第百話 花火
○7月4日木曜日午後7時 クローバー拠点部屋○
白山ダンジョン、緑山ダンジョンと2つのダンジョンコアを周り、そこで取得可能なジョブを皆でゲットしてくるとうちのボスから感謝のお言葉。
「みんなどうも有り難う。お蔭で助かったわ。」
目敏く同行した中川さんももまた酒豪と頑張り屋の2つのジョブを手に入れていた。
俺に関して言えば、短剣使いと採取者、そして強靭者という新たに3つのジョブを入手。
これで合計7つのジョブを手に入れた事になる。
桜は採取者を手に入れて合計4つ。
円ちゃんは猫愛好家のみで1つ。
先輩は弓使いに採取者、猫愛好家に裁縫家の4つという結果になった。
「先輩、ホントに良かったんですか?
折角のチャンスをふいにしちゃって。
もうわざわざあそこのダンジョンのコアの所へなんか行きませんからね。」
「余計なお世話よ、賢斗君。
君だってなんちゃって勇者を取得するのを嫌がってたじゃない。」
いや俺の場合はもう勇者ジョブで関連スキルがカバーされてるし。
とはいえこれで現状俺達が独力で取得出来るジョブは手に入れた事になる。
そして今後は改めてダンジョンを攻略し、新たなジョブ獲得を目指すというのが一つの目標。
また通常のハイテンションタイムでスキルを取得したり、スキルレベルをアップさせる事も疎かには出来ない。
加えてマジコンに出場する為の準備も同時進行させていかなきゃならなくなっていたり。
これ等に優先順位を付けるなら、やはり開催が迫っているマジコンの準備が第一優先って感じか。
そのマジコンの準備の為にやっておかなければならない事と言えば・・・
「円ちゃん、シャドーボクシングスキルのレべルをマジコン開催前までに重点的に上げておいて貰えるかな?
大会中に円ちゃんのキャットクイーンを最大限活用するには、あのスキルの効果範囲を広げておいた方が良いだろうし。」
取り敢えず下見期間前はこれだけやっときゃ十分。
別に優勝目指したりする訳とちゃうし。
「賢斗さん、シャドーボクシングならもう既にレベル7まで上がっていますし、何時も使っているスキルなので放って置いても上がっちゃいます。
そんな事よりお約束のおんぶで線香花火は何時になるのですか?
私がこんなにも心待ちにしているというのに、忘れたとか言わせませんよ。」
少女は頬を膨らませると少年に凄んで見せる。
「いっ、いやぁ~、忘れてないって、ホントホント。
でもほら、まだ花火を買う暇もなかったし、アハハ。」
「花火ならもう買ってあります、賢斗さん。」
ドサドサドサ
少女は収納の指輪から買いこんでいた大量の花火達を出して見せた。
うっ、何この量と種類・・・これがお嬢様買いという奴か。
コンビニで売ってる花火セットどころの騒ぎじゃないな、これ・・・ちょっと変わった感じの奴までバラで色々混ざってやがる。
そしてこれは正しくこのお嬢様のおんぶにかける熱意の表れ・・・ちょっと退く。
ともあれ完全に逃げ道が塞がれてしまったな・・・まっ、別に嫌という訳でもないんだが。
「わっ、わかったって。じゃあこれからやろうか、はっ、花火、丁度お空も暗くなって来たし、ハハ。」
そしてこんなものを鎮める手立てなど最早そのおんぶで線香花火イベントを早く終わらせるしかない。
「じゃあさぁ~ハイテンションタイムになって花火してみよぉ~。
なんか面白いスキルが取れるかもしれないしぃ~。」
ほう、普段は各自ある程度の目標を持ってハイテンションタイムを消化するのが常だが、こういう遊び心を持ってやってみるのも一興だな。
何か変わったスキルが取得出来れば、思いもよらないジョブと出会えたりするかもだし・・・う~ん、これは中々面白そうでござる。
「じゃあ北山崎ダンジョンへ行ってやらない?
あそこなら火事になる心配もいらないし、スタート地点の断崖なら安全でしょ。」
まあ現状清川を除くと安全性ではあそこしかないわな・・・つか桜と先輩も乗り気だな。
「あら、それなら光も同行させようかしら。
うちの広報用に写真でも撮っておきたい企画だし。」
おや、まだ居たんですね、ボス。
そしてこんなプチイベントまで利用する気満々とは。
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○午後8時 北山崎ダンジョン1階層 スタート地点の断崖○
拠点部屋で軽く夕食を済ませると女性陣はお家にご連絡。
その後にやって来たのは先輩推奨の北山崎ダンジョンである。
スキル共有を済ませると各々が花火に興じ始めた。
パチパチパチ
早速線香花火を始めている猫幼女を背負った少年。
なんだかなぁ・・・一応ハイテンションタイムになって線香花火をしてはみたが、これで本当にスキルが取得できるのか?
今一こうパッとしないんだが。
『ピロリン。スキル『おんぶ』を獲得しました。』
おい、ちょっと待て。
おんぶスキルなんてあったのか?
花火関係ねぇし。
「むはぁ、やはりこれは実に良いものですねぇ、賢斗にゃん。
ずっとこうして居られますにゃん。」
クンクン
このお嬢様さっきから線香花火そっちのけで俺の背中でずっとクンクンしてるんですけど。
前から思っていたが、このお嬢様おんぶしてやるとよく顔を擦りつけて来るんだよなぁ。
まあこんな可愛い娘にされるのなら別に嫌な気はしないのだが。
にしてもこれじゃ線香花火をする意味まったくなかったんじゃねぇのか?
自分で大量購入して来た花火には全く興味を示さないし、これならストレートにおんぶさせてくれって頼まれた方が分かり易い。
「良かったですね、ハハ。」
なんてやっていると・・・
「「「「「「「ほらぁ~、賢斗ぉ~、分身花火ぃ~。」」」」」」」
「はい?」
今桜の声が重なって聞こえたんだが・・・
少年が暗くなったダンジョンの空を見上げると、両手に花火を持った7人の少女が空中をクルクルと旋回飛行していた。
何だろう・・・俺疲れちゃってるのかな?
先生が7人に見えるんですけど?
「桜ぁ、どうなってんだ?それ。」
「「「「「「「え~、どうもなってないよぉ~。」」」」」」」
いや明らかに可笑しいからっ。
「「「「「「「これは同時転移って言ったらいいのかなぁ~。
一遍に何か所も同時に転移するとしばらく人数が増えるんだぁ~。
賢斗だって多分出来ると思うよぉ~。アハハ~♪」」」」」」」
出来るかっ!そんなもん。
いや待てよ・・・これって恐らく魔力操作の発動数操作を使って短距離転移を使用した結果なのかも。
だとするとこの分身達は単なる見せ掛けって訳じゃなく魔素エネルギーで出来た実態を持つ存在・・・
あ~何か最近の桜の採取量が異常だった事の理由が分かった気がする。
しばらく空中花火を楽しんでいた少女が地上に降りてくると、分身達は消えて行った。
「でもこれやるとMPが直ぐ無くなっちゃうんだぁ~。」
ふ~ん、まあ見るからに通常の短距離転移の7倍くらいは消費してそうだしな。
にしても相変わらず桜の魔法に関する発想力には恐れ入る。
確かに桜が言う様に同じスキルを持つ俺にだって同じ事が出来た筈なんだが。
要は俺の魔法の使い方がまだまだ・・・
いや俺がというより、これは先生が魔法に掛けちゃ天才だって事だよな。
「いやぁ、小田さんナイスですぅ。
良いお写真が沢山撮れちゃいましたぁ。」
とそこへシャッターチャンスを逃さなかったカメラマン水島登場。
「美少女が7人に分身して夜空に飛んで花火してる写真なんてインパクト抜群ですよぉ。」
うむ、色々盛られ過ぎててその写真が本物か間違いなく疑われそうだけどな。
「お蔭でスクープキャッチなんて言うスキルまで取得しちゃいましたぁ。」
おやまあ、芸能記者なら大喜びしそうなスキルだが、鑑定士見習いの水島さんに必要なのだろうか?
まっ、本人ノリノリで嬉しそうだけど。
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○スタート地点の断崖の隅○
一方断崖の隅でひっそりと普通に花火を楽しむ少女と子猫。
シュー
少女が手持ち花火の先にマッチで火をつけるとその先から勢いよく火が噴きだす。
いやぁ、手持ち花火なんて何年ぶりかしら?
小さい頃はよくやったんだけどなぁ。
「あねきぃ、おいら退屈だにゃ。」
「なぁに、小太郎。君も花火をやってみたら?
変わったのもお前のご主人様が一杯買い込んだみたいだし、結構面白いわよ。」
って、そういえば動物は全般的に火が苦手だったわねぇ。
「まああねきがそこまで言うならやってみるにゃ。」
うふっ、でも小太郎はやっぱり普通じゃないみたい。
「はいどうぞ、これは蛇玉って言う花火で私の一押し。
まあホントは昼間やるのが良いんだけど、きっと気に入ってくれるわよぉ。」
少女が蛇玉の入った袋とマッチを子猫に渡すと・・・
シュッシュッ、シュボッ
器用に火をつける子猫。
流石にここまで来ると私でもちょっと引くレベルね。
渡しといて言うのも何だけど、マッチをつける子猫って器用過ぎるし。
シュルシュルシュル~
蛇玉は煙を吐きながらその体積をウネウネと膨張させる。
「これは面白いものだにゃ。」
「そお?じゃあお次はパラシュート花火なんてどうかしら。」
子猫がその筒型花火の導火線に火をつけると・・・
バンッ
花火の筒から上空へと何かが飛び出した。
う~ん、この暗がりじゃあ小太郎は楽しめなかったかな。
肝心のパラシュートが何処へ飛んだか分からないし。
ってあれ?小太郎?
少女の傍にいたはずの子猫の姿はそこには無かった。
「ちょっと何処行っちゃったのよ、小太郎。」
少女がキョロキョロと周囲を見渡していると・・・
バサッ
「ちょっ、なにこれ。」
少女の頭に風呂敷が覆いかぶさりその視界を塞ぐ。
ゴロン、ドン、バシャア
突然の事にしゃがんでいた少女は仰向けに倒れむ。
その拍子に後ろにあったバケツの水を頭から被ってしまった。
「ちょっと小太郎、何よ、これ。」
「わっ、悪かったにゃ。大きい音がしたからビックリして上に逃げたら猛スピードでこいつが追いかけて来たにゃ。」
子猫の手には小さなパラシュートが一つ。
ピカッ、パシャ
そこに女性の持つカメラのフラッシュが光を放った。
濡れた髪から漂う甘いグレープの香り。
装備越しながら羽織っていたポンチョとベストははだけ、薄ピンクのブラが透けた濡れた白Tシャツがその少女の見事なプロポーションを露わにしていた。
「ちょっと水島さん、何やってるんですか。」
飛び切りの美少女が憂いた表情を浮かべる。
「いやぁ~、これがスクープキャッチの力ですかぁ。」
少女が手をつき上体を起こすとその濡れた肢体は艶めかしい曲線を描き奇跡的にも悩ましげなセクシーポーズを作りだす。
ピカッ、パシャ
カメラの女性は喜々としてシャッターを切る。
その傍らには音速ダッシュで駆け付け興奮した表情を浮かべる少年が立つ。
そんな中、少女の脳裏には悲しいアナウンスが流れた。
『ピロリン。スキル『セクシーショット』を獲得しました。』
どうしてこうなっちゃうのよっ。
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○ずっと少年の背に乗り続けている猫人幼女○
やはり線香花火作戦は正解でしたねぇ。
こんなに長時間賢斗さんのお背中を独り占めです。
クンクン、スリスリ
『ピロリン。スキル『マーキング』を獲得しました。』
おや、普通にスキルが・・・そう言えば今はテンションタイム中でした。
少し夢中になり過ぎてすっかり忘れちゃっていましたね。
あっ、そうです。
この心地よい賢斗さんの匂いをより感じる為に、ここでハイテンションタイムになってみると致しましょう。
ドキドキジェット、スタートです。
ドッドッドッキィィィィィィィィ・・・・・・・・・・・・・・
クンクン、スリスリ
むっはぁ~、最高ですぅ~♪
濃いですぅ、賢斗さんの匂いが濃厚ですぅ。
これはもうクンクンが止まりません。
そしてスリスリによりこのお背中に私の匂いをより深く刻み込まなくては。
クンクン、スリスリ・・・
『ピロリン。スキル『ライク ア ビースト』を獲得しました。』
はて、良く分からないスキルがまた一つ。
う~む、これは一体・・・
いえそんな事より今はクンクンとスリスリの方が大事でしたぁ♪
クンクン、スリスリ・・・
次回、第百一話 定例ジョブ診断。