セシリア、四才。
私が、転生してから、あっという間に四年の月日が経っていた。
私こと、セシリア・ヴァートリィは四才を迎え、母親から受け継いだ金髪に、翠眼を併せ持つ、万人誰しもが美少女と呼ぶような容姿に育っていたが、転生時に収集された情報によりこの容姿は〝王位継承権〟の問題に関わるということを私は知っていたため、今は紅髪紫眼へと色を変えていた。
そして、収集した情報のなかで気になることがもう一つ。
私は両手の甲を見た。
そこには、前世でいう刺青のような模様がしっかりと刻まれていた。
「紋章」
これは、この国───グランディラス王国における絶対的な力。
特権階級である貴族しか使えない「血統紋章」と
平民等でも扱うことができる「汎用紋章」がある。
「血統紋章」は身体の一部に刺青のように刻まれており、基本的に両親のうち、片親から引き継ぐように同様のものが産まれてから一ヶ月から二年ほどで現れる。
そしてこれは基本的に血統による【固有能力】で統一されている。
逆に、「汎用紋章」は身体的に現れることがなく、
【刻印師】と呼ばれる職人の手により道具に刻まれている。
それらは、刻み込まれた紋章の効果により摩訶不思議な力を持ち、【紋章戯具】と総称されている。
基本的に【紋章戯具】は優良価格で市場に卸され、販売されており、それを平民等が買い求める仕様となっている。
【紋章戯具】には、血統紋章として存在している効果は付与できないが、ある程度生活を便利にするための効果がある。
これらにより、この世界では【紋章】という力が全てである。
私は二才の頃、紋章が両手甲に発現した。
だが、それを見た両親は表情を青褪めた。
私が普通ではなかったが故に。
両手で違う二つの紋章を発現したから。
そうして私の紋章が発現後、私には両親から漆黒の革手袋がプレゼントされた。
それは、【紋章戯具】であり、付与効果で紋章が完全に隠蔽できる仕様になっていた。
血統紋章が発現してからは毎日欠かさずに、その革手袋を必ず装着している。
そして、四才の頃のとある日。
お父様が城下町へ私を連れて、お忍びで降り立った。
私の生家である公爵邸から城下町までは、歩いて数分の距離であるため、私たちは今軽装に身を包んでいる。
お父様は、自前の藍髪紫眼を変装で見事に隠し、現在は目立たない黒髪黒眼になっている。
かえって私は、着用している紺色ローブのフードを目深に被って、容姿をなるべく隠すようにしている。
私たちは容姿が目立つため、【紋章戯具】で変えるか隠すしかない。
現在はお父様と二人で、城下町を大通り沿いに歩き様子を伺う。
お父様曰く、今回は視察が目的らしい。
私が時折、お父様の服を引いておねだりをし、城下町の出店で軽食などを買ってもらったり、城下町の人たちの賑わいの中、その行き交う会話に耳を傾けたりしていた時だ。
私はあっさりと、お父様とはぐれた。
いや、言い訳をすると、退屈だったんだ。
親の視察に子供の私が割り込めるはずもなく、
父は仕事に夢中でしばらく私の事など忘れてくれるだろう。
はぐれたことも気づかないほどに。
それに、私は父から離れて、行ってみたい場所があった。
父に見つかった場合のために理由を作っておく。
私がいたらお父さまは、視察が充分に出来ないだろうと。
お父さまが探しに来たらそう説明しようと決意する。
本当は、私が自由に動きたかっただけで他に理由はない。
私は公爵家で生活する内に、2つの夢が出来た。
二年前に私を異端だと手放すことがなかった初めての家族。
今まで転生を繰り返しても、そんな家族はいなかった。
だから、家族を大切にしようと思った。
家族と平穏無事に暮らしたいと、そう心から願う。
そして、もうひとつの夢は………………。
思考を巡らせて大通りの端を、お父さまから買ってもらった串揚げを片手に食べ歩いていた時、それは聴こえてきた。
ドカッという打撃音と、男数人の怒声。
そして、くぐもった男性の苦痛に呻く声が。
私は音が聞こえる方………暗い脇道から続く路地裏。
私は思わず、口角をあげた。
私が父のいない時に行きたかった場所、それはこの先だったから。
そして聞こえる、何かをぶつけているような馴染みのある音と男性の呻き声。
これで、理由に人助けも追加されたため、暴れることもできるだろう。
私は心の裡を他人に悟られないように、ローブのフードをさらに目深に被り、表情を隠してから路地裏に入って行った。
私が路地裏へ続く一本道に入ってからも、非人道的な音と男性の呻き声は続いていた。
それが五分ほど繰り返された後。
何も聞こえなくなったかと思えば、大人がこちらへ走ってくる足音が聞こえた。
私は歩みをとめ、こちらに向かってくる男二人の進路を妨害するべく、立ち塞がった。
大の男数人なら、私が未だ未熟な子供でも【左手の血統紋章】を使えば容易く倒せる確信がある。
私が道を中央で塞いでいると、奥から男が二人駆けて来て、私を視認した。
「おい、どうすんだ。」
男たちは私の目の前で立ち止まる。
男の一人がもう一人へ指示を仰ぐ。
「相手はガキひとりだ。このまま始末する。」
「ああ、そうだな。」
二人の男は私へ、手に持つ小刀の切先を向けて、向かってきた。
そんな男たちへ私は一度口角をあげた。
私のための実験台が自分から飛び込んできたから。
私の【血統紋章】のための、贄が。
私は突如、何もない虚空から手の中に二枚の紙を出現させ、それを男たちの目前で破り捨てた。
次の瞬間。
男たちの持つ剥き出しの小刀の先端は私へ届くことはなく、私の目の前で男二人は力尽きる。
男たちにとっては、何が起きたのかも分からないだろう。
「このヴァートリィ公爵領で犯罪者に慈悲はない。」
床には男二人の亡骸と先程細々と破り捨てた紙片があり、その紙片は紙吹雪となり風と共に飛び去っていく。
そこに、何が書かれていたかも知られずに。
私は、男たちを冷酷な視線で見下し、路地裏の奥………男たちが向かってきた方へ足を踏み入れた。
しばらく歩くと、上空から何かが舞い降りて来た。
「カレン。」
私はその姿を確認して、ただ無感情のまま彼女の名を呼ぶ。
鮮やかな紅染めの髪に茜色の瞳で私を視界に捉えた彼女は背に白翼を持ち、黒スーツ姿だ。
彼女は慌てた様子で私の方へ駆け寄ってきた。
「お嬢さまー、探しましたよ。」
若干涙目に見えるのは気のせいではないだろう。
余程慌てたようで、がっしりと私の両肩を掴み、逃さないと言わんばかりだ。
「さぁ、あるじの所へ帰りますよ。」
「視察は終わったの?」
私の問いかけに、彼女は数秒黙り込んでから首を振り、否定の意を示す。
「私は帰らないよ、まだ。この先で、やることがあるし。」
「そんな………、我儘言わないでください〜〜。あるじから連れ帰るように命を受けているのに、どうすれば良いんですか。それに、こんな路地裏に何の用が」
私に捲し立てていたカレンの言葉が不自然に途切れた。
カレンも風に乗ってここまで来る血液独特の鉄錆のような匂いに気付いたんだろう。
私は、カレンも連れ立って奥へ進む。
そこには、凄惨な光景があった。
ゴミや塵があちこちに散らばり、無造作に放置されており、腐敗臭もする。
スラムと呼ばれるこの国の闇、それがここだ。
「これは、酷いですね。」
カレンは口に手を当てて、現在進行形で目にしている光景に顔を顰めている。
「こっちに来て。カレンなら専門分野でしょ。」
私はカレンが口に当てていないもう片方の手を握って引っ張っていく。
そこには、泥と血で全身を汚した黒髪の少年が生き倒れていた。
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