第3話:レイの弟
朝日が昇り始める早朝、セツナは演習場にて身体を動かしていた。よほど昨日のリッキー君との戦いが不完全燃焼だったのか朝の訓練にしてはかなり激しいメニューをこなしている。
「はっ……はっ……」
目を瞑り仮想の敵を思い浮かべてその相手と組手を行う。セツナが思い浮かべる相手は、身近で最も速く強い師匠なのでこの空想の組手でセツナが勝利した事は一度もない。
そんなストイックな訓練も2時間も行っているとすでに周りは明るくなっておりどこからか小鳥のさえずりも聞こえてくる。
「こんなもんにしとくか……今日もユリアさんと査定とかあるしね」
腹も減ったところでちょうどよかったのでセツナは訓練を終わらせ、タオルで汗を拭きながら演習場を後にした。
「はい!今日は能力の査定をしていきます!」
昨日と変わらず少女のようなアラサー少尉、ユリアは元気に今日行う内容を告げてくる。
「セツナくんは出生時の能力査定をしてないからデータが王国内に残ってないんだよね……レイちゃんもそうだったけど、その、スラム街出身の人は自分の能力が何か分かってない場合が多いから今日はちょっと長くなっちゃうけど頑張ってやっていこうね!」
基本的に能力というのは出生時に国に把握されるようになっておりセツナの歳まで能力が発現していない、もしくは発現したとしても何の能力か分からないのはセツナやレイのようにスラム街出身か裏の組織の者達なのだがグロウスト軍はこういった初期の能力査定すら済んでない者でも入隊式の1週間前に呼び出し査定を行わせる処置をとっていた。
「能力の有無についてはすぐにわかるんだけど発現方法はみんなそれぞれ違うからタイミングがわからないんだよねぇ、ちなみにセツナ君は能力自体の才能はあるから安心してね。」
「そうですか……でも僕能力なんて使ったことも感じたこともないからよくわからないんですよね。」
「発現自体はもうしてるのは確かなんだけど能力行使は自分で感覚を掴むしかないからね!身体強度も能力者のソレだったし気を長くして探していこうね!」
能力者の身体は普通の人間よりも強く頑丈になっておりセツナの身体が既に能力を発現しており能力者としての数値が出たことは昨日の検査で判明している。
だが能力と言われても今まで意識してこなかった感覚すぎてどうしたら良いのか分からないのも事実だ。
「そういえばユリアさんはどんな能力なんですか?胸に三ツ星の刺繍があるのでクラス3rdの能力者というのはわかるんですが」
わからないものを考えてもらちがあかないとセツナは能力者の先輩であるユリアに質問を投げかける。
一応能力のことについては1日目、2日目でレイにこってりと絞られたためおそらく干渉系だというのは予想していた。
「衛生兵が全員干渉系の能力ってわけじゃないよ?中には能力自体はバリバリの前衛タイプで自分で前線で暴れまわる人もいるからね。アカデミーでは医療目的の能力行使の術を学ぶんじゃなくて人体の構造とか能力がなくても人を治療する方法を学ぶからね!」
専門のアカデミーで学ぶ事は人体構造についてや解剖、病気の種類や薬学などあり無能力だから軍で衛生兵になれないのかと言われるとそうではない。
ただ干渉系の能力者が衛生兵に多いのも事実であり特に軍医ともなれば最低でも干渉系のクラス3rdか特殊系のクラス3rd以上の能力が求められる。
「基本的に軍医の人って2種類に分かれるの。一つは干渉系でざっくりいうと人の身体の治りをすっごく速めて治療するタイプ。有名な人だとハンス・フリーさんとかかな」
死んでいなければ必ず治すとまで言われるハンス・フリーという人物は他人の身体に干渉し細胞に働きかけ治癒能力を高めるといった治療法なのだが『絶対五体満足』といった顕現名で呼ばれる彼女の場合治療というより再生といって相応しく、はたから見ていると何やら彼女が患者の欠損部位に手をかざしたと思った瞬間にいきなり四肢が生えてくるレベルなのであまり参考にはならないが。
「後もう一つは特殊系の時間回帰だね。文字通り例えば無くなった腕を腕のあった時間まで遡る能力で、事象の拒絶とも呼ばれてるかな。ちなみに私は特殊系のクラス3rdでこの時間回帰の能力者だよ。」
時間回帰、事象の拒絶といった能力は一見すると心臓を飛ばされようが首を切られようが全てを元通りに出来るよう聞こえるが制限も大きく打撲や骨折といった比較的軽傷ならばクラス3rdの能力者であれば2時間でも3時間でも経っていようが問題なく治せる。しかし、心臓や頭部など即死につながる重症などはタイムリミットも極端に短くユリアほどの実力者でも怪我を負ってから5分以内が限界だ。
そのように能力によりもたらされる恩恵が大きければ大きいほどリスクや能力に対する制限もまた大きくなるのである。
「能力っていうのはまだ全てが明らかになってるわけじゃないんだけど、心に宿るって言われてるの。だから過去の思い出やトラウマ、自分が本当に欲していたり憧れたりしている力が法則と方向性を持って自分の中で感覚として確立した時に能力を行使できるって言われてるんだ。」
空を飛びたいと心から願い浮遊能力を得た者や火事でのトラウマを持つ者が発火能力に目覚めたりなどなぜその能力を発現するかは明確には証明されていない。
「だからね、まだ君の能力は開花してはいないけどレイちゃんと同じように力を追い求めたセツナ君ならきっとセツナ君自身と大切な人を守れるような能力に違いないよ!」
そう言ってユリアは笑顔でセツナの手を取り
「なんたってあのレイちゃんの弟だもん!私も出来る限り協力するから一緒に頑張ろう!」
(あぁ、なんでレイ姉さんがこの人を親友と呼びまで信頼してるのかわかる気がする。)
ユリアのその真っ直ぐで裏表のない性格に姉がユリア・アーノイドという人物をいかに信用しているか見て取れる。
「僕にもレイ姉さんやユリアさんのような、誰かを守ったり癒してあげるような力がありますかね……」
「絶対あるよ!セツナ君ならきっとみんなに尊敬されるようなすごい力があるよ!」
花のような笑顔とセツナの手を握ったまま目と鼻の先まで顔を近づけて言うユリアに内心照れてしまいバレないようにと赤くなった顔を逸らすセツナであった。
「今年の入隊希望者は約9000人……内9割がアカデミー卒か。」
「ええ、平民の出ではありますが学生時代に名を馳せた者やあのレイス家の次女など粒ぞろいと評判です。」
見るからに高級そうなカップに注がれた紅茶を一口含むと右目に裂傷のある普通の人間であれば40〜50代の壮年の男性が不機嫌そうに言った。
「毎年そういいながら最近は優秀な軍人が減ってしまった、まともなのは第206期生くらいだろう」
レイ達第206期生は全体的にレベルが高くレイやユリアの他にも能力を鍛え順調に階級を上げている者が多くここ10年では黄金世代と呼ばれていた。
「ですが今年はレイ・デバイス少尉の弟も入隊予定だとか……あの天穿ちの継承者となると少しは期待も出来るでしょう。」
「ふん、だからといって特別扱いするつもりは毛頭ない。貴族だろうが平民だろうが入隊直後は全て二等兵、そして今年の半年間の研修はあのバレンタイン中将が指揮を執るみたいだからな」
「ほう……あの『死の弾丸』がですか、これは半分でも残ればいいほうですねぇ」
新人にとっては選別と称される地獄が待ち受けていようとはこの時のセツナは知る由もなかった。新人研修としか聞いていない第214期生は希望を胸に入隊式を迎える。