第一話 その少年は探索者への道を歩み始めた
○探索者資格試験○
この世界にダンジョンというものが出現して早100年。
魔物が巣食い様々な罠が存在するその異空間は当初人々に恐れられていた。
しかし月日の流れは未知の恐怖を既知の危険へと変え、そこで得られる恩恵の数々は次第にその認識を資源の宝庫といった形にまで変えていく。
そして多くの情報が出回り法整備やダンジョンのランク付け等により比較的安全に未経験者でもダンジョンに立ち入れる様になった現在。
危険なダンジョン内を探索し様々な価値ある資源を持ち帰ってくる探索者という職業は、それなりに社会的地位も認められた世の中となっている。
3月24日正午、白山ダンジョン探索者協会支部、探索者資格試験会場。
ジリリリリリ・・・
と言ってもその探索者という職業にはランクがあり上はSランクから下はGランクまで。
その実力というのも千差万別で前述の社会的地位というのもEランク以下では無いに等しかったり。
「はい、みなさぁ~ん、お時間になりました。
ペンを置いてくださぁ~い」
それでも尚こうした己の実力次第で上を目指せる職業というものは、得てして夢見がちな高校生には大人気。
ふっ、こんな一般常識と探索者法の簡単な筆記試験などやはり俺の敵ではなかったな。
まっ、沢山お勉強してきましたけど。
この春高校入学を控えたこの物語の主人公の姿もまたこの国家資格の試験会場にあった。
「大変お疲れ様でした。
探索者資格試験はこれにて終了となりまぁ~す」
ニヤリ
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○合格発表○
午後1時、待合室には50名程の資格試験受験者達の姿、椅子に座り番号が書かれた電光掲示板を一様に見つめていた。
そして発表時刻を迎えると合格者の番号にはランプが順に灯っていく。
よし、次っ、来いっ!38番。
パカッ
表情を変えず小さくガッツポーズをする少年はその喜びを静かに噛み締める。
何はともあれこれで無事資格試験突破だな、おめでとう俺。
まあ、合格率80%もありゃ自慢する気にならんけど。
「多田賢斗さ~ん」
「はい」と応えて立ち上がると賢斗は受付窓口へ。
「それではこちらをお持ちください」
職員から探索者証とパンフレット一冊を受け取る。
「探索者証の方はダンジョン侵入申請の際ご提示が必要になりますので大事に保管しておいてください。
またお誕生日以降有効となりますのでご注意願います」
これで俺も4月2日から探索者の仲間入りかぁ・・・やったね♪
「パンフレットの方は、午後3時から開催するスキル取得講座の案内になってますので、宜しかったら是非ご参加ください」
はいはい、そのつもりですよぉ。
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○スキル取得講座 その1○
待合室からフードコーナーへ移動した賢斗は、その片隅のテーブルでドリンクを片手に先程貰ったパンフレットを広げていた。
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≪スキル取得講座のご説明≫
【スキルとは】
ダンジョン出現以降授かることができるようになった特殊能力をいう。
またその形態は多種多様でありその種類は確認されているだけでも1000以上、そしてダンジョン出現から100年たった現在においても毎年新たなスキルが幾つも発見されています。
【スキルの取得方法】
スキルの取得方法は以下の3つに大別されています。
1、恩恵取得 初めてダンジョンに入ることで取得。取得までの所要時間は数分程度。
2、習熟取得 ダンジョン内でのスキル習熟行動による取得。取得までの所要時間は総じて長く短い場合でも3日程度。
3、スキルスクロール取得 ダンジョン産のアイテム、スキルスクロールを使用することで取得。取得までの所要時間は数秒程度。
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まっ、探索者資格試験を受ける人間ならこのくらいは事前に知ってて当然の内容だな。
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【スキル取得講座概要】
本講座は今回新たに探索者資格を取得された皆様を対象に各人が希望するスキルが恩恵取得できるようサポートする講座となっております。
【サポート内容】
ダンジョン内への引率及び安全確保。
ご希望のスキルの取得方法のアドバイス。
サポートアイテムの貸し出し(レンタル料は受講料に含まれています)。
スキル取得後のステータス鑑定
【受講料】
3000円
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そして通常プロ探索者さんにお願いすれば数万円も掛かってしまうところをこんなリーズナブルにご提供されては受けざるを得ないでしょう、うんうん。
とまあそれは良いんだが、問題はどのスキルを取得するかってことだよなぁ。
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【恩恵取得の特徴】
恩恵取得はダンジョンに入ったごく短時間の瞬間的な行動や感情に大きな影響を受けるので、習熟取得に比べ希望するスキルを取得する難易度は高い。
しかしその分未発見の珍しいスキルや習熟取得ではまず取得できないとされる有益なスキルが取得されるケースも多い。
【特記事項】
恩恵取得は必ず希望するスキルが取得できるというものではなく、本講座受講者の方の希望スキル取得成功率は約5割程度となっております。
希望するスキルが取得できなかった場合のクレーム等は一切お受けできませんので予めご了承ください。
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半分は希望通りに取得できないとしても、希望スキルは決めといた方が良いだろうし。
パラリ
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≪スキル取得講座推奨人気スキルのご紹介≫
【攻撃・防御系】
『長剣』
『小剣』
『短剣』
『細剣』
『長刀』
『短刀』
『竹刀』
『曲刀』
『長槍』
『短槍』
『ハンマー』
『斧』
『弓』
『投擲』
『格闘』
『盾』
【強化系】
『全身強化』
『腕力強化』
『脚力強化』
『視力強化』
『聴力強化』
【耐性系】
『打撃耐性』
『衝撃耐性』
『斬撃耐性』
『熱耐性』
『冷耐性』
【補助・特殊系】
『俊足』
『忍び足』
『潜伏』
『採掘』
『採取』
『猫語』
『犬語』
【注意事項】
※魔法スキルはスキルスクロール以外での取得はできません。
※その他希望のスキルが御座いましたら、職員にお尋ねください。
またスキルによっては別料金での対応となりますのでその旨ご了承ください。
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とはいえどれにすっかなぁ、これ。
恩恵取得で攻撃系の魔法スキルを取得できれば話は簡単なんだが。
この世界では魔法スキルがスキルスクロールでしか取得できないことは最早子供でも知る常識。
そんな事情から彼同様攻撃手段の確保を優先して考えている者は通常この講座で武器による攻撃系スキルを希望する。
貯金はもう8万円しかないし、う~む。
しかしダンジョンに出現する魔物への有効武器はダンジョン産の素材を使った武器ないしダンジョン産の武器に限られ、比較的安価な短剣であっても新品なら10万円以上。
レンタルもあるが日当たり5000円とかなりの割高で、今月から叔父の家を出た今の彼には根本的に武器による攻撃系スキルという選択肢が無いのである。
魔法もダメ、武器も買えないとなると・・・
まっ、現実的に考えりゃコンビニで2、3カ月バイトして最低ラインの武器を買うしかないわな。
『格闘』スキルなら武器は要らないだろうけどあれは俺的に却下だし。
だってゴブリンとかって汚らしいだろぉ?
おまけにかなり臭いらしいし。
別に潔癖症を自負する訳じゃないが、そんなのを素手で殴るくらいならコンビニバイトの方がまだマシだっつの。
にしても折角こんな早い時期から探索者資格をゲットできたというのに、なんとかならんもんですかね。
諦めがちにまたぼんやりとパンフレットを眺め始めた。
おっ、『採掘』に『採取』か・・・これひょっとして魔物を回避して採掘・採取ポイントまで辿り着ければ何とかなるかな?
賢斗は受付脇に無料配布されている白山ダンジョン1階層の簡易マップを取りに行くと早速テーブルの上でにらめっこ。
ちっ、1階層に採取・採掘ポイントは無しですかそうですか。
まっ、早々旨い話は転がってないですなぁ。
ってあれ? この箱マークってもしかして?
簡易マップ上には思わせ振りな箱のマークが2か所表記されていた。
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※箱のマークは、宝箱のあるポイントです。
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おおっ、マジっすか。
1階層に2か所も宝箱ポイントがあるなんて・・・
これはちょっと希望が見えてきたんじゃないですか。
となると後は魔物をやり過ごすための回避系スキルでもあれば・・・
おっ、これだっ!
いよぉ~し、これはもう悩むまでもないでしょ~♪
この賢斗さんが恩恵取得するのは『潜伏』スキルで決まりっ!
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○スキル取得講座 その2○
午後3時、スキル取得講座の開始時刻になると白山ダンジョン入口前には40名程の資格試験合格者が集合していた。
そしてダンジョン内の安全確保を依頼した数人のプロ探索者達が先行してダンジョンに入っていくのを確認するとその場の職員が声を張り上げた。
「それではこれよりスキル取得講座を始めたいと思いまぁ~す。
事前にアドバイスや質問がある方は、こちらまでお越しくださぁ~い」
声を上げた職員の元へ数人の参加者が群がっていく。
また長テーブルの上に様々な貸し出し用の武器やアイテム類が並べられた一角からは別の職員が声を上げる。
「武器、アイテムの貸し出しを希望される方はこちらでぇ~す。
取得したいスキルを言ってもらえれば、こちらで適切なアイテムをご用意いたしますぅ~」
するとこちらにも行列が出来始めた。
「それでは準備ができた方からあちらの教官の後についてダンジョンに入ってくださぁ~い」
おっ、もう最初の人がダンジョン内に・・・
にしても結構な混雑ぶりだな、これ。
「あの~、『潜伏』スキル、取得希望なんですけど」
「あっ、はい、『潜伏』スキルですね。ではこちらの隠密ローブをお使いください。
それを着けて岩陰にでも隠れていたら結構簡単に取得できると思いますよ」
ふ~ん、なるほどねぇ。
何か楽勝っぽいな。
「はい、有難うございます」
隠密ローブを着込むと、賢斗は早速ダンジョンへ。
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○スキル取得講座 その3○
受講者達は皆一様に初めて入るダンジョンに心躍らせキョロキョロしつつ中に入っていく。
へぇ~、ここがダンジョンかぁ。
中は洞窟のような感じで床面や壁面は堅い岩質。
その岩が仄かに発光しているのか薄暗いが月明かり程度の視界は確保できる。
構造は岩が点在しているが概ね幅3m高さ2.5mの通路が奥へと延び、通行する分には十分な広さ。
しかしこの通路で大人数が武器を振り回したりマジックアイテムを使うとなると少し手狭な感じは否めない。
「それではみなさぁ~ん。狭くて済みませんが、周りの参加者に十分注意しながらスキル取得に励んでくださぁ~い。
また、アドバイス等欲しい方が居ましたら、お近くの教官に言ってくださいねぇ~」
教官の言葉を聞いた参加者達は一斉に行動開始。
ほどなくあちらこちらで「やったー」やら「うおっしぁ―」等と歓喜の声が聞こえてくる。
おおっ、ホントに直ぐスキルが取得できちまうんだな。
よしっ、それじゃあ俺も早速岩に隠れてスキルをゲットしちゃいましょう。
おっ、良さ気な大岩発見。
あそこなら余裕で隠れることが出来そうだ。
何の気なしに大岩に向かって歩き出した賢斗。
その手前までやってくると突然少女の悲鳴が聞こえた。
「きゃぁぁぁーっ!」
ん?
振り返れば自分に向かって空を飛んでくる少女の姿。
なっ・・・まずいまずい。
ここで避けたらあの娘が岩に激突しちまうっ。
賢斗は咄嗟に身構えた。
ドシッ
ととぉ、危なかったなぁ今の・・・えっ。
ドキンッ
思いの外軽い衝撃と同時に賢斗の腕の中には可愛いお姫様が見事に収まっていた。
広がる甘い香り。
胸元まで伸びた黒髪が毛先の方だけ内側に緩くカール。
小顔でパッチリ開いた目はどこか人懐こさを感じさせ、黒く大きな瞳がキラキラとした無邪気さに満ち溢れている。
圧倒的な庇護欲を兼ね備えたその小柄な美少女に賢斗の視線は問答無用で釘付けにされていた。
ゴクリ・・・これはかなり、というか相当可愛い。
少女と見つめ合う驚きと戸惑いの数瞬間。
ドキドキドキドキ・・・
賢斗の胸は高鳴り鼓動が一気に加速していった。
先に声を上げたのは少女の方。
「ありがとっ!」
その天真爛漫な言葉で賢斗もハッと我に返った。
「あっ、ああ」
優しく下に降ろしてやると彼女は明るく声を掛けてくる。
「強風うちわで『フライ』スキルを取ろっかなぁ~って思ったんだけど、ちょっと風が強すぎちゃったぁ~。アハハ~」
「えっ、あっ、そ、そう・・・ふ~ん?」
果たしてそんなことで『フライ』なるスキルが取れるのかまるで見当もつかんが、そんなことはどうでも良い。
「さっきはホントにありがっとねぇ~。
帰りに会えたらお礼に何か奢ったげるぅ~。それじゃっ!」
最後にまた元気よく笑うと少女は甘い香りを残して去っていった。
・・・今日試験受けに来て良かった、うん。
しばし呆然と立ち尽くしていた賢斗。
徐々に胸の高鳴りは静まり、次第に頭が冷静さを取り戻いていく。
・・・これはかなりまずいことになったな。
『ピロリン。スキル『ドキドキ星人』を獲得しました。』
賢斗はついさっき頭に響いたアナウンスを思い返した。
あれは空耳?
・・・な訳ないか。
あれだけはっきり聞こえてたし・・・
にしてもどうすっかなぁ、何だ? この冗談みたいなスキル。
こんな訳の分からんスキルでは折角立てた潜伏スキルでお宝ゲット計画が台無しではないか。
「あのぉ、恩恵取得のやり直しってできませんかね?」
「できたら良いですね。ニコッ」
ムスッとした顔で質問する少年に女性職員は隙のない笑顔で答えた。
・・・やるな。
次回、第二話 レアスキルを取得した二人。