第1話:軍と能力
能力者というのはヒトではない。
人であって人ならざるモノ、これがこの世界での一般的な能力者へ対する認識である。
何もないところから剣を出す、銃を出す。また炎を出す者や重力といった目に見えないものを操る者、瞬間移動や手の届かぬ範囲の物を動かすサイコキネシスと言ったものなど能力というのは世界の理から外れ人外なる力のことを指す。
グロウストでは出生と同時に必ず能力の発現の有無、また今後能力を発現しうる存在の把握が絶対となっており能力者の管理、育成がそのまま国が保有する武力といっていいほど世界の軍事バランスと能力の関係は密接になっている。
およそ全人口の4割が能力者とされ、能力にはその発現した能力によって予想される、または検証された威力の規模や有用性、希少性や発現までの速さなど様々な項目によって5段階に判断される。
上からファーストと呼ばれセカンド、サード、フォース、そして一番下であり駆け出しレベルがフィフスとされ、
系統としては主に4種類に分けられる。強化系、具現系、干渉系、特殊系と区別され戦闘向きの能力や索敵や指示、研究など非戦闘向きの能力も多く近年いたるところに能力者用の学校なども存在しており育成にも余念がない。
例として上げると世界で最も有名な能力者と言っていいのが ガリウス・グロウスト・デインという人物で大国グロウストの二代目国王だ。
ガリウスは国王でありながらも第三次大陸大戦において戦場にて軍を率い他の大陸や各国に名を轟かせ大戦を終結へ導いた英雄である。
ガリウスの能力は系統でいうと強化系。そして強化系の中でも最も数が多い自己強化に分類されるのだが、
能力の判断にはその希少性なども評価の対象に入るため自己強化という極めてシンプルな能力は高ランクとして認定されずらく、強化系としてファーストに至ったのは人類史で初といわれている。
ファースト、そしてセカンドはそのあまりの戦闘能力などの高さからその他大勢としての呼び名でなく個人の能力名がつく。
個人としての能力名がついた者を顕現者と呼び、もちろんガリウスも顕現者として個人の顕現名がある。
強化系クラス1stにして冠する顕現名は『天下無双』。
そのあまりの戦闘力の高さにより一人で一つの軍を殲滅してく様を恐れられこの名が付けられたと言われる。
他にも、有名な顕現者を上げると現グロウスト軍の歩く災害と言われる軍医、死にさえしなければ必ず治すとされる干渉系クラス1stの『絶対五体満足』ハンス・フリー。
他を超越する戦闘技術を持ち量産型な能力ながらその練度を高め、顕現名を冠するに至った具現系クラス2ndの『死の弾丸』ジル・バレンタイン中将や、大規模犯罪組織の長にして数多のならず者を纏め上げている巨悪のカリスマ、特殊系クラス1stと推測される『掌握者』エニグマなど顕現者として能力を発現するに至った者は全てオンリーワンの能力として扱われある者からは尊敬を、そしてある者からは畏怖を抱かれる。
ではクラス3rd以下が普通の人間なのかと言われるとそうではない。
能力者全体の中で最も多いクラスが4thであり例えクラス5thの能力者であろうと小さな子供が無能力の成人男性を制圧出来てしまうほど能力とは人間をやめることと同等なのである。まぁ例外的に無能力者でありながら顕現者と張り合う異常者も存在するのだが……今は置いておこう。
一概には言えないが戦闘力だけを能力の強度で分かりやすく区分すると
クラス1st……単独で敵性の一個総軍と戦えるまさに一騎当千の力。出会ってしまったなら基本即撤退という人間兵器。戦闘を行うにあたり国からの許可が必要であり階級としては元帥〜大将となる。
クラス2nd……単独で敵性の一個師団及び一個連隊と戦える力。2nd以上の能力者又は顕現者の能力の発現規模は広範囲に及び、殲滅力が高く対一個大隊以上との戦闘で重宝される。中隊以上を率いる中将〜大尉に多い。
クラス3rd……軍隊に置いて戦術的価値を得られ単独で一個中隊及び一個小隊と戦える力。隊長として分隊から小隊までをを率いる上級曹長〜中尉に多い。
クラス4th……軍隊に置いて戦略に組み込まれるようになり単独で一個分隊と戦える力。最も数が多く二等兵から上等兵を指導する軍曹〜曹長に多い。
クラス5th……軍隊に置いて戦場に立てるようになり単独で敵勢力との交戦を許可される力。二等兵及び一等兵に多い。
とこのように能力者はたとえクラス5thだとしても軍においては重宝されるのだが、無能力だからといって軍に所属できないわけではない。
前線には立たない後方支援や内勤といった軍務に励む者も多くグロウスト軍約50万人の内半数以上は無能力者なのである。
能力を持たないからといって非難されることもすることもなく逆に能力のある者は己の力の使い道を間違えてはならない。能力というのは抜き身の刀と同じで容易く人を傷つけかねないのだから……ーーーーー
「って聞いているのかセツナ二等兵ィィイ!!!!」
ガンッッッ!!と凡そ人間の頭からしてはいけない音が鳴り響き、でこから煙を上げながら床でのたうち回っている一人の少年。
殺人級のチョークを放った当人のレイ・デバイス少尉と同じ黒色の軍服に身を包み襟に二等兵及び一等兵の証である銀色のバッジを付け身長は男性にしては小さめだが160センチは超えているだろう、細身で色白な肌をし灰色の髪を後頭部でラフに纏めて結っている。
いまだ直撃したでこを涙目でさすっているのが2日前にグロウストの首都アリアの第二駐屯地に着任し現在二等兵として厳しくも愛のある指導を受けている少年、セツナである。
「2日目にして遅刻……この第二駐屯地は警戒範囲も広く人手不足で猫の手も借りたいと私は話したよなぁ?」
「言ってた言ってた、聞いてたからそんな顔するのはやめよ?せっかくの可愛い顔がだいなs『ドンッッ!!』うそうそ真面目に聞くからほんとに反省してるから」
さすがにこれ以上は駐屯地の会議室が崩壊しそうなのでセツナも態度を改める。
「はぁ……お前はただでさえ軍務規定はおろか一般常識にさえうといんだ、私が今説明しているのは最低限の知識なのだから頭に叩き込んでおけ!!」
とセツナも褒めていたが端正な顔歪め眉間の皺をほぐしながらレイは言った。
「お前は後5日で新人研修に出なければならない。5日といっても戦闘査定や身体検査や適性武具の判断など拘束されることも多く私がついてやれるのはせいぜい2日もないだろう、私も無理を言って休暇を取っているのだぞ?」
「わかってるよ、ほんとに感謝してるよレイ姉さんには。昔からね。」
そう、レイは本来この第二駐屯地に常駐しているわけではなく本来は王城に最も近く規模も国内一の第一駐屯地の人間である。
若干24歳であり女性の身ながら階級は少尉、クラス3rdの能力者としてアリア第一駐屯地第5陸戦小隊を率いる実力者で将来を期待されている若手の有望株である。
ではなぜその有望株がこの第二駐屯地にいるかというと先月第二駐屯地の士官であるリベラ・バティスタ中尉が殉職し、まだ犯人が見つかっておらずその任務及びバティスタ中尉が抜けた穴を埋めるために抜擢されたのがレイだった。
そんなレイがたかが新米の二等兵に個人指導しているわけはというと、何を隠そうこの二人同郷の出身なのだ。
首都アリアの南西に位置する工業都市ガイア、そのガイアの裏の顔である立ち入り非推奨区域、いわゆるスラム街の出身でセツナが生まれレイが16歳でグロウスト軍に入隊するまでの10年間レイは実の弟のようにセツナを思いまたセツナも実の姉のようにレイを慕っていた。
「僕もただのうのうとあそこで暮らしたわけじゃない、何も出来なかった10年前のあの日……僕らは誓ったんだから」
「……わかっている……だからまずはここで力をつけ知識を蓄えるんだ。一目見て分かったよ、随分無茶な鍛え方をしたんだと」
レイは16歳で入隊して以来セツナには会っていない。
軍での任務が激務だったのもあるが軍人になると誓ったその日からレイもまた力を求め鍛錬を行ってきた。同期や後輩などにドン引きされながらも能力者として丈夫な肉体を生かし最近では部下を鍛え上げることにも力を注ぎレイの指導のもと鍛え上げられた部下は驚異の生存率と任務遂行率を叩き出し共に切磋琢磨する同期の某中尉に曰く、
ーーデバイス少尉?あぁ、あの真性の訓練馬鹿ね。みてくれは良いんだからもっとこう慎ましくというか女らしくというかなぁ……ん?これ絶対あいつに言うんじゃねーぞ、おいちょっとまーー
可愛い可愛い部下たち曰く、
ーーはっ、デバイス少尉には日頃から厳しくご指導して頂いております!小官としては今日は非番ですが常時戦闘を胸に一瞬後に適性能力者に襲いかかられても平気なよう警戒は怠っておりません!ええ!この前の訓練でも〇〇が千切れかけ〇〇に、胸から下なんて欠損部位以外が見当たらなく……え?やりすぎ?……何を言いますか!こんな訓練など地獄とは呼べませんよ!本当の地獄というのは死んーー
など多方面にわたり評価を得るほどに厳しい鍛錬を積んでおり8年ぶりに会ったセツナの筋肉のつきかた、体幹や歩き方、そして自身の24歳にして少尉まで駆け上がった実力者としての眼、そして勘がセツナがいかに自分を追い込み断固たる決意の元鍛錬に励んできたかを物語っていた。
「レイ姉さんもね、少しは追い付いたと思ったんだけど……まだ時間がかかりそうだなあ」
「ぬかせ、まだまだ負けてやるつもりはない。この前までオネショして泣いていた小僧にはな。」
「ちょっと!この前っていつの話してるのそれっ!」
セツナとしては8年前のことなど言われてしまっては立つ瀬がない。
「私にとってはまだまだ鼻垂れの弟だよ」
笑いながら、昔を懐かしむかのようにレイは言う。そんな顔を見てはセツナも何も言えなくなってしまい、何だかんだこの少年もまだ子供で姉に甘えたい年頃なのである。
「さあ、残りの軍務規定も覚えてもらうぞ。さっきも言ったが時間はないのだからな」
「分かったよ。ただ終わったら久々に手合わせしてもらうからね!僕がどれだけ成長したか……レイ姉さんとの差はどの程度なのか知りたい」
セツナからしたら姉だろうが何だろうがこれほど今の自分の力を、これからを教えてくれるのに適した人物はレイ以外いなかった。
「よかろう。鼻っ柱を折ってやるのも姉として、上官としての務めだ」
「やった!じゃあ「ただし!これを読破してからな」
ドンッッ!と机の上に置かれた数百ページはくだらないであろう本、お堅い文字で『グロウスト軍務規定ならびに能力行使について』と書かれた表紙を見てがっくりと肩を落とすセツナ、それを苦笑いしながらもそれでも手は抜かずにレイ達は、時間を忘れ気づけば日付が変わる前まで会議室で励むのであった。