プロローグ
「はぁ……はぁ……ッ!」
月明かりの下、粉雪が降り注ぐ大通りを一人の少年が息を切らしながら走る。
今にも泣きそうで、後悔と不安、それでいて希望を捨てきれない瞳の彼はただただ顔を上げ前を向く。
その小さな靴は汚れ膝はすでに笑っている、何度も転げたのか顔や髪にも泥がつき少年の身で途方も無い距離を超えて来たのだと想像がつく。
大通りを抜け酒と煙草、香水と欲望の匂いが広がり怪しく照らされた店が立ち並ぶ一角に人だかりが出来ているのが見えた。思わず身体の力が抜け足を止めてしまったがそれでもふらつきながら人だかりに近づいた。
――――また例のアイツかよ……―――
――これで何人目?怖いねぇ――――
やめてくれ。
―――軍も動いちゃくれねえな、こんなスラム街なんかじゃ何人死のうが関係ねえってか――――
―こんなところにしては珍しく可愛くてあんなにいい子が何でこんな目に……―――――
やめて、お願いだから。
「セツナッ!!」
ぼろぼろの少年に気づいた女性が駆け寄り涙を流しながら少年を抱きしめた。
「セツナ……ごめんね……」
女性が駆け寄って来た方へ、虚ろな瞳を向けようとしたが向こうを見せまいと女性に抱きしめられ悪い予感が的中したのだと確信する。
思い過ごしであってほしかった、嘘だと笑ってほしかった、怒ったりしないから。
抱きしめられた肩口から、ほんの二日前は優しい笑顔と大好きな温もりに包まれ、狭いけれど慎ましく幸せに暮らしていた我が家が見えた。
立て付けが悪く小さな少年では開けるのに苦労していた扉が壊されていて家の中が見え、長い綺麗な金髪の女性が壁に寄りかかっているように見える。いつもと変わらない光景、ただ一つ違うのは
綺麗な、鮮やかすぎるほど綺麗で真っ赤な華が咲いていた。
時は西暦214年、東の大陸唯一の大国グロウスト。春の暖かさが身に染み思わず眠くなってしまいそうな天気の中、首都アリアにて物語は動き出す――。