序章〜アルルフィリスとリネアリーシャ。
序章の続き。
(2023.02.12)修正しました。
少女の転生を見送った後。
アルルフィリスは、静かに眼を細める。
アルルフィリスの神体からは、静かな怒りのオーラが滲んでいる。
「もう出てきなさい、リネアリーシャ。いるのは分かっています。」
「…………………。」
アルルフィリスに呼ばれた少女はその背後からススっとすぐに現れた。
輝く金色の波打つような長髪に晴天のような青の瞳をアルルフィリスに向けている。
アルルフィリスと同様に白の神衣を纏った美少女、アルルフィリスの妹神リネアリーシャだった。
彼女は、その美しい瞳一杯に雫を溜めて、俯くだけで何も話さない。
そんな彼女の様子に呆れたアルルフィリスが、静かに淡々と語るような仕草で話し出す。
「リア、あなたにしては愚かなことをしましたね。神託に私情を挟むなんて。現地の人々に過度な干渉をしたらいけないと教えたでしょう。」
アルルフィリスの言葉を聞いていた少女は、ビクと肩を揺らす。
それは、アルルフィリスに嫌われることを怖れて。
「………ごめんなさい、お兄さま。」
リネアリーシャは自他共に認めるブラコンだ。
それも、かなり重度の。
愛する兄に嫌われる想像をして思わずリネアリーシャの両瞳から雫が頬を伝い零れ落ちる。
堪えるように自身の神衣の裾を掴んでいる妹にアルルフィリスは目を向け、その頭に優しく掌を載せ、撫でる。
「ハァ。仕方ないですね、今回だけですよ。あなたの心情を把握出来なかった私にも落ち度がありますからね。それに、深音もああ見えて寛大なところがありますからね。」
深い溜め息を吐き、アルルフィリスは反省の色を述べた。
リネアリーシャは未だに涙で瞳を濡らしているが、アルルフィリスの様子に安堵を浮かべて、すぐさま抱きついてくる。
アルルフィリスは、リネアリーシャを撫でる手を止めずに話しを続けた。
「リア、あなたのことを深音も気付いてましたよ。自身を殺したのが、運命の女神であるあなたの神託だということを。それでも、あなたのことを恨んだり怒ったりはしていないようでした。それを踏まえた上で、これからは自制を学び、慎重に行動するように。いいですね。」
アルルフィリスは、自身に密着状態で抱き締めている妹を見る。
彼女は、か弱き女神であり、アルルフィリスの妹神である。
彼女自身には、戦う力などは欠片もなく、ただ一つだけ役割が与えられている。
それが、運命を司り、時には世界的危機を覆し、有事の際に神託として現地の民に救済の機会を与えること。
神託を与える対象は個人に限らず、国家だったり、動物だったり、亜人や魔族といった存在だったり、多種多様である。
これは、貴賤や私情、怨恨などで差別などをすることなく、平等に神託を行わなくてはならない。
今回は、ここで問題が起きた。
アルルフィリスが特に気に掛けている少女が、困惑するようにと、故意に神託を歪めて現地の人へ伝えたのだ。
動機はたった一つ、最愛の兄神が気に掛けている、特別扱いされているが故の嫉妬である。
これを機に、死を迎えるいい機会だと少女はその場で状況を笑い飛ばし、周りから堂々と迫害を受けた。
神は常に規律を重視し、全てに平等に接し、一つの世界に過干渉であってはならない。
これは、神たちの世界では絶対的なルールだった。
だがリネアリーシャはまだ理解していなかった。
神が、過干渉となった世界に何が起こるのかを。
今回はアルルフィリスの他、数名の神々の力で何とかフォローし合って、世界をリネアリーシャが干渉する前の状態に戻すことが出来、今もその世界は平穏無事に存在できている。
今回のことで、この幼い妹神も少しは理解しただろうとアルルフィリスは内心嘆息する。
そして、心の中で、静かに転生を見送った彼女────佐倉深音の転生後の人生が、何事もなく幸せであるようにと改めて願い、祈るのだった。