魔法・・・まっ、レベル一つくらい直ぐ上がるか。
ドキドキエンジン始動、並びにドキドキジェット緊急発動っ。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
「ウォーターバルーン、ウォーターバルーン、ウォーターバルーン、ウォーターバルーン・・・」
少年は次々と大きな水球を作り出して行く。
『ピロリン。スキル『水魔法』がレベル5になりました。『ウォーターヒール』を覚えました。』
よしっ、あとはこの新魔法で・・・っと、MPが。
グビグビ
ふぅ、相変わらずの不味さだな。
ともあれこれで準備万端。
「ウォーターヒール、ウォーターヒールッ。」
やった・・・何とか半分以上には茜ちゃんのSM値も回復してくれたな。
「うっ、ううっ。」
パチッ
「あっ、勇者さま。私は一体?」
「ん、ああ、それを聞きたいのはこっちなんだけど。
茜ちゃんが俺の上に覆いかぶさってたからさ。」
「えっ、そんなはしたない事を私が?
私は勇者さまにたい焼きの差し入れを届けに来ただけでしたのに・・・あっ、その時急に眩暈が襲ってきたのでした。」
「あっ、そうなんだ。
わざわざ有難う、茜ちゃん。
でも体調大丈夫?いつも忙しいから疲れちゃってるんじゃない?」
「有難う御座います、でも身体の方は今はもう大丈夫の様です。」
「なら良いけど、あんまり無理しちゃダメだよ。」
「はい、ではそろそろお暇しませんと。
少し休憩時間をオーバーしてしまいました。」
そう言い残し立ち去る少女。
う~ん、何かいつもより茜ちゃんの対応がタンパクな様な?
・・・これも精神洗浄の副作用だろうか。
モグモグ
おっ、美味い。
ダンジョン内で食べるたい焼きっつーのも乙なもんだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○10分後○
たい焼きを平らげた少年の元へ採取作業を一通り終えた4人のクラスメイト達が現れる。
「賢斗っち隊長。薬草の採取作業完了致しました。
次の御指示をお願いします。」
「岡本隊員、杉本隊員、我が隊の大将はこの賢斗っち隊長です。
作業完了の報告は怠ってはいけませんからね。」
「「イエス、マァム。」」
少女は合同探索初参加した男子クラスメイト2名に対し偉そうに言ってのけた。
「なあ、岡本に杉本。
俺は別にこいつ等の訳の分からん隊に入隊なんかしちゃいねぇし、こんなバカ2人に付き合う事ねぇからな。」
「なっ、なんとっ!それは些か言い過ぎであります、賢斗っち隊長。」
「ふっ、これで良いのよ、雫。
男子が女子に馬鹿なんて言うのは、その親近感の表れ。
これは本作戦により賢斗っち隊長が我が賢斗っちアーミーに入る日が近づいた証明に他ならないわ。」
何だろう・・・賢斗っちアーミーって。
「そっ、そうだね、真紀ちゃん。」
「おい、お前等、その賢斗っちアーミーって何だ?」
「ふっ、やはりそこに食付きましたね、賢斗っち隊長。
それは我が隊に付けられた部隊名。
まるで賢斗っち隊長が我が隊の大将であるかの様な錯覚を生み出す私渾身の奇策であります。
これでは賢斗っち隊長ももう我々を蔑ろにはできないでしょう。」
「流石真紀ちゃん。パーティー申請の折りには是非このパーティー名を採用するであります。」
確かに俺とは何の関係も無いパーティーにそんな名前がつけられてたんじゃ、正気の沙汰じゃねぇな。
「そんなパーティー名は却下だ。違うのにしろ。」
「賢斗っち隊長がそう仰るのも想定内。
それでは我らが部隊名、隊長が責任持って付けて下さい。」
そう来たか・・・そんな大任を仰せつかればこいつ等が俺にパーティー名を付けて貰えたと大喜びするのは必定。
しかし拒否ればそのパーティー名が賢斗っちアーミーに確定してしまう。
ちっ、今回は中々練り込まれた策じゃねぇか。
「じゃあお前等2人でなんちゃってアーミーな。」
こんなもんで良いだろ。
ここはなんちゃってシリーズの取扱ダンジョン。
このダンジョンを主戦場とするこいつ等にはピッタリのパーティー名。
そしてこれなら俺とは何の関連も無い、うんうん。
「そのふざけた部隊名、私としては拝命しても一向に構わないのですが、そこに賢斗っち隊長も加わるのですよ?
御自分がその一員である事を賢斗っち隊長は許せるのでしょうか?」
う~む、俺が加わるってのは論外だが、ちとふざけ過ぎたか。
幾らこいつ等でもこんな恥ずかしいパーティー名を付けられたんじゃ流石に可哀相だしな。
「それじゃお前等のパーティー名はカメレオン部隊にしとけ。
奇策を要するお前等にはピッタリだろ。」
○○アーミーと言えばカメレオン、他を探すならこれしかない、うん。
「ふふっ、賢斗っち隊長に我が隊の部隊名を付けさせる目的は見事に達成よ、雫。」
「おおっ、中々良いであります、カメレオン部隊。」
スタスタスタ・・・
走り去る女生徒2人。
引き際の良さは相変わらずだな。
にしてもどうやら俺は鈴井真紀という策士を少し甘く見過ぎて居た様だ。
ん?つかお前等、新人隊員置いてけ堀だぞぉ~。
はてさて・・・
「ほら、お前等も分かっただろぉ?
あいつ等のは只の茶番だって。」
「いやでも多田先生。
探索者になって可愛い女子とパーティー組むのは探索者が先ず最初に目指す目標の一つっすよね?
それにあんなお馬鹿な感じの女の子が俺的にドストライクっす。」
それはどうだろう、岡本君。
まっ、君のストライクゾーンをとやかく言うつもりは無いが。
「ふっ、お心遣い感謝する。
がしかし多田っち、あまり大きな声では言えんが俺はこう言った女上官プレイが大好物だ。」
何とマニアックな・・・ボンテージルックに鞭持った奴じゃねぇだろうな。
つか多田っち言うな、お仲間みたいに思われちゃうだろぉ?
とはいえその辺の事情を分かった上でこいつ等があの2人に付き合ってんなら別に問題ないか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
○正午○
今回の合同探索は午前中で終わりの予定。
もう既に俺の元へは今回の参加者達が集まっていた。
「お前等随分戻って来るの遅かったけど、新人引き連れて何処まで行ってたんだ?」
「ああ、賢斗っち。俺等は3階層の滝壺まで行って来たっしょ―。」
へっ、意外とここの探索も進んでんだな、こいつ等って。
「あそこには滝裏に宝箱ポイントがあるからな。
ここに来たなら必ず行ってみねばなるまい。」
そういやあったな、あの滝裏に。
「いやでも新人も居るんだから、3階層まで行っちまうのは駄目だろぉ?」
「その点は心配しないで、多田君。
彼等は2人だけで3階層まで行って来たのよ。
その間私と多恵が1階層でちゃんと新人さんの面倒を見てたから。」
ふ~ん、そゆこと。まっ、この委員長がそんな判断ミスする訳ねぇわな。
「で、その宝箱には何か入ってたのか?」
あそこの宝箱開けた事ねぇし、ちょっと気になる。
「いんやぁ、空っぽだったっしょー。」
まっ、あそこの復活時間結構長かったし、相当運が良く無きゃあの宝箱のお宝にはありつけないか。
「折角今話題のジョブスクロールが手に入ると期待していたのだが。」
ん、今聞き捨てならないワードが聞こえたんだが?
次回、第百三話 青いバラの奇跡。




