第4話:ガリウス・グロウスト・デイン
「よしっ、行くか」
入隊式当日、日課である軽めの訓練を行ってから汗を流し朝食を食べてセツナは宿舎の玄関で呟いた。これより9時から王城にて入隊式が行われるらしく遅刻しないようにと珍しく早めに起き王城へ向け足を進めた。
「なんか宿舎のおばちゃんとか他の隊士の人が憐れみというか可哀想なものを見るように見てきたのが気になるけど……まあいっか」
これから過酷な研修が始まるとはつゆ知らず気は引き締めつつも少し浮かれ気分で王城へと到着したセツナだった。
「これより!第214回入隊式を始める!214期生は列を乱さず速やかに並びたまえ!」
何かの機械を使ったの明らかに拡張された声が王城広場に響き第214期生と思われる黒い軍服に身を包んだ少年少女達が急いで列を作り並んでいく。
今年の入隊者は約9000人といわれているがその人数がいてなおまだスペースに余裕がある王城広場の大きさに唖然としつつ声がする方へとセツナは顔を向けた。
「ただいまをもって第214回入隊式を始める!まずは僭越ながらガリウス国王陛下のお言葉を頂戴する!第214期生は心してそのお言葉に耳と心を傾けよ!」
司会進行のような隊士が発言した後に広場の真正面、恐らく3階である派手に装飾されたバルコニーに一人の初老の男性が現れた。
上背は高く2メートルに届かない程で身体は厚く今にもこちらは襲い掛かるかのような威圧感をもったその男性はほんの一瞬、第214期生に向けて殺気を放った。
(……ッッ!!!なんて殺気を放つんだあのじーさん!)
一瞬とはいえその殺気に当てられた第214期生は膝から崩れ落ちる者や泣き出してしまう者、呆然と意識が殆ど飛んでしまっている者や少数だが瞬時に身構え交戦体制を整えた者など一瞬にして広場はカオスと化す。
「もう!お爺様!」
「がはははは!悪い悪い!だがこれは毎年の恒例行事だからなぁ、今年は骨のありそうな奴が多くて楽しみだぜ」
「楽しみだぜ、じゃないですよもう……毎年気絶した隊士を運んでくださる方々の身にもなってください」
お爺様と呼ばれた初老の男性こそが大国グロウストの現国王。強化系クラス1stにして冠する顕現名は『天下無双』、国王でありながら茶目っ気と自由奔放な性格で家族や部下、秘書などを振り回しているガリウス・グロウスト・デインである。
「えー、諸君!!国王のガリウス・グロウスト・デインだ。貴公らの入隊を心から歓迎する!!」
言い放ったのは短い言葉ながら大国グロウストの最高責任者かつ最強の顕現者としての重みが第214期生の背筋を正させる。
「堅い言葉は無しでいこうか!これからお前らはグロウスト軍の一軍人として任務や国務に励んでもらう、時には辛いことや死ぬ思いをする奴もたくさんいるだろう。綺麗事は好きじゃねえが国のために体を張り国を愛してくれるお前がいなけりゃグロウストっつー大国は成り立たねえ。最後にグロウストの最高責任者として、一人の顕現者としてお前らと共に歩んでいけることを嬉しく思う!以上だ!」
心が震える気がした。自分一人に向けられた言葉ではないことなどよく分かっている。隣にいる王国一の美女と噂されるガリウスの孫娘、ルナ・グロウスト・デインの美貌など目にも入らないくらいの強烈な憧れと男として、雄としての尊敬や嫉妬、色んな感情が入り混じり演説が終わった後も国王ガリウスに第214期生は釘付けになっていた。
それから他の来賓の挨拶やグロウスト軍の歴史、軍務規定のおさらいなど先程の国王の演説と比べると意味なんてあるのかと思うほど暇な時間が過ぎ入隊式は解散となった。
「貴公らの半年間の研修の監督を務めるジル・バレンタイン中将だ。早速だが研修先である南の森でのレクレーションを行うため全員訓練着に着替え再び王城広場に集合したまえ。時間は1時間以内とする。」
唐突にそう告げられ第214期生は各々準備をしながら広場へ集合していく。先程の演説に心打たれたものやルナの容姿に対する賞賛など皆レクレーションと聞いて完全に気が抜けていた。
(レクレーションってなにをするんだろう、全員で組手とか……森なんだし虫取り?いやいやそんなことないだろうけど……)
新人研修の内容については口外することを固く禁じられレイも例外ではなくセツナが何度聞こうともついぞ教えてはくれなかった。
(何にしても楽しみだな…南の森なんて普段行かないところだし!)
そう、南の森とは東の大陸の最南部に位置しまだ開拓の手が入っていない未開拓地で有名な森で、強力な異形と呼ばれる普通の生態系の進化とは異なった進化を遂げた人を襲う化け物などが多く存在しグロウスト国内の法律では立ち入り禁止区域に指定されている場所なのである。
第214期生の中でも勘のいい者は南の森でレクレーションなどろくなことが待ち受けていないと気付いている者もいるがセツナに関してはそこらへんな知識が全くなく、レクレーションを今か今かと楽しみに待っていた。
「時間だ、全員集合しているな」
大した確認もせずバレンタイン中将がそう告げる。時間も守れない者は軍には必要ない、よって今この場にいない者の事など問題ではないのだ。
「これより第214期生のレクレーションについて説明を行う。なに、説明といっても難しいことは何一つとしてない。能力の発現の許可と3日間生き残ることを目標に頑張ってくれたまえ。ああ、それと逃げようとしても無駄だ、干渉系クラス3rdの能力者が5人で森全体に結界を張っているのと『耳アリ目アリ』が見張っているからな。それでは諸君らの検討を祈る」
バレンタイン中将がそう言い終わった途端いきなり空中に一人の女性が現れ
「じゃ、気張っていきな。死ぬんじゃないよ、ボーヤ達」
その言葉を最後にセツナの視界が暗転した。